タグ:植物の話(葦・ザクロ・綿花・桑・オリーブ・ひまわりなど) ( 22 ) タグの人気記事

ザクロ街道(2)~アナトリア

1.ザクロ
c0067690_11454190.jpg

アンタルヤ海岸の陽光のもとで・・。
ザクロって、緑から赤への色づきが鑑賞にあたいするほど美しい。



2.遺跡と果樹と 
c0067690_12113319.jpg

c0067690_12113640.jpg

 エフェソスの日射しの強烈な中、果樹の緑は目にも心にも心地よい。


c0067690_1142629.jpg

 世界遺産クサントス・レトーン遺跡のなかで。
アナトリアでは、ごく普通に各地にザクロの木がある。数ある世界遺産の遺跡の中であたりまえに、イチジクやブドウ、オリーブ、ザクロが点在する。
c0067690_11402480.jpg

やや色づき始めたころ


c0067690_11454513.jpg

 カイマクル地下都市脇で無造作に積み上げられていた赤いもの、近寄ってみればそれはザクロの山だった。
 中東ではバザールやスークの果物屋ではきれいに種類ごとに積み上げて色合いまで考えた配置にしているものだが、ここでは地元のザクロが次々と無造作に載せられていた。レモンが彩りを添えるために載っているのがわずかにトルコ的だった。
 それにしてもザクロが外皮が強くて日持ちがするからできる積み上げ方だ。
                                                一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   

                                                                  
人気ブログランキングへ
by miriyun | 2016-09-19 12:13 | トルコ | Comments(6)

地中海の風に揺れるオリーブ

1.地中海の風に揺れて
c0067690_8331440.jpg

風に揺れる青きオリーブの実

c0067690_8335159.jpg

地中海地方には欠かせないオリーブ

オイルも実も慣れてくると病み付きになる。






2.レトーン遺跡のオリーブ古木 

c0067690_835639.jpg

これだけの実を成らすオリーブの木は・・・、

c0067690_8354264.jpg

地盤のゆるみか傾いてきているが、こんな大木。

c0067690_8362825.jpg

その幹の太さに、オリーブの木の歴史が刻まれている。

農業的に言うならオリーブは30~50年くらいのといわれるが、
最も長いものは3000年はあると言われるオリーブの寿命。

この木は、どれだけレトーンを見つめてきたのだろう。
                                                一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   

                                                                  
人気ブログランキングへ
by miriyun | 2015-10-23 08:38 | Comments(6)

タマリンドの話

1. 甘くて酸味のあるタマリンド 
 タマリンドはアフリカ原産だが、インドでも東南アジアでも育つ。
タマリンドはやや酸味のある、しかも甘い実であるから、種類も薬になるものから果物のように食されるものまでいろいろある。

 おそらく一番身近なものとしてはアフリカ・中東・インド・東南アジアなどでジュースとして接した方が多かったのではないだろうか。
◆中東ではこんな格好で売り歩いている。

         
c0067690_14491546.jpg

           ↑ タマリンドジュースを注ぐ。かなりかがまないと注げない 。
c0067690_14494110.jpg

                           
 
c0067690_14495857.jpg

        ↑ ダマスカスのタマリンドジュース売り


2.タマリンドのさや 
 タマリンドの木は熱帯・亜熱帯に高さ20m以上になるが、そこに長さが7~15cmほどのさやができる。
c0067690_14501960.jpg

          ↑    タイの路上マーケットにて
この肉厚でやぼったい茶色のさやの中にはもちろん種子があるのだが、そのさやと種子との間はペースト状の黒褐色の果肉で満たされており、 この果肉は柔らかく酸味と甘味があり、食用とされるのだ。

 その酸味と甘みにより、料理やドライフルーツ、砂糖漬け、シロップにジュース、塩漬け加工食品の増粘剤、風味づけ、そして薬にまで多様な使い道がある。
 インドのマクドナルドで売られているハンバーガー(牛ではない)にはタマリンド(ヒンディー語でイムリー)を使ったソースもある。

3.タマリンドはアラビア語から
 さて、タマリンドとよんでいるが、これはタムル・ヒンディーというアラビア語からきている。
タムルは乾燥させたナツメヤシの実(デーツ)のことだ。ヒンディーはインドだからインドのデーツと言う意味になる。
تمر هندي
 中東地域へはインドからのまるでタムル(デーツ)のような食品として交易されたからこう呼ばれたようだ。

