写真でイスラーム  

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2005年 11月 21日

家のつくり・・・シバーム

 世界遺産であるシバームは東西500m、南北400mの城壁の中に建物が500棟、人口7000人、モスク6、門は1つという町だ。世界最古の摩天楼都市として知られている。
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この町の建物も屋上・雨の当たる下部を中心にしっくいが使われている。
 
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 石灰は日本でもしっくいとして昔から使われてきた。ある程度水にも強いので、イエメンのように雨季があるところでも使われ、家の装飾・および窓辺の防水をかねて使われる。それが何百年にもわたって続いているので、まるでおとぎ話のお菓子の家のような様子になったわけである。 ただし、値段が高いため、経済的にゆとりのある家ほど白の漆喰が多く使われる傾向があるという。
 サナアなどはしっくいは窓装飾中心で、シバームは雨と洪水対策が多い。装飾は木彫りのドアや窓に特色がある。

 伝統的な素材を使うとどうしても値段が高くなる。これは日本だけではなく、イエメンでも日干しレンガが高価なためコンクリートで建築される場合もあるそうだ。しかし、それには問題はあるという。
 
 イエメンはアラビア半島の南端に位置する国で暑さの厳しい国である。日干しレンガは60cmでそれを積み上げるから、最低でも壁の厚みが60cm以上の天然素材の家ができる。家の中は10℃~15℃涼しくエアコンの必要はない。それに対してコンクリート建築ではエアコンがないと暑くて生活できなくなる。
 
 また、日干しレンガの家は誰も住まなくなると元の泥に戻るので、産業廃棄物にはなりえないわけである。
 
 日干しレンガは環境的に考えれば、いいところばかりであるが、それを維持するのは毎年の修復作業が欠かせない。シバームの都市群も必ず、雨で溶けた分を削りもう一度泥をのせて修復する。

↓いったんしっくいを剥がしたところ。
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しっくいをはりなおすのだが、この高さとロープを見るとたいへんな作業だとわかる。

 世界遺産・・・この作業を繰り返して今がある。どこの国でも伝統的なものには、人々の愛情と手間がかかっている。


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# by miriyun | 2005-11-21 02:08 | イエメン | Comments(2)
2005年 11月 20日

家の材料・・・イエメン風しっくいの作り方

次にイエメンの家々の窓を白く飾り、また、屋上や土台に近いところにも使うしっくい(ヌーラ)はどうやってつくるのか?

そもそも材料は?ーーー答えは日本にもたくさんある石灰岩だ。 石灰岩は炭酸カルシウム[CaCO3]を主成分とした堆積岩である。

しっくいのつくりかた
1.石灰岩は砕いて石灰石とする。
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2.生石灰(せいせっかい)焼成
   露天の釜で廃油を使って石灰石を焼いて、生石灰とする。廃油は、少し釜から離れたところに作られた小さめなプールに蓄えられている。釜の中に、廃油を投げ込む荒っぽいやり方である。
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3.消石灰(しょうせっかい)加工
  焼きあがった生石灰となった石を熱いまま地面に置く。作業員さんがその場で水をかける。
4.灰色の石はパチッ・パチッ・パーンと音をたてて割れ、その一部をはじけとばし始める.
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みるみるうちに内側の白いブロックに割れる。

作業員はしばらくするともう一度水をかける。さらに細かく分解し、結局hotな石灰は粉になっていく。まさしくチョークの粉になってしまうのだ。
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田中石灰工業さんのHPから化学式を引用する。 
  石灰岩 CaCO3 焼成→CO2 ↑揮発
      ↓      
    生石灰 CaO    
      ↓      
      消 化(水和)←H2O 加水    
      ↓      
    消石灰 Ca(OH)2

*日本では焼いて水処理をして種類別に袋づめするまで工場で行うわけだが、イエメンでは屋外で豪快に燃やしてつくっていたが、やっていることはまさしく上の化学式にあらわされたことをやっていたわけだ。
 
        


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# by miriyun | 2005-11-20 01:43 | イエメン | Comments(2)
2005年 11月 19日

家の材料・・・イエメン・日干しれんがの作り方

 乾燥帯の国で家を作るには日干しレンガが必要。
では、日干しレンガ材料は何か?

