サウジアラビアとV&Aの宮殿とモスク至宝展

 サウジアラビアと日本の友好50周年の今年、サウジアラビア大使館はヴィクトリア・アンド・アルバート美術館による宮殿とモスクの至宝展(世田谷美術館)の紹介とちらし配布にも熱心だった。
 なぜ?と疑問におもった。
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 アブドゥル・ラティフ・ジャミール氏と夫人の寄付によるということはわかった。ヴィクトリア&アルバート美術館に『イスラム美術ジャミール・ギャラリー』が2006年に開設となる。かれらへの感謝として名を掲げての巡回展だということだ。

 では、その人はどういう人なのか。

 サウジアラビアのジャミール・グループを率いていた。

 アブドル・ラティフ・ジャミールグループとは・・・トヨタ自動車が2005年8月から国内で始めた高級車「レクサス」販売をのばすために、パートナーとした会社だ。中東の富裕層に多くの販売実績があり、サウジアラビアでトヨタ車とレクサス車の独占販売権を持つ同国有数の財閥企業だ。世界有数のトヨタ系ディーラーでもあり、豊富な資金を背景に2003年は11万台を販売し、1990年には英国の有力ディーラー、ハートウェルを傘下に収め、欧州にも販売拠点を築いている。 
 また、デンソーのサウジアラビアでの合弁生産会社であるデンソー・アブドゥル・ラティフ・ジャミール社を設立し、カーエアコンを生産する。

 ここにサウジアラビア大使館ジャミール・グループトヨタデンソーレクサス練馬という協賛企業のつながりが見えてきたのだ。

 企業は突き詰めていくと国内外にいろいろなつながりがあり、政治面にも思わぬ影響力があったりする。面白いものだ。

 ところで、イスラーム文化大好きな私であるが、タイルや陶器についてものすごく詳しく、そして何よりタイル芸術を愛しているorientlibrary さんの『イスラムアート紀行』が奥が深い。これらについては、是非そちらをご覧ください。
 
 自分自身は、遠いけれど至宝展行ってよかったという思いが強く、イスラム科学と文字について語りたくなってきている。
# by miriyun | 2005-10-24 04:29 | 日本の中のイスラーム | Comments(2)

サウジアラビア友好50周年

 日本とサウジアラビアは今年で友好50周年である。したがって、50周年に関わる事業や催しがめじろおしで、万博への参加にも熱心でやサウジアラビア館のHPもたびたび更新してしっかりつくっていた。大使館主催の催しも多く、サウジアラビア紹介のDVDやバッジなどをそのたびに配っている。今後も何かと催しのたびに配布されそうだ。

↓サウジアラビア・日本友好50周年記念ピンバッジ 
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                         ↓両国の国旗  
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↓サウジアラビアの国章 なつめやしの木と剣
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2002年FIFAサッカーワールドカップ記念、上に国章、鷹の足につかんでいるのはサッカーボールのようだ。これだけは、サウディーというアラビア語が入っている。↓
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更にサウジアラビア紹介DVD・・・これは愛・地球博でも山に積んでいてサウジの余裕のふところぐあいを感じさせられた。なお、内容は自然・環境・成り立ち日本との関係と挨拶などである。最後にモリゾウとキッコロが回転しながら出てくるところが他の雰囲気と違って可愛くて笑える。

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# by miriyun | 2005-10-23 01:43 | 日本の中のイスラーム | Comments(0)

シリア・・・ウマイヤ・モスクの祈りと安らぎ

 スーク・ハミディーエを東に直進するとローマ時代の列柱がそのまま立っているところに出る。その先がウマイヤドモスクの入口で、以前にアレッポのモスクで貸し出し用を着せられた記憶があったので、今回はアバヤを用意してきている。それを着てから入った。

