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ティムール帝国・・・シャフリサブス(2)

1.歴史の中のティムール  
  日本の中の世界史において、このティムールはとても軽く扱われている部分である。しかし、中央アジアやシルクロード沿いに広がる「文化を見るときに欠かせない存在感のあるのがこのティムールとその血筋の物たちである。

 それなのに専門にかかわっている人はともかく、一般的には知られていないのか。

それは西洋史観による歴史を長いこと学ぶことが主流であった時代が日本は長く、今でも日本人全体の素養として入っているのは西洋史観から来る世界史だからだ。
 アレクサンダーはマケドニア人だが、東征しヨーロッパ文明を伝えた英雄として扱い、東洋発とはいえ、モンゴル・チンギスハーンはヨーロッパに多大な恐怖と影響を与えたという歴史がある。しかしティムールはヨーロッパと直接的にかかわるところが多くはない。そのためかるくあつかわれ、日本にはその流れの中でほとんどティムール2.などシルクロードの覇者に関する歴史観が欠如している。

2.モンゴルのおさめた土地 
  中央アジアの歴史において欠かせないのがモンゴル人が征服したという事実である。無慈悲な嵐のように押し寄せたモンゴルにつぶされ、殺戮され、廃墟となった街が多い。実際サマルカンドのもとの街は廃墟のままにされた。しかし、いったん征服した後は、チンギスハーンの子や孫に分割統治させしかもそれがつながりがあるという世界の中でも強固なつながりと商売の上では自由な交易のできる世界を出現させた。
 次男チャガタイにはモンゴルの西、アムダリヤ川アラル海にいたる広大な土地を与え、ステップとオアシスのサマルカンド・ブハラ・タシュケントを含む中央アジアがチャガタイハン国として出現した。
 支配者側も国際的になりになり、モンゴル人以外も重用するし、文化・宗教面もそれぞれの地域との共存の中で染み込んでいった。したがって、当初おそれられたチンギスハーンの血筋は絶対王者ハーン家の血筋として尊ばれることになった。

3.ティムール 
 ティムールは現在のウズベキスタンのシャフリサブスに生まれた。トルコ系小貴族の家に生まれた。トルコ系というとトル共和国と勘違いしやすいが、トルコ民族は東から西へと渡ってきた民族である。ティムールの祖先ももとはモンゴル方面で力を持っていた部族の出身だったのだ。

 したがって、もちろんチンギスハーンの家系ではないのだが、この当時絶対的権威であったチンギスハーンの血筋を引くものをハーンとし、自分はその補佐にあたることで実権を握っていった。また、チンギスハーンの家系の出身であると言ったり、その家系の女性を正妃に迎えるなど、正当の権力者であることを意識し続けた。このあたりは,正当性にこだわり、権威づけに必死になるすべての権力者に共通する。


 シャフリサブスにティムールが生まれたのは1336年のことだ。 ( 日本では室町幕府が1338年に始まる。そういう時に生まれ、15世紀4初めまで活躍した征服王である)


 なお、彼は1370年にはチャガタイハン国の衰えに乗じて故郷シャフリサブスに近いサマルカンドを陥落させ、ティムール政権が確立した。その時正妃にチンギスの血を引く妻を迎えている。
そして、ブハラ・メルブ・ニシャ―プール。タブリーズ・トビリシを経てキプチャクハン国の都サライを廃墟にした。、また、モスクワまで360kmまでせまり、ウクライナやアゾフ海に臨む植民土地を制圧した。イスファハーンからバグダッドをも攻略・入城する(1392年)。アンカラの戦いではオスマン帝国軍を撃破。南部ではヘラートを抑え、南東部ではインド・デリー朝をまで、手を伸ばした。こうして中央アジアから西アジアにかけての広大な領土がティムール帝国として140年間支配するのであった。(時代はずれるがその支配した年数はほぼ鎌倉時代と同じ年数である)。


4.ティムール朝文化の隆盛
  征服者としてのティムールは常にチンギスハーンを意識し、同じように容赦なく敵をつぶした。

ところが文化的側面ではかなり異なる。
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文化的にはほとんど何も残さなかったチンギスハーンに比べて、ティムールは文化人や技術者の価値を認め生かした。街や城郭、モスク、文化人の保護などを通して、『つくる』ことを重視していた。

