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川が流れるペトラ・水が削り出すペトラ

以前から気になっていたことがある。
ペトラの水利施設が2000年前としては素晴らしく整っていたことは以前に書いた通りだ。岩山に保水のため池をつくっているし、またワディ・ムーサから水を引き入れる溝も穿っている。 その少ない水を大切に集め、たくわえ、街全体で使うしくみは一つの文化圏が成熟していた証しだ。
 一方で、シークが形成されるには長い年月をかけてアメリカのグランドキャニオンと同じように削られてできた谷だということは知識としてはわかる。だが、雨が当然降るのだろうが、どの程度の雨がふり、結果的にどのような様子になるのか実感がつかめないでいた。

 しかし、先日のTV『世界遺産ペトラ』の中に探していたものが見つかった。雨の風景である。


 エル・カズネの前に小川が流れていた!! 
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1839年にデヴィッド・ロバーツが描いた絵には、エルカズネの前に小川が流れていた様子が描かれていた。
 干からびた赤い土と、観光用に座ったラクダのいる位置に川があったいう。想像もしていなかった場所である。ところが、このTV局の撮影が行なわれている時に雨が降り出し、その水は一気に下におリ小川となって流れ出したのだ。
 乾燥地では山に木がないため、降る⇒流れると一気に進む。砂漠の場合もこれにあたる。
日本の先入観が残っていて、いくら木がなくても、もう少し時間差が合ってチョロチョロと流れ出でた水がそのうち川にもなる。 そんなイメージを持っていたのだ。

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                            ↑ 雨が降る前の岩壁

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                            ↑ 雨が降った後すぐの岩壁

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             ↑ 見る見るうちに川が流れ出した。 (3点の小写真はTV世界遺産を撮影し引用)
 
雨が降ると一気に滝になる。3段にわたって続く滝となってエルカズネのすぐ近くに落ちる。ここでは雨が降ると直後に滝ができるという急展開になる。そしてそのまま川となり、ローマの列柱どおりのほうに向かって川ができてしまった。

☆なるほど!保水力のなさは想像以上だった!
確かにエル・カズネの前は170年前に描かれた絵の通り、川になった。ペトラ全体が雨が降った時だけ川になるワジだということになるわけだ。


岩を溶かしシークを削る水 
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ペトラに降る雨は思ったよりも多いらしい。岩穴に掘られた貯水池も、強い雨だとそこに貯水した上にあふれて滝のように落ちていく。雨はこのように岩を溶かしもともとの段になった文様を溶かし落とすように動いていく。
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石灰を多く含む岩なのでこのように岩がとろけるような現象となって現れる。


☆また、植物がわずかに生えているところは雨が降らない夏でも若干の水を含むのか。その近くに水の道があるはずのところだ。
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植物の近くにはこのような岩山をみいだす。雨が降ればここはもちろん滝のようになり岩盤に食い込み、更に長い年月をかけて下まで裂いてしまう。

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なお、雨の量がちょっと多いときには雨は周り中から集まり、このシークの幅いっぱいに川が出現し時には濁流が生ずる。向きはシークの入口からエルカズネに向かう流れである。
 毎年、降る雨は、人々の生活を支える生活水でもあり、シークを何万年にもわたって削り続ける水でもあり、時には人の命さえ奪う鉄砲水になる。

 ふだん見るシークには、深さと鋭さと静寂があるばかりであるが・・・。

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by miriyun | 2010-08-24 02:12 | Comments(0)

真夏のペトラ

 ペトラと太陽   

 いつ何を見るのか。
 旅人は何度も行くことができないからこそ、1日の中でたくさんのものを見たいという場合と、せっかく行くのだから一番の見どころを心にしっかりと刻みたいという場合がある。
  
 ペトラについて言うならば、朝がいい。人がほとんどいない。自分の足音や時おりやってくる馬車の音が深いシークの壁に響くだけで、シンとしている。(初めての方は左下のペトラ遺跡のタグをご覧ください)
 エル・カズネに出た後は、歩く道にも影があるということで歩きやすい。歩きやすい・涼しいということは落ち着いてしっかり見ることができ、心に受け止められるということなのだ。陰影があるので岩は印象的で写真好きな人の被写体としても適している。日のあたり方で多彩に変化していくペトラの岸壁。これこそがペトラの醍醐味だろう。それには朝でも夕でも日が傾いていたほうがよい。

