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2007年 01月 29日

453話:サボテンの実の剥き方・売り方


・~・~・~・~・~・~・☆ サボテンの実の剥き方・売り方 ☆~・~・~・~・~・~・

★ サボテンの実はなんというのか。地域によって言い方が異なり、例えばベイルートのスーパーマーッケットではアラビア語表記はなく、FIGUES BARBARIEと記されていた。
 
 アラビア語でも地域差があり、全く異なる言い方もあるようだが、おおむねティーン・シャウキで通じる。
 
 これは、アラビア語の次の二つの語句からつくられた名前だろう。
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ティーンは前出のように、イチジクのことである。確かに大き目のイチジクのようでもある。
また、シャウクはトゲのことであるから、意味は『トゲだらけのイチジク』ということか・・・。

☆サボテンの実はどうやって剥くのだろう。もっとも鮮やかなのは次のやりかたである。この剥き方だと皮が一つにまとまっているので、ゴミがバラバラにならないで始末しやすい。
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☆売り方
 果物を売る店はイスラーム諸地域どこでも色とりどりのフルーツを美しく並べて販売している。ところがこのサボテンの実はどちらかというとこの実だけを単品で売る様子が多く見られる。原因はやはりこのトゲだろう。

*トラック積んで売りに来る場合はまとめて袋に何キロという売り方だ。(写真はチュニジア)
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*子どもがバケツに入れてきて、その場で剥いてくれる。近くにサボテンが生えていれば、そしてナイフで皮むきができれば、小さな商人の出来上がりとなる。

*店を構えて売る場合(↓ダマスカス)
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 この2店はサボテンの実だけを売る。ナイフを用意してその場で皮も剥く。したの店は氷を用意してあり、そこで冷やしたティーン・シャウキを提供してくれる 。冷やしたサボテンの実は実においしい。そういえば、氷を使って物を冷やしたり、シャーベットを作ったのはアラビアン・ナイトもちろん、それ以前からイスラーム圏では得意とすることであった。

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by miriyun | 2007-01-29 01:27 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(12)
2007年 01月 28日

★サボテンの実はアラブの風物詩

 中東・北アフリカの道端で夏に必ず見られるのはサボテンの実だ。おいしい果物として売られている。
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 まず、ウチワサボテンは小さな肉厚の部分を地面に挿し木するだけで増えていく。そして農地のもまわりを囲う垣根代わりに植えてある場合が多い。

地下にわずかな水があるならばこれはぐんぐんと大きくなる。普通は2メートルまでかと思っていたのだが、それは家畜が食べてしまうせいだった。
 家畜のいない地域ならこんなに大きくなる。
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            ↑サボテンの花
 サボテンの花は毎日のように次々と時間差をつけて咲き、その結果実の熟成度も、異なるため、長い期間採集することができる。人間にとっても家畜にとってもありがたいものなのだ。もっとも家畜は実ばかり食べるわけではない。ウチワサボテンそのものをラクダはバリバリ食べてしまう。
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 こうして、実がなるのだが、色は様々、一般的にこのように黄色が多いが、緑もあれば、一番上の写真のように赤くなっているものもある。だが、色よりも熟成度で味が異なる。完熟期にはあまくてさっぱりしていておいしい。見慣れてくるとどれがおいしいか地元の人にはわかるらしい。
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    ↑中は種がいっぱいだが、これごと食べるものだ。
 日本では食べる習慣がない。あるいはウチワサボテンはかろうじてそだつことができるが、甘い実にまではならないのかもしれない。

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by miriyun | 2007-01-28 11:19 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(4)
2007年 01月 27日

マトマタの穴居のしくみ・・・マトマタ(2)

  穴居住宅の様式ができたのは12~13世紀だという。イスラームの勢力に追われ、身を隠した。穴は深さ7~8メートルもあり、その穴が中庭となっている。このあたりの岩は石灰岩で、掘りやすいというのもこの住宅が広がった一因である。
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 ベルベル人はここに住むうちに生活の知恵を生かしていくこととなる。竪穴の中心部は中庭にあたり、作業をしたり、家族が憩う場でもある。しかし、夏は直射日光が厳しい自然の力を送り込む。したがって、その竪穴から今度は横へと部屋を掘削する。自分で掘るのであるから、家族の人数やライフスタイルに合わせていくらでも部屋を作ることができる。
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    ↑半竪穴で開口部をつくり、そこにテントも置いた発展型民家
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 竪穴にはしっくいが塗られ、防水をしている。各部屋からは更に二階に当たる上層部が掘られていることが多い。そこは倉庫になる。その個室の入口でお父さんがお茶を入れてくれる。できるだけ高い位置から入れるのがいいとされる。

