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シリアの松&松の実の話

緑のシリア 
シリアにはパルミラ砂漠があり、隊商の行き交った砂漠地帯で、今もそれはトラックやオートバイに変わったが砂漠地帯であることは変わらない。しかし、案外緯度の高いシリアは冬は寒くて雪も降るし、夏も湾岸に比べれば比較にならないほど過ごしやすい。シリアの西側にはレバノン山脈があり、標高は高く涼しく、まるで軽井沢か那須高原かとおもうような避暑地の涼しさになる。

 同じ中東と言っても、ここではナツメヤシは育たない。ではどんな樹木があるのか。リンゴやアンズの木であり、また、松の木もそこここにあった。

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針葉樹は高地にも生えており、松の木は案外多い。

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もちろん、夏は雨が極端に少ないので、やはり緑が多いのは川のある谷に集中する。

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松かさができ、松の実が育っていく。
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山の頂点にあった松は日本の松よりも松葉がまばらな感じがある。
松は亜熱帯から亜寒帯まで広く分布し、その種類も非常に多い。このあたりだとアレッポパインツリーだろうか。


 美しい風景の中の松の木をみたら、にわかに松の実を思い出す。

松の実(Pinenut) ・・・ここからはアラブや地中海周辺地域に共通の話
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 海外での松の実との出会いはチュニジアでの松の実シャーイだった。
それ以来これの風味と固すぎない程よい歯ごたえが気になって仕方がない。
 
ズッキーニの中にひき肉と松の実を詰めてヨーグルトで煮るドルマがレストランパルミラにあった。
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むろんお菓子には松の実(パインナッツ)が豊富に使われる。一般にみどりの色はピスタチオが担当し、白は松の実やアーモンドなどが担当する。

 *アラブのお菓子はヨーロッパにも影響を与え、イタリア、ジェノヴァのピエトロ・ロマネンゴ社はアラブから伝わった果物のシロップ漬けをつくっており、また、松の実では松の実シュガーと言って松の実のまわりを砂糖とアラビアガムで囲んだアーモンドドラジェの松の実版のようなものを作っている。

 ジェノヴァといえば、ジェノベーゼ。大好きなのでここのところ連続して食べているが、このジェノベーゼ(バジルペースト)はバジルの葉の他に主な材料にはチーズ・松の実・にんにくが入っている。


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 手前の1個だけ残ったのに注目。ライスプディングの上にナッツをたっぷりと載せて歯ごたえと風味を楽しむ。このようにデザート系には色鮮やかなピスタチオ・手軽に載せられる松の実などがトッピングに使われる。

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ピラウを炊き込むときに一緒に焚きこんでもおいしい。これはパレスチナ料理。アーモンドもたっぷりだが、細くて白いのは松の実だ。これは味・香ばしさ・噛みごたえともとてもおいしかった・

 アラブやトルコではひまわりの種も松の実もシャーイを飲みながらぱりぱり食べるのもありだし使用範囲はとても広いのだ。

                                                                                 
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by miriyun | 2012-06-04 05:24 | Comments(12)

8世紀の離宮建築カスル・アル・ヘイル

ウマイヤ朝の離宮*カスル・アル・ヘイル・アル・ガルビーの門       
イスラム建築のすぐれたムカルナスもアーチネット構造も10世紀以前に出ているが、それ以前はギリシア・ローマを包括し、時にはな場てあ人の文化も入れ込みながら、多様な文様や構造を生み出している。
最も、大きなものはもちろんウマイヤドモスクであり、金のドームだ。
 すなわち、最初のイスラーム王朝、ウマイヤド朝のときに各地の分間の壮麗な部分を集め融合し、素晴らしい工芸的魅力に富んだモスクをつくっていた。

 こうした中で、ウマイヤ朝の最後の安定期、10代目カリフのヒシャームのときに砂漠の中に離宮が建てられている。
 不安定な情勢も多くなったなかで、カリフは防御用の城塞として考えたのであろう、70m四方の城塞になっていた。、また中央政治基盤のある都市部からしばし離れて休息する場所として離宮をいくつもつくったのだ。
パルミラの北東にカスル・アル・ヘイル・アッシャルキー(東の宮殿)、
パルミラノ南西にカスル・アル・ヘイル・アル・ガルビー(西の宮殿)
 ガルビーはغربي で、西のことである
カスル・アル・ヘイル・アル・ガルビーは重要な拠点でもあったが、ヒシャームの時代が終わり。その後衰退したウマイヤ朝は750年には滅んでしまう。それとともに離宮はみはなされ、砂の中に埋もれていった。
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その遺構は20世紀に入ってから再発見され、ダマスカス国立博物館の中庭に入ったところにその門は博物館の入り口にうつされた。

