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2022年 04月 12日

高台寺(3)五七の桐文

1.高台寺・・・五七の桐文    

それだけに豊臣の名残りがあるが、中でもわかりやすいものには家紋がある。

秀吉の妻の霊屋(おたまや)にて。

 
高台寺(3)五七の桐文_c0067690_14510104.jpg

秀吉は千成びょうたんを馬印にするなどいくつかのしるしを使ってきたが最終的に桐文を使った。
秀吉は百姓の子であることは自他ともに認めるところであったが関白になるにはどうしてもそれなりの家格が必要で高貴なる家の生まれであるとした。これに見られるようにそもそも高貴な桐文を天皇家の菊門とともに装飾としている。
 もちろん菊文が上で、下に秀吉の桐文を置いていた。


高台寺(3)五七の桐文_c0067690_14432099.jpg

桐文にはいろいろな種類があるが、豊臣秀吉は『五七の桐文』
3枚の桐の葉の上に。花茎が3本。
その花茎に5・7・5の花がついているのが五七の桐文と言われる文なのだ。
(3・5・3の花がついているのは五三の桐文と呼ばれる)

高台寺(3)五七の桐文_c0067690_14453226.jpg
霊屋(重要文化財) - 開山堂の東方、一段高くなった敷地に建つ、宝形造檜皮葺きの堂。慶長10年(1605年)の建築



 

2.高台寺蒔絵    
寺に所蔵される、北政所所用と伝える調度品類にも同じ様式の蒔絵が施され、これらを『高台寺蒔絵』と称している。高台寺蒔絵の特色は、金の平蒔絵(文様部分の漆を盛り上げずに、平滑に仕上げたもの)を主体に秋草などの絵画的な文様を描くことである。

この蒔絵の中には秋草とともに、五七の桐文をデザインの一部に取り入れているものもある。
高台寺(3)五七の桐文_c0067690_03315719.jpg
↑ひさげ(酒器)メトロポリタン美術館蔵

これは、左の黒地のところに秋草、右の赤地のところに五七桐文を入れて豊臣家の蒔絵道具であることを示唆している。さりげなく秋草には菊を選んでいる。高台寺蒔絵のわかりやすい一例であり、工芸的にもデザイン的にも優れてる。



                                                                                                                                                                                                           
                                       
                                                    
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by miriyun | 2022-04-12 14:06 | 日本 | Comments(0)


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