タグ:アラビアン・オリックス ( 11 ) タグの人気記事

混みあう理由…アラビアンオリックス

日影なわばり 

ドバイ、アルマハのアラビアンオリックス保護区は広大だ。

そこにのびのびと生きるアラビアンオリックスだが、意外に昼間は混みあった生活をしている。
c0067690_14521480.jpg

手前のはもちろん、後方ではもっと混みあった生活をしている。
動物園じゃないから柵があるわけでもなく何キロでも好きなところに行けるのに
動かない。

 日中の暑さが半端ないこの地にあって水を飲まないオリックスは極力、体力の温存をはかる。
そのためにヤシの木陰に合わせて動いて少しでも日に当たらずにすむようにしている。
だから動かないのだった。

 中東の犬もすべて日影に合わせて寝ながら移動しているし、
それぞれの日影なわばりを大事にしている。

                       一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   

                                  

by miriyun | 2015-07-26 15:03 | Comments(4)

隠れる-動物のこどもたち

色に隠れる

c0067690_2293665.jpg

アラビアン・オリックスの子どもの散策・・・砂漠に溶け込む色だ。
なぜか、砂色のこどもは単独で歩いていた。
角が生えだすと急速に身体がアラビアン・オリックス特有の真っ白な身体になる。生えたばかりの短い角の子どもの方が親と共に行動していた。

無臭で隠れる
ガゼルは俊足だ。肉食獣に追われた時は優秀な小型オートバイが突っ走るように走って逃れる。
さが、赤ちゃんガゼルを連れて逃げることはできない。
だから、赤ちゃんの顔からお尻までなめて無臭にするという。そして草むらに残して親は出かけてしまう。実際これで見つかりにくいという。(もちろん、絶対ではなくたまたま見つけられてしまった時はたべられてしまうが)


草に隠れる

c0067690_2265760.jpg

隠れ家・・・・枝をへし曲げたのはだれか。土を掘ったのはだれか。
何かいそうだと見ていたら、ひょこっとガゼルの子が顔を出し、またすぐに隠れた。
ガゼルは穴を掘らない。持ち主がいなくなった草むらの穴の再利用か、よい 隠れ家になっていた。
                                              人気ブログランキングへ

                                                           応援クリックお願いします。
    
by miriyun | 2012-01-25 02:39 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(6)

オリックスの朝駆け

地響きを立てて疾走する
 日の出前のまだ薄暗い時にアル・マハの前の砂漠で、雲間にようやく出そうな日を写すためにカメラの設定を変えた。暗い空はl暗いままにとれるようにして太陽をとることに備えたのだ。

c0067690_304376.jpg

 その途端にどこからか突然ドコドコドコッと低音の地響きがしてきた。何が起きたのか驚いて振り返るまでもなく動物が脇を走り抜けていく。空ばかり見ていたので一瞬何が起きたのかわからなかった。
c0067690_31115.jpg

さらにそれを追う一頭が駈けていく。

 とっさにカメラを向けたが、今、日の出向けの設定をしたばかりだから暗いところは暗くしか映らない。
これは無理と思いつつ、シャッターを切った。あとで調整したら画質は荒れるが様子を見ることはできた。 アラビアン・オリックスが疾走し、砂煙をあげている。

◆ 驚いたのにはわけがある。
 そもそもオリックスといったら座っていることが多い。朝・夕に草木の葉を食べるとき以外は座っている。後はゆっくりとたたずんでいる姿が見られるだけなのだ。だから、走っているオリックスを見たのはこの日の出のときだけだったのだ。
 アラビアン・オリックスはオリックスの中では小さめの方だがそれでも全力疾走するオリックスは人間にとっても危険に見える。
 
c0067690_253579.jpg

ようやく雲の間から太陽が顔を出し始めたとき、遥か地平の向こうまで駈けて行ったのでどういう結果になったのかは見ることができなかったが、ようやくその方面から駈けることをやめたオリックスが戻ってきた。
c0067690_254827.jpg

