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2012年 04月 18日

ヒエログリフのM・・・砂漠のフクロウ(3)

ヒエログリフのあらわすもの 
 アラビア書道に嵌るまえ、、古代文字が好きだった。
とくにヒエログリフの絵文字から発達した文字群に惹かれていた。
 ヒエログリフの価値は、もちろんその文字が表す歴史であり、真実が数千年の時を超えて伝えられるということだ。

 また、ヒエログリフには古代エジプトの時代の身近であったものの形が単純化されて使われている。
だから、ヒエログリフの中の絵文字は多くが実在の物を模している。

ヒエログリフのM   

前回のテーマの砂漠にいたフクロウについて、森でなく砂漠にいるということに驚いたという声を何人かの方からいただいた。
 ヨーロッパでも日本でも、フクロウ=森の中イメージがやはり強かったのだ。自分でもそう思っていた。だが、砂漠にフクロウがいた証拠ははるかに昔からあったのだ。

 ヒエログリフでたびたび目にするのが、Aの音をあらわすハゲワシの絵。
Uの音をあらわすウズラの絵もよく目にする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒエログリフの「M」の実例
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デンデラのハトホル神殿。ここの壁画にはクレオパトラとシーザー(カエサル)との間の息子カエサリオンが描かれているので、どこの旅行案内書にも載っている有名なものだ。
 そしてここのカエサリオン、正式名はプトレマイオス(プトレメス)の名が右側に載っている。
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彩色したところにプトレメスと書いてあるが、そのMのところに描かれているのがフクロウだった。(M
の音を表すのは他にも図形のようなのがあり、文字のバランスから図形の方を使っている表記も多い。)
ここでは縦書きで入れるにはフクロウの方がデザイン的に優れていると判断したのだろう。


 そして、
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これが、Mの音を表すフクロウの絵文字。
  ほとんどのエジプト絵画が横向きの動物や人間・神としてえがかれる。それなのにフクロウは身体の向きは横向きだが顔は正面を見いている。鷹やハゲワシが横向きであるのにたいして、フクロウは頭に正面向きの顔として単純化されていて、「M」という文字は他の鳥文字に比べても判別しやすい文字である。

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これがフクロウであり、先日の写真と並べると首を動かしてすぐに正面から見据えるフクロウの様子をよくあらわしている。


◆これはどういうことなのか、砂漠の地域には昔からフクロウが生息していたことをあらわしているのだ。そして、フクロウの首は姿勢を変えることなくぐるりとよく動く特徴がある。
 メソポタミアのような粘土板ではなく、パピルスに葦ペンを持っていた古代エジプト人の描く文字は実に物の特徴をとらえてそれでいて単純な書きやすいラインでできていた。それとともに彼らの目はその時そこにあったものをじっと見つめ形を残していったのである。

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by miriyun | 2012-04-18 03:57 | Comments(12)
2010年 08月 01日

睡蓮・古代エジプトの髪飾り…ロータス(4)

 ヘアバンドにロータス 

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センネジェムの墓
妻の頭にはヘアバンドに、ニンファエア・ロータス(睡蓮)が飾られている。

古代エジプト人は壁画から察するに、あまり衣服の変化は大きくはなかった。
しかし、髪にはこだわりがあったようで、早い時代から髪をそり、その代わりに長いかつらをかぶった。かつらの髪は細かく編みこまれたり房飾りをつけたり細かいところでおしゃれを楽しんだようだ。
 新王国時代になると女性はヘアバンドにロータスをつけるようになった。蓮ほど大きくないとはいえスイレンだってかなり大きい花であるが、これを額の上に飾ったのだ。スイレンは朝、水の中から顔を出して咲き、日が沈むとまた、閉じて水に沈む。これを繰り返すこの花はエジプト人の太陽についての思いや死生観や神への思想に合致したらしく、この花に神が宿るという考え方もあるという。

 また、実用的には、香りがある。エジプトでは宴に出るのに頭の上に香料を置き、体温などで自然に香りが流れるようにしたようだ。エジプトで言うところのロータスは熱帯性スイレンで香りがある。だから、あたまにかざり、手に持って楽しむ・供物に乗せる・・・いずれも役に立ったのである。



