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2007年 01月 03日

ラニア妃の言葉から見るヨルダン王家

 12月下旬のヨルダン国王夫妻とイマーン王女の来日記事が少ないことに疑問を抱いていた。着物を着た王妃の写真はいくつかの新聞とOnline報道にわずかに掲載されたが、王の肝心な演説や首相や天皇との交流報道はわずかであった。
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1、 しかし、この元旦の読売新聞(↑)では、王室新時代ということでラニア王妃を取り上げていた。「美貌の王妃・民主化の顔」という見出しで、掲載されていた。この特集をするために新聞社はもしかして、ラニア妃情報を温存していたんだろうかと思わせる取り上げ方だった。

 その記事の中から、いくつか。
① 「私はワーキング・ウーマン」 
 砂埃にまみれ貧困地区を訪れ、自立支援の作業所作りをする。生後数ヶ月の王子を連れて国際会議に臨み、控え室で授乳をしながら日程をこなし、周囲を驚かす。自ら運転をして学校や仕事場にも自由に出かける行動派だ。

② 流暢な英語を話し、その一方で、敬虔なイスラム教徒として一日五回の祈りは欠かさない。欧米型の男女同権論にはくみせず、「イスラムは寛容の宗教。我々に合った女性の生き方があるはずだ」という。

③ ハシム家は中東きっての名門。王妃曰く、嫁入りは「本当は怖かった」

④河川財団で后の部下に当たるハティーブ氏談。
「二人は希望の星です。伝統的イスラム社会でもこのように生きられるという見本。どんなに勇気づけられるか。」
「王妃は深夜残業もいとわず、ついていくのが大変なモーレツ上司」

⑤ 王妃は語る、「一番大切なのは家庭。私のアブドッラと子どもたち」
                                   (以上5点は読売新聞1/1より引用)

 ☆これまでに知らなかったことや、このブログでも伝えていなかった直接インタビューした内容があり、興味深かった。

 だが、一方国王夫妻が来日している時に、彼らがどんな人で、日本でだれと何を話し、それをどう意味で行っているのかという報道こそ必要だと思うのだが・・・。国際社会展望の記事でなく、どこか遠いところの王妃様の夢のようなお話というとらえ方では残念な気がした。

 ☆・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-☆

2. ところで、進歩的な国の王は公式Websiteを持っていることが多い。ヨルダン王国はどうかというと、何とアブドゥッラー国王をはじめ、ラニア王妃、王子や王女たちのサイトまである。

 このHPとこれまでの各種情報を参考にしながら、これまでの王や王妃の言動から見えてくるものに迫っていこうと思う。(かなりな意訳・抜粋なので、きちんとしたところは直接読んでくだされ~)
★ラニア王妃の「王妃観」
 女性の地位向上のため、働く女性を支援団体をつくり、働きたいと思う女性にはチャンスを上げるべきと考えている。ボランティア活動への積極的な姿勢は、各種病院等への慰問や難病の子ども・そして地雷原にまで出かけて地雷廃絶を訴えたダイアナ妃を髣髴とさせる。そのため「中東のダイアナ」といわれる。
 欧米のメディアはこういうボランティア活動への積極性とファッションリーダーとしての存在もあり、たびたび取り上げるという。

 だが、テロ反対のデモにも参加する王妃は、王妃観について次のように語る。
 『わたしにとって王妃とは、王妃であることではなく、王妃として行動することです

★ラニア王妃の経歴
 旧姓はラニア・アル・ヤシン。クウェートで1970年8月31日誕生。第三次中東戦争でクウェートに逃れた両親からうまれ、そのクウェートはまた、イラクのクウェート占領によって安住の地ではなくなり両親とともにヨルダンへ逃れた。1991はカイロのアメリカの大学から経営管理学におけるBachelorの学位を得た。シティバンクに努めていた頃に王子時代のアブドゥッラー王と出会い、結婚。現在36歳。44歳の王との間にフセイン王子(12歳)・イマーン王女(10歳)・サルマ王女(6歳)・ハシム王子(1歳)がいる。
 現在はラニア・アル・アブドゥッラーを公式の称号とする。

★王妃の子育てついての考え
 ラニア妃曰く、
「働く母親として、仕事と4人の幼い子供の要求を操るのは簡単ではありません。 すべての両親のように、私は、正しいバランスを獲得するように努力します。 私の公式活動は子供の学校・プログラムを考慮に入れます、そして、海外訪問での期間は限られています。
 各夜の子供にベッドで本を読んで聞かせたり、話をしたりする2、3時間を過ごすのは彼ら、および私に安心感を与えます。
 当分、私は家でハシム王子とこの特別な時間を家族と共に大事にしています。
・「子どもの学校のプランを考慮に入れる。時間を家族とともに大事にしていく」・・・できそうでなかなかできないことだ。同じ働くものとして耳が痛いばかりだ。
 
★フセイン王亡き後、アブドゥッラーが即位。 
 ヨルダンは中東の中でイスラエルとアラブ諸国に囲まれて、パレスチナ難民の大量流入・中東戦争・領土を占領されるなど大きな歴史の渦の真っ只中にいる国であり、そこをぎりぎりの危機管理でしのいできたのがフセイン前国王だった。