 (これを書くために地球の歩き方を確認したら、外国人専用の入口は北門だという。確かでるときは北門からでたが、入る時は、人の流れに沿って西門から入っていた。どこかに表示があったのだろうか?・・・知らなかった!今思えばアバヤを着ていたので勘ちがいされたのかもしれない)
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 ウマイヤ・モスクは完全な形で現存するもっとも古いモスクだ。715年に建てられ、その大きさはエルサレムのアル・アクサーモスクに匹敵するという。中庭を囲んで回廊と礼拝堂がある。
 まず中庭は長さ122m、幅50mで、ピカピカと鏡面のような大理石が敷き詰められている。座り込んでいる人、昼寝している人などさまざまだ。
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 ↑礼拝堂中心部のファサードには植物と家の文様がはっきりと残っている。このモザイクは金色を背景に楽園をあらわすと聞いている。背景の一部の色は失われているように思うが、題材・文様くっきりとしてこれが8世紀のものかと驚かされる。 
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 中には絨毯が敷き詰められ、人々はキブラに向かって思い思いに祈る。

 集団礼拝はいろいろな書物にあるように全体で合わせて礼拝する場面があるが、それは主に金曜日の礼拝の場合だ。
 通常はそれぞれが自分の神と向かい合って自分のペースで祈っており、決して隣と揃えることはない。写真はそれぞれ一連の祈りの動作のどこかを行っている動きを撮りこもうとしてスローシャッターにしたが、ぶれてしまった失敗作だ。 しかし、それなりに思い入れがあり、また、祈る女性の顔が見えないところもちょうどよかったので載せることにした。
# by miriyun | 2005-10-22 01:16 | シリア | Comments(2)

「スーク・ハミディーエ」と 「スーク・ミドハド・パシャ」

 ダマスカス(アラビア名ディマシュク)で、スーク・ハミディーエに向かって歩く。同じアラブ圏でもシリアは女性の一人歩きも違和感はさほどない。家族連れや女性の買い物客がとても多いせいかと思われる。
 
 なつかしいスークの入口が見えてきた。
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 11年前、ここのスークの中の工房で記念すべき最初のキリムを買ったのだ。それ以後、写真以外に絨毯・キリムを見ることも趣味の領域にはいってきている。 

 賑わいは変わらず人はいっぱいでスークの入口からウマイヤ・モスクまで約600mほどなのになかなか行きつけない。多くの店が軒を連ね、いかにも中東っぽさが伝わってくる。
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また、一本となりに平行に並ぶスーク・ミドハド・パシャにいくと、生活感が溢れている。日常品の石鹸や香辛料はこちらに積んである。
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天蓋からもれる光が斜めに射し込み、生活にスポットをあてている
# by miriyun | 2005-10-21 21:39 | シリア | Comments(2)

歴史と美のヒジャーズ駅

 ヒジャーズ駅は1917に作られたオスマン朝時代の影響のある駅である。ヒジャーズといえば、いわずと知れたT.E.ロレンスがアラブの反乱で、鉄道爆破の作戦を行ったのがヒジャ-ズ鉄道であった。以前にヨルダンで砂漠の中の線路を見たが、実はそれ以来客車は通ってはいない。列車に乗るにはヒジャーズ駅の5kmほど離れたカダム駅に行かなければならない。

 *この駅の見所を挙げてみよう*
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1、駅舎はT字路の奥に堂々たる左右対称の姿を見せている。屋根のトップにはシリア国旗がなびいている。

2、内装はステンドグラスが鮮やかである。
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3、天井の細工がみごとなつくりである。

4、ハーフェズ・アル・アサド大統領、バッシャール・アル・アサド大統領父子の肖像がかざってあること。

5、ヒジャーズ駅改良工事の模型・・・いつになるかわからないが壮大な計画があるらしい。




6、駅舎の前に展示している機関車・・・オスマン朝時代を髣髴とさせる
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7、目の前の水のみ場(サビール)・・・アラブ各国では旅する人も気軽に使える水のみ場を設置している。こういったサビールもサダカという寄付でできている場合がほとんどだ。
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↑左奥の建物がオリエントホテル。そこから左に3分くらい歩くとスルタンホテル
# by miriyun | 2005-10-20 01:13 | シリア | Comments(2)