イエメンの場合で説明してみよう。
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★材料・・・左のざるにきざんだ麦わら    *右のざるに土

日干しレンガのつくり方
1.水のあるところで、上の2つに水を入れてよくこねる。
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2.どろどろになったら一輪車で運ぶ。
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3.木枠の中に泥を入れ、手で均一にならす。
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4.木枠を上に持ち上げてはずす。
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5.乾いてきたら、立ててさらに日干しする。
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    これで、アドベと呼ばれる日干しレンガ、ができあがり!!


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# by miriyun | 2005-11-19 00:12 | イエメン | Comments(2)
2005年 11月 18日

イエメン・・・おとぎの国よ! 

 イエメンの世界遺産であるサナアやシバームは都市遺産である。首都サナア
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 町全体が日干しレンガと石でできているが、窓枠などは、白く枠を囲っており、さながらお菓子の国に迷い込んだかのような印象を受ける。 


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# by miriyun | 2005-11-18 00:09 | イエメン | Comments(2)
2005年 11月 17日

東京ジャーミー(7)・・・カリグラフィーを読もう

 女性用バルコニー席のカリグラフィーを読もう
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 女性だけが入ることができるバルコニー席にいくつかのカリグラフィーがある。その中の正面の壁の右寄りに一見アラベスクのような繰り返し文字がある。上には例によってアラベスクのステンドグラスの青が印象的に効果を与えている。

きょうはこれを読んでみよう。

書いてあるのは次の文字だ。
يا    ・・・ヤー     (写真の青の文字)  ↓
ودود  ・・・ワドゥードゥ (写真の緑の文字)   ↓
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アッラーの属性の1つとしてよい意味・・・愛情ある・愛を与えるfavorably,disposed,attached,
devoted,friendlyなどの意)をあらわす。

 円の1/8の枠にぴったりにこの文字をアラビア語のカリグラフィーをデザインし、それを8面に繰り返したものである。
 デザインの方法としては、アラベスクのデザインと同様の方法であり、文字でありながら図形のようでもある。

# by miriyun | 2005-11-17 10:56 | カリグラフィーを読もう | Comments(2)
2005年 11月 16日

CBR・・・昔の日本と今のシリア

 帰国後、日本のテレビ放送の中で、障害のある女性がすごく生き生きと前向きに挑戦して生きている姿が放映された。 そのとき、突然、夫が思い出して私に話したことを書こう。

  夫が子どものころ、友達の家に遊びに行くとその友達のお姉さんが遊んでいるところにきて、一生懸命話しかけてくるというのだ。聾唖者であったそのお姉さんが、不自由ながら、ことばとジェスチャーで一生懸命話したがるのであった。でも、その人の親はできるだけ人にあわせないようにしていた。友達も自分の友人に姉をできるだけ部屋から出そうとするのだった。
 夫はそのお姉さんのことが子供心にもかわいそうだったという。後に、若くして亡くなったということもあって、なおさら心に残ったそうだ。障害がなければ、弟の友達に必死に話しかけることもなく、青春を謳歌していただろうに・・・よほど寂しい生活だったのだろうというのであった。
 
 シリアでCBRプロジェクトを見させていただいてきて帰国したばかりで、まだ自分の経験してきたものについて話もしてないうちにその話を聞いた。家庭内にだけで暮らしいろいろなチャンスを与えられていない立場について、しみじみと考えさせられたのだった。ずっと以前の日本のことのようだが、そんなに前のことでもない。日本も長い間こういう状態だったのだ。
  