 そのとき王となったアブドゥッラーをみて、世界は「大丈夫か?」と思ったものだった。自分自身も皇太子への任命・罷免の経過などから本当に安定してこの王国はやっていかれるものかと思ったことを覚えている。

 そのときのことをラニア妃はこう伝えている。
「私たちは大きな責任と難局に直面されていました。 幸い、私たちには王子と后としての公の生活観がありましたが、それでも国王としての仕事への調整は無視できませんでした。 事実上、私たちはまだ学んでいます。」
 
 「まだ学んでいます」・・・・こういうひとことの中に前向きな姿勢が垣間見える。

「 陛下のすべてのヨルダン人の生活水準を改良するための努力を取り組みやすくすることが私の主な役割です。 私たちは持続可能なレベルの経済成長と社会開発を確実にすることによってヨルダンを現代の市民社会モデルに組み込むと決心しています。  さらに、私は児童の保護、家族の安全、女性の権限、若者の機会の創造、文化、および観光に関連する領域で働いています。」

★女性の教育・雇用について言及
 「私の夫、 アブドラ国王と私は、これらの女性は我が国の成長に必要だとしています。 私たち二人は、人口のすべてが活発に雇用市場に貢献しこの国の経済が栄えると堅く信じています。

 私たちは、断固として教育的な規格を改良して、既にかなりの効果を得ています。 例えば、現在、ヨルダンの女性の識字率は85%です; 最近の高校能力のテストは、今年少女がこれまで以上よく得点するのを見ました、そして、大学における女性の就学率は最高で史上でのレベルです。
 高められた学力達成度と上昇している読み書き能力スコアニ比例して、政治上への女性の参加は増加しています。」

★ さすがです!マイクロクレジットに言及する王妃
 「世界中では、女性の状態は変化します。
  私が、女性が生活を再建して、彼女らの家族を再建して、彼らの共同体を強化するのを見た最も効果的な方法の1つが小口金融を提供するmicrocredit組織であります。 メキシコ、コソボ、イラクまたはパレスチナにかかわらず、女性がミシンかいくつかの種子と農具を買うのを可能にするのは、彼女が生計を立てて、ローンを返済し始めるのを許容するためにしばしば十分です。 そして、別の人生は変成しています。
 そのような勇敢で、弾力があって断固とした女性は私を奮い立たせます。 私はあなたがあなた自身の共同体でそれらを見つけるのを確信しています。」

★すべての女性に勇気を与えるメッセージがあった!
 「 首尾よく育児のバランスをとる母とプロの責任; 新しい学業成績を知らせている若い女子学生; または、女性が毎日挑戦に打ち勝って、家族に対する伝統的な知恵と愛を提供している祖母。
 これらの女性は私たちの真の英雄です、そして、あなたは彼女らを見つけるためにそれほど探す必要はありません。 ただ周囲を見回してください。 または、恐らく、あなたは鏡の中を見るだけでよいです。 」
 こういう言葉を直接投げかけられたら、人は必ず「動く!」とおもう。
                                  ラニア妃に応援ポチッをお願いします。


★イスラームの伝統を重んじつつ、持続可能な開発と景気拡大を見つめて・・
 「持続可能で、かつ公正な景気拡大を引き起こそうとします。 それはすべてのヨルダン人のためになって、なにも後に残さない進歩を探します。 開発への道路では、アラブの、そして、イスラム教の遺産の基本の教訓を決して見失わないでしょう。
  伝統的な価値体系に対する敬意は国の現代性か進歩のビジョンへの妨害ではありません。」

 人的資源の教育や職業訓練から初めて景気拡大をしようとしているが、ただ欧米型をやろうとはしていない。自然保護にしても実際にワディ・ラムを始め保護区にしてそこをどうするかということを数年前から行っている。やみくもに近代化させようといっているわけではないのだ。

★王家が考えるヨルダンの未来への三本柱
   *現代性・ 国の国際社会におけるアクティブなかかわり合い
   *人類と寛容の普遍的な原則への固守
   *崇敬された伝統と遺産に対する敬意

★☆ここでアブドゥッラー王の言葉を! 
 「私たちは困難を数百万改良する新しい洞察と能力をもって努力しなければなりません。そして、私たちは敬意と対話の国際社会を創設するために互いに手を伸ばさなければなりません、異文化間の風通しの良さ・パートナーシップをもたらすために。」
(2003年9月にソルボンヌ大学、フランスから "Annual Prize"を受けた時のアブドラ国王陛下の言葉より。)

☆これを受けて、ラニア妃曰く、
「アブドラ国王陛下の言葉は明確に私に共鳴します、そして、私は信じます。何時代もにわたって、適度と寛容は私たちの宝です; 私たちの小さい国は、私たちの隣人の中で平和を保障するために世界と連絡を取ろうと試み続けます」

