写真でイスラーム  

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2005年 10月 29日

アル・ヒージャーネ村の民家・・・食事と論議

 ボランティアの家のマフラージに招かれる。ここでお茶をいただいているうちに家族の居間のほうに昼食を用意してくれた。。家庭料理は一般的なシリア料理と思われるが、やはり家庭料理はおいしい。わざわざ鶏肉まで用意してあったのが、来客だからと無理したものでなければいいがと気になった。でも、何しろおいしくてたっぷりいただいてしまった。「ごちそうさまでした!」
 いたく感激した私だったが、他の人はあっさりとしたものでこれが普通という様子で特に特別に感謝のことばを言うわけではない。どうももてなしを当然と考えるイスラームらしいところのようだ。ここは必ずことばで表す日本との違いだろう。
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 来客はCBRのボランティアをしている人たちで、セカンダリースクールの先生が多かった。
 昼食後、マフラージでCBRプロジェクトにおける今後の予定などを検討していた。
こちらの訪問した理由を話すとせっかく来たのだから大いに質問してくれと言う。
① CBRはボランティアとして始めて成果が上がってきている。

② シリアの教科書は政府から支給され、使い回しであるので自分のものではない。

③ 学校の授業で日本のことは教えているか?・・・日本について旧教科書ではアメリカ・中国・イギリス・フランス・ドイツとともに1単元となっていた。新教科書では1レッスンで人口・生産などのナショナルインフォメーションを教えている。一般的にはやはり工業国として、また原爆にあいながら、復興したことの印象が大きい。
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 広いマフラージで離れて話していたが、教育・メディア・国際問題談義となって、丸く輪になって熱い議論となるが、しかし、話し方は礼節を心得ている。
 
 シリア在住の日本人に聞いたところによると、シリア人は交通事故などを起こした双方が口論するが、決して手を出すような荒っぽいことになることはなく、しばらく自己主張をすると双方あきらめて引き上げるという。
 
 だから、福祉やボランティアの話からだんだんパレスチナ問題に言及するようになり、熱い話になっても話し方はいたって紳士的である。ただ、一般の外国人はみなパレスチナのことをちっともわかっていないという意識で話してくるので熱くはなってくる。アラブの人がパレスチナを語ると長くなるし、相手がまったくわからないと熱くなってくる。
 
 まずパレスチナのことを基本的なことだけはきちんと歴史認識していることをわかってもらうのに少し手間取った。歴史と現状についておおよそ認識しているとわかると落ち着いていろいろなことについて、双方充分に話せた。しかし、最後に、自衛隊のイラク派遣の話になっていって、これによってこれまでの日本の認識が大きく影響をうけたことをまざまざと知った。
 
 話題がCBRプロジェクトからそれてしまい通訳してくださっているJICAの方に迷惑でないかと心配になってきたのでそろそろ話をおさめなければならない。

 「どの国にも、国としての立場、そして、国民それぞれのスタンスがある。それを100%すべてどちらかの方向に引っ張るのは不可能だし、そうあるべきでもない。ただ、知っていて欲しいのは、私たち、多くの一般国民は物事を正しく見て、平和になる方向へと進みたいという考え方を強く持っている。」そういって、CBRから離れすぎたこの日の議論を納めた。
 
 国が異なれば、思考の背景となる歴史認識も直面する問題も異なるので、十分満足する話であったかはわからないが、こちらの考え方や私という人間をある程度理解してもらえたように思う。
 熱い議論もあったが、シリアの人と充分に話せてよい一日だった。

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by miriyun | 2005-10-29 22:13 | シリア | Comments(6)
Commented by すざく at 2005-11-20 16:10
miyurinさん、はじめまして。
こよみのページからきたすざくと申します。
私はイスラム圏の方にもボランティアで日本語を教えたことが
あります。シリアには行った事がありませんが。
10月29日って確か「ラマダン」の真っ最中でしたよね?
ムスリムのお仲間と日中食事して大丈夫なんですか?
初歩的な質問ですみません。
Commented by miriyun at 2005-11-20 22:30
 すざくさん、ようこそ。心配させちゃいましたね。
 じつは10月13日のドバイのところがこの旅のスタートで、そこに2004年8月の記録ですと入れてあるのですが、以前から見ている人はともかく、あとからみたらわかりませんよね。今回の蜃気楼もそうですが、あまりにためすぎた資料をまとめて、少しでもイスラームの自然と人々への理解が進むようにと始めたブログなもので、時系列関係ナシに書きたいところから描いているんです。ですから、もちろん写真はラマダンの時ではなく一緒に食事をさせていただきました。これからも続きのシリアやレバノンのたびを書くつもりですし、日付どおりに経験したことも入ります。
 ややこしいすすめかたですいません・・・   
 すざくさんはどこの国の方に教えたのですか?
Commented by すざく at 2005-11-21 18:38
私が教えたことがあるのは、スリランカの方々です。
ちなみに全員男性です。女性はいません。20代から30代くらいですね、
年齢的には。
Commented by miriyun at 2005-11-21 21:59
スリランカは一般的には仏教国で通っていますが、実は仏教は70パーセントくらいだそうですね。スリランカが親日的であること以外はあまり知りません。スリランカのムスリムの方は普段は何語を話し、文字はどの文字を使っているのか興味があります。
Commented by すざく at 2005-11-22 19:26
私が教えているのは、スリランカでもマイノリティーのタミル人です。
言葉はタミル語と英語ですね。文字はアルファベットがメインではない
かと思います。
Commented by miriyun at 2005-11-23 01:51
教えてくださってアリガトウございました。
今現在、タミル人に教えていらっしゃるようですね。


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