 そこから『チンギスハーンは破壊し、ティムールは建設した』という言葉が言われるようになった。

 モンゴルという精神的基盤にトルコという民族的基盤、そして宗教はイスラームに対する敬虔な信徒であり、地域的に支配したイランの文化を吸収して、この支配者のこの時代にティムール朝文化が花開いた。そのため、彼と彼の子孫にかかわるところではそれぞれ文化の隆盛期をなし、その遺構が今なお建築物等としてみられるのだ。全体に文化を保護する立場にあった君主が多いが、中でもティムールの孫にあたるウルグ・ベクは自らも天文学者であった(前出)。
      ウルグペグ天文台とイスラームの科学
 旧ソ連に支配され、イスラームへの祈りも控え気味であった時代にはあまり振り返られることのなかったティムールが中央アジア諸国の独立後は国民の精神的な支えとなる歴史的人物としてクローズアップされるようになったのは当然のことだといえよう。


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by miriyun | 2011-04-30 11:58 | 中央アジア | Comments(0)

峠を越えて・・・シャフリサブス(1)

かって旅をした中央アジアで最も印象に残った街はと問われれば、迷いなくウズベキスタンのシャフリサブスと答える。

シャフリサブスはティムールの生まれ育った街である。サマルカンドの南に80kmほどであり、数字だけ聞けば車ですぐだろうとおもってしまう。
 だが、ここはタフタカラチャ峠を越えていかなければならない。

 夜中の峠越え
 夜にタフタカラチャ峠越えのバスで行った時の話。バスでサマルカンドの街を出たときにはもう暗くなっていた。街の街灯があるうちはいいが、街を出る検問を通り越すともうそこには街灯も道路用照明もない。ただ、二すじのバスのライトがわずかに道路を照らす。月でも出ていれば周りの様子がわかるのだが、あいにく月もない。しかも車内灯もつかない。何も見えない状態では寝て過ごすしかない。乗客はそれぞれに眠る。

 しばらくねむってからだが、危険信号を体の奥からゾゾ~ッと感じて目覚めた。揺れが激しいだけでなく、真っ暗闇なのにスピードを出して大きくカーブしながら進む。周りは見えないが傾斜が激しい山道であることはわかる。わずかなバスのヘッドライトの先を見ようとするがほとんど何も見えないほどその光は暗闇の中で頼りない。ごくたまに対向車が来た時にそのライトの先を見ると道路が見えなくなる時がある。道幅がすごく狭いのだ。バスは道路のぎりぎりのところをスピードを出したまま走っている。
 暗闇のジェットコースターに乗せられたようで凍りついていくが、手を握り締めてこの時間を耐えたのだった。

昼の峠 
 この街を見た帰りはまたサマルカンドまでこの峠を通る。今度は昼間なので、果たして自分はどんなところを通ってきたのかが初めて分かる。

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バスの上の岩を見上げればいつ落ちてきてもおかしくはない状態。
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岩は寒暖の激しい差によってひび割れていく。そんな特色ががどの岩にも表れている。


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標高1600mのところまで来てシャフリサブスを臨めば峠の岩山を越えた先のはるかなる土地である。


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断崖の下にうねる道、放置されたままの断崖。車が一台通っていた。

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その赤い車に注目すれば、この峠の道と岩山の関係がよくわかる。岩が落ちたら不運と思うしかない情景だった。これはバスに乗っている自分たちも全く同じ立場だ。