ニンファエア・ロータスはどれだ?
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形はいいが、色が濃すぎる。

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 これは有力かなと思っていたら、同じものが青い睡蓮と紹介されているものがあった。

① Web上の青いスイレン*その1
四国の「モネの庭」というところについて青いスイレンが咲いたという内容がたくさん載っていた。しかし、遠すぎて小さい画像や補正しすぎている画像もありなかなか見分けられない。こちらでようやく確認した⇒ふれあい写真倶楽部さんのモネの庭 青いスイレン画像

② Web上の青いスイレン*その2
 草津市立水生植物公園みずの森というところにロータス館があり、そこには熱帯スイレンが植えられていて、そこになんと探すものが載っていたのだ。そこで、ニンファエア カエルレアNymphaea caelureaがのっていた。

 この花も自分でも写真を撮っていることに気づいた。
撮影地:大船フラワーセンター、さすがはフラワーセンターの睡蓮、種類が多く、しかも見やすくなっていることに改めて感心した。この花を見たときには確かに青いという印象で撮影した覚えはあった。しかし、あとで見比べた時には色が薄くてこれは違うだろうと思っていたのだった。

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   上下ともニンファエア・カエルレア
これが、エジプトにおいてブルー・ロータスと呼ばれるものらしい。

◆昨年の海のエジプト展には、ブルーロータスの香りがかげたらしく、しかも色は薄い紫に近いという話を聞いたことがある。残念ながら自分では行っていなかったので確認できないが・・・。
 エジプトのロータスを探して、2種類の熱帯スイレンが有力だというところまではわかった。しかし、実際には5000~2000年前の話なので、誰もが絶対的なことは言えないのだろう。エジプト・ロータス探しはこの辺でやめておこう。

☆最後にお気に入りの写真から
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 ラモーゼの墓のレリーフ。
ヘアバンドにロータス(スイレン)の花をつけ髪を飾る貴婦人
未完成で放置された墓の中で目だけが色を入れられていた。この墓の精緻な出来を惜しむ依頼主か職人がせめて目だけでもと入れたのかもしれない。 

 ただの砂岩色のレリーフから、
      ロータスの花の色が見えてきて
       かぐわしい香りがただよってきそうな

そんな錯覚を感じてしまいそうになるのは、この女性の目が生きているからだろうか・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
*注) ロータスとは蓮のことですが、エジプトのナイル川には蓮は自生せず、睡蓮がたくさん生えています。
これをニンファエア・ロータスといいます。また、ここで発生した文様はウォーターリリー文様とは呼ばず、ロータス文で通っています。したがって、睡蓮を扱っているのですが、エジプトを主眼に扱っている部分についてはそのままロータスでまとめ、それ以外の地域での表記はスイレンとしました。   

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by miriyun | 2010-08-01 16:50 | Comments(10)
2010年 07月 30日

睡蓮・水面に浮く花、立ち上がる花…ロータス(3)

 スイレンには、花が水面に浮く種類と、茎がグゥッと伸びてきて高い位置で花を咲かすものがある。

 1.水面に咲くスイレン

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 水面に浮くスイレン、なじみのある姿である。東アジアや東南アジアにある。はっきりしたピンクで沈んだ葉は赤くなってきており、その上にまたピンクの姿をあでやかに映し出す。これは葉の周りも柔らかな円形をなす。
 寒さにも強めの温帯性スイレンだ。



2.水面より高い位置で咲くスイレン       

古代エジプトの象徴であったニンファエア・ロータス(スイレン)は伸び上がってきて咲く種類であった。
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モーゼと名づけられたスイレン。赤子のモーゼがエジプトでスイレンの浮かぶナイルで発見されて、エジプトの王女に育てられたという話を思い出させる名がついていた。だが、これが当時あったかというと疑問だ。花弁の形が丸みを帯びていて、壁画などに残された形とはかなり違う。

