写真でイスラーム  

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2019年 10月 30日

ジャカランダの咲く街ミハス

1. ミハスMijas   
ミハス・・・Jの字をjとは読まずにhと読むことを実感する街の名前。
そういえば、ジャパンはハポンになってしまうのがここからも納得。

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ジャカランダの紫に気持ちが浮き立ち、教会の横の見晴らし台に立つと、眼下に街並みが広がる。
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ジャカランダは南アフリカの並木道がよく知られていて一目見てみたいものだと思っていたが、小規模ながらここで目にすることができてとても嬉しい。
 たくさんの木々が花でうずめられるプレトリアなどの写真を見ると紫雲というのがよく似合う花と言える。

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こちらは黄色(名称不明)
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それにしてもマメ科の木々は赤からピンクに黄色、それぞれ名前は異なるが盛大に美しい。




2.アーモンドを煎る香りに満ちて
    

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道端の屋台で、黒砂糖をまぶして、アーモンドを煎っていた。
花は美しく、遠望涼やかなこの場所で、程よい甘い香りが漂い、いやでもひかれてしまう。
この町ではアーモンドやクルミなどのナッツの煎り菓子が名物のようで街中にも大きな専門店があった。

きれいなお店もいいが、この見晴らしの中でのアーモンドおやつは最高だった。
                                                                                                                                                                                                          
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-10-30 11:07 | Comments(2)
2019年 10月 10日

ミニアチュールに表されたイブラヒムパシャの家

1.スレイマンの息子たちの割礼式    

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1530年、カーヌーニ・スレイマンの皇子たち、メフメット・セリム・ムスタファ皇太子の割礼式がイブラヒムパシャの宮殿で行われた。

イブラヒムパシャパレスには全部で4つの中庭があったがその一つなのかも知れない。円柱の上に彫像があり不思議な絵になっている。ギリシア彫刻などであれば、イスラームで考えられない露出度であるためなのか、不思議な絵になっている。

 

2.同じく割礼式    
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1530年、カーヌーニ・スルタンスレイマンの3人の息子の割礼式。イブラヒムパシャの宮殿に賓客とし。
おそらくは白いターバンがスルタンスレイマン。

服装・ターバン・馬・楽器など当時の様子が興味深い。
しかし、それ以上い目を引いたのがこの細密画の上半分である。
上部にイブラヒムパシャの宮殿が描かれている。

更に宴たけなわ。
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先ほどの馬上の人物は、家臣にかしづかれて張り出しバルコニーから見物している。
食事や出し物などにぎにぎしい感じが出ている。
そしてオベリスクや鉄柱など3つの柱も描かれている。500年も前のヒポドロームにこれらの歴史的遺物がこの地にあったということだ。

しかし、ここではあえて背景のイブラヒムパシャ宮殿を注目してみよう。
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左に張り出しの屋根付き張り出しバルコニー。
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これが現在の屋根付き張り出しバルコニー
オスマン帝国外伝でも後宮でだれがバルコニー付きの部屋を賜るかというのは大きな関心事だった程、バルコニーは家についての欲求の中で大事な位置を占めている。

②屋根付き観覧バルコニー
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現在の様子
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下から見上げたえんじ色の部分が2階に日陰を作っている観覧用のバルコニー

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その2階から下を見る。軍楽隊もパレードも大道芸人の芸も非常に見やすかったことだろう。
トプカプ宮殿にもこれほど開けた場所で風通しもよく心地よく上から眺められるような場所はなかったように思う。
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更に3階部分から眺めた屋根付きバルコニー
                                                  ③  
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そのバルコニーの後ろに大木。
すなわち空中庭園、2階の部分に作った中庭には大きな木があり、それが印象的なものとして描かれている。
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ミニアチュールとパシャの宮殿の現在を比較してみるのも楽しいものだ。
                                                   ~~~~~~~~~~~~~~~~~
 イベントやら台風対策やらで、ここのところ忙しく「オスマン帝国外伝」を見ることができなくて録画をため込んでいる。このドラマの始まった時からイブラヒムパシャの動向が気になっていて焦点を当てていたのだが、果たして彼はまだ生きているのだろうか・・・史実からするとそろそろ危ない!それに慎重なはずの彼が言ってはいけない言葉を言いすぎている。
                                         
