東京ジャーミー(6)・・・大シャンデリアもカリグラフィー

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 ジャーミーの礼拝堂のドーム頂点からつりさがるシャンデリアカリグラフィーデザインだ。

クルアーン36『ヤー・スィーン』の章82節
「何かを望まれると、かれが「有れ。」と御命じになれば、即ち有る。」

 上の句をデザイン化したものだということだが、目を凝らしてもすべてを読み取ることができない。一方向から見ただけではその章句の一部しかうかがえない。この写真からわかることは次の2点だ。
1、向かい合わせの2つの面は左右対称であること。
2、この写真では、82節の最後の文字が読める
       كن فيــكون
 
 また、このシャンデリアは、ドームの真下から見上げるとどういう組み方になっているかがわかる。下記の写真に表されるように6面の構造になっている。
(完全な対称に見えないのはランプが2~3きれていたため)
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 下から見た感じではどの面も同じ文字のようにもみえる。
 すると、章句のほかの部分は見えない中心部に集まっているのか、あるいはデザインの工夫で同じように見えるようにできているのか・・・・
 他の面がどのようななっているのか知りたいものだが、下から見上げたシャンデリアはきらめくばかりである。
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# by miriyun | 2005-11-11 22:25 | カリグラフィーを読もう | Comments(2)

東京ジャーミー(5)・・・絨毯とステンドグラス

  
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 東京ジャーミーは白い壁に緑の絨毯でさわやかに美しいが、そこに更に彩りをあたえているのがステンドグラスだ。晴れている日は殊に美しい。
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  ↑ この赤と白の帯状のラインに沿って座ると、礼拝時にちょうどよい間隔になる。
 有名なモスクの中には一人分ずつの礼拝絨毯の大きさに枠がある模様になっている場合もあるが、ここのラインはモスク全体の色バランスを程よくひきしめながら、祈りにちょうどよい空間を示唆している。↓           
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 アラベスクというのは1つならまだしも、いくつか組み合わせると色の組み見合わせが想像以上に難しい。まったく同じ色ばかりでは単調になり、色を使いすぎると建物や作品としての調和が壊れてしまう。ここでは、石膏部分の基調色である紺で締めつつ明るい色調のガラスを共通にいくつかは使って調和させている。、
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 ↓ステンドグラスの窓と下のアラビア語のカリグラフィーとの対比で見てみよう。
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1.ベルト状カリグラフィーの下地の色と窓の枠の石膏部分の色が紺で揃えてある。
2.アラビア文字はモスクの壁面に最適なスルス体の格調高い書体である。
3.文字の一部にトルコブルーと深い赤の2色だけ色をつけてアクセントを与えている。
4.そして、その色は上のステンドグラスでも使って互いに調和しながら、引き立てあっている。格調高い文字ながらやわらかみとかろやかさも出しているのだ。

 見るほどに新しいよさを発見できるジャーミーだ。

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# by miriyun | 2005-11-09 10:36 | 東京ジャーミー(工芸) | Comments(6)

砂漠は生きている・・・足跡(2) さそりは?

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 砂漠に住む動物とはいえ、やはり気温40~50度 砂の表面温度60~70度なんていうのは苦手に違いない。日中、日差しをさえぎるものなど何もないとき、虫も爬虫類も見かけたことがない。、
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 生物のいる気配さえ感じさせないところで、朝、突然足跡だらけとなった砂漠を見るので驚くわけだ。
 暗闇の中で、多くの生物が砂を押しのけて這い上がり、餌を求めて右往左往する。ぶつかりそうになる時、ゆっくり歩く時、あわてたように走っている時――いろんな場面をこれらの足跡が物語っている。
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 形が気になり、オアシスのほうまで行ってノマドの人に聞いてみた。さそりの足跡はどんななのか?