 シャフリサブスからさらに南のアフガニスタンに入れば、このような峠ばかりで珍しくもないだろうが、このような峠を暗闇の中を行くのはもう経験したくないものだ。
 ここをヘッドライトだけでずっとハイスピードで運転し続けたドライバー、腕がいいのか、度胸があるのか。

~~~~~~~
◆ここを若きティムールもサマルカンドを目指してたびたび歩いたことだろう。この峠を越えると、シルクロード随一のサマルカンドのオアシス地帯が見えてくるのだ。
 高いタフタカラチャ峠の上からサマルカンドを臨み、あるいは故郷のシャフリサブスの先のカブールやヘラートを考えたとき、征服者としての思いがふつふつとわいてきたであろうことは容易に想像される。


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by miriyun | 2011-04-30 10:05 | 中央アジア | Comments(2)

グッド・スイマー!?

     
いよいよ暑くなるそうだ。これまで寒すぎたのに、急に6月並みになるとか。
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ほら、あのスイマー、翼のあげ方がきれい~
  
     ほんと、水抵抗少なくス~ッと頭をもぐらせてしぶきも上がらないフォームだわ、


    と、傍らからささやきが聞こえてきそうな・・・。

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by miriyun | 2011-04-27 07:13 | Comments(0)

ドバイファウンテン

 ブルジュ・ハリファから臨む     
  ブルジュ・ハリファのある一帯はもとは何もないような土地であったが、いまやドバイ・モールや各種ホテルに中央の池があり、人が集う場所になった。
 そこで毎日繰り広げられるイベント・・・それがドバイファウンテン( fountain)と称されるものだ。

まずは上から見た形からだけで何がどういう動きになっているのか想像力で見ていく。
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                              ミルクが一滴落ちた時の王冠の文様のようだと思った。

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                                二重円の中央が動き始めた。
 
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                                      高さ150mといわれる水しぶき

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                                          それぞれが左右に揺れ始め踊りだす
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                                            内側に集まり
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                                      また、跳ね上がる、高くより高く跳ね上がる。
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展望台の窓ぎわから見た眼下のショーは地上から見るのとは異なった図形的な要素が興味深い。

 こういう技術は万博等でも一時的なものとしては見たことがあるが、ここでは常設の大がかりなウォーター・エンターテイメント・テクノロジーとして計画的に設置されたものである。アメリカ、ロサンゼルスの会社の技術である。


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by miriyun | 2011-04-24 22:39 | U.A.E. | Comments(6)

ブルジュ・ハリファ124階からの夜景

 21:30 の眼下に広がるもの
ブルジュ・ハリファ展望デッキAt the Top の予約サイトを知っていても必ず予約できるとは限らない。
壊れかけたPCでながめつつ、早くから夕刻の予約をとることにしていた。
それなのにいざPCを新しくして予約しようとしたら、最後の最後のところで予約完了とならないトラブルにみまわれた。

 結局あれよあれよと予約が埋まっていくのを見る羽目になり・・・、何とも要領の悪い状態になった。
結局ドバイに行ってからホテルのPCで予約した。そのため、かろうじてあいていたのが帰国日の21:30という時刻だったのだ。

 超高速のエレベーターであっという間についた展望デッキ、夜にもかかわらず人は多い。

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 眼下にダウンタウンのホテル群が見える。左の高い建物はジ・アドレス・ダウンタウン・ブルジュ・ドバイ。ブルジュ・ハリファの展望台から見下ろすと小さく見えた。だが、このホテルは横浜ランドマークタワーよりも9m高い306mあるのだ。それが眼下に小さく見えるということで、ようやく自分のいる位置の高さを実感した。

