<   2010年 05月 ( 16 )   > この月の画像一覧

 芸術・技術について書いているうちに以前より何かに敏感になってきている。
イスラームに限らず、日本に限らず、いいものを見ることが増えてきた。

1.怪我を乗り越えて・・・高橋大輔     
 もともとフィギュアスケートを見るのは楽しかったが、ことに2月のバンクーバーと3月の世界選手権ほど心を捉えたものはなかった。
 2008年に高橋選手は右膝の前十字靭帯断裂と内側半月板損傷という大ケガをし、選手生命が危ぶまれた。それを乗り越えての高橋選手のオリンピックと世界選手権でのすべりと芸術性、あくまで4回転に挑戦していった勇気を見るに及んで、これまでにないほどの高まる気持ちと、偉大な日本人が現れたことに対して心から賞賛したくなったのだ。


◆2010世界選手権 フリープログラム・・・高橋大輔 『道』  イタリア版日本語字幕つき
 今回ほどyou tubeがありがたかったことはない。
誰かが外国版をアップし、誰かが翻訳をつけてくれている。感謝である。


このプログラムを前にするとライサチェクやプルシェンコがいないことを忘れてしまう。
☆技術を磨きつつ、観客と感情を一体化する・・・これがフィギュアスケートです!
(得点が出る前に)
「日本人が優勝する瞬間です!」   (以上、イタリアのアナウンサー・解説者の語句より)

他国のTVは観客席の音を絞っていないのか、会場の盛り上がりがよく伝わってくる。そして、よいものはよいと絶賛しているのだった。

 俳優にも歌手にも、スポーツ選手にも入れ込むことはなかった自分なのに、フィギュアについてはこの2月から6月にならんとする今日までいまだ感動覚めやらぬものが続いている。


2.道
私は、むかしから音楽だけでは何かを感じることが苦手な完全なビジュアル人間だった。
おそらく、ニーノ・ロータのラ・ストラーダ(道)だけを聞いても、ちょっと寂しくてきれいな曲だとは思ってもその曲が印象深く残ることもないだろう。
 しかし、画像・映像などビジュアルなものと一緒になったときは、音楽は私にとってもぐっと身近なものになる。

◆ニーノ・ロータの曲も映画も知らなかったが、今回あまりにも素晴らしいプログラムを見たためにその曲を聞くとそれにあわせて高橋大輔のプログラム『道』の場面ごとの動きが脳裏に再現されるようになった。

 ついにはガマンできなくなって、レンタルショップに行って映画『ラ・ストラーダ(道)』を借りてきた。なんとも古いモノクロ映画であるのに、借り手が多くて、さがしに行ってから二週間待ってしまった。
 貧しいイタリア農民の娘が旅回り芸人に買われて、芸人兼女房としていくが、その娘の貧しさ・純真さが胸を打つ。旅回りサーカス団にも入り、綱渡りの若者との確執もある中で、芸人はその娘を捨てていく、のちに死んでしまった娘を思って慟哭する芸人・・・という現代の映画に比べればシンプルそのものの内容なのだが、ニーノ・ロータ作曲のジェルソミーナの曲が全編を貫いて哀愁漂うものだ。
 粗野な芸人をアンソニー・クイン(アラビアのロレンスのアウダ・アブ・タイ役をしていた俳優。粗野な感じを出すことでは天下一品)が演じていた。粗野な人間だけに最後の慟哭がものをいう。    
 フェデリコ・フェリーニ監督のこの映画は、戦後間もない日本で、一からげにもってこられたイタリア映画のひとつでしかなかったのに、敗戦・貧しさ・身売りなどの背景を持つ日本人の心にもこの曲が染み渡ったようで大きなヒットになったという。
 もちろん、この曲はイタリア人の心はもちろん、当時の多くの国の人々の心に残った。

 ニーノ・ロータはイタリアきっての作曲家であり、尊敬される音楽家であるので、この人の曲は世界選手権で、他の選手も使っている。使うのはどの選手でもできるが、どこまで表現できるかだ。