紀元前からアフリカ経由のタマリンドは古代エジプト王朝に入ってきていた痕跡がある。
それとは別に一般的にはおそらく海のシルクロードを通って「、交易品の1つとして中東の交易拠点に入っていったのだろう。

 タムル・ヒンディー
 
これが英語やフランス語圏・スペイン語圏ではHが発音されない。(かっては英語では発音されていたHも母音の前は読まない習慣になったりしている)

     結果的に、タムルンドとなり、
             タマリンドとなった。


こうしてアラビア語でよばれた言葉が
  現在はタマリンドとして世界に通用している。
        言葉の変遷はたどってきた道をあらわすものとして実に面白い。

                                                一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   

                                                                  
人気ブログランキングへ
by miriyun | 2014-07-12 15:22 | Comments(10)

エジプト綿

1.アジア種 
c0067690_23454463.jpg


綿花には4つの流れがある。古代インドがアジアの2種のルーツだろうとされている。今でいうとパキスタンのあたりである。
あおい科のわた属(Genus Gossypium)には綿毛が生じない野生種もあるが人が目を付けたのはもちろん、綿毛があるほうだ。

アジア綿はワタ毛が短い(20.6mm以下)。パキスタンのインダス川流域・シンドが起源とされ、ビルマ、インドネシア、中国、日本に広がる。手でつむいだり、布団綿や中いれ綿、脱脂綿として使われる。

また、メキシコ南部あたりが原産地の綿花は、いま栽培されている綿花の90%以上をしめる。どんな土地でも育ちやすい。機械紡績にもあうように品種改良されてきたため、生産はここ150年ほどの間に世界中に広がり、世界の綿作の中心となった。繊維の長さは中くらい(22.2~27.8mm)である。
現在、綿花の大産地のほとんどがこれを栽培している。普段目にするのも上の写真のような綿毛が短めのコットンボールだ。この綿毛の中に小さな種が守られている。

コットンボールが弾けたばかりは、ふわりと開いて綿の花のように可愛らしい。
時間がたつとウズベキスタンに飾られていた綿花のように綿毛がだらりとたれさがって長く見えるが元々の繊維の長さは短めだ。


2.エジプト綿
ペルーを発祥とする綿は長い綿毛(28.6~38.1mm、とくにながいものは60mmにもなるという)を持つ。その流れのあるエジプト綿は高級で肌触りがよいとうたわれる 。

このエジプトの綿花とはどんなものなのか?
高校時代に自分がいつかエジプトに行ったら見たいと思っていたものは、
1、遺跡群
2、パピルス草
3、エジプト綿花
だった。

見たいと思って旅をすると見えてくるもので、初めてのエジプトでであうことになった。

c0067690_76365.jpg

左に普及型22-27mm. 右にエジプト綿。

c0067690_763143.jpg

それぞれ時間が立つと綿毛が膨れ上がってくる。モコモコ感がでてくる。

c0067690_762764.jpg

          さらにモコモコ!

そして、その間から出てきた種も大きい。
同じ綿花と言えないくらい綿毛の長さで、一つの綿花から出てくる綿毛の量も3ばいくらいはありそうだった。
エジプト綿花はすごい!
長い繊維があるほど、撚り合せた時に細い糸にできる。強くて絹に似たツヤがある。メンフィス、カルナック、デンデラなどでこの高級綿がつくられている。
エジプト綿の綿毛の長さが細い糸を生み出し、糸の細さがなめらかさや肌ざわりの良さをうみだす。 

c0067690_632468.jpg



綿花の実物が何よりもエジプト綿の良さを語っていた・・ ・。                                  一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   
                                               人気ブログランキングへ
                      
海外格安航空券のエアータウン 直行便・乗継便の時刻比較も一気に検索
【JTB海外旅行】中近東《トルコ・ドバイなど》
by miriyun | 2012-03-16 07:06 | Comments(14)