                 
   


   
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-10-10 22:32 | Comments(4)
2019年 10月 08日

イブラヒムパシャパレス

1.イブラヒムパシャパレス(サラユ)    

 16世紀のオスマン帝国の最も重要な作品であるイブラヒムパシャサラユ(サラユはトルコ語、宮殿の意味)は、スレイマン1世、ザマグニフィセント(壮麗王)の2番目の大宰相パルガル・イブラヒム・パシャにちなんで名付けられた宮殿で、英語ではイブラヒムパシャパレスと紹介される。

  イブラヒムパシャパレスは16世紀に建てられた唯一の王室建築物であり、 他の宰相・官吏・王室の宮殿とは異なり、石造りで作られており、そのため、何世紀もの試練に耐えることができ、現存している。
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↑ヒポドロームには、高木がたくさんあり、
そのためイブラヒムパシャの宮殿を一望することはできない。これは西側の一角である。

 実際にはヒッポドロームに面したファサードは幅140mあり、ユニークな形をした宮殿である。
 宮殿は、ローマ時代に遡る歴史的なヒッポドロームの層の上にあり、 正確には知られていないが、最初の建設はバヤジット2世の治世中に行われたと考えられている。(1481 -151 2)。( 歴史文書では、ヒッポドローム宮殿、軍事バンドハウスマンション、ロイヤルテントキーパーズマンション、またはテントマンションとも呼ばれていた。 )

 ヒポドロームはトプカプ、アヤソフィアに連なる広大な土地である。スルタンの住むトプカプ宮殿に参上するには近距離でありながら、それでいて独立した一区画をもつその場所の利便性・重要性がある。政務をするにも、バザールや諸外国からの船の様子を視察するにも近い場所だった。
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ヒポドロームはローマ時代の馬による戦車の競技場だったところから、現在に至るまで整備された平地で石畳の公園のようになっている。トプカプ宮殿方面からくればこの石畳の奥右側にパシャの宮殿が見えてくる。



2.側壁から形状を見る

イスタンブールに海まで丘が連なっており、北のバザール方面からヒポドロームは坂を下るようになっている。そこに立てた宮殿なのでその坂から見ると思い切り坂に添って建築された様子が見られる。
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かなりな坂に添って基礎を増やす形で、下るほど高さがある形になっている。
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頑健な厚い壁に小さめな窓。側面なので1階部分に窓はなく壁だけ。
下側の四角い窓は2階の窓。
上の四角い窓とアーチ型窓は3階の窓。

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3階の窓を内側から見る。天井が高い。この窓からの採光は中から見るとなかなか明るい。


 

 イブラヒムパシャは、皇女ハティジェと結婚してこどもを持ち、スルタンスレイマンの信頼を得て、実に13年間もその地位を保った。(今、放映中の「オスマン帝国外伝」では、その命が風前のともしびになりつつあるところが描かれているが・・・)

 彼は、陸での戦いはイブラヒム、海での戦いはバルバロスと讃えられ、ヨーロッパ各国とそこからの使者への扱いにも長けていたようだ。
 イブラヒムパシャの宮殿ではさまざまな式典やイベントや外国の大使を招待しての主催した会などが行われた。

 スルタンの妹の家でもあるので、スルタンスレイマンはたびたび訪れたはずである。

                                                             
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-10-08 14:33 | トルコ | Comments(0)
2019年 10月 04日

イブラヒムパシャの庭にて

1.イブラヒムパシャ

 トルコは今自分の中では16世紀がテーマになっていて、とくにスレイマン1世とその大宰相であったイブラヒムに注目している。もろにオスマン帝国外伝の影響下にあることを認める。
 現在のギリシャ領パルガに1493年に生まれ、デヴシルメにより強制徴用され、奴隷階級から大宰相まで上り詰めた人物である。最も当時のデヴシルメという仕組みは外部から連れてきたキリスト教徒の子供をイスラム教徒に改宗させ、各種の素養から技術まで徹底的に教育して、将来の官僚・官吏・軍人などに育てあげる仕組みだったので、いわゆる鎖につながれた奴隷というイメージとは異なる。
 条件は異なれど出世ぶりだけをみれば、百姓の息子日吉丸が織田信長に見いだされ羽柴秀吉(のちに豊臣)という戦国大名になっていく様を見るような痛快なほど出世した人物だ。
 