 素晴らしい曲はどの選手だって使っている。技術は皆が得意とするものを持っている。プルシェンコの4回転で8年間転んだことがないというのはもう超人の域だ。ランビエールの50秒にも及ぶスピンはスピンの王者としての風格と美しさがある。ドイツ人の選手は4回転ー3回転ー3回転というすごいコンビネーションを跳んだ。小塚も4回転をクリアした。

 しかし、曲とは関係なしにひたすらスピードをつけて回ったり助走ばかりが長かったりすると、せっかくの曲も技術も一体化されずにギクシャクして終わってしまう。
 技術はあるんだけど、4分半、あきるなあ~、とかすごいけどあまり印象が残らないというばあいだ。それはなぜだろうか。規定の技術で滑るのがせいいっぱいで、表現までたどり着けないのだ。さすがにどの大会でも最終グループくらいになると表現力に磨きがかかっていて、個性もあって素晴らしい。が、どこまで観客と一体化できるかというと、やはり音楽性が生きてくるかどうかということだろう。

 高橋大輔は表情が曲想にあわせてつぎつぎと変わる。手は指先までもやわらかく動き、それとともに足は複雑なステップを踏む。
 会場もTV視聴者もyou tube視聴者も、
『 eye 』のラテンのリズムと情熱あふれる全身の動きときれのよさににしびれ、
『 道 』では映画を知っている人も知らない人もその情感豊かな世界へのいつの間にか入り込み一言もしゃべらず見入ってしまう。
 怪我をして、手術にリハビリをしている間にも刻々とオリンピックは近づき、つらい月日をただスケートへの思いをためにためて耐えた。それをスケートを滑る喜びとして開放していった。
 それが演技としての表情に加えてスケートを滑る喜びをこめたその表情となり、これによってなおさら観客は高橋と一体化していった。


3.賞賛は国を越えて

 残念ながら、今回は某テレビ局が放送権をもっていたが最後のせっかくのメダル表彰式を写さなかったし、男女とも日本人が金メダルを取ったと言うのにエキシビジョンは放映しない(衛星放送ではあったかもしれないが)し、満足の行くものではなかった。
 インタビューはどの局も同じようなことを繰り返し聞いていたが、イタリアのプリマヴェーラで、日本の応援団が垂れ幕や日の丸を持って応援しているのは当たり前だが、それ以外の観客や世界の国の放送が何をいっているのかということは全く伝えていなかった。

◆◆◆ そこで、スポーツで、競技であるとはいえ、この芸術姓は他の国の国民や解説者にも理解されているのだろうか、それとも日本人だけがいいと思っていて、他の国は冷ややかなのか・・・
 そこに焦点を置いて、4月からyou tubeを調べ始めたのだった。

その結果のうち、日本語訳がついたものだけをお伝えしたい。淡々と語っているだけのように感じたが、訳がついてみると全く想像以上のことをいっていたのだとわかったのだ。

◆スペイン版 ショートプログラム 『 eye 』


いや~!スペインの解説者の言葉、味わってください!
なお、演技終了後の部分的繰り返し映像の中で、歌子コーチの前を通り過ぎる直前の足元のアップをみると、なんとフィギュアスケート靴のつま先だけでステップしているのが写った。トゥシューズでおどるバレリーナを見るようだ。  

 『 eye 』は、宮本賢治振り付け、曲は世界的アコーディオン奏者kobaによるもので、ほとんど外国の有名振付師を使うことの多いフィギュアスケート界で珍しく純日本製の、しかも名プログラム!高橋の音楽の捉え身体の切れのよさが生かされている。

なお、高橋はこのショートを演ずる時にひげを伸ばしている。大人の男っぽさをあらわし、粋で印象的な衣装も実によく似合う。髪型も大人になった。(以前は今に比べるとちょっとやぼったかった)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして、『 道 』では、曲想に合わせて、サーカスのピエロをイメージする衣装、柔らかでやさしくって、ちょっと悲しい、そんなイメージにあわせてひげもそっている。やるねぇ、大ちゃん!

◎上のイタリア版とあわせて,『道』は3ヶ国を載せるので、
お時間のある方は解説の比較をどうぞ!