ウズベキスタンの綿花栽培

ウズベキスタンの主産業
 ウズベキスタンの主産業である農業。
             中でもこの植物は最重要だ。
c0067690_5561910.jpg

 ふっくらしたつぼみが開き、花が咲く。 花は明らかにあおい科であり、この花の咲いた後の種ができる過程で綿花ができる。これを人間が利用させてもらうわけだ。

 
c0067690_557582.jpg

花の後、種子を含む綿毛のところがはじけた状態。

c0067690_558515.jpg

          ↑ 古い画像で失礼。なんとレーニンの前に飾られたウズベキスタン綿花。
旧ソ連時代からウズベキスタンは綿花栽培のモノカルチャーであった。ウズベキスタンの中でいろいろな作物をとは考えずに、確かに暑くて乾燥気味のここの地にあってはいたが綿花だけに力を注いだ。
 そのために必要なのは水。特にこの地での水の乾燥は激しい。

水が足りなければ農業は壊滅する。したがってアムダリヤ川・シルダリヤ川から運河を引き大々的に農業用水確保を行った。栄えあるソ連の『自然改造計画』だった。
 しかし、こうして水は手に入れたが、この土地の中には塩分があり、水を撒けばいったん地下に沈むが、水が毛細管現象で地上に上がってくる段階で溶けた塩分も一緒に上がってくる。

c0067690_5564290.jpg

 そして水だけがあっさりと蒸発してしまい、畑の上には真っ白な塩が残されてしまう。
この畑奥に綿花が写っている。綿花畑である。日本ではまず見ることのない塩害の畑がこの地域ではごくふつうにみられる。これに対処する方法を、地元の人はこういった。畑に運河の水をまいて塩分を流すしかないといっていた。農業素人のじぶんにもこれはわかった。塩分を流す。翌日から毛細管現象はまたはじまり畑の上にまたじわじわと上がってくる。いたちごっこであるし、それを繰り返す間、シルダリヤ・アムダリヤ川から運河をとおして畑に注ぎ込まれる膨大な水の量・・・!

結果的にそれはこの二つの川が注ぎ込んでいたアラル海の死滅への道だった。
アラル海の面積が今も減り続け、湖のまわりに大量の塩分がまっ白に残されている。
ここへ注ぎ込む水は中央アジア5か国全部が使っていて、ウズベキスタンだけが原因でもない。ソ連時代からの方針に従ってきたらこうなっていたという結果だった。

 いや、もうずっと前からアラル海は死滅するであろうことは予測できていた。飛行機でこれらの国の上を飛んだ時、一番驚いたのは砂漠や農地の周辺に白い輪じみのように塩分が吹いていたことだ。

 ウズベキスタンに最近旅した人たちが、なぜあの国は太陽がさんさんとあたり、広い土地があり、一生懸命やっている穏やかな人たちがいるのにどうして豊かになれないのだろうと言っていた。

 それはほぼ綿花と水稲、自分たちが食べるための野菜・果物類に頼っており、悪循環とわかっていながらも運河の水をまき続けなければ即座に中央アジアの数百万人が農業で食べていかれなくなることがわかっているからである。

 アラル海周辺に積もった塩分は風に飛び直接人間に降りかかり、健康被害も出ている。飲み水も塩分が増えてきて困っているという。
 綿実油でつくった人参ピラフの話もこの国の農業を実感するものだった・・・。



                                               人気ブログランキングへ
                      
海外格安航空券のエアータウン 直行便・乗継便の時刻比較も一気に検索
【JTB海外旅行】中近東《トルコ・ドバイなど》
by miriyun | 2012-03-14 06:53 | Comments(10)

東向くひまわりの話

夏らしい一枚!
太陽とひまわり  
知っているようで知らなかった話。
  つい先日、フラワーセンターへ向日葵を見に行った。
c0067690_13274724.jpg

朝、東を向いて勢揃いをしている。

  ひまわりは昔からとても好きで、ここでも以前に向日葵と書く日本の呼び名だが、世界では何と呼ぶのだろうという特集をしたことがある。ひまわりの花の意味

英語のsunflowerをはじめ各国の言葉にやはり太陽を意識する言葉が入っているものだとわかったような気がしていたものだ。
自分でも育てても見た。そしてまだ小さなつぼみなのだが太陽の巡りを追いかけているよ思って見守っていた。

 だから東向きの花を見て太陽の方にこんなにもよく向いてセオリー通りと納得した。

 ところが、日が西に傾き始めたころ、もう一度ひまわりの勢揃いを見ようと西側から近づいた。

          すると、
c0067690_13444365.jpg

この姿だ。みんな東を向いたままなのだ。

何とも、こうしてあちらを向いた向日葵ばかりを見るというのはさびしいものだ。
むろん、この寂しさには自分が思い込んでいた太陽とともにこちらを向いているはずという思惑がはずれてしまったことから来る寂しさが含まれている。