 もちろん、これは今のではなく以前に訪ねたときの画像である。
夏の強い日差しの中、国立博物館に行った。本来ここには噴水があるのだがバラだが和さえ川床が出ている状態で、水不足により水は一滴もなかった。ただ、優れた金属加工の鳥たちが羽を広げ、またたたずむ姿があるので、水があればさぞ涼しげでいい光景となるであろうと想像される。その水のない噴水の向こうに見えるのがカスル・アル・ヘイル・アル・ガルビーの門である。

貴重な離宮の装飾は残っていた部分のみがつけられている。
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後付けでのモノを作って装飾してしまった遺跡のように完全ではない。
しかし本来のモノがわからなくなってしまうよりは本物を見ているという感慨がある。
 高さは16mあり、土台にレンガ、化粧岩として石灰岩、装飾用に漆喰が使われているようだ。

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階段状の切れ込みはナバテア人による建築の流れを感ずる。
アーチ型はもちろん、ギリシア・ローマの流れであるが、これと同じ小さな列柱で装飾用に飾ることはウマイヤモスクでも見られる。
 8ポイントスターなどの幾何学文様も使われている。
勿論、ローマのアカンサス彫刻も使われている。これが70m四方の城塞についた正門にあったわけだ。

*カスル・アル・ヘイル・アル・ガルビーの門は部分であってもその優れた建築要素の断片が見えていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆シリアについて・・・
シリアは、現在、まだまだ安定していません。
アラブの春は、ここではまだとても春という言葉から遠い冬の状態ともいえます。多くのシリア関係者が見守る中、私も大好きなシリアの人たちが一刻も早く安心して暮らせるようになることを願っています。
 そして、私たちも訪れることができる状態になることを願いつつ、シリアの紹介を時折入れていきたいと思っています。
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by miriyun | 2012-04-28 13:43 | Comments(0)

モスクと絨毯(2)・・・ウマイヤドモスク

祈りの場と絨毯 
絨毯はくつろぎの場としての働きの他に祈りの場としての働きも大きい。イスラームの祈りは座りぬかづき、立ち上がりを繰り返す。
 そのため家では個人用のいのりのじゅうたんがあるし、礼拝堂には絨毯が敷き詰めてある。
礼拝堂の絨毯にあたるものである場合もあればそうでない場合もある。

ウマイヤドモスクの場合
 シリア、ダマスカスのウマイヤドモスク。数あるモスクの中でも特に歴史と伝統のあるモスクである。
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 ここで、絨毯だけに注目したならば、そこには大きめの絨毯であるが色も文様もまちまちな絨毯が広い礼拝堂を埋め尽くしている。
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色はほとんど赤だが、ボーダーもセンターのメダリオンや花文様もまちまちでそれぞれまったく別個におられた絨毯である。それを隙間なく埋め込むようにして使っている。
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  中には、全く系統の異なる色遣いのも混ざっている。

 そのなかで座って礼拝堂の雰囲気を楽しみ、神と対話し、自分と対話する。そしてくつろぐ人も瞑想する人もいる。観光できている人も礼拝しているひとのじゃまにならぬよう心がける。自然体でいながら人の迷惑にならない雰囲気でいられる。外の中庭の白い大理石の上でさえ寛ぐ人たちがいるのだ。
 ましてやこのように温かみのある家庭用絨毯が集められたようなところでは、
         心までぐっとくつろいでしまうようで、圧倒的にこではリラックスできる感がある。


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by miriyun | 2011-02-27 23:56 | Comments(2)

スークの中の華やかな空間

 1.ショーウインドウの民族衣装
街ゆく人は、黒いアバヤや地味な色のコートで身をつつんでいる。
だが、スークのショーウインドウやを見ると、民族衣装も華やかなものがこれでもかと飾られている。
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                                           ↑ ダマスカスのスーク・ハミーディーエ
 うしろに飾られているのは伝統的な衣裳。
左からベルベット長の生地に金の布と金の刺繍が目立つどっしりとしたアバヤ型。中央は大シリア地方に多い黒字に赤やピンク・白の刺繍がほどこされている。夏だったためか、この衣裳は透かしになっていた。下に着た半袖の衣裳の上にふわりと重ね着するものだろう。右上は白地に紺の配色がきりっとしてきれいだ。真ん中の刺繍は金糸の刺繍だ。