◆スペイン版  『 道 』



静かで、低い声でジャンプの解説をしていたスペイン版、途中から何も言わなくなってしまった。
最後のほうでこういった。
 「ただ、だまって見惚れてしまったわ!」(スペイン解説者)・・・:わっ!なんて、正直!(miriyun)



◆ロシア版  『 道 』

(演技終了したとたんに、)
新しい世界チャンピオンです!
 100回目の世界選手権で新たなナンバー1スケーターが誕生しました。
  その名は高橋大輔!
~~~~ 高橋大輔こそが最も強く優勝するにふさわしかったことに疑問を持つ人はいないでしょう!
                                   ( ロシアのアナウンサーor解説者)

 
4.高橋大輔のスケート技術と音楽性    

 あるコリオグラファー(振付師)はいう。
高橋大輔は打楽器の音さえひろって表現する。ピアノの曲ならピアノらしく表現するスケーターだと。

         <追記>
               歌子先生が「この子は音楽の強弱の表現が自然に出来る子でフォルテの時は強く、
               ピアニシモの時は弱くすべる事が出来ます、
               これは教えてできるものではありません、天性のものです。」
               と語っておられた。
               (えるだおばばさまのコメントより追記させていただきました。ありがとうございます!)

そうやって見ていると、外国TVの解説者も全ての音を高橋は表現していると語っていた。
また、世界の人々は、何で日本人である高橋がラテンをあんなふうに踊れるのか(ショートプログラムのeyeのこと)と首を傾げたという。

彼はクラシックはもちろん、ヒップホップさえもスケートで踊ってきた。ありえないようなリズムをスケートで踏むのを人々は信じれないような気持ちで見つめた。大陸選手権ではフリーで2回も4回転ジャンプを成功させて、世界の中の最高得点記録をいまだ保持している。

 そして、今回の世界選手権での世界の評価は?と気になったのだが、イタリア・スペイン・ロシアの放送の様子を知ることができ、ほんとうに高橋大輔は世界ナンバー1だと名実ともに認められているのだとわかった。
 スケートが盛んでない国に在住の方にも見ていただけたら嬉しい。

 世界選手権は今年100回目の大会であった。第100回世界選手権の勝者が初めてヨーロッパ人でなく日本人になった記念すべき大会になった。
 政治・経済であまりにも寂しい話題ばかりの昨今の日本である。
この中で怪我の回復を待って、半回転さえ怖いという昨年の春からの練習を初め、世界への挑戦を雄々しく戦い、優雅に舞った。まだ、手術で入れたボルトが膝にある状態で(何ということだ!)。
 今後は、高橋のようなステップのすべりを世界中が目指してくるだろう。追われる立場になるのだが、しかし、高橋はまだ、これからもさらなる音楽を全身で表現していってほしいものだ。
 
 彼は、単なる選手という言葉ではあらわせない。
 まれに見る天性の感覚を持ったスケートと音楽の表現者だ。

 そして飽きることなく毎日でもその演技を見て心から日本人はここまできたのかとため息をついて一日を終える。そんな一服の紅茶を楽しむかのように深夜に高橋の演技を楽しんでいる。


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by miriyun | 2010-05-30 12:14 | 日本 | Comments(16)

わたしの興味・君の興味

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いつも壮大な自然に、
    人の為す技に興味を持ってカメラを持つ。
           小さな花の一つも、ゴロッと転がっているかぼちゃにも
                    私の目もレンズも一緒にくぎ付けになる

香辛料・・・自然が装わせた色と香り
    海のシルクロードと陸のシルクロードを渡ってきた
       これらにはどこの土地でも引き寄せられていく。

イエメンでもジット見つめたら、少年もじっと見つめているのに気づいた。
    彼の興味は香辛料を撮る日本人だろうか、黒びかりするレンズだろうか。