 彼が言うには、さそりは足跡が左右に続くが、真ん中に筋が入るという。この中心部の線がさそりの尾の部分をひきずったあとだという。
 (そうすると、威嚇している時の天に向けた尾を普段歩く時はひきずっているのか、はたまた尾を上げたまま歩き、尾の根元部分が筋を描いていくのか、どちらなのだろう。)
 
 いずれにしろ、自分の撮影してきた足跡の中には真ん中に筋のある足跡はなかったのでさそりではないということだ。
 するとこれらの足跡はいったい何なのか、ベルベル人がこれだけはわかると言って丸い足跡をさしていた。鳥のような格好をして教えてくれるがフランス語で言うので結局何のことやらはっきりしない。

 後に知り合いのチュニジア人に聞いたところ、足跡から何の生物かわかるのは、アラブやベルベル人ではなく、砂漠で暮らすノマドやベドウィンだということだ。そう聞いてみればもっともなことで、昼間姿を見せない生物は砂漠で寝泊まりして初めてわかることなのだ。

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# by miriyun | 2005-11-08 09:39 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(0)

砂漠は生きている・・・足跡(1)

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 サハラ砂漠のひとすみで夜明けの砂丘を歩く・・・きらめく朝日に照らされて赤い風紋が浮かび上がる。
 そこに足跡、無数の見たこともない不思議な形にしるされた足跡。

 ・・・砂漠は生きている・・・ 
 むかし、そんな名前の記録映画があったが・・・真似するつもりなんか毛頭なく、ただもうこの言葉以外ありえないというかんじで、ひとりうめいたのだった。
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                  小さい足跡を拡大↓ 
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 もちろん本や話では聞いてはいた。
 でも一見にしかず・・・この思いをなんといったら良いのだろう。昨夕確かに風紋しか見えなかった砂丘に、朝歩くほどに次々と見えてくる足跡や引きずり跡・・・
 
 こう言うしかないじゃない。
          やっぱり、 砂漠は生きている!
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# by miriyun | 2005-11-07 18:35 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(2)

神田カブール食堂に行ってきた

 公開講演会の帰りに、アフガニスタン料理の店にいった。
御茶ノ水から数分直進したのところにアフガニスタン料理という小さな看板が見えて来る。神田小川町のビルの地下入口に神田カブール食堂という名があった。
 そこで、はたと気付いたのが、アフガニスタン駐在日記のkentaさんがアフガン料理の店に行ったと書いてあったことを思い出した。もしかしたら・・・ここのことかも知れない。後に調べたら、確かに神田カブールだった。
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 お店は盛況で空き席がないのでしばらく待っていた。ようやく座った席の壁。そこにはイスラーム的建造物や仏像、白馬に牛・鳥・漁師などが1つの船にともに乗って進んでおり、それが天と海に包み込まれるように存在する絵が描いてあり、実に印象的だ。

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 食事は、やや三角に伸びたインド風のナン・ゴマを加えた丸いウズベキスタン風のナンに妙に長いバスマティ米のライス・ナスや豆のカレー・シシケバブ・マンゴージュースやザコラジュースなどを4人で注文してお腹いっぱいに食べて一人2000円くらい。アラブ系料理店としては食べやすい味と値段であった。
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 カブール出身で、来日して14年、日本語もとても上手で話しかけやすい感じの主人だった。
食事がおいしいので話が盛り上がったのは言うまでもない。

☆ナンうまし!
    話は西へ カブール食堂
# by miriyun | 2005-11-06 22:43 | 日本の中のイスラーム | Comments(4)

小杉 泰先生の話・・・好きこそものの上手なれ

 小杉 泰先生のお話を聞いた。興味深かった。イスラーム研究における日々の情熱を感じさせられた話しぶりだった。

 時は11月5日、場所は明治大学リバティホール。中東学会の公開講演会『中東と日本の間』 で3つのテーマがありいずれも楽しみであった。しかし都合があり前半には行くことができず、小杉先生のお話だけ何とか聞きに行くことができたのだ。 
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 小杉先生の演題は「文明の相互認識と政治・経済関係――21世紀の日本と中東」であり、
イスラーム理解へのキーワードと示唆に富んだ内容をユーモアを交えて説明があり、メモ帳がギッシリとなった。でも、ここで小杉教授のお話をまとめようなどという大それたことは考えていない。
 
 ただ、お話の中からエネルギーをいただいたと思ったことを書きたい。

小杉教授曰く、
好きこそものの上手なれ』・・・異文化研究の基本は、好奇心とわからないものを理解する喜びである。アラブもイスラームも面白い。こう思ったらつきすすむ・・・これを研究という。ただし、糸切れ凧はだめで、行ったなら戻ってこなければいけない。
 これを聞いて、単なる”好き”から興味を持ち、ライフワークにしているに過ぎない私は大いに安心し、勇気づけられたのである。
 もちろん、「戻ってこなければ・・・」という含みのある言葉に自戒の念を持ちつつではあるが・・・

 
# by miriyun | 2005-11-05 19:20 | 中東について | Comments(2)

らくだのまつげに注目!