 マネキンのところは涼しげな色で揃えて飾っている。金糸・銀糸にスパンコールが縫いこまれておりとても手が込んでいる。家の中でアバヤを脱ぐとはっとするような鮮やかな服を着ていたりするものだが、店にはこのような衣服が並んでいる。
 外でこうした華やかなものを着ている姿はもちろん見られないが、スークでは服も下着も派手に飾って売っている。

 下着の売り場はもちろん女性は働いていないので男性が売っている。日本のワコールなどの売り場でもここまではしないというくらい派手はでに、極彩色の下着をクリップでつないだリしながら縦横に飾り付けて、見るこちらのほうが恥ずかしくなるくらいだ。こういうところに夫が妻のために買いに来て一生懸命どれがいいのかと選択するのだ。


2.スークにあふれる西洋ドレス 
  はじめて、アラブらしいアラブに来たとき、町を歩く人たちのアバヤ姿とスークの中の華やかなドレスでいっぱいの様子とのギャップがありすぎて、目をパチクリさせたものだった。
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  こういったドレスの売り場がいくつも並んであるのだ。西洋のお姫様スタイルのものから肩をぐっと出したものまで揃っている。
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奥のほうには小さなドレスも並ぶ。
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                                        ↑ アレッポのスーク

ティアラにヴェールに小物もしっかり揃っている。

結婚式はやはり万国共通。女性達が自分の夢をもって最も美しく着飾るその気持ちがわかる。
 だが、肩を出した姿など参列者に皆見せるのだろうか・・・。

 その疑問はのちにシリアでの結婚式に出かけてわかった。男女が全く別。小学生くらいでももう男子は入れないで女性だけで祝うのでどのようなファッション性を追求しても全く問題がないということなのだ。
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by miriyun | 2010-11-12 23:56 | Comments(4)

子どもははね、豆は転がる

 ウマイヤドモスク  
 ダマスカスのウマイヤドモスクは世界の中でも古く、ウマイヤ朝6代カリフによって8世紀初頭に作られた歴史あるモスクである。(日本で言うと奈良の都平城京遷都よりも更に前のことである
 歴史遺産としても名高い上に、金と緑のガラスモザイク・大理石象嵌、ステンドグラス、3つの様式の異なる塔など、建築物としての当時の粋が集まっている美しく広い建築物でもある。

 私はこのモスクが一番好きなのだが、その理由はふたつある。
一つは、その美しさであるが、もう一つは誰をも受け入れる寛容の精神が体現されていることだ。

 広い広いモスクの礼拝堂は人々の厳粛な気持ちを大切にしながらも、ここにやってくる全ての人を包み込む包容力のようなものを感じる。なんとも開放的で、自由に行き来できる上にともにつどうひととして気楽に声もかけてくる。中庭の大理石のフォーラムでは大人はそぞろに歩き、子どもたちは遊ぶ。

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ひろばにでれば、大人も子どもも好きなように生活の場として過ごす。隅に言って昼寝もするし、子どもは自由奔放に駆け回る。
 この子達の足元を見ると・・・
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豆がゴロゴロ、バラバラ、広~く散乱している。

じつはこの一瞬前に、豆が入った袋を持っていた子どもがその袋を落としてしまったのだった。偶然それを目にした私はおどろいた。大理石の上に散らばる豆ってなんて高く跳ねるのだろう。落ちた豆はそのまま床に転がると思ったのだが、差にあらず、意思を持った虫のごとくバウンドするボールのごとく跳ねながらひろがっていったのだった。そのはでなはね方に誰もが目を吸いつけられてしまう・・・それほどの豆の跳ねようで、見事なほどに四方八方へ転がり、拾いきれないほど広がってしまったのだ。

 このきれいな世界的モスクで、親も近くの大人もさぞ慌てるだろうと思ったのだ。
 周りの子どもたちはどうか?日本ならさしずめ、あわてて拾い始める。やさしいともだちは一緒に拾ってくれる。意地悪な友なら「~ちゃんがこぼした~」と人に言いつけるかもしれない。