 色はというと、白などのスイレンもあったが古代エジプト人が最も好んだのはとくに香りが高いプルーのニンファエア・ロータスだという。
 青や紫系は熱帯スイレンにしかない。
熱帯性スイレンは葉がギザギザなので見分けやすい。
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葉はギザがあるが、花は派手すぎて完全なる紫だ。
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◆あぁ、ファイアンスのつぼよ!
        そのみどりの胴に逆さに埋め込まれたロータスのほんとの色を教えてほしい。
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                     ↑ 紀元前1400~1000 エジプト ファイアンスの壷 美術史より引用

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 ガクと花弁のとがった感じが壁画の花に似ている。

古代のブルーロータスの色と香りを求めて心が彷徨った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
*注) ロータスとは蓮のことですが、エジプトのナイル川には蓮は自生せず、睡蓮がたくさん生えています。
これをニンファエア・ロータスといいます。また、ここで発生した文様はウォーターリリー文様とは呼ばず、ロータス文で通っています。したがって、睡蓮を扱っているのですが、エジプトを主眼に扱っている部分についてはそのままロータスでまとめ、それ以外の地域での表記はスイレンとしました。    

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by miriyun | 2010-07-30 00:08 | Comments(6)
2010年 07月 29日

睡蓮・エジプト考古学博物館の池…ロータス(2)パピルス(7)

 ロータスとパピルスの池      

 帝国主義の時代、文化財・歴史的遺物の発掘と収集についてはたくさんの問題があった。支配層は発掘をし、安い労働力を用いて数々の財宝を掘り出す。それをほうっておくと遺物は世界中へ散逸してしまい、学術的研究の妨げになる。
 こういった危機を感じた考古学者が、1858年、エジプト考古局の初代長官に就任した。オーギュスト・マリエットというフランス人だ。彼は当時エジプトの古代遺跡からの出土品が国外に流出することを憂いその管理を進めた。 そして、彼がなくなったあと1902年に集めた収蔵品を管理するための博物館がカイロに建てられた。
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それが現在のエジプト考古学博物館であり、今は12万点という収蔵品を所蔵する巨大博物館であるが、この博物館のこれだけの収蔵品を持ち、きちんと管理できるようになったのはマリエットの業績だった。
 現在も、この博物館の前庭の端にマリエットは眠っている。

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                                ↑ Wikipediaより引用。 Photo taken by Hajor, December 2002.
 100周年を記念して赤レンガ色に塗りなおされたエジプト考古学博物館である。以前の砂色のほうがエジプトらしい気もするが青空にはよく映える。


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この博物館の収蔵品の素晴らしさは誰もが知っていることだが、この池がここにあることもとても大きな意味がある。レンガ色に塗りなおしや改修があっても、この池がつぶされずにあることはいいことだ。
 中央にパピルス、水面にロータス。
ロータスは上エジプトの象徴であり、パピルスは下エジプトの象徴である。
古代エジプトの壁画にあるロータスは日常の麗しい花であることのほかに、重要な意味を持っていた。だからこそ、ロータスとパピルスがずっとこの池があるべきなのだ。なお、パピルスは古代においてはエジプトにたくさん自生していたが、現在はエジプト内ではふさふさとして、茎も太いパピルスを見ることはほとんどできなくなっている。そういう意味でも容易に本物のパピルスを見ることができる大事な場所である。



 紙幣の中のロータスとパピルス      

 上下エジプトの象徴としてのロータスとパピルスはお札にも描かれている。
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 王の背後に見えるのがパピルス。輪郭はロータスもパピルスも似ているので、レリーフや絵が傷んでくると見分けにくくなる。しかし、ここでは非常に鮮明にカヤツリクサ科の特色をよくあらわしているのでわかりやすい。

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 50ピアストル札の中のロータス、花と蕾を交互に配し、洗練された文様になっている。


尚、現在のエジプトにとってもロータス(スイレン)は国花なのである。


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by miriyun | 2010-07-29 06:18 | Comments(4)
2010年 07月 28日

睡蓮・エジプトの供物の上に…ロータス(1)