・・・ところで、オリックス君、君は「千と千尋」に出演していなかったかい??・・・
      

砂漠の環境とオリックスの朝駆け
c0067690_254495.jpg

 太陽が出ると気温は急激に上がってくる。オリックスは木陰があるほうへと移動していった。
 
 思いがけず、オリックスの朝駆けを見ることになったが、これはリーダーの地位やテリトリーを巡ってのオス同士の争いだったのだろうか。
 この時間は争っていた2頭の他にもあちらこちらにぱらぱらとオリックスが動いているのを確認できた。
~~~~~~~~~~~~~~~
◆砂漠は特殊な環境である。 
生存環境の厳しいところではケンカも楽じゃないのだ。
50℃に軽くこえる極度に暑くなる厳しい環境の中では、食べるにしても、争うにしても、この朝の時間こそがオリックスにとっての大事な時間なのだと感じさせられた。 

                                               人気ブログランキングへ
                      
                                                       一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   
by miriyun | 2011-12-31 03:35 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(2)

アル・マハとロゴ・・・アル・マハ・デザート・リゾート(14)

アラビア文字のロゴ 
c0067690_2253143.jpg

アル・マハのロゴマークはアラビアン・オリックスである。キーホルダーをみながらそのマークをざっと書いてみた。(顔の線は黒い斑をイメージして勝手に入れてみた)

 一見、オリックスの影のようにさりげなく書かれているのは、まさにアラビア文字だ。
脚もとの文字は右からアル・マハとかいてある。
   アル・マハとはアラビアン・オリックスのことなのだ。つまり、このホテルは砂漠のオリックスホテルということだ。コンセプトがオリックスなどの絶滅危惧種の保護なので当然ともいえるロゴマークであった。


c0067690_2143883.jpg

レセプションには、この木彫りのロゴが飾られていた。オリックスだとすぐに気付いたが、残念ながらこれを見てすぐにアラビア書道を使っているとは思わなかった。
 なぜなら、足元のもやもやした線はとても文字には見えない線だからだ。おそらくアラビア文字を知らない国の職人に注文を出したのではないだろうか。文字の特色を知らずに形だけ写そうとするとこんな風になるのだ。とくに木彫のように立体であると難しい。そして、どんなに読もうとしてもこちらはアル・マハとは読めない。

★アラビア文字エピソード
 かって、銅の大きな壺に直接言葉を刻んで入れてもらたことがある。紙にアラビア語を書いて渡したのでその通りできると考えたのだが、出来上がりを見るとなんだかおかしい。微妙に太さが省略されてしまったり、点の位置がおかしかったりしていた。
 そのとき頼んだのはトルコの職人さんで、誠実に一生懸命やってくれてた。本人としてはとてもい仕事ができたと思っているのだが、ちょっと違うのだ。このころの私は、トルコ人がアタチュルク以来ラテン文字を使っているのは知っていても、全くアラビア文字を書く環境にはないし、モスク以外でアラビア文字を見ないということを知らなかったころである。つまり、こちらも認識不足だったのであって、今ならきちんと書道として書いて、これをトレースして寸分の狂いもないように刻んでというように注文を出すだろう。

 日常的にアラビア文字や書道を使わない環境であると、微妙な止めや戻りがミームやハーの文字を表していたりするところまでは察することができない・・・ということをこの時知ったのだ。



c0067690_2175762.jpg

自分が参考にしたキーホルダーの板 こちらは細部までよく文字が表現されていて、センスが良いなあとため息ものだった。


c0067690_2211564.jpg

書斎机に置かれたメニュー入れに紋章のようにアル・マハが飾られている。

c0067690_222580.jpg

4WD車にも書かれている。

c0067690_331285.jpg

このようにオリックスの脚が水辺に写る姿から思いついたのだろうか。

     オリックスの姿に合わせて自然な形で文字も入れたよくできているロゴだと思う。

c0067690_12204085.gif