スルタンホテルへ

 シリアの最初の夜はいろいろ緊張した後なのでよく寝た。アザーンを聞くことも目的の1つであるのに気付かずに寝ていたほどだ。洗濯物はかなりかわいた。ドライヤーは旧式だが他の設備はまあまあだ。
 何しろ今夜どこに泊まるかを決めなくては安心できない。ジュニアスイートなどではなくふつうの部屋にしたい。他の部屋を希望するが200ドルの部屋しかないという。早口で不親切な雰囲気の人だったので、他のホテルに移ることとする。
 フェニシアホテルがいいと聞いていってみる。フンドゥク(ホテルの意)がついていないで、ただのVENICAと書いてあるだけだったので、名を知らなければいきすぎてしまうところだった。フロントは感じがよいが満室。古くから知られるオリエント・パレスも満室。
 
 さらに発掘調査隊がよく使うというスルタンホテルでようやく空き部屋を見つけた。

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←ここは、看板が小さいけれどしっかりと フンドゥク スルターン と書いてある。

 シャワー・トイレはなく共同のを使う。でもひとりべやである。入るとまどはビルの内側に向いているので壁しか見えないが扇風機もあるし、洗面台もある。この部屋が朝食付き20ドル。 それに明日以降はシャワー・トイレつきの部屋が空くという。


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 ←朝食時やお茶で使ったレストラン

 願ってもない。しかも場所はヒジャーズ駅のすぐそば。ダマスカスの中心にあたり、どこへ行くにも絶好のロケーションだ。内心やったーと叫んだのだ。 
 
 スルタンホテルに荷物を移すとさっそく旧市街へ出かける。ホテルから真東にまっすぐに行けばスーク・ハミディーエにつく。これなら夕刻になっても間違えることはない。
# by miriyun | 2005-10-19 16:10 | シリア | Comments(0)

第75回サウジアラビア建国記念日レセプションでカラムさんに会った  

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 2005.9.26はサウジアラビア建国75周年を記念するレセプションが某ホテルであった。ここでの食事はもちろんそこのホテルスタッフがつくり、カプサなどのアラブ料理から寿司などの日本料理までいろいろ出るのだが、シャワルマについては、もと大使館のコックであった経歴を持つ横浜にあるレストラン「アル・アイン」のシェフであるカラムさんがつくってサービスしていた。
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 Z・カラムさんはNHKのラジオアラビア語のテキストに「アラブのお品書き」を書いてすっかり有名になった。彼の自慢のソースをかけたシャワルマをとてもおいしくいただいた。
 
 NHK講座のことを言うと、そのレシピでアラブ料理を作ってみましたかと聞かれてしまった。残念ながら、見てはいても作っていないの答えざるを得なかった。ムハラビィーヤ(ライスプディング)ならずっと前にやってみたことha
が・・・。紹介されたモロヘイヤ・ベッダジャージには興味があるんですけどまだやっていません。日本のモロヘイヤが味や粘りも弱そうだけど、どなたか作ってみた方いますか?
# by miriyun | 2005-10-18 05:39 | 日本の中のイスラーム | Comments(4)

シリアの食事・・・ダマスカスのレストラン&シャワルマ

 セミラミス・ホテルから北に向かって歩いて3~4分のところにレストラン・アブ・カマールがある。ここはダマスカス新市街の中心であるユーセフ・アルr・アズメ広場を見下ろすRをえがくビルの2階にあるため、たいへん市街を眺めながら食事するのによい。
 多彩なシリア料理があり、前菜だけでも迷ってしまいお任せにした。落ち着いた店内と接客のよさ・眺めのよさと料理のおいしさで充分満足できた。食べきれないほどの量であったが400SP(シリアポンド)で、日本円にして800円ほどである。

 しかし、一人ではやはりレストランは入りづらいので軽食ファストフードになる。シリア風ファストフードはなんといってもシャワルマ(ホブズというパンに回転させながらあぶり焼きした肉をサンドイッチにする。トルコではドネルケバブという)
 
 シャワルマとマンダリンジュースの食事で50SPでいい。ダマスカスのいる間、飽きずにシャワルマを食べていた。


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# by miriyun | 2005-10-17 05:07 | シリア | Comments(0)

シリア・・・夏はホテルが満杯!? 