 大宰相イブラヒムパシャの家は石造りで、そのため、家の盛衰はあっても、建物としては現代まで残された。

2.イブラヒムパシャの庭園    
まずは、あまりの居心地の良さにどっぷりはまってしまった庭園から。
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オリーブの木の下に、ラベンダー
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ラベンダー通りと言いたくなるほど高さのあるラベンダー
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蝶が無数に飛び交い、蜜を吸う。
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東屋のようでもあるが、長さが廊下のような屋根つきのところにすわれば、夏の暑さの中でも心地よい。
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風が吹きわたる。

なぜなら、イブラヒムパシャの庭園は2階部分にある空中庭園。
ここにある写真は全て2階なのだ。

女性たちはむやみに見られることなく風景を眺めることができる。
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 屋上かというとそうとも言えない。

この庭園の横に3階への階段があり、そこには広い部屋や小さな部屋が庭園を見おろすように連なっているのだ。
皇女ハティジェとイブラヒムパシャが愛しんだ庭園、もちろん今ある植物や配置が同じだったわけでないだろう。ドラマのように中央にあずまや、あるいは噴水が置かれたのかもしれないし、彫像を置いたのかもしれない。

 時を遡って妄想できる~そんな空間だった。
                                                                                                                                                                                                        
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-10-04 22:09 | トルコ | Comments(6)
2019年 09月 17日

スレイマニエ・ジャーミー監修版(2)4つの円形カリグラフィー

 スレイマニエジャーミーのカリグラフィー続編。

メインドームを支える巨大な4本の柱の最上部には4つの円形カリグラフィーがある。
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 祈るムスリムはもちろん、モスクの美しさに見とれるツーリストもここには何が書かれているのか知りたいと思うであろう。
 自分もそうは思っても、自分が好きな言葉などは読めても知らない言葉は読めない。
また、ムスリムで幼いころからコーランを暗唱している人でも、このようにいろいろな書体で円形にデザインされているとなかなか読みにくいのではないだろうか。トルコはこれらの建築物がつくられたころはアラビア文字を使って普通に手紙もこの文字で書いていたが、今は使っていない。そのため一般の人にあまり読めないと聞いている。

 前回に引き続き、本田孝一先生監修版をお送りする。 

~~◆円形カリグラフィー(本田孝一氏:監修版)~~~~~ 
上の写真中の4隅の円形カリグラフィーにA~Dの記号を付けた。

それに合わせて、解説していく。

A

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(各写真は一方向からの撮影のため、長楕円形に見えるものを円形に近づくように修正しているので、真円ではなくて歪みがある)

まず大きな文字で書かれた文字。
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↑『集団章』-62 「また、彼は凡てのものの管理者である。」この言葉が、4回繰り返して輪になっている。
さらに小円にはصدق الله العظيم「偉大な神は正しいことをのたまわれた。」という言葉が4回繰り返されている。
صدق الله が小円の外周で、さらに中心部に四角が4つあるがこれは直線的な文字であるクーフィー書体を用いてالعظيمを続けている。短い言葉だが、4回繰り返すことにより独特のリズムを生み出している。

B

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『夜の旅章』-84 「言ってやるがいい。各人は自分の仕方によって行動する」のうち、
外周円に、「いってやるがよい、各人は行動する」の言葉が4回繰り返されている。
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中心円には「自分の仕方で」を表わす文字があらわされている。
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↑上の文字の一部である3つの点と2つの点を合わせて5つの点として配置している。
(まるでイチョウの葉のように描かれているの文字で更にその間に5つの点があるので、ますます文様のように見える。実に面白くデザイン化している。)

さらに中心には الله (アッラー)がクーフィー体で書かれているのだ。


C
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『雷電章』-16
「言ってやるがいい。アッラーは凡てのものの創造者であり、かれは唯一にして全能であられる。」
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外周円には、この言葉のうち、
言ってやるがいい。アッラーは凡てのものの創造者であり
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までが書かれ、中心円には、かれは唯一にして
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さらにその中心に 全能であられるお方を意味する
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が、やはり、クーフィー体で置かれている。