では、真夏の昼間のペトラを中心に見るということはどんな感じなのか。
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 ロバに乗り、やや高めの位置から見渡す。
 昼近くになって遺跡にやってきた集団がエルカズネを過ぎて、これから遺跡の中心地に入っていく。影を見ると若干まだ斜めだが、あと少しすると真上からの太陽が容赦なく照りつけ、帽子のない人は顔を照らされ、だんだん下を見て歩くようになる。
 水分補給と、体力と相談しながら動かないと、このときは結構動いてしまうのだが、このあとの旅に影響してしまう。

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 さらに、正午を過ぎたころの遺跡の中の道。もう影はほとんどない。あまりにも日差しが強いので、その日陰のない道を地面から数十センチの低い位置から撮ってみた。したがって、右の影はほんのわずかな影で人が入れるような影ではない。
 上からの直射日光と、道(ローマ人が支配したので立派な敷石があるところが多い)からの照り返しとで、いる場所がない。


 こういう状況下では遺跡の全体を見渡して古代の人たちが生活した息吹を感じとったりするのがむずかしくなる。どこもかしこも強烈な日にじりじりと焼かれた遺跡はどこも同じように見えてきてしまう。実際に炎天下では同じ色にしか見えない。とてもペトラの微妙な色の美しさや自分の表現したいものを撮ろうなどとは思えなくなってしまう。
 こうしたときに一番涼しいのは岩を掘った岩穴に入ることだが、いつまでもいるわけにはいかず次の場所に行くためにまた歩いたり上ったりする。想像以上に広いところを動くことになるので、自分で気づかないうちに疲労していくことも多い。体力に不安がある人は早めにロバやラクダに乗るのもよい。外から入口までの馬と異なり、遺跡の中は専用に働く動物達がいて、個人で交渉して乗ることができる。