 ダマスカスに着く。最初に困ったのは憧れのダマスカス空港はドバイとあまりにも違う洗面所である。なんといってもエレベーターもエスカレーターもない階下の洗面所には参った。一人だから、荷物を全部持って階段を下り、水浸しのトイレの中にカートの車輪を下ろすのも迷いながら使った。 
 
そういえば、11年前もスークのトイレなどは真っ暗闇で信じられないような状況だったことを思い出した。いいところばかり覚えていた自分を戒めてスタートする。
 
 空港内部にある銀行でまずは100ドルを両替した。100$は約5000SP(シリアポンド)   1SPは約2.2円といったところである。空港内にはパソコンのショールームのようなところがあった。FAXを入れておいたのに返事のないホテルのことが気になり調べたかったが、インターネットカフェではなさそうだ。まずは目指すアラータワーホテルへ向かおうとバスに乗る。
 空港からまずバラムケまでバス1ドル。バラムケからはタクシーでマルジェ広場へ。

 ここで目指すホテルへ行くが営業していないという。近くにバッグパッカーの人たちのHPによく登場する宿があるので訪ねた。しかし。一軒は満室、もう一軒も屋上のみあいているが他はすべてうまっているという。中庭の感じのよいアル・ハラメイン・ホテルで一人の日本人に話を聞くと一週間以上逗留しているという。しまった!私が見ていたHPにはいつでもあいているようなことが書いてあったが、季節は寒い・雨季などの言葉があったから、真夏ではないのだ。彼が言うには、夏期、高級ホテルには湾岸の人々が避暑に訪れ、安宿にはヨーロッパや日本などのバッグパッカーが予約してしまうのだという。

 屋上でもかまわないというつもりはあったが、このときこれから訪問するところへのお土産を持参していたことで躊躇した。約束したことを果たすまでは、荷物を失ったり人に心配をかけるようなことを絶対避けたかった。もう一軒アル・イーワーン・ホテルというアラブ人ビジネスマンがよく使うというホテルもきいてみたがやはり湾岸からの客でまんしつであった。そのため、もう一度タクシーをつかまえ、やや高級ホテルのあるほうへ向かった。以前にHPを見たことのあるセミラミスにたどり着き、部屋を頼んだ。マネージャーがジュニアスイートしかないという。120ドルプラス14ドルの税を先払いだという。バッグパッカー風いでたちで値段交渉していると先払いなどというのかと少々気持ちが落ち込んでくる。

 それでも、暗くならないうちにホテルに落ち着けて一安心だ。何しろこの夜、JICAに電話する約束になっている。何としても落ち着けるところで電話したかったのだ。ジュニアスイートは寝室と居間が別室という一人で使うのはもったいないつくりだった。
 
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↓ホテル前の交差点・・・大きな歩道橋に黄色のタクシー
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 ありがたいことに電話はすぐに通じたし、ホテル内にビジネスセンターも見つけることができた。ただし、ここのPCはどこの国製なのか、OSは何なのかよくわからなかった。普通は英語表記でもアラビア語表記でも、インターネットの中身は同じように配置されるのでほぼ想像ができ、yahoo や Outlook Express からメールを打ったりすることはできるものだが、ここはできなかった。画面が全然違うのだ。係員にこいうことをしたいということを説明してきいてみたが、係の女性もあまりわからないようで、とうとうここではなにもできなかった。
 通信・情報面は街中のインターネットカフェは日本人バッグパッカーの人が次々と日本語環境を行く先々で整えてくれたということがHP上にあったので、できるようだ。しかし、一般にシリアはホテルでネットやFAXが完全かどうか一抹の不安を感ずる。
 
 
 
 
# by miriyun | 2005-10-16 02:16 | シリア | Comments(2)