 生活面に注目してみよう。

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 調理鍋の置き場・・・何しろ岩を掘れば好みの棚になる。
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 お母さんは石臼で粉をひく。4人の子を持つこの家ではお母さんは毎日たくさんの粉をひく。
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 調理台ももちろん岩を削ってつくっている。台にのっているのは乾燥帯ならどこでもおなじみのサボテンの実だ。うちわサボテンの実だが、おいしく貴重な食糧ともなる。
 
 ★そしてなによりも直射日光が部屋には当たらず、夏は外気が40~50℃になろうとも、地下では涼しい。逆に冬はあたたかく過ごせる。それが穴居住宅の最大の特色なのだ。

 ◆実はマトマタは1969年に大洪水にみまわれ、大きな被害がでた。これ以後チュニジア政府は被害を受けたマトマタの住民のために新マトマタの町をつくり、地上での家作りを推進した。しかし、もとの生活環境を求める一部の人々は再びここへ戻り、穴居生活を続けているのだ。
 それほど、地下の生活は、居心地がいいということなのだ。

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by miriyun | 2007-01-27 09:34 | チュニジア | Comments(12)
2007年 01月 26日

クレーターのような土地・・・マトマタ(1)

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 チュニジア南部。
 
 一見、何の変哲もない風景。ところがそこに近づくとなにやらクレーターのような表情をした土地が見える。家があまり見えないのだけれどここがマトマタの町なのだ。
 穴居生活をするベルベル人が住んでいる。

 ベルベル人は北アフリカにおける先住民である。彼らの王はB.C.2世紀チュニジアいったいにヌミディア王国を築いた。豊かな北部沿岸部まで住んでいたが、最初フェニキア人に、後にはイスラム教徒らの異民族に追われて南下した民族だ。
 
 南部ということはサハラ砂漠に近づくということになる。夏は酷暑、冬は冷え切り、乾燥していて農業もままならない。更に異民族の更なる追捕から身を隠すように、険しい岩山や砂漠地帯・に住んだり、マトマタのように穴を掘って住んだ。
 穴居住宅は、はじめは身をを隠す意味が大きかっただろうが、住んでみるとその酷暑を防ぐ快適さに気づき、身を隠す必要などなくなっても、穴居に住み続けたのだ。
 
  
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 この町は見渡す限りでは、建物がわずかにあるだけのようだ。しかし、よく見てみると穴だらけだ。
 手前の建物はホテルなのだが、その隣にもぽっかり大きな穴が見えている。

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by miriyun | 2007-01-26 23:28 | チュニジア | Comments(0)
2007年 01月 25日

シリアのとんがり屋根の家

土で作るといえば、こちらも日干しレンガを積み上げていってとんがり帽子のようにしていく家もある。
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ここはシリア。アレッポとホムスの間にテル・マルディック村という小さな村がある。

ここの形は四角のプランにとんがり帽子を載せたような独特の形。これに似たものはハラン村やイタリアのアルベロベッロの石造りのものがある。

 ここのとんがり屋根の建物は現在ではもう使われなくなり、倉庫としてのみ使用されている。

モスクの白い石はもちろん、家・倉庫も含めて土壁としっくいが目にまぶしい。シリアの農村地帯の青空にくっきりと映える風景をつくっていた。

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by miriyun | 2007-01-25 22:14 | シリア | Comments(7)
2007年 01月 21日

礫砂漠の植物たち

 イエメンはアラビア半島南部の山岳国家である。砂砂漠よりも礫砂漠や山岳地帯が多い。
 礫砂漠には、ゴツゴツしたいかにも岩が割れたばかりという石でいっぱいだ。そんなところにも礫のすきまから這い出るように植物の姿が見える。
 8月というと中東各地ではほとんど花が見られないが、イエメンでは雨もわずかだが降る。また、朝露程度のものでも、しっかりと取り込んでいくしくみを持った植物がたくましく生きている。