        君の好奇心が旺盛なことがうれしい・・・。

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by miriyun | 2010-05-29 19:04 | Comments(6)
リーン監督とラクダ

 俳優ならば馬に乗るなどあたり前であるが、映画『アラビアのロレンス』の舞台は砂漠だ。だが、ラクダに乗れる俳優はいない。エジプト出身のアラブのスターであったオマーシャリフでさえ経験がなかった。ピーター・オトゥールはT.E.ロレンスの著書『知恵の七柱』や伝記を熟読し、また写真などを研究した。さらに早くからヨルダン入りしてラクダに乗ることに打ち込み、ベドウィンさえ驚くほどに乗りこなすようになる。 
 
 リーン監督はラクダに乗る必要のない一部の俳優を除いて、ほとんどの俳優とエキストラをラクダに乗らせた。

人は判別できないようなはるかな地平線、そこをアラブ人をのせたラクダたちがチョコチョコと動かして進んでいくシーン。実際はラクダの一歩は大きくゆったり進むのだが、あまりにも広い砂漠のあくまでも一直線な地平線にラクダがたくさん早歩きするとこんな風に見えるのかと驚く。
 
疾走するラクダ隊

 ラクダに乗らせるだけでなくラクダでの戦闘シーンを監督はやらせる。全編出ずっぱりのピーター・オトゥールは砂漠においても、アカバ攻めの攻撃でも常に映し出される。
 
 とくにアカバ攻めでは長いネフド砂漠を越えたアラブ軍を率いて一斉攻撃である。ラクダは馬より大きい大型哺乳類で速度も迫力もすごい。実写に徹するリーン監督はここでも先頭にラクダに乗り疾走し号令するロレンスとアリーを映し出す。ノーカットの攻撃シーンでラクダ隊が全力疾走する。
 アラブの族長アリ役のオマー・シャリフは、もし落下したら、全力で走る後続のラクダ隊に踏み潰されるのは必定ということで、身体を落ちないようにラクダに縛り付けてロケに臨んだ。

  ロレンス役のピーター・オトゥールはこの戦闘シーンで一回落馬(いや、落駝というべきか・・)した。もうだめかと思われた。落ちればふつう、人は置いてきぼりでラクダはどこかへ行ってしまい、後続のラクダに何重にも踏まれ跳ね飛ばされ人間などボロ雑巾のようになってしまうものだ。湾岸諸国で冬に行われる数頭のレースでも肋骨を折るなど大けがをする人がいる。
 何しろラクダは500kgの身体で、時速50kmで疾走するのだ。

 ところがこの時、ピーター・オトゥールが乗り続けてきたラクダが落ちたピーターの上に足を踏ん張って立ち続け、他のラクダがそれを避けて走り抜けていったため、ピーターは助かったのだという。(オマー・シャリフ談)


 ラクダはクールで気に入らない人間にはつばをかけたり平気でする
    ラクダ市で売られそうになると悲痛で怒った声で鳴く
       子を守ろうとする母ラクダは近づかせまいと必死になる---

 そんなラクダを見つめてきたが、この映画のメイキングエピソードからラクダのさらなる一面を知ったのだった。


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by miriyun | 2010-05-25 07:17 | Comments(12)
T.E.ロレンスとヨルダン王家の誕生 

 トランス・ヨルダン王国の成立とT.E.ロレンスは密接につながっている。
ヒジャーズ地方のシャリーフ、フサイン・イブン・アリーには男子が4人おリ、長子のアリはそのままヒジャーズの最後の王となる。次男アブドッラー王子と三男ファイサル王子が1916年のアラブの反乱に参加した。そして、ファイサル王子のほうにイギリスからの顧問としてT.E.ロレンスがついていたのだった。
 王子たちと、族長とT.E.ロレンスがアカバ攻撃やダマスカス入場を果たしてオスマン・トルコからこの地を取り返した。これが、英仏の帝国主義国に対してアラブが独立を要求していく力となった。つまり、影で動いた3つの密約等によって、大きな禍根を残すことになるのだが、この当時としては独立運動をして、それにはロレンスの考えや作戦も価値あるものであったのだ。

