東京ジャーミー(8)・・・カリグラフィーを読もう ナアス・タアリーク書体

女性用バルコニー階のカリグラフィーの2回目―左の壁のカリグラフィーを読んでみよう。
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 これはもっとも重要な 開端章(アル・ファーティハ)の一部で、5行目の句である。

意味
   『わたしたちはあなたにのみ崇め仕え、あなたにのみ御助けを請い願う。』

 ナアス・タアリーク体のカリグラフィーでファーリシー書体ともいう。つまりペルシア風の書体である。通常は流麗な文字によく合う詩に使われるが、モスクでも他の書体とともに使われることが多い。
 これは、ケシーデという長く伸ばす線を行ごとに使って重ねることによって美しくデザインしている。読む順番はデザインに応じて変化することがあるので、まず書いてあることがわからないと順番がわからない。また、順番がわからないと正確な意味がわからない。
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 <読み方>
 イッヤーカ ナアブドゥ ワ イッヤーカ ナスタイーンとなる。アラビア語の読み、どうぞお試しあれ!
                      
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# by miriyun | 2005-11-28 09:03 | カリグラフィーを読もう | Comments(0)

イエメン・・・平地の町シバームとテーブルマウンテン側の町

 ハダラマウト地方の多くの町はテーブルマウンテンの山の上か麓にできる。では、なぜシバームは荒野の中に忽然と出現したかのような土の高層住宅を建てたのだろうか。

 実は、ワジをはさんで反対側には小さい町並みがある。他の村と同じようにがけに沿って壁をよじ登るように下から中腹にかけてモスクや家がつくられている。
 しかし、シバームほどの人口は住んではいない。

 その理由はテーブルマウンテンにある。
 ある程度侵食が進んで緑の木々が多いところはそれなりに安定しているのだろう。しかしシバームの岩壁はそそり立っていかにもテーブルであるし、ワジの面積でわかるが、雨季にはかなりの雨が降る。するとやはり崩れるのだ。

↓家の背後にそそり立つテーブルマウンテン
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↓広大なワジと麓の町
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↓家ほどの大きさの岩が・・・
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 このような岩が地響きとともに転がり落ちてくる・・想像するも恐ろしい。家は写真のように崩壊する。山側の人々は常に岩の落ちてくる危険と日々むかいあっているわけだ。

 このような土地であるからこそ、シバームではわざわざ敵や盗賊を防ぎにくい平地に町をつくったのだろう。 前出のように高い壁と高層住宅そのものをぐるっと町を取り囲むように配しても毎年の降水と洪水の害からは逃れられない。
 山に沿って家作りをすれば、岩壁に近づくほど水害にあう率は減るが、いつテーブルマウンテンに亀裂が入り、崩壊してくるかわからない。
 
 シバームは手間と費用がかっても安全をとったのであり、乳香交易による利益が建築と修復を持続させる背景としてあったのだと考えられる。
 しかし乳香交易のとだえた現在、毎年の洪水に耐えうるだけの修復が持続可能なのだろうか。周りの環境と人口密度からみると交易のほかに産業があるのかと案じてしまう。
 自然環境は厳しい。その場にいたときには珍しい家に圧倒されていただけだが、今こうして写真を分析しながら見ていくと本当に厳しい。

 しかし人間はどんなに厳しい自然の中にあっても知恵を絞り努力し続ける、できないこともできるようにしていく・・・そこが人間の素晴らしいところだと思っている。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 そういえば同じ家でも、今話題の姉歯建築設計事務所の件、これはいけない。
人間の知恵を積み重ねてきたことを生かすどころか、家が人の命を守るためにあることさえ忘れている。今回の被害者全てに救済の手がさしのべられることと、このような不正が一掃されることを祈らずにはいられない。

――自然はいつか克服できるかもしれない
     しかし私たちは人の命を軽く扱う人間がでてくることを克服できないでいる。

 
# by miriyun | 2005-11-27 06:35 | イエメン | Comments(2)

イエメン・・・ワジの写真・ワジの話

 乾燥帯の国ではごく小さな小川のようなワジから、川であることが信じられないような大きなワジまで様々なワジを見ることができる。これまで見た中では、アカバへ向かう途中のワジは長大だった。
 イエメンのワディ・ハダラマウトは航空機の中からもしっかりとワジの存在を認識できる規模だ。