                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

                         
by miriyun | 2011-10-11 03:39 | U.A.E. | Comments(0)

伝説のユニコーン…アル・マハ・デザート・リゾート(12)

ユニコーン・モデル 
古来、動物の姿で不可思議なものがある。翼のはえた馬である、ペガサス。角が一本の白い体のユニコーン、何度も復活するフェニックスなど、各地域の歴史の中でそれらは生き生きとえがかれ、また別の地域に伝わっていった。

 それらの中でとくにイスラーム地域で詩に謳われ、ミニアチュールに描かれているものにユニコーンがある。ユニコーンのモデルの一つとなったのであろうと言われているのが、アラビアン・オリックスである。
c0067690_6573458.jpg

ちょうどいい角度でアラビアン・オリックスがヴィラの横までやってきて草木を食べはじめた。その横向きの姿を見る。
角がまるで一本のようにみえる。

アラビアンオリックスの角は他の動物よりも2本の角がほぼとなりあったところから伸びている。ある程度離れて生えていると横から見ても完全には重ならない。ところが、オリックスは根元から重なってみえるという。
そして、リングがついた立派な角が75cmもの長さでとくに天に向かうように伸びるのだ。

この素晴らしい姿が、また人々をして狩猟にかりたててしまったといえる。
ユニコーンは伝説であるだけに、モデルではないかといわれるどうぶつはいくつかいても、もちろん完全一致する生き物ががいるわけではない。

それでも、砂漠や荒地に真っ白い身体で飄然とたつ姿は、伝説の動物ユニコーンを彷彿させるところがある。




                                                          人気ブログランキングへ

                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

                         
by miriyun | 2011-10-05 07:04 | U.A.E. | Comments(8)

白いオリックス・・・ アル・マハ・デザート・リゾート(11)

白いアラビアン・オリックス
 アル マハ、ア ラグジュアリー コレクション デザート リゾート & スパの家具調度に目を奪われていたが、ここにやってきた目的は動物たちをみることだ。
 アラビアン・オリックスは100kgで肩高で90~100cmぐらいであるから、アフリカのオリックスに比べて小さい。
小さめではあるが、色がまっ白なので砂漠でも探しやすい。

c0067690_14515556.jpg

      ↑ 小さいです、見えますか?

 部屋から眺める真昼の風景。その中で探すには木陰を見る。日中は強烈な太陽光を避けて木の下で休むことが多い。右手にあるナツメヤシ2本の下に白く見えるのがオリックスだ。これが茶色系だったなら私の目では見つけられないかもしれない。


c0067690_14492752.jpg

レンズで寄せていく。休む時は座り込んでいる。
c0067690_15173678.jpg

カメラのない人向きには書斎机に、双眼鏡が用意してあった。何から何まで準備がよい。
この動物観察のための仕組みはアフリカのホテルを参考にしているという。

c0067690_14494282.jpg

ちょうどヴィラの前方に池がある。勿論雨が降らないのでこれはくみ上げた地下水を流し込んでいる人工池である。
 普通なら水は全く飲まず、植物から水を得ている動物であるが、このように目の前に水があればその中で暑さをしのぐこともある。

 なぜ、色が白いのか?
 それは白こそが強烈な太陽光を最も反射するからである。アフリカよりも何処よりも暑いこの地において、暑さ対策のできるオリックスとして進化した結果と考えられている。
 
 白は高貴な色で狩の目標になりやすい。しかし、少々の肉食獣と、たまに弓矢で人間が行う狩ぐらいでは絶滅することはなかった。
 だが、ジープとライフル・連射銃・個人所有の小型飛行機などが出てくる時代になると、この白はめだちすぎて、絶滅の一因となっていったのだった。

こどもオリックスの色
 遥か彼方に、トコトコ歩く動物がいた・・・。
最初はガゼルかとおもったが、それにしてはあの細い脚のガゼルとは似ていない。


c0067690_1783497.jpg