 1920年、ダマスカスでのアラブ民族会議でアブドッラーはイラク王に、弟のファイサルはシリア王に選出された。同年6月フランスのダマスカス占領及び弟のファイサルのシリアからの追放が起こり、これに対して、アブドッラーはファイサルのシリア王権を支持するために軍を率いて北上した。このときもヨーロッパで開かれた国際会議にロレンスはアラブ側の事情通としてファイサルに付き添い王国維持のために援助している。
 イギリスはヨルダン川東部の広大な乾燥地帯にトランスヨルダン王国の建国を認めると提案したために、アブドゥッラ-はこれを受け入れ、トランスヨルダン国王、アブドッラー1世となった。しかし、イギリスの委任統治領の地位であったため、正式な独立は1946年となる。1949年には今の国名ヨルダン・ハシミテ王国となる。

 したがって、ヨルダンの祖、アブドッラー自身がロレンスと近かったわけではないのだが、ここまではともに戦う同士だったわけなのだ。

アブドッラー1世暗殺事件 
 アブドッラー1世はその独立からわずか5年後、エルサレムのアル・アクサー・モスクに孫のフセインをつれて礼拝しているところを暗殺された。そして、このときフセイン王子も撃たれたのだが、アブドッラー1世が孫につけさせていた勲章に弾丸が当たり助かった。

 このあと、タラール1世が即位するが、わずか1年で、息子フセイン王子が地位を継ぐことになった。
 

映画『アラビアのロレンス』とフセイン国王のロマンス 
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 わずか、16歳で即位(正式には17歳になってから)しフセイン1世となり、少年王として難局続きの中東・国際関係を乗り切っていくことになった。フセインは19歳で6歳年上の女性と結婚させられているがすぐに離婚している。結婚は4回繰り返したが、同時に妻を持つことはしていない。離婚や死別によっての結婚だった。

◆フセイン国王は、リーン監督の『アラビアのロレンス』撮影に当たって、部下達のエキストラ出演など、全面的に協力したのはなぜか。
 ――――それは建国の流れとこの映画が関係あるからだ。まさに1918年のアラブ軍の砂漠の反乱(アラブ側からいうとアラブ独立戦争)を描く映画であり、祖であるアブドッラー1世については映画でほとんど触れないとはいえ、ヨルダンの歴史に大きく関わるからであろう。

 熱心な国王は撮影現場に何度も足を運び、部下達がエキストラとして働く現場を何度も視察のために訪れていた。そのとき、撮影現場で秘書アシスタントとして働いていたイギリス人、アントワネット・アヴリル・ガーディナー20歳と知り合う。王は26歳だった。適齢期だったのだ!
 彼女は1961年5月25日のフセインとの結婚後、ムナー・アル=フセインと改名し、1962年の第一子アブドゥッラー誕生後は「ムナー・アル=フセイン王妃」と称され、離婚してもその称号を認められている。(Wikipediaを参照した)
 

 フセイン国王は長くきわどい中東の国際問題の中で手腕を発揮し、優れた王であった。兄弟を跡継ぎとしていたが、国王は晩年、このムナー・アル=フセイン王妃、つまりアラビアのロレンスの撮影で知り合ったイギリス人女性との間に生まれたアブドッラーを跡継ぎに指名して世界は驚いたのだった。

アブドッラー2世 

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 そして、今そのイギリス人女性との間に生まれたアブドッラー2世は、パレスチナ人のラニア妃とともにヨルダン王室をしっかりと運営している。
 そればかりではなく、若手の王族・政治家の中で群を向いて活動的で、各地での演説等を聞くとこの人物には確かにあの嵐の中東を乗り越えてきたフセイン1世の血が流れていると思わせられる。たびたび来日しているのにほとんどこの若きリーダーのことを報道しないメディアにいつも物足りなさを感じる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
*最後にヨルダン・ハシミテ王国の王を再確認すると、
    ①アブドッラー1世・・・②タラール1世・・・③フセイン1世・・・④アブドッラー4世と、続いてきている。
 フセイン王は若い時、今のアブドッラーに近いかんじがした。またアブドッラーは年を経るごとにしまってきて、フセインに似てきている。

◆ ヨルダン・ハシミテと書いてきているが、実際はハーシム家のヨルダンと言う意味でムハンマドから続くアラブ世界きっての由緒正しき家である。

