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2010年 11月 21日

天平のマエストロの作品*音声菩薩・・・東大寺八角燈篭その2 

1.天平のマエストロが作り出した  
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 東大寺のあまりにも広い大仏殿の敷地内に入り正面に立つと、あまりの大仏殿の大きさと中におわします大仏に圧倒されて、4.6mの高さの八角灯篭を見もせずに通り過ぎてしまう観光客も多い。
 しかし、足を止めてじっと見たならぐるりと回ってみたくなる。
八角燈篭の火袋の面のうち、固定の4面は、楽器を奏でる音声菩薩像(おんじょうぼさつぞう)があらわされる。これこそは天平のマエストロの作品といってよい。


2.天平の調べを奏でる音声菩薩

A:横笛を吹く菩薩
・・・八角燈篭の南西側  ↓
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 横笛の穴を押さえる左右の手指もくっきりと表されている。
足元の三重の飾りもとても細かいきざみや花びらからなっている。




B:縦笛を吹く菩薩
・・・北西側  ↓
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 笛のややしなったような表現がいかにも外へその音を響かせようとするかのようである。
あごの下、笛の下は空間が空いているのだろうか。立体感があって影ができている。その姿は風格がある。




C:鈸子(ばっし)をもつ菩薩
・・・北東側  ↓
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両手で鈸子(ばっし)を持ち、微笑みながらそれを上下で軽く打ち合わせる。ちいさな金属のシンバルをもつ菩薩である。


D:笙(しょう)を吹く菩薩・・・南東側 ↓
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 ふくよかなお顔の頬がふっくらとして目はあくまでもやさしくほっとするようなお顔だ。衣の豊かに流れひだがたっぷりと重なる様や腕の質感髪の毛など、天平とはなんと豊かな古代ギリシャのような時をつかまえていたものか・・・。
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                                            ↑ 現代の笙(鶴ヶ丘八幡宮にて撮影)
 笙とは17本の竹を組んでつくった奪木だ。現在ではこの写真のようにリードではなく直接この楽器の根元に口をつけて響かせる。
 ところが音声菩薩はややしなった長い吹き口を通して吹いているのがくっきりとあらわされている。正倉院に保管されている笙もこれと同じ長さとカーブのある吸い口であるから、この形が本来の形であるといってよい。現在ではもう中国にもこの長い吸い口の笙はなくなってしまったという。

大仏を鋳造するくらいだからこのころの日本の技術がj高度であることはわかっているが、石や木を削るならともかく青銅でこれだけ細かくたおやかに表現できるとは・・・。


3.盗難・・・どれがレプリカか?
 この八角灯篭は燃えたことはないが、現代になってから残念なことに盗難にあった。金属をどうやって盗むのか。菱形の格子の部分を無理やり道具を使って引きちぎるような荒っぽい盗みにあっている。
 国宝であるから泥棒もとても売ることはできないし、この菩薩の姿に魅せられてしまったおろかなる者なのかわからないが、結局盗まれた菩薩像は帰ってきた。
 ところが引きちぎられた金属は元に戻せない。そこでその盗まれた部分はそのまま保管され、それにそっくりに作ったレプリカがはめ込まれているのだ。

          ◆どれがレプリカか?

いつも骨董収集家や鑑定士になったつもりで見てみることを同行者に勧めると一様に見方に力が入り思わず身を乗り出し4面を見回る熱心さが嬉しい。いいものはそうやってじっと見て良さがわかる。
国宝の中でも八角灯篭は本物とレプリカの比較ができる稀有な存在なのだ
 なお、日のあたり加減や撮影の状態で色やピントが様々なのは自分の腕が悪いのが原因なのでご勘弁を。

           ◆答え◆・・・Cの鈸子(ばっし)をもつ菩薩である。時代を感じさせないつるっと新しい感じが否めない。
 なお、東大寺八角燈篭は全体を金で鍍金していたのであるから、創建当時は大仏殿の前で輝いていたのだった。 今こうしてみるとAとBには若干色が微妙になっている部分がある。断言はできないが、かすかな鍍金がのこっていて、光のあたり具合で色が異なって見えている可能性もある。


 ◎最後に自分が見てきた中でもっとも鈸子(ばっし)に似ていたものを紹介しよう。
レバノン山脈の町のおじいさんが奏でてくれたこれだった。
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フィンガーシンバル。ベリーダンサーやこのおじいさんのように踊りながら使うこのように両手に2セット持って踊る。音楽家達がオーケストラや軍楽隊で使う場合は一組だけ使う。片手に一枚ずつ、親指と人差し指で紐をつまみ、円の縁を打ち合わせるのだ。
 この使い方は鈸子(ばっし)をもつ菩薩像と一致する。オスマン帝国の軍楽隊メフテルでは、標準装備の楽器として用いられている。
 これも東西で同じようなものが使われているのが興味深い。
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 この文明においても楽器は自然に発生して人々を楽しませる。聖武天皇のころにもいろいろな楽器がはいってきているが、それを奏でる菩薩像がこれほど指の動きまで確かに表されているというところに感じ入った。
 天平の時代、国際的になり、当時のすすんだ文化のペルシア・ローマ・インドそして中国の進んだ文化が一斉に入ってくる。それと共に鮮烈な文化の洗礼に目覚めた人たちの中から意匠・工芸に優れた人たち、今風に言えばマエストロたちが現れ、天平の文化が香り高く花開いたのだ。


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by miriyun | 2010-11-21 18:23 | Comments(3)
Commented by 谷間のゆり at 2010-11-21 23:54 x
好いものを見せて頂きました。繊細な細工を作る時は、蝋と松脂を混ぜた物で形を作り、それで雌形を作って、熱を加えて、蝋を溶かし、其処へ銅を流し込んで作ると聞きました。
そうして作ったものは、蝋型と呼ばれ、一つしか作れないので、骨董では値段が高いそうです。
作りなおした物がどれとわかって再度見ると、違いがくっきりしますね。
錆の色が違うし、何より繊細さが足りませんね。
東大寺には行って灯篭も見たのですが、模様はすっかり忘れていました。
ちなみに、蝋型の小さな花入れを、岡田幸三先生に譲っていただいて、一点だけ持っています。
Commented by 谷間のゆり at 2010-11-22 09:35 x
追伸 蝋は蜜蝋だという事をおもいだしました。
Commented by miriyun at 2010-11-22 21:29
谷間のゆりさん、
なるほど~!大仏をつくる技術と同じで、このつくりでは一つしか作れないから価値が高いわけですね。
蝋型は蜜蝋を使用するのですね。
世界のいろいろな場面で蜜蝋が登場して来るので興味深いです。


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