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                     →
白いのが乾ききって土ぼこりをあげるワジ(ワディ)
                     →
両脇はもとは平地だったところが侵食されて、上部がテーブルのように平らなテーブルマウンテンという形状の山々


その涸れた川を近くで見るとどうなるか。
 シバームの例でみてみよう。町の南にワジがある。乾季で水がないから、風で川床の土が茫漠と舞い上がる。ここをわたるのに橋などない。
 テーブルマウンテンに向かうには車でそのまま川を突っ切っていく。ぼうぼうたる土煙が砂嵐のようで見えにくい。
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 シバームの前面はすべてワジであり車が渉っているところは川床のほんの一部である。

 その目も開けられないような土ぼこりの中でかまわずサッカーに興ずるイエメンの青年たちがいた。↓
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 ワジの使い道も様々だ。サッカーの面など限りなくつくれる。

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# by miriyun | 2005-11-26 22:15 | イエメン | Comments(2)

イエメン・・貴重な地図とワディ・ハダラマウト

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                       ↑ワディ・ハダラマウト

 ハダラマウト地方に関するワジとテーブルマウンテンの地図がどうしても欲しくて博物館で写真を撮ったがガラスが光ってわかりにくそう。しかし博物館をでがけにふと見ると、片隅にまるめた紙が無雑作においてある。もしやと思って聞くと、まさしくそれはお目当ての地図で購入することができた。
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 色鉛筆で塗ったような色具合である。帰国後確かめたい衝動がおさえられずに、消しゴムをかけてみたら・・・・消えた。確かに色鉛筆でテーブルマウンテンを茶色、侵食されて低くなったワジと周辺の土地は緑、Red SeaとGulf of Adenの沿岸地域は黄色、海は青になっていた。
 
 さて、購入した地図のうち小さいほうには、テーマがFrankincense roadとあらわされて、点線が赤く塗ってあった。これこそが、求めていた乳香の交易がおこなわれた道――乳香道である。
 アラビア半島の南のアデン湾に面したSayhut,Bir Ari,とTARIM は テーブルマウンテンの間を縫うワジに沿って交易路になっている。そして、タリムからSHASWA,TUMNA,MARIB,BARAOISH,NAJRAN へと交易路はのびている。

 色鉛筆で手塗りの地図には、全体図に、詳細図を配したり、key of map として手書きの記号解説が丁寧な文字でアラビア語・英語表記している。
 これだけの地図に研究者かどうかわからないが思いをこめて作成した人の息吹が感じられる。ワジとテーブルマウンテンも飛行機から見たときの迫力を思い出しながら、これを見ると格別の思いである。
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 この写真のワジ(枯れ川)は、雨が降れば、山々を侵食しながらワジを濁流の川となし、すべてのものを壊し、流す力となる。
 
 逆に雨が降らなければ平らな巨大な平地であり道路にもなる。そのワディ・ハダラマウトがイエメンの東側にずーっと続いているのであって、雨の降らないときのワジを交易路として乳香(アラビア名リバーン・英語でFrankincense)がハダラマウト地方を通る重要な交易品になったわけだ。

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# by miriyun | 2005-11-25 23:36 | イエメン | Comments(2)

イエメン・・・ワディ・ダハールの少年

 アラビア半島にありながらイエメンは山岳国家である。首都サナアは標高2300mある。2日間高山病でよく眠れずしかも吐き気に襲われた。最初だけでその後は慣れてしまったが高山であることは忘れてはならない。
 
 国土は多くがワディと山又は侵食し始めたばかりにできるテーブルマウンテンのくりかえしだ。ロックパレスもワディ・ダハールにあり、上から見ると深い谷のようになっている。

A 少年たち  レンズ:200mm
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B ワディ・ダハールと少年  レンズ:28mm
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同じ場所で2枚。以前カメラの質問もあったのでタムロンの28~200mmのレンズで撮影したものを並べてみた。参考になるかわからないが自然の雄大さは広角がいい・・・でも詳細に見たいものもある。
 旅行のカメラ選びは難しい。最近はだんだん重いものは敬遠するようになってきた。デジタルのズームはアナログと比べてどんな風に見えるのだろう。将来的にはほとんどデジタルになっていくんだろうと思いつつ・・・

   シャッター音だけは絶対にフィルム一眼レフがいい!!

