写真でイスラーム  

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2006年 02月 27日

タージマハル(1)・・・空間の使い方

 タージ・マハルムガル帝国の皇帝、シャー・ジャハン(1592~1666年)が最愛の后を亡くしたことにより、帝国の財力をかたむけて建築した廟である。
 后の名は「ムムターズ」という。ムムターズはアラビア語では{優れた・素晴らしい}を意味する言葉であるが、実はムムターズ・マハルはペルシア語で、「宮廷で選ばれし者」という意味があるという。このムムターズ・マハルが、タージ・マハルに変わってきたのだ。

≪追記*タージ・マハルの名について ≫
・シャー・ジャハーン時代の史家たちが、ただロウザ(墓)とよんだこの廟は、やがてタージ・マハルとして歴史に残るようになる。タージ・マハルはムムターズ・マハルの変形であり、・・・・
(タージ・マハル・岩波書店より引用}
・タージ・マハルの名のいわれは、ムムターズ・マハルの変形したものだといわれている。しかし、現地のガイドたちは、タージは「王冠」、マハルは「宮殿」の意味であると説明している。仮の墓をとりまく壁が王冠の形(八角形)をしていることを考えるとガイドの説明が正しいような気がする・(インド・○○出版、忘れてしまった・・・失礼!)

 一般に広がっているのはムムターズがタージになっていったという説で、現地から聞こえてくる声が王冠の宮殿説という。確定するような現地資料が見つけられなかった。結局はっきりしていないという状態なので、今後も注目していこうと思う。

タージマハル(1)・・・空間の使い方_c0067690_23245728.jpg

 この廟の建築美はまた別の機会にして、まずはアラベスクに注目してみる。 
つる草の文様は数多くあるが、絵でもなくタイルでもなく貴石の象嵌によるものなのでその微妙な色合いの石を組み合わせたアラベスクはほんの一部をみても見事な工芸品である。

タージマハル(1)・・・空間の使い方_c0067690_193184.jpg

 カリグラフィーもこのインドのところでこれほどのアラビア語カリグラフィーが象嵌で作られているとは思ってもいなかった。もちろんペルシアの職人をはじめ各地の材料・職人を集めての業績だ。
 各地の技術を駆使しているとはいえ、他とは異なる美的空間を演出している。それは壁の白い空間である。この写真の場合では文字の下の白い空間は格好のデザイン場所であり、トルコ・ペルシア・アラブいずれでもここに文字または文様をいれるだろう。しかし、ここでは壁のすべてを文字と文様と色タイルで埋め尽くすことをしていない。

 結果的にはこの白さが生きて、遠くから見ると真っ白に輝く廟であり、また、近づくにしたがって、繊細華麗なアラベスクが見えてくる。更に近づけば花びらのひとひらさえ鑑賞にたえうる美しさをたたえている。
 同じく、中ほどからみても入り口の枠にしか見えなかったものがじつは文字であり、近づくにつれアラビック・カリグラフィーであらわされたクルアーンがイスラームの世界へといざなう。
 
 白い空間があることによって、アラブ・ペルシアとは異なる芸術に高めた、そんなムガルの栄えたころの建築家と職人たちとの清新な息吹を感ずる。



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by miriyun | 2006-02-27 19:00 | イスラームの工芸 | Comments(7)
Commented at 2006-03-03 02:38
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokocan21 at 2006-03-04 04:22
あらぁ~、タージ・マハルて、こんなアラベスク文様が施されていたんですね!知らなかったです。しかも象嵌細工なんですね。繊細でとっても優美。
おっしゃる通り、白い空間があることによって、他のイスラム建築に見られるようなごちゃごちゃ感がなくって、落ち着いた感じがしますね。
ほんと、ムムターズの名にふさわしい優美な廟です!
Commented by miriyun at 2006-03-04 22:54
ek-japaniさん、確かにインドの客引きは強烈ですよね。できれば、朝か夜に静かにそぞろ歩きしながら白く浮かび上がる幻想のタージ・マハルを見てみたいものです。
 名前についてのコメントをありがとうございます。タージ・マハルの名についてはいくつかの本に載っていただけで、インドの人から聞いたわけではありません。何か記載はないかと調べてみたのですが、確固たるものがなくて「こうだろう」という書き方が多かったのです。おっしゃるとおり、「~の王宮」という意味も出てきました。まだまだわからないところがいっぱいなのですが、調べたことを追記してみますね。タージというのはヒンドゥーなのか、ペルシア語なのかもわかりません。何か新しい情報がありましたらまた教えていただければ嬉しいです。
Commented by miriyun at 2006-03-04 23:49
空間に美を感ずるのは、日本人は得意ですよね。二本の掛け軸・屏風などの空間芸術は素晴らしいです。イスラームの多くは空間を空けることをおそれているかのようにびっしりと入れていきます。南アジアは東アジアに近いだけに芸術性も近づいてくるのかもしれませんね。
Commented at 2006-03-05 04:31
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by miriyun at 2006-03-05 09:45
オォーッ、すばやいお返事ありがとうございます! 自分をふり返るといつも日曜日以外はカメのごとく・・・で、反応遅くてすいません。
 『インド建築案内』・・・現地で言われていることと、通説として言われていることの2つの説の接点のような文がでてきましたね。そうすると、2つの説とも納得できます。
 ヒンドゥーなのか、ペルシア語なのかの件を調べていただきありがとうございました。 単語の修飾・被修飾・・・これがまたヒンドゥー・ペルシア語がどういう修飾関係にあるのかわからないもので、王冠の宮殿なのか、宮廷の冠とすべきかはっきりしません。
  
 長すぎて送信できないのでいったんここまで・・・次に続きます。
 
 
Commented by miriyun at 2006-03-05 09:46
 上の続きです。

 それから、岩波書店の『タージマハル』にこのような一文を見つけました。
「いまはあとかたもなくなっている遊歩道にそって当時は市や宿所がならび、ムムターザーバード――(ムムターズの街の意)、今日ではタージ・ガンジとよばれる――を形成していた。この宿所などからの儲けは、アーグラー地区の30の村の金庫にあふれ、皇帝の布告によって、墓廟の維持費にあてられたという。」
 街の名も財政的にも政情的にも安定していた時はムムターズを意識した呼び名であったことは確かですが、それがタージになる過程がやはりわかりませんね。
 でも、ek-japaniさんに教えられ、調べたりしていることそのものが楽しめました。では、またよろしくおねがいしま~す。


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