 実は、この砂漠色の動物がオリックスの子であると、アル・マハのスタッフが教えてくれた。
成獣の真っ白で顔に黒い斑のある姿に比べてまったく異なる動物のようだ。色は完全に保護色となっていて、少し先の砂が多いところに入り込んだら、見えなくなりそうだ。
 成獣はいざとなれば身を守る角がある。角がない子どもオリックスがこの砂漠色なのであって、角が伸びてくるに従って、色は徐々に白に近づいていくようになっていた。
                                                          人気ブログランキングへ

                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

                         
by miriyun | 2011-10-02 15:21 | U.A.E. | Comments(4)

ルームキーから見えるもの..アル・マハ・デザート・リゾート(4)

ルームキーに見る設立の意味  

c0067690_703534.jpg

アラビアン・オリックスの姿が焼き付けられているルームキー。
設立目的が絶滅危惧種の再導入であったのだから、当然のごとく、アラビアン・オリックスが象徴として使われる。
c0067690_71377.jpg

部屋の中から外を望む。それを意識して丘の上につくられたコテージであるから、見晴らしの悪い部屋などない。向きによってひたすら原野であるところと、池があるところがあるくらいの違いだ。

c0067690_6595587.jpg

その窓辺から見ていると、プールに次々と小鳥がやってくる。
遠景の礫砂漠に灌木という風景の中には、草を探しては食むオリックスの日常がみえてくる。
このホテルの存在意義であるオリックスが見えてくる。



                                                          人気ブログランキングへ

                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

                         
by miriyun | 2011-09-21 07:03 | U.A.E. | Comments(6)

砂漠のアル・マハ・・アル・マハ・デザート・リゾート(1)

砂漠のアル・マハ
 1999年、新聞の国際面の片隅に小さくドバイの情報が載っていた。その時、エミレーツ航空も関係して大がかりな環境保全型ホテルがオープンすることを知った。
 以来、その短い名前を忘れることはなかった。まだ、砂漠における環境保全が何たるか、オリックスの保護がどういうことかよく知らなかったのではあるが、砂漠の中にぽつりとできて、海沿いのリゾート地やクリーク沿いの賑やかな感じとは異なるものを感じ、とくに砂漠の中に孤立したホテルができるということに魅力を感じた。
 もちろん、チュニジアやモロッコなどに行けば周りは砂だけのホテルやテントがある。だが、そこまで行くにはある程度の日数が必要になってしまう。せめて中東でとさがしても思ったほど砂漠中心のところはない。近年はUAEにも砂漠の中のホテルが増えたが、設立のコンセプトが異なる。

  豪華なだけのホテルはちょっと、見に行くだけで満足してしまうが、ここはどうしても泊まりたいと思う数少ないホテルのうちの一つであった。かれこれ12年もたち、たまたまドバイに行く同行者に自然を見たいと要望された。その思いにも後押しされた感じでアル・マハに行くことにした。

 アルマハは現在名前が変わっていた。アル・マハ・ラグジュアリーコレクション・デザート・リゾート&スパ
(Al Maha, A Luxury Collection Desert Resort And Spa)という。長くていつも覚えられないので、これからも略称としてアル・マハと書いていくことにする。

 アル・マハは エミレーツ・グループが保有・運営。2010年11月にスターウッド・ホテル&リゾート・ワールドワイドのラグジュアリーコレクションに加盟し、名称も変更になったと聞いている。

シェイク・ムハンマドが携わった環境保全型ホテル
 アル・マハ ラグジュアリーコレクション デザートリゾート&スパ (旧 アル・マハ デザート リゾート&スパ)は、砂漠の中にあり、環境保護型ホテルである。夏はオフシーズンなので予約できたが、冬は早くから予約が埋まっている。

ゲートから車で10分かかりたどり着いたレセプション。そこは木と伝統の工芸品に囲まれセンスがよくて落ち着いた空間がある。
