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2007年 03月 16日

ペトラ&マダーイン・サーレフの建築(2)

 前回に続いて、ナバテア人のペトラとマダーイン・サーレフの二つの都市を比較してみよう。

1.自然
 <ペトラ>ヨルダン大地溝帯の流れの中でできた空間でシークは狭い渓谷にあたり、その距離が長い。
 <マダーイン・サーレフ>平地に取り残されたような岩が点在する。ただし、その岩がとんでもなく巨大なので山として見える。

2、岩
<ペトラ><マダーイン・サーレフ>・・・いずれも、岩は赤砂岩で彫りやすい。砂岩を中心に石灰岩をも含み、雨により岩の表面が溶けることもある。いずれの遺跡も上部はチョコレートケーキが溶けだしたようなような様子になっている。

3、シーク
ペトラ&マダーイン・サーレフの建築(2)_c0067690_23551941.jpg
 

 左は正確にはシークとは言わず、岩と岩の間から砂漠を臨んでいるものだ。
 しかし、キャラバンを組んで、砂漠を行くナバテア人はこれを見て何と思うだろう。都を思い出し入り込みたくなる風景がここにはある。
 そして、いつか定住してここを居住地とするものがでてきたのだろう。

4、文様を比較
 <マダーイン・サーレフ>
ペトラ&マダーイン・サーレフの建築(2)_c0067690_23033.jpg

↑(マダーイン・サーレフの写真は二枚ともアラブ・イスラーム学院のWeb掲載フリーの写真を引用)
 ファサードの屋根と入口の間の文様に浮き彫りもある。三本の列柱のような文様と文様の間に花もしくは円形の文様がある。

 この文様がペトラでもないものだろうか?
ペトラ&マダーイン・サーレフの建築(2)_c0067690_231929100.jpg


雨によって溶けて原形を残さないものもあり探しにくい・・・。ようやく見つけたのが、ペトラの入口付近。道標代わりに岩に掘られた建物のイメージである。いよいよペトラだよという案内になっているかのようだ。この風雨・あるいは洪水に痛めつけられた岩にあっても三本柱と円形の文様は上記との関連性を物語っている。
 これから、まだまだこの文様の建築の片鱗が見出せる可能性がある。

 ◆マダーイン・サーレフもぺトラも、繁栄していたときの本来の規模はどれほどなのかまだはっきりしていない。 ペトラはまだ全体像の2%しか、発掘されていない。マダーイン・サーレフは研究の途上についてばかりだという。 これからの発掘・調査によって明らかになっていく。
・・・・これからわかるという歴史の醍醐味がまだまだ残っている場所なのだ。
                                                   
                                       
                                                    
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by miriyun | 2007-03-16 23:18 | ヨルダン | Comments(0)


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