でも、時間を選べるならば少しでも早い時刻がベストだと思う。見るほうも余裕があり、見られるペトラのほうもその美しさを存分に見せてくれる。
 
~~~~~~~~~~~~~~
 以前ツアーだけで旅をしていたとき、なんとも残念に思っていたことがある。それは朝夕の一番いいときをとらえることができないということだった。移動につぐ移動で、夕焼けの時間はバスで猛スピードで走っていたり、食事前の貴重な時刻に旅行社ご指定の土産物の店に入れられたり、なんとももったいないと思っていた。
 
 最近ではツアーもよりよく見る方向性をとりだしたようで、中には遺跡近くのホテルに連泊、一日目と二日目の午前中だけに違うルートで入っていく・・・そういう工夫を凝らしたものもあるようだ。
 もちろん人によって目的が異なるし、たくさん見学地を見たい人もいる。しかし、一回の旅で一回だけでもいいから、時刻や太陽の位置や月の出などを意識して見つめることができれば、きっとずっと深く心に刻まれるだろうと思うのだった。

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by miriyun | 2010-08-21 12:05 | Comments(4)

赤い土とラクダ

 砂岩の都・ペトラ   


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赤い砂岩を削ってできたエル・ハズネ
   その前に並ぶ二頭のラクダ
      赤い土を背景にシルエットとなって浮かび上がる

   その赤さゆえに尚更、ペトラは伝説になる---
 
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by miriyun | 2010-07-05 07:12 | Comments(4)

ペトラ残照 & お知らせ

 ペトラ残照

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東の山から眺めると道の向こうは地平線、
        その向こうには起伏の激しいペトラの岩山、
                雲間にはぽっかりと夕日が頭を覗かせている


 あの空に向かうような急坂の道を行ったなら、その坂の果ての太陽に手が届くほどになりそうだ。
そんな見はてぬ夢を追い求めながら、旅をしてきた。

道の彼方に待ち受けるもの、
未知なるものに積極的に関わる旅人であり続けたい・・・
 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ◆お知らせ◆

いつもおより頂いている皆様へ、
皆様の力で励まされることがなによりの力となってこれまでつづけてまいりました。
しかしながら、自分で自分を管理しきれないほど多忙な時期に入ってしまい、予想どおり全てのことが山積みの状態になってしまいました。
 *(きょう、『プレジデント』という雑誌に「ぐずの多忙をなくせ」というような表題がありました。私のことだと、胸がチクンと痛みました。

 また、5年半に渡って酷使し続けてきたデスクトップが反乱を起こしはじめてフォントに異常が起こって正しい文字を表せなくなったり、画像に名前を付けて保存が出来なくなったりしていて、作業がしにくくなっています。

 こんなわけで写真はたっぷりとあるのですが思うように打ち込むことが出来ません。
そこでブログを一時お休みさせていただいて春の訪れと共に再開できればと思っています。

 いつも来てくださっている方には申しわけありませんが、
少しでも覚えていていただければ嬉しいです。

では、しばらくのお休みをさせて頂きたいと思います。

※なお、文の更新は当分お休みさせて頂きますが、コメントについては、週末に見てお返事させて頂きます。また、皆様の所にもよらせていただくこともあると思います。よろしくお願いいたします。


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by miriyun | 2010-01-12 07:31 | Comments(26)

エル・ハズネ黄金色に輝く! ・・・ペトラ

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ペトラに入るときってドキドキする。
上空は晴天でもシークの中は細い道だから光はあまり差し込まない。がけに挟まれたとても狭い道をしばらく歩く。そしてようやくペトラの遺跡に入るとき、
はじめて強烈な日が差し込む。

長いことベドウィンだけがその存在を知っていたペトラ、
ここに外部からのものとして数百年を経て入ってきた探険家の目に映ったのはこのような光ではなかっただろうか。

 エル・ハズネは朝日を浴び黄金色に光っていた。
     エル・ハズネは宝物殿と呼ばれた。

入口で座りこむひとは、この壮大な遺跡を目にして何を思うのであろうか・・・。

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by miriyun | 2010-01-11 18:30 | Comments(2)

遥かなリ、古代ペトラへの道

 ペトラ遺跡から古代を思う 
  ヨルダンのペトラ・・・ 宝物殿(エル・ハズネ)や修道院と仮称される宮殿風の外観を持つ掘削建築が圧倒的なイメージを形成している。しかし実際にきてみれば宮殿ではないし、極めて奥行のない装飾的建築なのだ。

では、それでがっかっりしたかというとそんなことは無い。ペトラ地域の深い歴史 、ナバテア人の交易による繁栄、繁栄ゆえのローマ帝國との軋轢、一旦は押さえられながらも、交易商人のたくましさでしばらく共存していたが、最期はローマに完全に支配される。そして、ローマが衰え,7世紀には歴史から忽然と消えてしまった。そういったことを思いながら歩いた道はその曲がり方岩壁のカーブまでもが何かを語っているかのようだ。

   
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 上の写真は遺跡の中ほどのローマ帝国の列柱通りの終わりのところから振り返って見たもの。

 写真は実際はこの3倍の幅まで撮影している。それでも目に見える範囲がすべて入ったわけではない。その写真をここにそのまま載せても細かなところまで見えず茫洋とした写真になってしまう。

 そのため、あえて一枚の写真の6分の1ほどにトリミングして、奥の岩山がよく見えるようにして載せた。したがって、このような光景が左右に広がっていると想像してみてほしい。ここまで拡大してようやく列柱通りのさらに先に、ロバにのった小年がくるのがかろうじて確認出来た。見渡せるところは何もないように感じるので何気なく過ぎてしまうものだが、発掘が進み掘るほどに人の住んだ痕跡と遺物が出てくるという。ここも大通りであるからナバタイ人やローマ人が賑やかに歩き生活した道だったのだ。

 そして突き当たりに見える岩山にはナバタイ人による岩窟が何百と掘られ、墓などの葬祭につかわれていたようで、多彩な色を含むいろいろ砂岩を削って美しい部屋を作った。
 発掘はつねにあちらこちらで行なわれているがいまだにほんの一部しかわからない。

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  やや高いところから見たペトラ遺跡の一部。中央奥にベドウィンテントがあるのだが、見えるだろうか?