D
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『フード章』-88 アッラーによる以外にはわたしの成功(タウフィーク)はないのである。
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このうち、外周円で最後のアッラー以外の文字が4回繰り返され、
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中心円にはアッラーが4回繰り返されている。
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さらに、その中心にはクーフィー体で
جلّ جلاله
という、アッラーという言葉のうしろに付ける崇高さを表わす特別の敬句を入れている。

◆なお、天蓋の金のカリグラフィーを含めた5つの円すべて、スルス体よりも古い書体であるムハッカク体で書かれている。

             以上、ここまで監修版
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

≪雑感≫
4か所の円形カリグラフィーではいろいろな章句の言葉をとりあげ、巧みに同じ大きさの円形に配して調和させていた.
4つの円では外周から中心に向かって読み、最後はクーフィー体で大事な言葉を中心に置きまとめ上げている。
 文字の配置の妙と意味を知ることで、より深く記憶に刻まれ、またスレイマニエジャーミィーのカリグラフィーへの書家の思いを知る。

 文字おたくは思う。
文字があれば知りたくなる。どう並んでいるのか、どの順番に読むべきか。
それが解き明かされていく過程には、知の喜びがある。


                                           
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-09-17 21:45 | アラビア書道 | Comments(0)
2019年 09月 16日

スレイマニエ・ジャーミー監修版(1)ドーム天蓋のカリグラフィー

1.スレイマニエジャーミー ドーム天蓋のカリグラフィー    
 スレイマニェジャーミーの天蓋のカリグラフィーについては、ガイドブックやトルコ紹介のHPなどで光の章と表されていることがあり、そのつもりで読んでみると、天と地などの単語は同じながら、全体の分としてはどうしても一致しない。そこでトルコ語サイトをいろいろ調べてみたりして、やはり光の章があったり、光の章が分散してドームにに書かれているような表現もありすっかり迷っていたのだが、今回師の解説をいただき、このメインドーム天蓋に書かれた言葉が別の章の言葉だとわかった。

 そこで、本田先生監修版として、改めてこの金のカリグラフィーについて紹介する。



2.金のカリグラフィー <本田孝一氏監修版>  
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この金文字のカリグラフィーは、写真の真下(6時の方角)から始まり左に向かって読み進む。
最初は、「バスマラ」と呼ばれる言葉で始まる。

بسم الله الرحمن الرحيم



そして、8時の方角からいよいよコーランの章句が始まる。

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創造者章ー41節である。
本当にアッラーは、天と地(の運行)を、止めないよう支えられる。
もしそれら両者が、とまることがあるならば、かれをおいて何ものもこれを支え得るものはない。
本当にかれは、我慢強い方、何回も赦される方であられる。
 
               ここまで、監修版
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

《雑感》
 スレイマニエジャーミーのドームの高さは53m、その天蓋にある金のカリグラフィーについては長いことどの章句なのかとと疑問に思っていたが、ようやく創造者章とわかり、章句とカリグラフィーとを合わせて読めて気持ちの上でも長年抱えていた疑問が消えてすっきりした。
 そして、その章句は最も高い位置に置くのにふさわしい言葉でもあった。
なお、これの中心部分は金の幾何学文様のようで美しい。ここは文字ではなくて文様となっている。アラビア文字のアリフやラームなど長い縦線を中心まで伸ばしつつ、そこから複雑な組みひも文様をつくっている。実に美しい作りである。
                                                                                                        
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-09-16 17:58 | Comments(0)
2019年 09月 09日

トンボサミット&フォトコンテスト

1.トンボの写真    
 台風が近づく昨日、一つは貴重な講演会を聴きに、一つはフォトコンテストの表彰式参加ということで忙しく移動していた。
小さなインスタフォトコンテストで気楽に出すことができるというので、人に勧められてトンボ写真をアップした。ほとんど写真の印刷をしなくなった昨今、データだけで応募できるのはいい。
そんなわけで、地元で撮影した写真を出していたのだ。