 砂漠の砂嵐の時、らくだは身体が埋まりそうになっても、じっと座って嵐が過ぎるのを待つ。らくだのまつげは砂よけのためだろうが、二重に生えた長いまつげをしている。耳も毛だらけで砂よけになっている。
 
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 ちょっとわかりにくいので、目だけアップにすると・・・
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この目のせいか、イラストにしてもぬいぐるみにしても目がキラーンとしてなかなか格好がいい。ほんとの性格とはちがって愛嬌があるようにも見えてくる。

     
 ”あんまり見つめないでよ、らくだくん”

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# by miriyun | 2005-11-04 02:35 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(4)

らくだの足裏をみたことありますか?

 私はらくだがとても好きだ。
らくだの立ち上がりと座りの順番さえわかると後は大きなユサユサというゆれに任せてどこまでも行きたくなる。
 
 そんな生活がいつもできるわけではないし、一生の生活になったらそれはそれで困るに違いない。でも、山のような仕事に追われ、時に追われてずっと暮らしていると地平線がみたくなる。らくだの背に乗りたくなる。
 
 私たち人間が歩くとさらさらの砂に靴が沈んで埋もれて歩きにくいことこの上ない。とても長時間砂丘を歩き続けるなんてできない。その点、らくだはその砂にも対応できる足なのか。らくだは座っていても足をしまいこんでいることが多く、足裏を見る機会が少ない。

 そういう中でようやく撮ったのが下の子らくだの足裏だ。
 
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 らくだの足裏は足袋のように二またに分かれていて可愛らしい。足に脂肪が多く、ポヨポヨした感じだ。脂肪は熱を通しにくいので、熱い砂の上を歩くことができる。らくだは自分の体重だけでも重いのに更に荷物を載せる。重さで脂肪分のところが広がって、重さを分散し、雪の上をかんじきをはいて歩くがごとく、砂の上を沈まずに歩いていくのだ。

 らくだはこの足で足音をさせずに歩く。
           ―――ただ砂音だけを残して歩く

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# by miriyun | 2005-11-03 01:12 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(8)

東京ジャーミー(4) ドームを見よう・カリグラフィーを読もう

東京ジャーミーのドームを見よう。
1、外から見たドーム・・・内側から見ると?
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2、ドームの頂点のこれは何だろう?

☆これは
 金を使って仕上げたカリグラフィーだ。
 
☆ではどこから読むのだろう 

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 よみかたはは1~5の順番。ラインが重なっているのはデザイン上で文字を重ねているためだ。

写真の番号にそって記載する・・・(下記の意味はジャーミーで購入してきた解説書から引用させてもらう)
 クルアーン112章 『純正』の章(スーラトゥル・イフラース)
1、慈悲あまねく慈悲深くアッラーの御名において。
2.言え、 「かれはアッラー、唯一なる御方であられる。
3.アッラーは自存され、
4、御産みなさらないし、御生れになられたのではない、
5.かれに比べ得る、何ものもない。」
 
 アラビア語はデザインの都合で上にものせるし、特に輪になったデザインでは入り組んでいる。まずはどこから読むのかというのを探さなければはじまらない。 
 ①バスマラ(ビスミッラーラフマーニ、ラヒーミ ~~)があれば、そこがまず最初だろう。この写真の場合もそこからわかる。
 ②章句がわかっていれば、クルアーンを見ながら文字を照らし合わせる。
 ③なお、中心部は組みひも風にした文様とアリフなど縦長の文字をつなげて文字をデザイン化している。どこまでが文字でどこからが模様かわかりにくいところでもある。よくこんなにデザインできるものだと感心してしまう。

***最後に写真のなかの年号について***

アラビア数字(アラブではインド数字という)で1420と書いてある・・・これはイスラーム暦(ヒジュラ暦)の年号で西暦に直すとおおむね1999年である。
   
 東京ジャーミーが1419~1421(1998~2000)にかけて建築されている。
 トルコの職人さんによる内装が後半に入って、そのために書道家がデザインとしたとするなら1420年まさしくそのデザインができたときと考えることができるのではないだろうか。

 カリグラフィー・・・ちょっと見上げて年号を読んでみよう。
# by miriyun | 2005-11-02 11:51 | カリグラフィーを読もう | Comments(0)