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↑分厚い葉の部分に水分を蓄えて、見事な色の花を咲かす。
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↑乾燥した地域では植物の葉gはトゲ状に変化して水分の蒸発を防ぐ。このような植物は全く雨が降らないところでも強い。しかし、人間には痛い。うっかり踏もうものなら突き刺さってしまう。サンダル出歩くとこういう植物がいっぱいのところは痛い思いをする。
 もっとも、現地の人はほとんどサンダルで大丈夫なようだが・・・。
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 やや厚みがあるものの、この地ではもっとも普通の葉に近い。この植物は大きな岩陰で日陰になるところでかろうじて生きながらえているという状態だった。
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 デージーのようでもあるが、葉が厚くてサボテン化している。

 このような過酷な環境に生きている植物の美しさに思わず足を止めてしまう。

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by miriyun | 2007-01-21 23:43 | Comments(2)
2007年 01月 20日

様々な女性の服装と変化

 ★イスラームの中でのヒジャーブについてはどういうことにもとづくのか?
預言者ムハンマドによって美しいものをあえて見せるなということは言っている。がそれがどこまでを言うのかは地域によってとらえ方が異なるようだ。

 イスラームではヒジャーブ・アバヤを使うには宗教的な理由のほかに、厳しい自然環境もある。男女ともに紫外線と乾燥した風・砂をよけるに布は必需品だ。実際中東やサハラを歩くとこれらの布が如何に便利かを感じさせられる。

 そして、もう一つ歴史・地理的要因もあるのではないだろうか。大きな視点としては島国の日本と異なり地続きで長い歴史の中で東や西の異民族の来襲や国々の興亡、個人の視点としてもキャラバンや遊牧で留守することの多い中で、女性たちをできるだけ隠すという考え方があったのではないだろうか。

 もちろん、地域によって要因は異なるだろう。
 だからはっきり言って語りつくせるものではない。そもそも服装なんてものはみな異なるのだし、日本の服装についてだって、とても語ることなんてできない。日本では洋装がほとんどだが着物を着るときもあると言う程度のおおざっぱな解説と思っていただければと思う。

①国が違えば服装も異なる
◆湾岸諸国(サウジアラビア・カタール・クウェート・UAE・イエメン・オマーンなど)は、ほぼ全身を覆うアバヤまたは黒のドレスにきっちりとしたヒジャーブ姿。そして前出のように男性の前では目だけ見える、あるいは目も見えない・・・というかなり厳格な場合が多い。
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◆チュニジア・・・都市部は洋風の生活になっている。農村部は昔ながらの伝統的にすっぽり被る場合があるが色は白。
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②トルコ・・・政教分離以後、服装もヒジャーブもアバヤ(トルコ語ではなんと言うのだろう?)も、強く言われることがなくなり、柔らかなイスラームということですすんできている。しかし宗教界の巻き返しから、以前よりヒジャーブ姿は増えている。


③同じ民族でも異なる。
パレスチナ・・・伝統的生活を重視もするが、生活に応じて適応力も強い。生活面ではコミュニティがしっかりしておりよく助け合い、長老を大事にしている。服装は各個人の判断に任されているのか子どもも大人も自分で選択しているようだ。だから、仕事によってヒジャーブを被らない場合もよく見かけるが、信仰心が篤い・薄いとは関係しない。ヨルダンのラニア妃もヒジャーブを被らない。しかしお年寄りを見舞ったりする時には被っていたりする。
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④宗派でも異なる
イスラームもいろいろだ。ある宗派はヒジャーブで髪をかくさない。だから、キリスト教地域に住んでいてもわからない。

⑤時代とともに変化も。
 買い物にもほとんど男性が行って、女性一人ではまず出かけないというサウジアラビアでは上から下まで真っ黒なのが普通だ。しかし、それも変化はでてきている。
 ヒジャーブやアバヤはそれをやりたいから身に付けるのであって、顔をみせることもそれぞれの判断であると言っている詩人がいる。彼女自身は顔をみせることを日常としている。そして、サウジアラビア人も変化してきていると・・・。
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詩人 ニマー イスマイル ナウワブさん。
 彼女の衣装の袖に注目アラビア文字をデザイン化したアラブ服であり、伝統と新しい生活と女性の生き方を示した彼女にふさわしくよく似合っていた。