◆そう、これは私だけが知らなかったのか、思い込みだったのだ。
ひまわりはぐいぐいと伸びる成長期でつぼみのころまでは確かに太陽の方を向いて東から西へと首を回し、日没後は地を眺めるように反転し、朝また東を向いているのだった。

 ところが、大輪の花が咲くともう西に向く力は弱まり少し動いても夜のうちに戻る力が働いて東に戻ってしまうそうだ。どうしてそうなるのかはひまわり研究をしている学者さんが今も課題として研究されているようだ。もちろんそれまでには鉢植えにして花が咲いて東向きな花を植木鉢ごと西へ向けたらどうなるのかというじっけんもされていて、そういう場合、一週間ぐらいの内には東向きに修正していってしまうらしい。
 私のひまわりは鉢植え分も作っておいたが水不足で枯れてしまったので追実験はできなかった。


元気なひまわりから元気をもらおう

 うしろむき向日葵を見つめていてはいけない。
東向きならちょうどいい。東に向けて元気を送っているのだ!
c0067690_13281766.jpg

               う~ん、やはり青空が似合う!
c0067690_13281539.jpg


c0067690_13282683.jpg

                     西日を後ろから受け、光る花びら


放射能をすうひまわり
c0067690_13288100.jpg

チェルノブイリの原発事故の後、日本のNGOがチェルノブイリ被災地の農業地にアブラナを植えることを進めたそうだ。アブラナがカリウムを土壌から吸い込むことが多いのでそれと近い性質の放射性物質を土中から吸い込んでしまうらしい。しかもそれを菜種には溜め込まずに根などにため込むために汚染除去と菜種の収穫という一石二鳥のことをやってのけ、旧ソ連の住民に感謝されたという。

 それと同じようにセシウム137をひまわりが95%も吸いこむとニュートンに掲載されたり、大学教授が発表し、新聞にもその記事があった。
 これも種にはほとんど溜め込まず根などに蓄えてしまうという。もちろんそうはいっても、セシウム137についてだけであるのでほかの放射性物質に効くわけではない。また、最後は根などの回収・廃棄をきちんとしなければならないが、意外なことでひまわりが使えることに気づかされた。
  こういう力・・・自然のもつ自浄する力だが、これも組織的に上手に廃棄までの流れも作らないと枯れた根をそのまま放置したらまた土壌に戻ってしまうのだ。


 でもまあ、ひとまず明るい花を見てまずはだれにも元気になってほしいと願っている。

                                      人気ブログランキングへ

                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります ↓      
                          


                         
by miriyun | 2011-08-06 13:40 | 動植物 | Comments(8)

桑の実・桑の木

桑の実色づく    
c0067690_710269.jpg

緑から赤へと次第に色づく実
c0067690_7124436.jpg

さらにプチプチの実は黒ずんでくる
小さいけれどこれも自然の恵みである。
鍬の実は、マルベリーと呼ばれ、世界各地で生食され、ジャムや果実酒の材料になる。
他の山野草と同じで、知っている人はひょいとつまんで食べ、知らない人は本当に食べられるものかと臆する。


桑の木さまざま

c0067690_710513.jpg


葉は細かなギザがはいっている。この植物を最も有名にしているのは桑だけを食して大きくなるカイコ
だから養蚕業イコール桑の木栽培も意味する。
おカイコさまは偏食の最たる虫である。
もっとも偏食だからこそ、貴重な糸を吐き出して繭玉をつくりだす。
c0067690_15593195.jpg


c0067690_7105376.jpg

こんな風にこんもりと枝垂れた桑もある。シルクロード沿いではタシケントでこれと同じような桑が並ぶのを見た。
シルクロードではやはり養蚕業とともに広がっていったものだ。

また、茶についての他に、桑も飲用すれば飲水病(糖尿病)・中風などによいと効用が説かれていた。(13世紀、栄西の『喫茶養生記』より)
つまり茶にできるということで、じっさい飲んでいるところもあるという。
実際、漢方では桑の根の皮を桑白皮とよび、血糖効果(つまり、糖尿病にきくとされる)利尿・血圧降下・解熱などの効能があるから、栄西の言ったことは当たっているといえる。