c0067690_1327325.jpg


c0067690_13271393.jpg

まずは応接の部屋で冷たいジュースをいただきながら、チェックイン。ここで、その日の夕刻に参加したいアクティビティをまずは決める。娘の希望でラクダサファリを選んだ。

すぐにコテージに向かう。ただし、12時過ぎに着いたのだが、外を1分歩くだけでもクラクラしそうに暑い。この丘を歩くのかと思っていたら、電動バギーが何台も用意されていて、それで移動する仕組みだという。レセプションに行きたいときも電話でバギーを呼ぶことができる。
さあ、出発!
c0067690_13344590.jpg

バギーに乗って。従業員はてきぱきとして自分のやるべきことを心得ている。
c0067690_1334497.jpg

わぉ!もう遭遇した!ガゼルが道に出てきたのだった。

c0067690_13371165.jpg

これが今回予約したベドウィン・スイートというコテージだ。

 部屋はすべてスイートでプレジデンシャル・スイートも含めて42だけである。やや高くなった景色のよい丘の上にだけ、ドバイのシェイク・ムハンマドは客室をつくり、その数はたった42室に抑えた(参考までに海のリゾートホテルの代表、アトランティス ザ パームは客室数1539室だ。)。
 
 利益だけを望むならば300でも400でも建てることはできる。経費を安くするにはコテージ型でなくて数階建ての普通のホテルにすればよい。

たった42室に抑えた理由とは?
 そうはしなかったのは、環境と野生動物、とくに絶滅危惧種のオリックスやガゼルを生育して行くのに、目が届かないほどの外来客や水の使用方になることを避けたのだ。
 そして、ここは野生種保存のために認められた研究者はいつでも入れるが、他はたった42室の宿泊客以外は入ることが認められないのだ。
 しかも落ち着いた環境を壊さないためにこどもの宿泊は認めない。また、広いスイートルームではあるが、トリプルで泊まるということはできない。3人で行っても2部屋とる必要があるのだ。これによって、ここ野生動物と接する宿泊客はどんなに多い時でも部屋数×2で84名ということになる。((注)2部屋だけある大きい部屋は定員が違うかもしれないが)
 人間のための84名分+従業員用の水と草食の野生動物を養っていくために必要な植物の育成用の黒いホースの水、これだけを計算し、ドバイでも豊富な地下水といわれるこの地域の地下水を無駄なく循環しながら使おうという仕組みをシェイクは作り上げた。

 最初に地下水から始め、逆算的に物事を決めていったわけである。
たった42室ということがとても大事なことであることがわかる。

 
                                                 人気ブログランキングへ
                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

 
by miriyun | 2011-09-18 13:47 | U.A.E. | Comments(4)

「世界の群れ」作戦成功す…アラビアン・オリックス物語(3)

王家の保護  
アブダビのシェイク・ザーイド・ビン・スルタン・ナヒヤーンは、現在当たり前に言われている持続可能な開発の概念を提唱した人物で、水資源管理システムのプロジェクトを1946年に発動し、国土の緑化プロジェクトを始めた。詳しくはまた別の機会にしようと思うが、野生動物に関する考え方だけは今書いておこう。彼は生物多様性を保持するために狩猟を非合法化した。アブダビの地名の由来であるガゼルはもちろん、アラビアン・オリックスをはじめ絶滅危惧種から鳥たちまで彼の保護区で保護された。
 
 また、シェイク・ザーイドと常に共同歩調を取ったドバイのシェイク・ラシード・ビン・サイード・アル・マクトゥームは1960年にはドバイ初の保全プログラムを開始した。

 このようにシェイク・ザーイドやシェイク・ラシードのように将来を考え野生動物を保護している王家が規模こそ違うだろうがいくつか存在したのは確かだ。また、動物園の中にはオリックスを飼育しているところもあった。

c0067690_911521.jpg

ワールド・ハード(世界の群れ)計画・・・オリックス作戦 
1960年までは各地に野生のアラビアン・オリックスがシナイ半島からイラクまでで数百頭となった。この広い地域で数百頭ということはもう、絶滅の時期が目前まで迫っていた。

 1960年代、WWF(世界自然保護基金)や動物保護ロンドン協会・自然保護団体フローラ&ファウナ自然保護協会などが中心になってアラビアン・オリックス救助作戦が行われることになった。