 思うがままに服装についてあらわしてみたが、これらは広いイスラームのほんの一端であることをご承知おきいただきたい。

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by miriyun | 2007-01-20 12:24 | イスラーム全般 | Comments(6)
2007年 01月 19日

ヒジャーブに似たる被り物

 イスラーム諸地域でのヒジャーブやアバヤを被る習慣を不思議に思う日本人は多いが、日本の中でもそれに似たものはある。

★日本で見かける被り物
1)日本では、出家得度して尼になるとどうするか?本来、584年に初めて尼になった善信尼から現在の瀬戸内寂聴さんまで剃髪してしまえばそのすがたのままである。しかし、中世以来貴族や身分の高い人を中心に、夫がなくなると肩のあたりで髪を切り、ゆったりした白絹で髪を覆うということをしていた。

 最近、またよくTVや映画で登場し始めた江戸時代の大奥の話では、桂昌院とか天璋院とか呼ばれるようになった人の姿もそうである。
 尼将軍としてけん制をふるった北条政子もまたしかりである。

2)キリスト教修道院の修道女は必ず被っている布・・・あれを何と呼ぶのか知らないが、年齢に関わらず被っているものだ。
 マザーテレサの姿を思い起こしてもらえればいい。
 映画「サウンド・オブ・ミュージック」では、実在の主人公マリアは修道女としての見習いであるが被り物を外しては歌を歌って、叱られていた。

3)青年海外協力隊員の話・・・かんちゃん日記より引用
  日本の動画の中で東北地方の農村の女性を見たシリア人が「な~んだ、日本にもムスリマがいっぱいいるじゃないか」と言われた。
 何かと思ったら、農村の女性たちが農作業する際、風呂敷?などで髪を隠していることを言っていたというのだ。

4)スカーフそのものは、日本でははやっていた時もあれば被ることはせずアクセントとして使うときもある。

5)時代劇を見ていると、頭巾を被って目だけ出している姿がある。顔を見られては困る身分を隠したいご家老であったりするが、これも江戸時代にはさほど不思議なものではなかった。

6) 御高祖頭巾で首の周りまできっちりと小豆色や紺色でまいた頭巾などを見るとヨルダンのヒジャーブのまき方を思い出してしまう。
 津和野踊りにでてくる男性の黒い御高祖頭巾の上から白鉢巻といういでたちはパレスチナのデモ行進の中でよく見るような姿とちょっと似ている。

◆ 案外、湿気の強い日本でも被り物の例はあるものだと書きながら思った。修道女は明らかに異なるがそれ以外は、イスラームから見るとムスリマがいると見えるのかもしれない。
 いずれにしても被り物というのはどこの国でも多かれ少なかれあるものだ。


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by miriyun | 2007-01-19 09:40 | イスラーム全般 | Comments(0)
2007年 01月 18日

ヒジャーブとロングコート

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←ペルセポリスで出合った女学生。茶色のコートの人もいたが、この黒のそろいの人が最も多い。バッグも黒のショルダーバッグを肩にかけている場合が多い。

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                                  女学校の先生 →
子どもも含めて、思ったより多くサングラスをかけている人がいた。サングラスの眼の奥にある目がしっかりとこちらを見すえている。


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ペルセポリスでであった母子。グレーのコートがよくにあっている。真夏なのに涼しげに着こなしている。
 イランではこのようなコートにヒジャーブ、それもイランならではの被り方をしたり、普通にスカーフ風にまいたりしている。

★日本人が旅に行く場合は長ズボンかロングスカートに腰まで隠れるコートや上着にスカーフが定番。要は髪と体の線が隠せればいいということだ。
 航空機でイラン上空に入るともうその格好になることを指示される場合が多い。

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by miriyun | 2007-01-18 22:15 | イスラーム全般 | Comments(0)
2007年 01月 17日

カタールの金の刺繍

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ロングドレスの上にくろのかぶりもの。黒はやや透け感がある軽い布である。
しかし、あごから下のところにびっしりと金の刺繍がされていて、そこがずっしりと重みがある。後ろはとても長く、前は短い。それでバランスは取れている。
 こどももすごく似合っていて、華やかさもある。

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          ↑その刺繍部分

一言でアラビア服とかいっても、それぞれの国に伝統の様々なものがある。このカタールの伝統れもそのうちの一つである。


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by miriyun | 2007-01-17 06:59 | その他 | Comments(2)