 エジプトの供物の上に 

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スイレン、つまりロータスはこの水面に写る姿がなんともいえず風情がある。 (↑ これは日本で撮影)

 古代エジプトにおいて、ロータスはパピルスと並んでエジプトの象徴であった。
また、ナイルを擁するエジプトではロータスはいくらでも採取できる身近な花であったに違いない。だから、古代エジプトの壁画を見ればその姿を見ることができる。
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地下墳墓の中でアヌビス神が向かい合う定番の姿である。そのアヌビスの鼻先に交差するようにおかれているのがスイレンだ。


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                                               ↑ セティ1世葬祭殿
また、供物のレリーフにはロータスの花束がある。テーブルの上に供物が積まれ、最後にふわりとロータスの花束がのるのだ。こういうのせ方は壁画上でかなり見ることができる。また、テーブルの下には壷状のものがあり、そこにもまたロータスが巻きつけてある。
 国家の象徴でもあり美しくみずみずしさの表れでもあるスイレンはエジプトにとって、国の花であり、実用的に使う花でもあった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
*注) ロータスとは蓮のことですが、エジプトのナイル川には蓮は育たず、睡蓮がたくさん生えています。
これをニンファエア・ロータスといいます。また、ここで発生した文様はウォーターリリー文様とは呼ばず、ロータス文で通っています。したがって、睡蓮を扱っているのですが、エジプトを主眼に扱っている部分についてはロータスという言葉でまとめています。                           
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by miriyun | 2010-07-28 06:16 | Comments(4)
2009年 10月 31日

彩色ヒエログリフと有翼日輪

  ヒエログリフの王の名前
 エジプトのすごいところは精巧に作られたピラミッドだけではない。3000年前だろうと4000年前だろうとレリーフがくっきりと浮かび上がり彩色まで残っている場合があることも感心するばかりだ。

 この太陽光の強いところで色が残るというのは実は大変なことなのだ。
自分でも絵や写真を日のさす場所に2年も置くとあっけなく退色してしまうことを経験している。色は岩そのものといえる顔料系でないとこんなに残らない。それともちろん日が当たらないほうが残りやすい。

◆色が素晴らしく残っていた門がある。門の真下にあたる部分は直射日光は当たらない。
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下段の中央に生命を現すアンク(楕円に十字)があり、左右にカルトゥーシュが並ぶ。

 読み方は、アンクから左側は右から左へと詠み進む。アンクから右側は左から右へと読み進む。

 鷹のホルスが頭に太陽をいただく文字はラーである。双方にラーが入っている。
右側のカルトゥーシュはウセルマアトラー・メリアテン、
左側のカルトゥーシュは ra ms ss と続き、後半の文字とあわせてラムセス3世をあらわす。
 なお、raはともかくほかの 語句にほとんど母音がないことがわかるだろう。
アラビア語の発音記号がないとどう読むのか、生活感がないからわかりにくい。それと同じで当時の人々が、これらの子音を実際どのように読んでいたのかはタイムマシンにでも乗って過去に遡らなくではわからない。 だから、このカルトゥーシュという王名枠に入った王の名をどの子音を補って読むかで、ラーメス・ラメセス・ラムスス・ラムセスなど様々に読めるのである。学者が自分の信念にそって、あるいは古代ギリシア語によってどのようによばれたかによってよび分けているので、各エジプトの書物を見ても案外統一されていない王名があるのだ。

 ここでは一般的なもので誰もが読みやすくということを基本としているので、旅行案内書などに多いラムセスと記すことにしよう。

 さて、ラムセス3世は在位はB.C.1182~1151と長くエジプトを治めた王である。過去にはラムセス2世という最大最強の王がいたので忘れられやすいが、ラムセス3世はラムセス2世のあとのエジプトでは最後の偉大なファラオと言われる。異民族との攻防に明け暮れ、陸で海で勇猛に戦い勝ったことをこのヒエログリフのあるラムセス3世葬祭殿で見ることができる。