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『美しきテリトリー争い』

被写体は赤いショウジョウトンボと、青いシオカラトンボ。
この池はとても小さな池で、よくぞ、こんな住宅地の狭間でトンボたちが生息しているというような場所なのだ。

 周辺に田畑が多くカエルがゲコゲコないていた昔にはあちこちにこんな池があり、周辺のこどもたちがザリガニをとったりして遊ぶのは普通の風景だった。しかし、宅地化の波が押し寄せ、次々とこうした池や草地は消えていった。
 その中でこのちっぽけな池は奇跡的に残されたのだ。わずかな湧き水があるから人がはいらないように柵で囲い、かろうじて水辺を残してある。ここまで散歩するのが好きなのだが、池自体は一周するのに1~2分の本当に小さな池なのだ。そこには小さな生き物たちがわずかな水辺であっても命をつないでいた。

昔からの池が今も生きている。
水辺の生きものも元気だと人に知らせたいという気持ちで、ほとんど投稿したことがない休眠状態のインスタに載せたのだった。

 これに最優秀賞という賞をいただき、トンボにちなんだ賞品までいただいてしまった。ありがとうございます。



2.トンボ市民サミット
 これまで全く知らなかったのだが、全国トンボサミットというのがあって、トンボという環境の変化がすぐに絶滅につながってしまうデリケートな生物の環境を含めて市民レベルで毎年全国大会をしているという。
企画展・基調講演・分科会などがあり、そのあとに閉会式がある。
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 そこの会場に閉会式までに来てほしいということで急いでいたのだが、何とかたどり着くと、まだディスカッションのさなかだった。パネルディスカッションをしたり、小中学生による発表や熱い意見があったりした。官公庁主催ではなく市民レベルの熱心な活動に感心した。
関係者にお話を伺うとそっと捕獲したトンボの翅に印をつけて、どこまで移動しているかとか、生存している種を調べたりすることを継続して行ってもいるということだ。
来年は愛知県豊田市ということでこの会は閉会した。

トランプ大統領が地球温暖化を否定して以来、世界的に環境問題は推進力が弱まってきている。 
そんな中で久々に、環境をトンボという生物を通して真剣に考える地道な活動に携わる人たちがいて、こうして年に一回集まってくる人たちがいるということを知ることができた。

 明るい気持ちになって外に出たら、台風前とはいえ空は明るく広がって見えた。(夜は台風で大変な状態になりましたが・・)
                                                                                                                                                       
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-09-09 22:16 | Comments(6)
2019年 09月 06日

ヒルエとは

1.Hilye-i Şerif ve Tesbih Müzesi 展示作品のカリグラフィーの形式    

 元シヤヴシュパシャのマドラサで、改修されて「高貴なるヒルエと数珠の博物館」となった博物館を紹介したが、トルコ語サイトまでいろいろ調べてもスッキリとはわからなかった「ヒルエ」。

コーランとハディースとカリフ名などからなり、一様に何らかの型があるようだとは想像しても、それが何なのかどこにも記載されていない。・・・と思っていたらアラビア書道家:本田孝一先生からのご指摘で「イスラム書道芸術大鑑」に記載されていることが分かった。
 

2.ヒルエとは   

イスラム書道の形式の一つであった。

日本語訳は「装飾書版」。
17世紀末、ハーフィズ・オスマンがハディース(ムハンマドの言行録)の中の伝承を使い、それを壁にかける板版に仕上げたのが最初といわれる。しかし板に張り付けられた作品は痛むことが多く、のちに大判の紙から厚紙を製造できるようになると装飾書版の制作も容易になった。19世紀には宮殿や家屋を飾る主要な装飾として人気を博したという。
  
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↑ 「イスラム書道芸術大鑑」をもとに説明用に作成。幅の設定などは大まか。


◆1~11の部分に何が書かれるのか要約してみる。
1.バスマラ(「慈悲深く慈愛あまねき神の名において」という聖句)だけが書かれる。
2.中心部分の円形(または楕円・四角形)。ここには伝承の文章。
3.三日月部分。金彩あるいは装飾文様。
 