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↑夜景は小さい写真では光がつぶれてしまいよく見えないので、大きい写真の方がしっかりと雰囲気を感じることができます。 クリックすると大きい画像で見ることができます
  
 遠くに目を移せば、左手にシェイク・ザーイド通りが奥に向かって走り、その通り沿いに高層ビルが居並ぶ。それぞれが光を放ちながら夜中でも光り続けていた。
 帰国まで、あと残すところ3時間というところでのドバイ健在ぶりを確認した夜景だった。

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by miriyun | 2011-04-23 15:07 | U.A.E. | Comments(6)

ブルジュ・ハリファの展望台At The Topの予約方法

ブルジュ・ハリファの展望台の名は At the top 
 ブルジュ・ハリファの展望台は160階建ての中の124階にあり、 『At the Top』という。

けっして一番高いところにあるわけではない。横浜ランドマークが地上60階だが展望台が最も高いところにあるのでみわたす~というかんじがあるのだが、こちらは展望台から先がまだまだオフィス用ビルとして高くそびえている。

オンライン予約・・・100か400か!?
ブルジュ・ハリファの展望台At the Topのオンライン予約
 さて、ここを見学したいと思ったら、直接でない方がいい。なぜなら入場料金に予約と当日券とで大きな格差を設けてあるからだ。日本でも予約券というのは先にいい席が取れたり、あるいは若干低料金で購入できたりするものがあるが、ここは並外れている。

 13歳以上は大人料金であるが、予約サイトで予約し、クレジット決済すると100AED(UAEディルハム)である。・・・・本日2011.04.23の為替レートで見ると2228円となる。諸物価高いUAEであるので、まあ、仕方のない料金であると考えられる。

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       ↑ ドバイモール地下のとても見えにくい紫色の光る壁に文字がある。ここのデザインは非実用的。

 ところで、当日券はどうかというと、よほど混みあっているときでなければドバイモール地下にあるAt the top入口で当日券売り場で買うことができる。
 入場料は400AED(ディルハム)・・・日本円換算8912円・・・約9000円と思っていい。

また、4~12歳はどうなるのか。Web予約で75ディルハム。
そして、当日券は400ディルハム、大人と同じになってしまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たとえば両親・中学生1人・小学生2人の5人家庭があったとしよう。
      予約すると100×3+75×2=450ディルハム・・・10026円
      当日券だと400×5=2000ディルハム・・・・・・・・・44560円
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ◆これほどの料金格差をこれまで聞いたことがあるだろうか・・・。

デジタルデバイド

 4倍の料金差というのは、日本では聞かないものだ。
知らずにいると、当日高い料金で入ることになる。
何度も来る予定のある人ならばまた今度という風にするだろうが、当分来る予定はないし、展望台には上りたいという人は多くて、当日券を買っている人は国籍を問わずかなりいる。

 ただし、ドバイ首長の方針によってコンピュータを完璧に学校教育に盛り込んできたUAE国籍の人たちはPCを使い、家にも職場にもPCがあるのが当たり前になっているから、100ディルハムで予約しているのは間違いないだろう。ゆとりのある富裕層が安い料金で利用し、PCや予約のできる携帯を持たなかったり、情報を知らなかったりする人が高い料金を払うようになる。
  これもデジタル・デバイドの一つか?・・・とか思いながら利用した。

*デジタルデバイド とは・・・ITを使いこなせる者と使いこなせない者の間に生じる、待遇や貧富、機会の格差。個人間の格差の他に、国家間、地域間の格差を指すこともある。
 
予約の利点
 しかしながら、慣れてくればそういう点も解消されてくることも考えられる。

 また、混み具合の事前チェックや当日の販売の省力化などいい点もある。また、予約する方からすると、事前に入場確約になるので無駄足になることがない。また30分刻みで入場時間が仕切られていて申し込めるので昼に見たいのか夕景を見たいのか、はたまた眼下で動くファウンテン(高さ150mの噴水ショー)を含む夜景を見たいのかで時刻を選ぶことができるのがいい。また、いったん入ってしまえば1時間でも2時間でも見たいだけ見ていていいのだ。ある意味合理的で使いやすくもある仕組みだった。

 なお、予約サイトはちょうど1か月先まで予約できるようになっている。つまり、GWなどに行く人は今予約時期だということだ。通常は3日前くらいまではどの時間でもよければ空いている。ただし、夕方のいい時刻は1週間前には埋まりはじめている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
東京スカイツリーは?  
 こうした仕組みで始まっている予約方法。この後続く東京スカイツリーは建設途中でさえ、人々の希望を担い、絶大な人気である。オープンすれば展望台に連日人が殺到するだろう。
 そうしたときにどの方法をとっていくのか。