 3000年を経た美しい有翼日輪(円盤)
 さて、この門の装飾でとくに彩色が美しいのが有翼日輪である。
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有翼日輪は、エジプトにその形が早くから見られた。
太陽神のラー信仰と王権の象徴であったホルスの翼が合わさったものと見られる。したがって、第5王朝ぐらいに始まり。トゥト・アンク・アメン(ツタンカーメン)王の父であったアクエンアテンがアテン神を信仰したときはないが、その時代が終わると又、有翼円盤は表されてくる。

 このように、エジプトではるか4000年前から使われていた有翼日輪は、のちにアッシリアでみられ、またペルシアのゾロアスター教の象徴へも影響してきていると考えられる。

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by miriyun | 2009-10-31 14:22 | Comments(0)
2009年 10月 05日

ダレイウス1世はエジプトの王

 ダレイウス1世
  メディア王国を滅ぼしてアケメネス朝)を打ち立てたのはキュロス大王(キュロス2世)であり、その後さらに小アジアのリディア王国、メソポタミアの新バビロニア王国をも滅ぼした。その息子カンビュセス2世の代にはエジプトも併合してオリエントを統一していく。しかし、その後内乱やメディア人が力を握るなど不安定な時を経て、国としての力も弱まり、エジプトそのほかを失う。そこで正当な選択方法によって選ばれた人物に託して君主となす方法をとった。
 
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 そうして選ばれたのが、ダレイウス1世ということになっている。
そして、この王は各地を制圧し、アケメネス朝ペルシアを強大な国にしていった。

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                               ↑ テヘラン考古学博物館蔵 スーサの宮殿からの発掘
 さて、この王の彫像はペルセポリス等に数え切れぬほどあるのだが、その中で気になる彫像があった。
立像なのだが、上半身は壊れていて存在しない。しかし、これを見て重厚感といい、衣の彫りといい君主の像に違いないと感じるものだった。正面を向き左足を出した姿であり、左手に指揮杖をもつエジプトの王によくある姿である。
 長衣のドレープ部分には文字が刻まれている。長衣の右腕側のドレープには楔形文字が彫りこまれ、左腕側のドレープにはヒエログリフが彫り込まれている。
 これもまた、エジプトとメソポタミアの文明の折衷型というか、両文明の影響を顕著に表すものである。
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 帯にはさんだ短剣にはたいへん細かいメソポタミアらしい動物文様があり、それを帯紐には、カルトゥーシュ(エジプトの王名枠)まであったのだ。夢中で読んでみた。
 ダレイオスその人の名がここにあった。
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 その像の台座には、これまたエジプトの飾り文様がある。
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 さらにその台座の横を眺めれば、24もの民族がヒエログリフで表され、民族をあらわす人物像は両手を偉大なる王に向かってさしだしている。

 ペルシアを強大にしたダレイウス1世はエジプト王朝196代の王としても記録される王だったのだ。

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by miriyun | 2009-10-05 07:22 | イラン(ペルシア) | Comments(4)
2008年 07月 27日

「死者の書」は語る・・・パピルス(6)

 パピルスに書かれたものに何が多いかというと、「死者の書」、数学の勉強を教えている教科書タイプのもの、そして時代が下ってギリシア文明が現れてからは哲学や文学もあるし、もっと後にはキリスト教の聖書も書かれた。

 だが、エジプト文明の中で最も力を入れて描かれたのは冥界への道を示した「死者の書」であろう。では、どのように書かれているものであったのか。

1、パピルス文書「死者の書」は語る
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          ↑パピルス文書を逆光で見る。
 縦横にパピルス繊維がはしっているので、水平に書くことなどには便利だ。
左側から右へと見ていく。
① この絵の前段階で36か条の否定の告白をおこなってきている。
 「人に対して悪事を働いたことはありません」
 「神を冒涜したことはありません」
 「家畜を虐待したことはありません」
 「人を殺したことはありません」・・・・・・など
                          (①・⑤は『ナイルの王墓』講談社より引用) 
② 36か条の否定の告白をした白衣のフ・ネフルはアヌビス神に手を引かれ審判の場にやってくる。
③ 天秤ばかりの中心には正義と真理を表すマアト神が描かれ、この女神の頭の上にある羽毛が右の天秤皿におかれている。また、左のてんびん皿には死者の心臓が置かれる。 
④ 中央に座ったアヌビス神は死者が申し述べた「否定の告白」が正しいかどうかをはかっている。
⑤ 文字の上の段に居並ぶ42の神が告白の真偽を最終的に判定する。
⑥ その結果天秤ばかりの右に立ち、葦ペンを持った書記の神トート神が記録する。
⑦ そして偽りを述べていたならば、死者はこれ以上進むことを許されず、天秤の下にしゃがんでまっているワニが襲いかかってくる。