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# by miriyun | 2005-11-24 13:41 | イエメン | Comments(0)

イエメン・ロックパレス城壁・・・ドロ修復の職人技

 ワディ・ダハールのダール・アル・ハジャル(通称ロックパレス)1930年、イマーム・ヤヒヤが夏の別荘として建築。そこへ行く途中の城壁修復作業をしていた。

1.一輪車で材料を運んできて日干しレンガと同じようによくこねる。下でこねた泥を一かたまりにして、中段の若者に投げる。
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2.若者は上段の老人にタイミングを見ながら投げる。時々上手く投げられなくて叱られながらも励んでいる。
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3.老人はその泥を迷いなく目指すところに貼り付け、すばやく手のひらで整形していく。
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 型ナシで決められた形に土を盛り上げていくのは目指す形を見失いやすい。乾くのが早い土地である。迷いなくやっていくにはやはり熟練を要する。この修復をしていた上段の人が一番の修復職人で、かなり気を使ってタイミングを計っている若者は跡継ぎか、一番弟子か?

   ・・・老人の雄姿がなぜかうれしい・・・


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# by miriyun | 2005-11-23 12:20 | イエメン | Comments(3)

世界遺産シバーム・・・家のつくり2、 伝統と変化

 世界遺産シバームはサユーンから18km、8世紀からこの地に石と日干しレンガ・しっくいで町がつくられはじめた。5~8階建てで高さ30メートルに達する。
 狭いところにぎっしりと高層日干しレンガ住宅を建てることによって外敵から身をまもろうとしたまちであるから、モスクの前以外はほとんどゆとりはない。
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↑レストランの中の掲示写真を撮った。そこに①~④の撮影の場所と方向を入れてみた。

 上の写真をみると建物と建物はぎっしりとひしめき合い連続してつながっているものが多いことがわかる。また、壁もあることはあるが、低いので家自体が高い外壁がわりになっている

1 .シバームの6つのモスクのうちもっとも大きいのは、金曜日のモスクだ。脇の路地から見たものなので画面が狭いが、正面は、シバームとしては珍しくゆとりを持たせてあってわずかな広場風になっている。そこでは露店を出していて子どもたちが雑貨を買っていた。
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2.ドアは浮き彫り彫刻と金属で飾られている。浮き彫りはよく見ると繊細な花の文様もある。また、脇の模様部分ははドアを明けるためのオープナーのしくみを持つ。
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3.外敵を防ぐためであるから、門は1つしかない。大きい門は本来家畜やらくだに乗ったままはいれるようにつくられ、脇の小さい門が歩行者用であった。また、門内には護衛と税関の仕事をするものの部屋として常備されていた。
  シバームの町の中から門をみる。外にはテーブルマウンテンが見える。 ↓
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4.壊れた土の高層住宅
 かなり遠いところに車を止め、そこから西壁を概観した。その中には危惧したとおり、メンテナンスを怠ったのか、たびたび発生するワジの鉄砲水で基盤が緩んだのか不明だが、壊れたまま放置された建物があった。
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 伝統的な建築物は、常に伝統を残しいい見学地であってほしいという外部のものの気持ち、そして暮らしやすい環境にしたいという住民の気持ちの間で維持・管理の問題が発生する。
 だれもが、伝統は残したいとは思うが、そこに住む人もテレビは見たい。アンテナを屋上に載せ、建物に今までになかった負荷をかける。町中にめぐらされた電線やあちらこちらの路地におかれた車を見ても1000年以上の歴史を持つこの町が伝統と便利さとの間で揺れ動き始めているのがわかる。

 住民が世界遺産をまもりつつ暮らしやすくなるためのノウハウなどはユネスコは伝授しているのだろうか、それとも世界遺産に指定するだけなのだろうか?