たくさんの人が行きたいから一人あたりの見学時間を制限する方もある。これはじっくり型の自分は反対であるが・・。また、予約サイトを作って人の動きの半分以上はそこで押さえておくか。料金制度によっても人の動きや「窓口の込み具合も変わってくる。無駄に並んだりすることをなくすにはこれからの時代予約サイトはやはり役に立つだろう。どのような仕組みをつくりだすのかそれも楽しみにしている。

 実は、ブルジュ・ハリファは圧倒的な高さを誇っているが、展望台は途中にあるため、東京スカイツリーの第2展望台とほぼ同じくらいの高さ(いずれも450m前後)なので、ブルジュ・ハリファの展望台と同じ高さ感覚を東京スカイツリーでもそのうち味わうことができそうだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
≪追記≫
上記は2011年に記載したものが、それ以来このページへのアクセスが常にある。最近も特に多いので、いくらなんでも3年もたったら変化があるのではないかと思い調べてみた。

 案の定、インターネット予約料金が上がっていた。100ディルハムだったのが125ディルハムとなんと25パーセントの値上がりを示していた。4~12歳はWeb予約で90ディルハムとこちらも上がっていた。当日券は変化なし。
 そして、滞在時間についても60分と仕切り直しているところを見るとこの世界一高いビルの展望台は以前以上に観光客が多くなっているのかもしれない。
 
 東京スカイツリーの上の展望台まで行くことを考えると、まだこちらの値上げ後のブルジュ・ハリファの方が安いということになる。
ブルジュ・ハリファの展望台At the topの高さ・・452m(世界2位)。 Web125ディルハム(当日400ディルハム)
東京スカイツリーの第2展望台の高さ・・・・・・・・・450m(世界4位)。 Web2500円(当日2000円)+当日展望回廊1000円=予約していった場合3500(当日3000) 

 建造物全体の高さの順位と展望台の高さの順位は異なるので注意。(2014年1月記す)



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by miriyun | 2011-04-23 13:17 | U.A.E. | Comments(9)

95km先からでも見える

 95km先からでも認識できるビル  
地球は球体なので、ちょっと離れると丘もビルもみえなくなってしまう。沖へと乗り出した船も次第に地球の球面の向こうに消えて行くので、最後は帆さきの小さな旗だけになって、それも見えなくなる。
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ドバイのシェイク・ザイード通りには横浜のランドマークタワー級の高さを持つビルがぞろぞろと列をなしている。その列が途切れた更に先にブルジュ・ハリファの天をつくような姿が朝霞の中に見える。
まるでこれらのビルが並んでいるかのようだが、ブルジュハリファの方が遠いのに近く感じてしまう。

ブルジュ・ハリファの公式のアピールによると、このビルは95km先からでも認識できるという。空気の透明感があれば半径95kmの円内は見えるということになる。


ドバイ首長国はもちろん全域がこの半径95kmに含まれるからドバイの象徴として見ることができる、また、近くのシャルジャ首長国、アジュマーン首長国、ウンム・アル・カイワイン首長国もその圏内にすっぽりと入っている。ラス・アル・ハイマ首長国の半分以上、フジャイラ共和国の一部もその圏内だ。さすがにアブダビまでは100km以上あるのでその姿を見ることができない。そそり立つビルは本当に目立つ。




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by miriyun | 2011-04-19 07:08 | U.A.E. | Comments(12)

踊る文字

ブルジュ・ハリファの踊る文字       
 世界一高いブルジュハリファに入るとき、気になったものがある。
入り口を入ると動く歩道になっていて、それに乗ると右側にUAEの風土と歴史を感じさせる画像が出てくる。

 まずは砂漠にラクダのキャラバンが長く続く。

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さらに、砂漠の手前にはナツメヤシの木がうたっているかのように揺れる。
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ヤシの幹も葉もすべて文字からなり、背景の砂丘にも文字がある。それらの文字部分が風にゆらめくようにそれぞれがゆらゆら生き物のように動めいている。
アラブ服の髭の男性は鷹狩をする。


さらに文字が躍る砦やバードギールを備えた家を通り過ぎる。砦の次には海が開けて見えてくる。大きな船が停泊し、交易をする。その先にはダウ船の姿も見える。

 そんな姿がここを通ることによって見ることができる。
文字があることで気になり、実はじっくりと見たかったのだが、次々と世界一の塔を見ようとやってくる人々をさばくためか、この動く歩道、結構速い。どんどん通り過ぎてじっくりとみることも降りてみることもできないのが残念だ。

◆文字をびっしりと集合させて一つの絵にしていくのはイスラム圏ではよくある。また、昨年のアラビア書道作品展「砂漠の薔薇2010」で細密画のように細かく文字で花を表した方もいた。
◆日本でも平安時代から中世まで葦手といわれる装飾文字があった。