  遺跡の中はまだまだきりなく伸びる道が無数にあり踏破できるものではない。古代ペトラ王国の人々にせまる道筋もまだまだ遥か彼方であり、2010年の今を生きている私たちが全貌を見ることはかなわないとされている。(今まだ幼い人たちは長生きすれば見ることができる可能性もあるが・・・)。

 あぁ!遥かなり、古代ペトラへの道!!


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by miriyun | 2010-01-05 23:20 | Comments(2)

ペトラのイスの話

 なんで、イスなの?
 ペトラを歩き回るとほんとうにへたばる。岩を掘削した部屋である遺跡のなかでほっとすることが多い。人も動物も日陰でできるだけ休もうとする。
 
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 裁判所などがあった洞窟状のところから外を見るとヨーロッパ勢の若者が休んで談笑していた。
そのときふと見るとそれぞれみんな折りたたみ式のイスに座っている。

 
 暑いし荷物は重い。何時間も歩くほど、日が昇るほど消耗するペトラでイス持参の若者たち。
生活習慣の違いとはいえ、君らこの炎天下、イスを担いできたのかい!
 信じられな~い!!

 まあ、これが異文化というものかもしれない。かれらはきっとこちらの帽子に長袖、きっちりと日焼けから身を守って、そして大きいカメラまで下げて、時にはビデオまで持っている日本人のほうを信じられないと思っているのかもしれない。

 でも、日本人的感覚としては座るのは岩場がいくらでもあるので、イスは要らないでしょうと感じたのだった。確かにあとでこうして写真を見てみれば高台の遺跡前で悠然と涼んでいる感じはゆとりを感じさせる。それもいいと思わなくはない。


 でも、遺跡歩きの必需品として、カメラを取るかイスをとるかといったら、やはりカメラになる。
皆さんはどちら派?

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by miriyun | 2010-01-04 16:19 | Comments(6)

ぺトラの色(3)…夕闇迫りきて

 日が暮れようとしている。 さしものぺトラの山の色もモノクロになっていく。

 それとは逆にぺトラの山並みが空にぺトラ色をにじませているのではないかと思うばかりに、空は鮮やかに染まりゆく。
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 ぺトラは濃いグレーに変わった。まだ、山のふもとの樹木や家々がたたずみ、絵画のような柔らかな光景が見える。人々の生活はこのくらいではやたらと人口的な光をきらつかせない。

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 中東の夕景というのは息を呑むような色になる。無言でこの時間はただ見つめていたい。

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  はるかに奥の町にちらほらと明かりがつき始めた。太陽が沈んだ後の空は、これまた冴えた青色との競演を見せてくれる。

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 ワディ・ムーサーの町の明かりがつきそろうころ、空はきょうの日の始まり(*)をとびっきりの明るい赤で祝福しているかのようだ。家々の小さな明かりが小さな宝石のように散らばりかわいらしい。
        *イスラームでは一日の始まりは日没からと考える
 
             ご一緒に夕闇の中の色を楽しんでいただければ幸いです・・・。
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by miriyun | 2007-09-20 17:22 | ヨルダン | Comments(4)

赤砂岩から見る…ペトラの色(2)

☆ペトラの基本色と色を変える要因

 ぺトラの岩の基本色は赤砂岩の色だ。
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 赤砂岩はもろく、土に帰するとポロポロの土になる。
 
 右には影を入れた。陰になることで深い色になる。日のあたり方で全く様相を変える色の日かげの部分を出してみた。実際はこれに岩の陰影と光の当たる角度、そして時間帯による光そのものの変化が影響して同じ赤砂岩でも微妙に変化してくる。

 では、水はどのように影響するのだろう。雨のペトラを写真に撮ったことがない。(めったに雨にそ遭遇するなんてことはない地域だが、もし大雨が降った時には早急に避難しないとこのあたり一帯に降った雨がペトラを濁流に飲み込ませてしまう。)

 ちょうど、水がしみ出てくるところがありそれを撮ってみた。
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  乾いている砂岩は冴えた赤で、水に触れた部分の色は黒ずみえるかと思ったのだがやはり暗くは鳴らすやや紫になってきている。なお、色の違いをはっきりさせるため近くに落ちていた白い石灰岩をのせてある。これと比べるとペトラ色の深みがわかる。

 なお、この赤砂岩を私は絵などの仕上げをする時に使う。なぜなら赤砂岩は普通の絵の具の赤とちがって黒が入っていない。画面を黒くしない沈まない赤茶だからだ。

☆色のカルテット 赤砂岩以外にも色は様々だ。

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   ↑ 青紫・紫・赤紫と赤砂岩
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        ↑ 白い石灰岩が混ざってできる

 紫・白・サーモン色など様々な色が混ざっている。
 これらの岩によって山そのものの色も普通の山とは異なって見える。

☆ 昼の表情
 朝の遠景に続いて昼の遠景で、再確認。
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 奥の薄紫に見えるのがペトラのシークとその奥の遺跡を隠す山である。

 ヨルダンの王の道に沿う山々は他で見る風景とは異なり神々しいほど荒削りな自然を感じさせる。それらの山の中でもひときわ紫がかって見える山が見えてきたらそれがペトラだ。
 最初に見たように基本色は赤砂岩だが、太陽の光、空気の湿度の高低など様々な要因でこのように紫がかって見えることが多い。

 カメラを持つものとして、どうしても色にこだわってしまうのであった。
                        ペトラの色楽しんでいってくださいね、応援よろしくく
by miriyun | 2007-09-19 05:43 | ヨルダン | Comments(4)

ぺトラの色…朝もやの村

 鳥たちから目覚める朝。
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 明るくなるとともにもやが出てきた。
このあと、前出の丸い虹の片鱗を見ることになった。いい一日を予測させる朝だ。
                            ポチッと応援をよろしく
by miriyun | 2007-09-18 06:56 | ヨルダン | Comments(4)