*中心部分は太陽、三日月文様は月ととれる。
2と3を囲む四角部分は装飾書版ヒルエの中でも最も豪華な装飾で満たされている。

4~7 正統カリフ名 
8.コーランの章句
9.末尾部分。装飾書版の文章の続きで、「祈祷(ドゥアー)部分」と呼ばれている。書家はこの部分の終わりに名前と制作年月日を記入する。
10・11. 末尾部分の両脇は「コルトゥク」(肘掛け椅子、または肘の意)と呼ばれ装飾が施される。

一般的な形であり、常にその形というわけではない。
     (『イスラム書道芸術大鑑』〔編・監修〕IRCICA 〔訳・解説〕本田孝一 平凡社刊より要約、引用)


3.ヒルエがわかってから見ると・・。
わかりやすい!

例えば、先の「高貴なるヒルエと数珠の博物館」の作品で、この基本形に忠実な作品を見てみよう。
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上のヒルエの形式番号の位置と比べながら、
1.一番上にバスマラ、確かに・・・。他の作品も書体はいろいろだが確かにバスマラしか書いてない。
2・3.円形と三日月。文の意味は不明。三日月部分は装飾
4~7 確かに正統カリフ。しかも4~7の位置に正統カリフの1代から4代まで順番通りに置かれている。
8.コーランの文言。そういえば芸術大鑑にはここで使われることの多い章句の例が載っていた。
調べたら、ぴたりと一致。預言者の章107節「神があなたをお遣わしになられたのは万世への慈悲のために他ならない」

9.自分では読めないがドゥアー部分
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末尾に年号が見える。ヒジュラ歴だが、不鮮明で1421年か1431年か。
1421年とすると西暦2000年のころのこと。だから現代の作品が飾られていると分かる。

10・11.装飾 

一つの形式がわかるだけで、実に興味深くなるものだ。
美術館や宮殿でこうしたものを鑑賞の折りにはヒルエの形式を参考にしていただければと思う。

                                                                   

                                                                                                                                      
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-09-06 10:59 | アラビア書道 | Comments(2)
2019年 08月 30日

キョウチクトウ

1.トルコにて    

カフェの脇にこれ以上ない満開状態のピンクの花が咲いていた。
思わず吸い寄せられるように何の花だろうかと見に行った。


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幹が思ったより細い。この細さに対して花の量がすごすぎる。

 

2. インド原産キョウチクトウNerium oleander var. indicum)  

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日本ではこのように細い葉のほうが目立ちその間に花が咲く。これにも八重咲はある。
街路樹としてどこの国でもよく植えられている。

.西洋キョウチクトウ( Nerium oleander)
しかし、トルコの八重咲のは西洋キョウチクトウなのか、花の咲きようが激しい。暑さが合うのか盛大な咲き方をしているのに驚く。
実際のところ、原産地の異なる2種のキョウチクトウに交配されたキョウチクトウも加わって、どの品種かわかりにくい。

それにしてもいずれの種も、暑さにも寒さにも排気ガスにも強い、干ばつにも強いという植物である。

それに対動物性の強さも持ち合わせている。
つまり有毒植物であることで、動物を寄せ付けない。ここまで強くある必要があったのだろうかと思わせるほどの強さを持つ。



スペイン、アンダルシアでもその繁茂ぶりを見てきた。
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↑ロンダ
スペイン語では、adelfaという。(以前にフォロワーさんに教わった)

横に広がり結構大きな木になる。
この大きさで花から枝から根まで全草毒だというのだから驚いてしまう。
そう考えるとこの木の下ではピクニックをして食事を広げるのは危なそうだ。

4.ベルベル語ではAlili
南西アジアやアフリカにも多い。中でも、モロッコのヴォルビリス( وليلي
‎,Walili)の街にもキョウチクトウ(ベルベル語でキョウチクトウはAlili)があふれ、その町の名になったともいわれている。

◆実に広範囲に咲いているたくましい花である。
有毒植物であることさえ注意しておけば、暑くて他の花が少ない時期にこれほど華やかに咲いてくれる植物は貴重ともいえる。
                                                                                                                                                                                                         
                                       
                                                    
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# by miriyun | 2019-08-30 15:43 | Comments(8)