 生き残りのオリックスがこの計画に沿って集められた。オマーンから3頭、ロンドン動物園から1頭、クウェートから1頭、サウジアラビアから4頭の計9頭を集め、アメリカに送られた。つまり、このプロジェクトのスタートは各国から集められた9頭から始まったのだった。ドバイものちにオリックスやその他の絶滅危惧種をアリゾナに送り出した。


 送り先はアリゾナのフェニックス。そこを選んだのは自然環境がアラビアの砂漠にとくに似ていることから選ばれた。絶滅に瀕している動物のための最初の国際的プロジェクトが始まったのだ。
 そこで集められたオリックスは繁殖に成功した。伝染病などによる全滅を心配して、サンディエゴ野生動物公園にも分けたり、同じ遺伝子が揃いすぎないよう、動物園や保護区同士で一部を入れ替えたりしながら個体数を増やしていった。
 
アラビアへの「再導入」作戦

実際の野生種絶滅よりも10年も早くスタートしたこのワールド・ハード作戦により、十分に数が増えてきたところで、本来の生息地アラビア半島に帰す作戦が少しずつ始まった。

① ヨルダン
 1978年にヨルダンに4頭導入されたのは群れが小さくて繁殖に至らなく、失敗したようだ。1987年に11頭導入されたオリックスはショーマリ自然保護区で200頭まで繁殖に成功し、2002年にはワディラムの特別な地域に野生として復帰させる作戦を行うまでになった。また。他のアラブ諸国への再導入にも力を貸している。

② オマーン
 1982年までに14頭を再導入したオマーンは、ジダッド・アル・ハラシース平原のなんと2万7500平方キロメートルをオリックスを保護し繁殖させるための地に選んだ。マスカットから飛行機で1時間のサラーラから車でさらに200㎞という奥地である。ここはArabian Oryx Sanctuaryと呼ばれ、世界遺産登録された。1994年のことである。ここで14頭だった導入個体は1996年で400頭まで順調に増えて、まさにOrixのSanctuaryとなった。

 !!普通はこれで話が終わるのだが、そうはいかなかった!!

このあと、首都から遠い果てにある世界遺産地区は密猟が激しくなり、政府の取り締まりは不十分なものであった。そのため1999年には85頭にまで激減した。2007年には追い打ちをかけるようにオマーン政府は保護区としての設定区域の90%削減を発表した。
 これによりオマーンの世界遺産Arabian Oryx Sanctuaryは世界遺産委員会によって、顕著で普遍的な価値が失われたことを理由に世界遺産登録から抹消された。世界遺産の登録が抹消されるのは歴史上初めてのことであった。

③ サウジアラビア
 199年に再導入された。
「国家自然保護・育成協会」の基本プロジェクトの一つであるアラビア・オリックスを自然に帰すプロジェクトにより、オリックスが元々生息していた地域に大きな自然保護区が設けられ、飼育小屋が多数建てられ、繁殖したのち自然保護区に放たれ、660頭を超えるにいたった。(参考:アラブ・イスラーム学院・アラビア村)
 生息地としてはウルク・バニ・マリッド保護地区、マハザット・アズ・サイド特別自然保護区がある。ただし、観光は許可されていない(参考:「恋するサウジ」郡司みさお著)

④ UAEドバイ
ドバイのシェイク・ラシードが送り出したアラビアン・オリックスを、35年後に彼の皇太子シェイク・ムハンマド・ビン・ラシード・アル・マクトゥームはドバイにオリックスを再導入した。

 その時、彼自ら砂漠の中で国内最大の地下水供給地のひとつでもあり、砂丘が広がる景観のよい地域を見つけ土地を手に入れ、野生動物保護活動のできる土地を選び出し、そこに導入したのだった。
 
 単なる経営でない。自分の父と、アブダビのシェイク・ザーイドの多様な生物を環境保護をしたうえで残していこうという理念のもと、自ら足を運び、陣頭指揮をして作り上げた場所で、現在アラビアン・オリックスは順調に増えて200頭にもなり、平和なたたずまいを見せている。
 その場所は彼が考えた野生動物保全のための地区であり、かつきちんと管理し、そのための費用もねん出できるアル・マハという場所をつくった。


アラビアン・オリックス絶滅の危機を乗り越えて
2011年6月16日、IUCN (国際自然保護連合)は絶滅危惧種のレッドリスト最新版を発表した。
レッドリストは、大まかにいうと、次のような分類になっている。

===レッドリストによる保全状況の分類===
≪絶滅≫   絶滅(EX)
         野生絶滅(EW)  |--------1972年