 ところが、そうではなかった。大人も子どもも誰もが慌てることなくニコニコしているだけだった。ほほえましく見ているだけだった。おそらくしばらくこのままで、そのうち有志が片付けるか、またはその前にハトたちが食べるだろう。そう考えれば確かにいつか片付くのだが、それにしても全く動じない雰囲気にこちらが驚かされた。  シーンとした世界遺産の寺の本堂でこんなことをしたら、大人たちにこっぴどくしかられそうな気がする。

 動じない、怒らない、それは普段のアラブ人の子どもに対するあたりまえなことなのかもしれない。だが、それがウマイヤドモスクだからこそというところもあるのだろう。
 ここにいるとそういう精神に満たされる、そんな場所なのだった。

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by miriyun | 2010-10-13 06:16 | Comments(6)

祝いの日の街角(2)

城に住んでいた村人 
 ここの村の人たちは、以前はクラック・ド・シュバリエの城の中に住みついていたという。
明け渡しを求められ、現在の丘の中腹に移ってきたらしい。
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喜びの日は誰の心も浮き浮きさせる。

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近隣の大人も子どももこぞって結婚の祝いのために集まってきて、
いつのまにか屋根の上も人が増えてきた。

日本と異なって乾燥帯の屋根は平らで、そこに人は乗るのはごく当たり前のことで、雨の降らない時期、そこにソファーを置く家もあれば、お茶の道具を置いたり、暑くて寝苦しい夜は、屋上で寝ることも多い。
だから、こんな時、屋上へというのはごくふつうのことだ。

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by miriyun | 2010-04-24 08:39 | Comments(4)

祝いの日の街角(1)

城のふもとの村をいく
狭い道路がうねる中にその小さな町はあった。シリア、カラアトゥ・アルホスン(クラック・デ・シュバリエ)の城の近く、である。
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喜びの日らしい。
青いドアから子ども達が出てきた。
その顔を見ただけで今日は何か喜びの日であることがわかる。

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人々があちらこちらから、わらわらと集まってくる。

そんな、『こぞって』・・・という感覚が結婚の祝いにはいいものだ。

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by miriyun | 2010-04-23 07:19 | Comments(2)

アラブでバスケットボール 

イスラーム地域でスポーツと言うと、圧倒的にサッカーの話であるし、子どもたちも各地でサッカーに興じているのを見てきた。サッカーはボールさえあれば遊ぶことができるので、砂地でも草原でもできるのだ。

 そのほかのスポーツはどうかというと、あまり見かけない。設備が必要なので、街中では無理なのだ。
学校等で設備が整っていれば、どんなスポーツも楽しむことができる。
 
 バスケットボールもゴールさえあればできる。
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訪ねたシリアの小学校のグランドでは子どもたちにバスケットボールに興じていた。JICAから派遣された日本人指導者がついて教えていたのだった。

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ゴール!! 

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女性達も楽しむ。民族衣装を着たままなので動きにくいだろうと思ったが、普段の姿なのでその範囲で楽しむ。明治・大正期の女性達は着物だった。その中でたすきで袖を持ち上げて働き、またはかまをはくことで自転車に乗った女学生が現れたりりしながら活発に動き出したものだ。
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笑顔がこぼれ、明るい掛け声やさんざめく笑い声が心地よく聞こえた。


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by miriyun | 2010-04-19 06:54 | Comments(10)

ウマイヤドモスク(10)…ドームの文字

 シリア、ダマスカスのウマイヤドモスクの工芸的な特色、とくに大理石象嵌野素晴らしさについて随分と述べてきたが、もっと素晴らしいことがある。寛容・度量の広さ・そういったものをいうのではなく身体で感じるところだ。
 やかましいことはいわずどこの国のものも、気持ちよく祈りに来たり、あるいは観光客も見ることができる。大きさでは世界3番目の規模といわれてきたこのモスクであるが、近年U.A.E.やサウジアラビアなどで大型で豪華なモスク建築が行なわれ、世界最大の絨毯を敷いたとか、素晴らしい象嵌を入れたりとか話題が集まっている。しかし、生活圏から遠かったり、壮大すぎて落ち着いて祈るには身近な小さなモスクのほうがいいという信者もいる。
 そうした中で、大きさによる順位は下がってきているかもしれないが、ダマスカスのウマイヤドモスクはだれもがゆったりと過ごせる。子どもはのびのびと駆け回り、ミフラーブ近くでは熱心な信者であるお年寄りが瞑想するように座る。女性も分けられることなく好きなところで祈る。観光客も拒否しない。天井高く左右に張り出した壮大な建築は受け入れを拒否したり、背を向けたりすることは考えてもいないようだ。