さらに楮(こうぞ)と同じに桑科であるので紙作りの材料にもなっている。

c0067690_7105556.jpg

こんな大木にもなる桑。上等の杖や家具にもちいられる。特筆したいのは、なんと正倉院に納められた琵琶が丈夫な桑でつくられていたという事だ。

c0067690_7104911.jpg

この大きな桑の木の下にまどろめば、桑の木とカイコをめぐる夢を見られそうだ。
(もとへ、桑の木と絹衣の夢としておこう。
夢の中で人差し指ほどのカイコがうねうねしている夢は、避けたいものでしょー!!(⌒-⌒; )

                                     応援クリックお願いします。
                                                         人気ブログランキングへ


                         
by miriyun | 2011-06-16 07:13 | Comments(8)

オリーブ考

オリーブ栽培
c0067690_13282793.jpg

 風薫る5月、オリーブの蕾が柔らかなきいろみを帯びてきた。
まだまだ固いつぼみだが、この一つ一つが芳香のある花を咲かせ、実がなる。そのオリーブの実が、オイルが、人々の歴史に潤いをもたらせてきた。
 
 葉の表面は光沢のある濃緑色、裏は細い毛が密生して白っぽく見える。だから、最初オリーブを知らなかったころ、葉の裏が白っぽいことを目安に判別していた。
 栽培の歴史は古く、紀元前3000頃から栽培が始まった。地中海沿岸一帯に育つモクセイ科の常緑広葉樹。栽培条件は土壌に石灰分と通気性があることで、湿潤を嫌う。したがって、乾燥には強いほうだ。1月の気温は10度以上が適している。石灰分の多い地中海沿岸に栽培されるのはこういった条件がオリーブにぴったりだからなのだ。

 日本には江戸時代、文久年間から入ってきているが、湿潤な日本なので枯れてしまうことが続いた。今では雨の少ない瀬戸内気候の小豆島や岡山で栽培されるようになったが生産量は少ない。
 


植樹から収穫までが長いオリーブ 
 桃栗3年・柿8年という言葉がある。実際、桃と栗は3年前後だが、柿は4~5年だという。
 
 ではオリーブはどうなのか。オリーブはとくに結実までに時間がかかり、樹木として根付き、しっかりと農業としてオリーブを収穫となるまでには10~15年を要す。
 すると、この樹木は苗を植えてから長いこと土地を使っているだけで何ら利益を生まないことになる。
だから、土地を借りてオリーブ栽培を行なう時には、結実までは極めて低い地代が設定されるような配慮がなされてきた。また、結実するようになってから、地主に土地の返還を求められたらたまったものではない。だから、栽培した農民に所有権に近い権利が生ずるようになったという。

 地中海沿岸における基幹産業としてたいへん重要なものであったのでこのようなしくみが歴史の中でつくられていったのだった。
 
 これほど、大事に長い年月をかけて実を収穫できるようになったオリーブの木。
 そのオリーブを根こそぎ抜いてしまうようなことは、歴史上の暴君さえもやらないことだった。イスラエル軍がパレスチナ自治区の農民のオリーブを根こそぎブルトーザで引っこ抜き農園をつぶしていったことがどういうことなのか、いまにしてその行為の意味を深く感じている・・・。


                                    応援クリックお願いします。
                                                        人気ブログランキングへ




                          
by miriyun | 2010-05-09 13:48 | Comments(6)

オリーブ油を絞る

ローマ帝国におけるオリーブ圧搾のあと       

 オリーブの一大生産地である地中海沿岸。
 かって、そこをすべて支配していたローマ帝国は、もちろんこのオリーブ産業を重要視していた。
石だけが残る荒涼たる遺跡の中にもオリーブを重要な生産物としていた痕跡が各地に残されている。


c0067690_6473688.jpg

 チュニジアの大地、今でもオリーブの木が丘に広がるが、その中の一つ。スベイトラには巨大な石臼とそのそばに門のような高さのある石組みが残されている。
 これはオリーブを圧搾するものであり、この臼の部分でオリーブをつぶす。当然たいへんな力が要るので門のような石組みに角材を入れててこの原理で押しつぶす。
c0067690_6475670.jpg