  ・・・・・・・・かなり、リアルに感じとれる絵であり、まずいことをして生きていてはいけないと思うこと必定であろう。 

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              ↑死者の書全体像を見る(写真は自己所有のレプリカを撮影したものである。) 

 続きを全体像で見てみよう。
⑧ 死者の告白が正しいと認められると次の段階に入っていく。死者はオシリス神の息子、ホルス神(隼の神)神に導かれて、祠堂のなかのオシリス神のもとに行く。
⑨ ここまでくると、死者はオシリス神に化して復活が約束される。

◆  これは、フ・ネフル(第19王朝、大英博物館蔵)の死者の書。時代は新王国、紀元前1300~1200年であるが、傷みも少なく優れたパピルス文書として所蔵されている
 多くの宗教書がそうであるように、ここでも善なるものだけが来世での幸福を約束される。こういった内容や呪文が延々と長くつづられているのが死者の書なのだが、この125章がもっともエジプトの審判と来世への希望を表しているといわれている。

 これを廟墓や棺の中において、死者が迷いなく旅立ち、オシリスに化して、いつか復活してくることを願ったのである。だから、未盗掘の墓からは発見されるべき物であるが、なぜか未盗掘のツタンカーメン王の墓からは発見されていない。

2、ツタンカーメン王墓の謎 
◆まず、謎とされること。
・ツタンカーメンの死因は?・・・・ツタンカーメンの父アンクアテンはアテン神への一神教への強引な変革と首都移転によって、神官から恨みをかっていた。そのあとをついだ少年王の周りは政争のまっただなかにあった。
・盗掘されかけてなぜかその後閉じている。・・・普通の泥棒はそんな放置の仕方はしないだろう。
・きちんと普通なら整頓して納めていたはずの日用品が乱雑に動かされている。・・・何かを探した後のようだ。
・一番目の厨子の封印まで開けられている。なぜ、ここだけなのか?ここまでで目的のものを見つけたのか?
・普通ならあるはずの死者の書がない。

 これについて、吉村作治教授の推理がTV番組で紹介されていた。
これらから吉村教授が予測したこと。
 ツタンカーメンは何らかの政争の中で命を失った。このとき、それを察知したアンケセナメン王妃は、この赦されない行為がおこなわれたことを「死者の書」に書き、それをこっそりと一番外側の厨子の中に人目を盗んで入れたのではないだろうか。それを察知した人が、自分の悪事を冥界の王オシリスや真実の神マアトに知られては自分の来世が失われてしまうことを恐れた。そのため、いったん墓を封印した後、盗掘のようにして、入り込み文書を探すがみつからず、第一の厨子まで探してようやく発見、これを持ち去り、他の宝物には一切興味を示さず、また埋め戻して去った。

 なにぶんだいぶ前にTVで見たことであり、言葉や解説が吉村教授の解説と異なってしまっているところもあるかもしれないので、おおよその紹介ということでお許しいただきたい。(詳しくは吉村先生の著書やレポートでご確認ください。)

3.語る 
 吉村教授の話を聞いて思った。
 「死者の書」が語る古代エジプト人の死生観、そして「死者の書」の重要性を知っている専門家ならではの発想である。それに考古学者には絶対必要な自由な発想、これがあってこその推理だと感嘆したものだった。

 「死者の書」は、エジプト人の来世への望みを語り、
    「死者の書が見あたらない」ことが、このドラマのような話を吉村教授に語らせた・・・
 
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by miriyun | 2008-07-27 11:06 | エジプト | Comments(6)
2008年 07月 21日