 ウマイヤドモスクの鷲のドーム
 さて、ここで気になっていたのが、中央の鷲のドームの天井に描かれている黒い文字だ。
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この画像においては8時の方角が見るべきスタートのところになる。
まずはもちろん、アッラーの名がある。
そしてあとは時計回りに続く。ムハンマド・・・当然である。
 そして、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーと続く。

*東京ジャーミイや多くの国のモスクで、ここまでが書かれているのを見てきた。スンナ派が認める4代までの正統カリフを重んじての名が飾られるのだ。

 そして、シーア派はアリーこそが正しいムハンマドのあとを継ぐものと考えたので、1~3の正統カリフを認めず、アリーとその子孫であるハサン・フセインの系統を重んずる。

◆ しかし、ここシリアでは異なる。
4代までのアリーまでをのせたあと、アリー以下の名が連なる。
画一的にしか学んできていない自分には、ここの天井が不思議でならなかったのだ。

 そこで、以前にレバノン難民を助けるボランティアをしていた人にインタビューをしたことがあるのだが、そのときにこれについても聞いてみた。
 するとシリアでは宗教や民族の異なる人たちが、こまかな宗教的な違いを大きく取り上げることなく暮らしているので、これについても気にしたことはないらしい。そして、宗教的にも寛容性のあらわれたものだという。

 この日、インタビューをしたのはダマスカス大学のなかであった。そのときも思ったのだが、そのときアメリカはブッシュ政権下で、シリアを徹底的に悪い国として決め付け、何かというとなじっていた。何もしていなくてもだ。
 シリアのことをとんでもなく悪く言うだけでなく、周辺諸国へもメディアの力でそれを信じ込ませていたものだった。だから、当時のアメリカのことをアラブ人はとても嫌っていた。
 それなのに、こんな状態ではシリアの中には一人もアメリカ人は入っていないのではないかと思っていたのだが、なんとダマスカス大学で学んでいるアメリカ人がいたのだった。

◆ シリアは地理的には民族・文明・宗教が行きかう位置にあり、また民族・宗教が異なる人々が納めた歴史がある。そうした中でいろいろであったがために返って受容するという柔軟な考え方があるような気がした。(もちろん、過去においてはハマで暴動やそれに対する弾圧もあったり、すべてが当てはまるわけではない。問題点や紛争もまだあるだろうが、ここでは、あくまでも一般住民の感覚についての話として紹介したい。)

◆ イマームとして誰を認めているかということが各宗派の食い違うところだ。しかし、それとはまた別に一般のイスラム教徒としての考え方にもっとも近いのはもしかしたら、このシリアの天井が示すものかもしれない。
 ハサンもフサインもアフル・アル=バイト(ムハンマド家)の一員として、尊敬されているのであるから。

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by miriyun | 2009-12-21 04:49 | Comments(2)

パルミラの目覚めのとき

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パルミラがささやくように目覚めを見せていく

 じわりと色が変化する
    ・・・・・・・そんな一瞬に酔いしれる


 ☆ パルミラはシリア砂漠の真ん中にある。 シリア砂漠は単調に走り続けるしかない。砂丘もなければ奇岩もない、ひたすら乾いた大地の続くシリア砂漠を行く。 
  ここはシルクロードの西端に近い。
 はるか東からやってきた旅人にとっては苦しい山越え・砂漠越えをした後に更に続く変化のない大地である。これはつらいものだ。

 そうしたところに突如現れる375本の列柱とその柱の台座にのっていた彫刻群がキャラバンを歓迎するかのように居並ぶ。もちろん、水の湧くオアシス都市である。豊かに穏やかに暮らす人々、商売の活気、こういった姿がどんなにか旅人を元気付けたことか。
 パルミラはこうしてシルクロードのバラと讃えられた。
                               
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by miriyun | 2008-06-25 07:19 | シリア | Comments(8)