その様子はしっかりと図にあらわされている。角材の端は描かれていないが、ここに重石をのせる場合もある。
実の砕片とともにオイルが流れ出し、ため池に集められ、分離してオリーブオイルを抽出する。

c0067690_6481282.jpg

 これもまた同じような臼が地下に見出せる。ヨルダン、ジェラッシュ遺跡である。

 同じようなものは各地に残り。穴倉の中に、何重ものオリーブオイルを貯蔵させる壷が残るところ、圧搾のための押しつぶすための重石の石がゴロゴロしているところもある。


◆オリーブオイルはろうそくがなかったころ、灯でもあり食用でもあり、調理のための油でもある。使用範囲のたいへん広いオイルであるためオリーブオイルを作るためには当然このような設備をしっかりと作ったのだ。
なお、現代社会においてもオリーブは加熱することなく栄養素も壊すこともなく石臼でつぶしていく方法が最もいいとされている。
 それにしても大がかりな石でつくった臼であり、じっと見ていると、石が擦れ合いオリーブの実が砕ける音が聞こえてくるようである。



                                    応援クリックお願いします。
                                                        人気ブログランキングへ




                          
by miriyun | 2010-05-07 07:10 | Comments(0)

オリーブの実る丘

 中東には砂漠が多い地域があることはたしかであるが、緑豊かな地域も多いものだ。まず、チグリスやユーフラテスの流域は農耕の発祥地であるし、ナイル側沿いには農産物はたわわに実り生長する。小麦の生産地として北アフリカで栄えた地域もある。

1.丘に続くオリーブ園
c0067690_7113596.jpg

そして、忘れてはならないのがこの木。一定の間隔で植えられた樹木で枝をよく張り出しているのはオリーブの木であり、こうした樹木が延々と連なる光景は南ヨーロッパと中東のあちらこちらでみることになる。
ここはチュニジア北部。ブラレジア等のローマ時代に栄えた街はこのようなオリーブ産地を背後にひかえ潤沢な収入はこうした地域を潤した。

c0067690_7125360.jpg

 ギリシア・ローマ帝国では過去においても現在でもオリーブの産地のほとんどは地中海沿岸の国々である。スペイン・イタリア・ギリシャ、そしてマグレブ(西の地域、北アフリカをさす)・マシュリク(東の地域、イラク・シリア方面)の国々、そして沿岸ではないがイランが産地の一つである。
 チュニジアにあるエル・ジェムの大闘技場もオリーブ・オイルの輸出で栄えた利益からつくられたといってよい。


2.オリーブはいつから? 

c0067690_3492380.jpg

パルミラの乾燥した大地にもオリーブは実をたっぷりとつけていた。

 オリーブの原産は中近東であり、紀元前3000年には地中海沿岸において栽培されるようになった。

旧約聖書のノアの箱舟の話の中で、箱舟に乗って大洪水が治まるのを待っていたノアがハトを放ち、ハトがオリーブの「葉をくわえて戻ってきたころによって洪水の終わったことを知ったとある。 ハトとともに平和の意味を持ち、国連の旗にもオリーブが描かれるようになった。
 また、旧約聖書に登場することから、パレスチナ地域は古代からオリーブの栽培地であった事がわかる。
現在でもパレスチナ人はオリーブの栽培を主なよりどころの一つとしている。

 ギリシャではオリーブは女神アテナの力と勇気の象徴とされる。そのため、オリンピア競技において勝利者を讃えて、 オリーブの枝の冠が最高の栄誉として与えられた。

c0067690_3495371.jpg

 オリーブは、果実をそのまま食べるほか、オイルを採る。オリーブの果肉の15~30%はオイルであり、オリーブオイルと実は地中海沿岸の地域の料理にはなくてはならないものである。保存用にも不可欠なものでアンチョビーやオイルサーディン、乾燥トマトのオイル漬けなど枚挙に暇がない。

 オリーブの木はイスラームにおいても聖なる木とされ、アラビア語におけるザイトゥーン(オリーブ)は各地でその名を見ることになる。チュニスにはザイトゥーナモスクがあり、クルアーンにはイチジクとともに、オリーブにおいて(誓う)と表現されているのだった。

~~~~~~~~~~~~~
 つまり、オリーブは古代ギリシャ・ローマ帝国、イスラーム諸国、南ヨーロッパのキリスト教諸国など、時と地域をまたがって貴重な樹木であり続けている。

                                    応援クリックお願いします。
                                                        人気ブログランキングへ
by miriyun | 2010-04-28 07:14 | Comments(2)