 オスマンの支配下から抜け出ようとして、イギリス・フランスの思惑の中でに利用されながら、それでもイギリス人ロレンスも関係して建国した国であり、その位置からパレスチナ問題にがっぷり組み込まれている宿命がこのときからある。

 そんな宿命ともいうべき難しい立場にありながら英邁で行動的なリーダーである国王がイギリス人の后とをもち、その人を母として生まれた現王がいて、現アブドッラー2世は、パレスチナ人の后を持つ・・・。
 ここまでの歴史を見ていくと、大きな歴史の渦の中で翻弄されつつも、国籍と民族に関わらず人間そのものを見つめて進んできたヨルダン王家が見えてくる。3代目が日和見といわれつつも、この渦中におかれた小国を維持し、4代目が新しい秩序を模索し続けていることが頼もしく感じられる。
 

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by miriyun | 2010-05-23 09:48 | ヨルダン | Comments(10)
デビッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」、自分にとっては20世紀を代表する傑作であり、はじめて中東世界を感じ、関心を持っていくきっかけとなった映画である。

 ロレンスの話はずっと前から映画化の話があったが、壮大なスケールと、砂漠という過酷な土地、言葉・ラクダ・民族など考えなければならない要因が多く、なかなか映画化できなかったという。戦場に架ける橋の成功で気をよくしたサム・スピーゲル(プロデューサー)が次の大作に何がいいかを聞いた時からデビッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」は始まった。

1.驚異の実写の世界 
 
 この映画で最初カイロのイギリス軍でつとめていたロレンスが自虐的に素手でマッチの火をジュッと消す。と、同時に砂漠の日の出る劇的なシーンに移行する。そのときの音響とともに忘れられない。

 また、ファイサル王子に合うためにハジミ族の案内人とともに砂漠を行き、他部族の井戸を使う。そこにその井戸の持ち主のアリーがやってくる。その蜃気楼の中から全く見えないところからカメラを回し、いっさい切れ目のナイすごいワンシーンを撮っている。はじめてみたとき、この場面のあまりにも印象が強く映画って何なのだ~っと思ったものだ。初めての砂漠をこんなにすごい映像で見た衝撃というのはどんなに時を経ても消えない。CGの大作にはこのような残り方はできないのではないだろうか。
 
  50度の熱砂の中、いっさい妥協することのない撮影が行なわれた。ワンシーンを撮るのに必要な場所の選定に3日もかける。撮影用レールを敷くなり、準備や位置決めで一日、その次の日に撮影。衣装から役者の演技、そして何よりも砂漠の美しさを徹底して撮りきった手腕とこだわりがある。
 蜃気楼も砂丘の砂が舞い上がるのも全て実写であり、映像の中にこれだけの砂漠の広がりを現していることに驚愕し、また砂漠に行ってみたいという思いが身体の中に埋め込まれてしまった。

 流砂に飲み込まれるシーンさえ、フィルムの上のごまかしや特殊効果ではなく実際に砂の中に少年が引っ張り込まれていく。だから今でもこの映像は美しく、歴史の脈動をダイナミックに伝えている。ふつう、映画は10年、20年もしないうちにどこか古臭くなってしまうものだが、アラブ服と砂丘と第一次世界大戦の一部が登場してくるこの映画はいまだ色あせることがないし、間違いなく将来も残って行く映画となる。

2.実写でない唯一のワンカットとは・・・
 
 アカバ攻撃の途中、ガシムがネフド砂漠ではぐれ、砂漠の強烈な太陽の下で倒れていくシーンにぎらつく灼熱の太陽がある。リーン監督はスタッフに太陽を撮れと命じたが誰が撮影しても、どんなフィルターをかぶせても太陽はフィルムを焼いて穴を開けてしまった。

   *カメラで太陽を撮るだけでも目が焼けて失明してしまう。
    自分でも砂漠で夜明けの蜃気楼のゆがみのある日の出を撮る時、朝日は弱いにもかかわらず、
    やはり直接見てシャッターを押したりはしていない。
    位置をちらりとみてて確認してからはレンズから目を離してシャッターを押しているくらいだ。