 1981年に、国連決議により、国際障害者年(International Year for Disabled persons)が定められ、障害がある人のことが考えられ、社会が変革し、教育の場面でも扱われるようになったことによって、障害のある人たちが、街中に出かけ、仕事をし、交流することができるようになった。でもそれは長い歴史の中でつい最近のことなのだ。
 国際障害者年のテーマである「完全参加と平等」は、障害者であるが故に社会から疎外されがちな人々が、みんなと同じように社会の一員として生活し、幸福になることを願って作られた。
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 日本で国際障害者年が刺激剤となって動いたように、シリアという国のひとすみがJICAによって動いていく。そんな動き始めの貴重な場面を見させてもらってきたことを忘れてはならない。  

# by miriyun | 2005-11-16 23:23 | シリア | Comments(0)
2005年 11月 15日

シリアのCBR活動の自立に向けて

 相変わらず時系列と関連なく、イスラームの人々のもとへ、そして日本の中へ、心が癒しを求めると砂漠へと行きつ戻りつしながら書いている。
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 シリアの青年たちの活動している場所はほかにもあった。
別の村の集会所に行くと、やはりCBRの中間発表に向けてダンスや歌の練習に励む子どもたちとボランティアの先生たちがいた。説明もなく突然見させてもらったのだが、突然の来訪者に臆することもなく両手を精一杯伸ばして生き生きした目で活動する様子が印象的だった。

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 また、廊下を行き来する人たち、JICAのプロジェクトチームの人たちはもちろんのこと、健常者も障害者・ボランティアの先生・村人もだれもが活気にあふれた歩き方をしているのをみて、これはすごいと思った。

 日本の人が来て何かやってくれているという雰囲気でなく、自分たちが参加してやっているという活気が肌に感じられるのだ。
 これが、専門家(今はボスと呼ばれているとこの間、聞いた)のいわれたことだったのだと思い当たる。

   JICAは、今変わろうとしている。2003年10月に緒方貞子氏が理事長に就任し、早速内に秘めていた援助哲学ともいうべき「人間の安全保障の視点」「現場重視」などにもとづくJICA改革プランを打ち出し、実行に移している。そのなかで「People」「Community」という視点をもって開発援助を行うべきで、住民の意見を十分に聞いて海外プロジェクトを一緒に作っていく。かつ自立をめざし、地元の人によって継続運営できる組織・人づくりをしなくてはならないと言っている。(出典:2004年8月 国際開発ジャーナル)
 
 CBRプロジェクトも上記の考え方によって住民のコミュニティーを揺り動かし、自立した活動になるような方向を目指している。無償のボランティアによって始めたために、有償であるよりずっと純粋な活動になり、活動するほうも受け入れるほうも理解しやすい形で進んでいる。
 
 なにより、障害のあるこどもたちの目が輝いていたことがその成果を現していた。ただし、今頑張っている女性は結婚してもそのボランティアを続けられるのだろうか、また、今現在収入があるのだろうかという点が気になる。また、今後の障害者の生活と村人の変化、障害児教育が学校教育に組み込まれる可能性が出てくるのか、継続して経過を見守っていきたいと考えたのである。
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# by miriyun | 2005-11-15 18:18 | シリア | Comments(0)
2005年 11月 14日

チュニジア・・・湖と海の蜃気楼を見た

  砂漠に於ける太陽の蜃気楼のほかに、海岸部と塩湖でそれぞれ蜃気楼を見た。
★スースからチュニスにかけての東海岸の蜃気楼↓
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★ショット・エル・ジェリド湖の蜃気楼↓
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 前出の先生方によると、この海岸と塩湖の蜃気楼は下位蜃気楼という。下位蜃気楼とは、上冷下暖の空気層ができ、光が密度の大きい上へ進行方向を変えていくことで人の目は元の物体の下方に偽りの像をみてしまったり、倒立した像をみたりする。浮島現象・浮景現象・逃げ水現象などがある。地面または水面の温度が高ければ出現するので一年を通して出現するという。
 