ツタンカーメンの黄金のマスク

 トゥト・アンク・アメン、俗称ツタンカーメンの黄金のマスクは、何重もの棺と三重の人型棺のなかに横たわるミイラの上にかぶせられていた。

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       ↑ 撮影MykReeve(Wikipediaより引用)

 そのあまりにも劇的な発掘劇と黄金のきらびやかさに圧倒されてしまう。歴史的価値
と共に300兆円ともいわれるのも納得してしまう。
 黄金キラキラに自分も惑わされていたのだろう。これについてだけは工芸的に、デザイン的にどうなのかということをあまり考えていなかった。

 少し冷静になって見直してみる必要がありそうだ。

 まず、金は濃い。23金
 ファイアンスと金、それに目は黒曜石と水晶で生きているかのようだ。日本では水晶等でこの透明感を出すのは、鎌倉時代の彫像からである。なお、この耳は別仕立てのようで後からつけたのではないだろうか。

 顔と頭巾の本体は金の延べ板から全部を打ち出している。叩いて、伸ばしてこの形にしていくというのは、かなり高度な技だろう。総重量11kgとなっている。


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                                               ↑ (同上)
 頭巾の上の飾りは、前回の壁画にあらわされていた上下エジプトの象徴である蛇とハゲタカの姿がある。
 左の黒く見えるのはハゲワシのくちばしであり、上エジプトの守護をするネクベト神である。 右にはコブラの姿のウアジェト女神が鎌首をもたげている。これは色からすると上質なラピスラズリの塊のようである。そして首には無数の象嵌が見える。
 大理石に貴石を象嵌していることで名高いのは17世紀のタージ・マハルであるし、その豪華さにおどろいたものだった。 しかし、ここでは胸飾りも蛇も純金への貴石象嵌をしているのだからその力に驚かされている。今から3300年前のことである。

 この二つの神をのせているということは19歳とはいえ、上下エジプトを支配した王であったということである。

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by miriyun | 2008-07-21 23:11 | Comments(8)
2008年 07月 21日

葦ペンでヒエログリフ…パピルス(5)

 以前に川から採ってきた日本の葦が残っていた。もったいない精神で、ペンを作った。

 1、ヒエログリフ用の葦ペン
 今回作るのはパピルスに書くヒエログリフ用。アラビア書道用で試してみたら植物の繊維そのものであるパピルスはさすがに書きにくい。引っ掛かりがあるのと、筆の墨が十分に出にくい。
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 そこで筆先はまっすぐなカットで、真ん中の切込みをやや広めに入れて墨含みがよくなるようにした。

 古代エジプト型の葦ペンの出来上がり!

 2、ヒエログリフをパピルスに書いてみよう
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早速パピルスに書いてみた。
 繊細な線は出ないし、メリハリも何にもない。だが、パピルスの繊維で段差もあるパピルス紙の上で順調に書いて行くことができる。かなり、繊維が気になるパピルスだが、本当のパピルスはじっくりと石や貝で磨いているのでもっとキレイなはずだ。


 3、ヒエログリフの特色
 ヒエログリフは表音文字(音のみを表す。アルファベットにあたる)と表意文字(漢字の訓やトンパ文字など)の両方の文字がある。今回書くのは、このブログの題名。いずれも紀元前の古代にはない概念であったから、表意文字を探すのは無理だ。
 したがって、表音文字だけで書いてみよう。

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縦2行の題名である。
 これはこのように書いているときは左上から読む。
        *左列:「写真で」
            *右列:「イスラーム」

 縦書きでも横書きでも生物の頭が向いているほうから読むのだ。だからライオンや鷲やふくろうが右を向いていたら右から読む。

 ヒエログリフは縦書き・横書き・右から読み・左から読み自由自在な文字である。

 ただそのルールを知っていないとおかしなことになってしまう。長い壁画も、ここから先は右から読むとか、他は左から読むとか絵と文字で判断できるようになっている。
 極めて合理的な文字である。

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by miriyun | 2008-07-21 14:08 | Comments(6)