☆・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-☆
    
3.考察
 ラニア妃は素晴らしいという言葉にはだれもが納得する。私もそう思う。だが、こうしてみていくと、この王と王妃が手を取り合い、信頼しながら雄々しく進もうとしている姿が浮かび上がってくる。
 難局ばかりの小さな国から、届くメッセージの数々・・・・
◇困難を数百万改良する新しい洞察と能力をもって努力しなければなりません
◇敬意と対話の国際社会を創設するために互いに手を伸ばさなければなりません
◇隣人の中で平和を保障するために世界と連絡を取ろうと試み続けます

 ★先日の日本訪問はまさしくこの考え方からくるのであって、国王が日本人に対して語った言葉を、もっと、もっともっと報道すべきでなかったのか?
 いまだにそう思われてならないのだが、皆さんはどう思われているのだろう・・・。
(尚、読売新聞は訪日前の国王へのインタビューとその内容(中東問題)についての報道は行っている。この点はいいのだが、そのご、来日中の扱いがどうなのか・・・という点である。)

                                  活躍されるラニア妃とその考え方に応援ポチッをお願いします。


by miriyun | 2007-01-03 15:37 | ヨルダン | Comments(8)
Commented by ぺいとん at 2007-01-04 17:22
女性として、いいえ、性差を超えて本当に素晴らしい方です。 
来日されておられるとき本当にニュースが少なくてがっかりでした。 
アブドゥラ国王よりもレニア妃の大ファンになりそうです!
Commented by orientlibrary at 2007-01-04 22:54
素晴らしいレポートに感謝します。山ほどある日本のメディアが書かないラニアさんの生き方や人柄をこれだけきちんと伝えてくださるとは、、  英語のWEBからのレポート、私は時間がかかってしまうので、本当に感心しました。
ヨルダンの壁新聞みたいなもので初めてラニアさんを見て、その美貌が強い印象に残っていましたが、美貌だけではなかったんですね。でも、彼女のWEBを見ながら、やはり美しさは人を癒すなあ、、とも思ったり。。それにしても皇室のサイトというものもビックリしました。
Commented by ransyu at 2007-01-04 23:59
あけましておめでとうございます。
アブドゥッラー国王の即位のとき本当に大丈夫かと思いました(笑)
でもmiriyunさんのこのレポートを見て国王とレニア妃は素晴らしいと思いました。日本のメディアの来日の報道は少ないと思ってました。
miriyunさんのレポートは詳しくて勉強になります。
今年もよろしくお願いします。
Commented by miriyun at 2007-01-05 13:13
ぺいとんさん、国王夫妻のように仲のよい夫婦の話はいいですね。
 昨日映画「武士の一分」を見ました。藤沢周平の情感をしっかりとあらわしたいい映画でした。そこでも心のかよう夫婦が表現されていました。

Commented by miriyun at 2007-01-05 13:16
Orientさん、本当にこの人の美貌は文句なしです。年毎に知性と意志でなおさら輝いてくるような美しさを感じますね。
 アブドゥッラー王子自ら考え、求婚したのですが、その眼力もたいしたものです。
Commented by miriyun at 2007-01-05 13:22
ransyuさん、よいお年をお迎えのことと思います。今年もどうぞよろしくお願いします。
 やはり、ransyuさんも、即位したばかりの時そう思われましたか。そうですよね、あの場所で頑張っていたフセイン国王の個性と力が印象的であっただけに、丸っこい顔でニコニコしている新王が頼りなさ下でした。でも、最近りりしい感じになってきました。やはり経験が人を作っていくのでしょうか。
Commented by hal-lun at 2007-08-03 16:05
はじめまして!インド・デリー在住のものです。
アグラでらくだを検索したらこのブログがヒットしました。
今、このブログに出会ったことに感激しております。

アンマンに2001年から2002年にかけて住んでいました。
その頃はジェニーの大虐殺があり、心を痛めておりました。
私達が滞在した所近くにイスラエル大使館があったからか、近くを王妃が主導するデモがあると報道があったものの当日取りやめになったことがありました。その時は王妃がデモをするということに強い感銘をうけましたし、ヨルダンの微妙な立場にも考えさせられました。
あれから、ずいぶんとひどいことがおこっています。

これから、じっくりこのブログを読ませていただきます。写真も美しいので楽しみです。


Commented by miriyun at 2007-08-04 10:56
hal-lunさん、ようこそ、インドからのコメントは初めてです。とても嬉しいです。
 アンマンにもお住まいだったのですね。ジェニンの様子はWeb上では次々とむごい状態を伝えてきていました。でもアラブ諸国で常に1面トップであるのに対して、日本の新聞ではいつも取り上げ方が小さいのがとても気になっています。欧米中心からもっと世界に広く目を向けないと本当の国際化にはならないですよね。
 
 イスラームの地域について、風の吹くままいろいろなテーマで人のぬくもりや素晴らしい芸術について語って行きたいと思っています。
 イスラーム地域を知らない方に知っていただくことが自分にできることとしてはじめました。また、それぞれの地域やテーマに詳しい方と交流できることがとても嬉しいです。
 どうぞよろしくおつきあいください。
 


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