≪絶滅危惧≫絶滅寸前(CR)・・(絶滅危惧IA類)
         絶滅危惧(EN)・・(絶滅危惧IB類)
         危急(VU)・・・・・・(絶滅危惧II類)―――2011年
≪低リスク≫ 保全対策依存(CD)
         準絶滅危惧(NT)
         軽度懸念(LC)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いったん、1972年に野生絶滅(EW)になったアラビアン・オリックス。
それが、現在はアラビア各地の生息地で個体数をふやし、少なくとも1000頭を超えると言われている。

 これにより、ICUNは前回の評価、絶滅危惧IB類(EN)から、絶滅危惧II類へとランクアップした。
レッドリストが始まって以来、 野生絶滅(EW)から3つ上のランクまで評価を回復したのは初めてのことであった。

 試行錯誤を繰り返しながらであるが、このように大成功をおさめたは、保護団体・各国政府・動物園が連携し、国際的プロジェクト、『世界の群れ(World Herd)』計画で、種の保存に取り組んだ成果だった。


                                                          人気ブログランキングへ

                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

                         
by miriyun | 2011-09-17 18:31 | 動植物 | Comments(2)

オリックスがいなくなったとき...アラビアン・オリックス物語(2)

アラビアの砂漠にも原野にもいない!   
オリックスはアラビアから南アフリカまでいくつかの亜種があるが、ほとんどが茶系かグレー系の体色であり、真っ白なのはアラビアン・オリックスだけである。

高貴な白であり、また目立つことこの上ない。だから、オリックスの中でアラビアン・オリックスが最初に絶滅への道を進んだのも考えられることではあった。

立派な角を持つこの動物、もちろんベドウィンが狙う事もあったが、群れがいなくなるようなかりではない。人口の増加とともに大物狙いのハンターはふえていった。シリア・エジプト・イスラエルからは根絶された。1950年代以降には、オリックスの大群を見つけてジープ数台で巻き狩りのように追い込み、自動ライフルで打ちまくった。ヘリコプターまで使ったものもいるという。狩猟が一般的になってくると、燃料も豊富で豊かになってきた湾岸で簡単に追いつめて狩ることが出来てしまった。
最後の野生の1頭が射殺された時、野生のアラビアン・オリックスは存在しなくなった。
c0067690_6553889.jpg

 広いアラビア半島の全域とシナイ半島にもいたはずだったのに、
    石だらけの礫砂漠にも
            果てしなく続く砂砂漠にも
                        もうその姿を見る事はかなわなくなった

個体数が減っていったとき、何処に保護されていったのか?
 これはどの絶滅危惧種でもそうだがまず保護をする。 実際このとき一部を生け捕りにして保護下においた。
それは、アラビアの各王家においてこの高貴なアラビアン・オリックスを保護することがおこなわれたのだ。かのアブダビのシェイク・ザーイドも、マクトゥーム家のシェイク・ザイードも、もちろんサウジアラビアもそうだった。そして世界のいくつかの動物園に若干のオリックスが散在していたのだ。

 しかし、日本のトキでもわかるようにごくわずかな個体数になったとき、その種の繁殖は雌雄の比、年齢・気性、などを考えるほどにむずかしいことがわかる。

この時も、わずかなオリックスをどんなに大切に育てたとしてもなかなか個体数が増えていくほどの繁殖には至らない。
 そこには、何かもっと大きなプロジェクトが必要だったのだ。


                                                          人気ブログランキングへ

                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります      
                          


                         

                         
by miriyun | 2011-09-14 07:04 | 動植物 | Comments(0)