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# by miriyun | 2005-11-22 14:24 | イエメン | Comments(6)

家のつくり・・・シバーム

 世界遺産であるシバームは東西500m、南北400mの城壁の中に建物が500棟、人口7000人、モスク6、門は1つという町だ。世界最古の摩天楼都市として知られている。
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この町の建物も屋上・雨の当たる下部を中心にしっくいが使われている。
 
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 石灰は日本でもしっくいとして昔から使われてきた。ある程度水にも強いので、イエメンのように雨季があるところでも使われ、家の装飾・および窓辺の防水をかねて使われる。それが何百年にもわたって続いているので、まるでおとぎ話のお菓子の家のような様子になったわけである。 ただし、値段が高いため、経済的にゆとりのある家ほど白の漆喰が多く使われる傾向があるという。
 サナアなどはしっくいは窓装飾中心で、シバームは雨と洪水対策が多い。装飾は木彫りのドアや窓に特色がある。

 伝統的な素材を使うとどうしても値段が高くなる。これは日本だけではなく、イエメンでも日干しレンガが高価なためコンクリートで建築される場合もあるそうだ。しかし、それには問題はあるという。
 
 イエメンはアラビア半島の南端に位置する国で暑さの厳しい国である。日干しレンガは60cmでそれを積み上げるから、最低でも壁の厚みが60cm以上の天然素材の家ができる。家の中は10℃~15℃涼しくエアコンの必要はない。それに対してコンクリート建築ではエアコンがないと暑くて生活できなくなる。
 
 また、日干しレンガの家は誰も住まなくなると元の泥に戻るので、産業廃棄物にはなりえないわけである。
 
 日干しレンガは環境的に考えれば、いいところばかりであるが、それを維持するのは毎年の修復作業が欠かせない。シバームの都市群も必ず、雨で溶けた分を削りもう一度泥をのせて修復する。

↓いったんしっくいを剥がしたところ。
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しっくいをはりなおすのだが、この高さとロープを見るとたいへんな作業だとわかる。

 世界遺産・・・この作業を繰り返して今がある。どこの国でも伝統的なものには、人々の愛情と手間がかかっている。


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# by miriyun | 2005-11-21 02:08 | イエメン | Comments(2)

家の材料・・・イエメン風しっくいの作り方

次にイエメンの家々の窓を白く飾り、また、屋上や土台に近いところにも使うしっくい(ヌーラ)はどうやってつくるのか?

そもそも材料は?ーーー答えは日本にもたくさんある石灰岩だ。 石灰岩は炭酸カルシウム[CaCO3]を主成分とした堆積岩である。

しっくいのつくりかた
1.石灰岩は砕いて石灰石とする。
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2.生石灰(せいせっかい)焼成
   露天の釜で廃油を使って石灰石を焼いて、生石灰とする。廃油は、少し釜から離れたところに作られた小さめなプールに蓄えられている。釜の中に、廃油を投げ込む荒っぽいやり方である。
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3.消石灰(しょうせっかい)加工
  焼きあがった生石灰となった石を熱いまま地面に置く。作業員さんがその場で水をかける。
4.灰色の石はパチッ・パチッ・パーンと音をたてて割れ、その一部をはじけとばし始める.
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みるみるうちに内側の白いブロックに割れる。

作業員はしばらくするともう一度水をかける。さらに細かく分解し、結局hotな石灰は粉になっていく。まさしくチョークの粉になってしまうのだ。
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田中石灰工業さんのHPから化学式を引用する。 
  石灰岩 CaCO3 焼成→CO2 ↑揮発
      ↓      
    生石灰 CaO    
      ↓      
      消 化(水和)←H2O 加水    
      ↓      
    消石灰 Ca(OH)2

*日本では焼いて水処理をして種類別に袋づめするまで工場で行うわけだが、イエメンでは屋外で豪快に燃やしてつくっていたが、やっていることはまさしく上の化学式にあらわされたことをやっていたわけだ。
 
        


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# by miriyun | 2005-11-20 01:43 | イエメン | Comments(2)