文字を絵画的に変形し、葦・水鳥・岩などになぞらえて書いたもの。平安時代に始まり、中世を通じて行われていた。

 だから文字で絵にすることは驚いたわけではないのだが、映像として思い切った使い方をしていることと、文字がざわざわと動めくのがとても印象に残った。
 そのざわざわ感が好きかどうかは個人の好みによって意見の分かれるところだろうが、静止画であるよりは印象深いことは確かだった。


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by miriyun | 2011-04-17 13:04 | U.A.E. | Comments(6)

幻日

 なんだか変だ?!      

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なんだか、空気感がおかしい・・・。
そう感ずるとき、空に何かがおきていることがある。

アルアインの砂漠にて、空を見つめるとそこには光るものが。一瞬太陽かと思う。
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だが太陽はこれの左側にあるから違う。さらにじっと見ると色がまるで 虹のようになっている。
色の並びは太陽に近い方が赤く、遠い方が青から白になっている。


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暗くなってくるに従って、そこの明るさが何やら違和感があって、頭の中で虹ではない、明らかに虹とは異なる・・。ではなんなのか?

 幻日とは・・・
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 左が太陽。右の明るいところがその謎の明るいところであった。

これは、幻日(げんじつ)という。
幻日とは、太陽と同じ高度の太陽から離れた位置に光が見える大気光学現象のことである。
太陽の高度が低めの時に現れる現象で、特色は太陽とほぼ同じ地平線上に左右に現れるのだが、空の条件により、このように一方だけ現れることも多く、時には本体の太陽が雲に隠れて、幻日だけが見えることもある。

 幻日は、他の国ではその太陽との関係から、モック・サン(Mock Sun 偽の太陽と呼ばれたり、サン・ドッグ(Sun Dog 太陽に付きまとう犬と呼ばれている。
 風がなく、空中にたくさんの薄い板状の氷がたくさん浮いているときに光の屈折によって起こりやすい現象である。氷晶の屈折率は光の波長によって異なる。したがって幻日も虹のように色に分かれて見えるわけなのだ。
 幻日の明るさは、かすかなわからないほどのほわっとした光であることもあれば太陽と同じくらいに大きく光ることもあるという。


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                               ↑ *Wikipediaのフリーの写真を見てみよう。
 やはり、太陽の右側、同じ高度に幻日が見えている。そして、その上にもかすかに光があるのが見て取れる。

 それと比べてみたい写真がある。
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大きな砂丘の上に見えた幻日になり始めたころの写真がある。
太陽の右側にもやもやと明るいものがあり、目がおかしいのかと目をこすった記憶がある。だが、この奇妙な光も含めて幻日の現れ方の一つだなのだった。(撮影地:UAE アルアインの砂漠)

 太陽はいろいろなマジックを見せてくれる。
        壮大な自然背景の中で光の実験を見せてくれているかのようだった。

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by miriyun | 2011-04-16 19:12 | Comments(8)

よこしまな太陽

 太陽の姿も様々    

これまでに出会ったいろいろな太陽について書いてみたい。

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                                                     (撮影地:日本)
  あやしい空気を肌に感じ、ふと空を見あげたらよこしまな太陽と遭遇した。
ただし、邪な太陽ではない。
           
 水蒸気の層が厚かったり薄かったりしているのだろう。こうしたときは富士山なども珍しい姿をしているkとが多いのだがこの時のは東の空にその現象が現れたため、実はこれは朝日であり、何とも怪しい横縞な雲にゆがんだ太陽!になったというもの・・・だった。


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*いつもお訪ねいただいている皆様、ありがとうございます。
しばらく仕事に忙殺され、更に「レベル7」の事態がPCをあける元気さえ奪っていました。

 昨日、ようやく休みが取れて、気を取り直しました。人は日常的に仕事をこなし、自分の国の再建を信じていくものです。 だから、元に戻ろうと思います。
 当たり前にまた、「写真でイスラーム」に戻って、自然体で書けるようにしていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

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by miriyun | 2011-04-16 15:49 | Comments(4)