 蜃気楼を表すとされるミラージュは、自分の姿を映すという意味なので下位蜃気楼をさすものということだ。
 日本では琵琶湖・富山県の魚津のほか、各地で見られ、何人かの熱心な研究者によって日々の観測がなされていて続々と素晴らしい写真がHPに載せられている。

 私の場合は予備知識のないまま、とてもこのような自然現象を撮るような装備もせずにたまたま興味があるから撮ってみたのだが、今度そういう機会があったならせめて三脚は使いたいと思っている。
 
 砂漠・湖・海岸いずれもチュニジアで運よく遭遇したのだが、この国が蜃気楼が出やすい土地なのだろうか?それともモロッコやリビアなどサハラ砂漠近辺ではみな多いものなのだろうか・・・
 そういえば、チュニジア人のガイドは「シンキロウ」という日本語を知っていた。

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# by miriyun | 2005-11-14 22:22 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(0)
2005年 11月 13日

上位蜃気楼・・・チュニジア・太陽がのぼる連続写真

 そもそも上位蜃気楼とは何なのか?  
物理が苦手な私は前述の2つのHPをはじめ、多くのHPを読みまくった。
 
 まず、光はより密度の高い(*気温が低いほうが密度が大きい)方へ曲がる――ということが基本だとわかったが、この「光の屈折」の原理から知らない自分はかなりてこずった。最近ようやくおぼろげにわかってきたが、これって理系の人には常識なのかもしれない。
 トホホッ!

 魚津埋没林博物館琵琶湖の蜃気楼情報の先生に説明していただいたことをまとめると次のようになる。
上位蜃気楼とは――
  地面や水面付近が冷たく、上空が暖かい空気があるという状態=上暖下冷の時に生ずる蜃気楼である。
 このような気温逆転層がある場合、物体の光がまっすぐではなく、より密度の大きいほう、つまり温度の低いほうへ進路を変える。そうすると光は上に向かって弧を描いて見ている人に届く。元の物体の上に変化した像が見えたり、浮き上がったり、いくつか重なったり縮んだりしてみえる。この蜃気楼はファタ モルガーナ(fata morgana)という現象といえる。
 次にこのときの連続して撮った太陽像を並べてみる。 
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             ↑ クリックすれば大きくなります
 ②や③については太陽の形が変形した原因は気温逆転層ができていたことで、その空気の境目あたりで鏡餅のようなたんこぶのような像変化をしていて、これが上位蜃気楼なのだとの解説をいただいた。 

 じっさい、この日の昼間の気温は厳密な測り方ではないが50度。そして、夜間は20度近くまで下がっていた。当然地表近くは低い温度になっている。そこへ朝とはいえ強烈な太陽の光が入りだす。確かに空気の複雑な層が出来る条件があった。
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  また、④や⑤の太陽は卵型であるだけでなく、大きくした写真で見ると四角張ったりしているところもあり、④の太陽の中ほどの位置に微妙な空気層があるらしい。

 なお、緑色の円は太陽の形がどれだけ真円とちがいがあるかを見やすくするために入れてある。また、通常でも太陽は地平線近くでは微妙に扁平になるようだが、それについては素敵なHPこよみのページをみつけた。そこでは、大気がある場合とない場合の太陽のひしゃげ方シミュレーションがあり、とてもわかりやすく、一目見れば納得してしまう。これが自分の写真でいうと⑤⑥にあたるのではないかと、とても興味深かった。

 なにしろ、知らないことばかりの中で、はるか遠くの人、専門知識を持つ人、海外の人などインターネット時代ならではの恩恵を受けて、以前には決してたどり着けないであろう人と知識とにめぐり合うことができる――素晴らしき哉!!

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# by miriyun | 2005-11-13 16:35 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(0)