    だから昼間のぎらつく太陽などは絶対に無理なのだ。

 その結果、この太陽の場面だけ、
 3時間20分という大作の映画の中で唯一これだけが、
                  実写でなく絵に描かれた太陽を使っている。

 CG全盛の現代はすでに興行的にもエキストラの大量動員もできなくなっていて、実写での戦闘場面など不可能に近くなってきている。それはもういたしかたないことかもしれないが、やはり、『アラビアのロレンス』のような実写と自然の描写にこだわった映画は見るほどに美しく迫力がある。
 ベドウィンテントもラクダ隊の走りも列車の転覆も実写ならではの迫力が胸を打つ。


3.撮影地ヨルダンとフセイン国王
 実際にT.E.ロレンスが活躍し、また愛したワディラムでまず撮影が行なわれた。

ヨルダン王国はフセイン国王が全面協力を申し出、古い時代の衣服や銃なども貸与している。このころのフセイン国王は黒髪に愛嬌と精悍さを持ち、今のアブドッラー国王と似ている。
 気安くロケ現場にも顔を出していたらしい。自ら航空機を操縦しどこにでも行くような王であるから、行動力がすごい。

 撮影地のワディラムの赤い砂地と大きなテーブルマウンテンの中での撮影では砂漠の案内人のヨルダン人が砂漠の隅々まで知っていて、美しい砂丘を探しだしたのだという。
そのかぶっているカーフィーヤを見ると、そこにはヨルダン王家の王冠マークの紋章がついていた。
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 その案内人の頭についていた紋章に覚えがあったので、さがした。 ↑ 同じ紋章をつけた人物像
砂漠の案内人と映画エピソードで紹介していたのは、れっきとしたワディラム警備をするヨルダン王室直属の警備隊員であったのだ。そこからもヨルダン王国の協力度がわかる。


 私たちがちょっと観光で行くワディラムというのは何箇所かの見どころをピックアップして見せてもらうものだが、映画監督は最も美しい砂丘、そして誰の足跡もわだちも何もないところを求めて何日も検討するのだった。じっさい、砂を巻き上げながら砂丘をラクダに乗ったロレンスが下る様子など胸がきゅんとなるほど美しい。砂漠に恋してしまいそうだった。ホントニ!

 この映画に登場するような砂漠と岩山の地域にロレンス撮影隊と、ほんとうのロレンスや砂漠の反乱部隊が行きかっていたということに、つい思いがいってしまう。

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 そんな思いで見ていると、なんと、ワディラムからアカバまでの道沿いに、アウダ・アブ・タイ率いたハウェイタット族の集落も見つかった。今は農業もやっているのだろうか。オリーブの苗を育てているようだ。

 こんな風に実際のT.E.ロレンスやアラブ軍に関係のあるものがすぐに目がいく国がヨルダンなのだ。

~~~~~~~~~
◆ 映画作りのためには決して妥協しない巨匠デビッド・リーン、製作者の決断、フセイン国王の協力、何人目かで決まった主演ピーター・オトゥール、アレック・ギネス、オマー・シャリフ、最高の小道具係、衣装係、編集係など全てが集まって、自然の圧倒的な美と、T,E,ロレンスの英雄的な面と苦悩とをあらわしきった。

 これらを何としても思い通りにまとめたリーン監督の映画人としての思いに頭を下げる。

今のようにCGの時代になっていたら、この映画はできなかっただろう。30頭くらいのラクダを走らせてそれを何重にも重ねて何千頭にしてしまえと製作者は言うだろうし、ラクダに乗って衣装を着けて監督がゴーサインを出すまでじっと待つ何千ものエキストラや俳優・・・とても今ではできまい。
 ヨルダン・イラク建国・ひいては現在の中東問題まで影響した時代そのものを、ロレンスという人物中心に描き出した映画であるが、歴史に全く興味がない人でも砂漠の映像に一見の価値あり・・・といいたい。

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by miriyun | 2010-05-22 11:34 | Comments(10)

砂漠の砂音

 砂漠の砂    

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砂丘はわずかな風で動く。
砂粒の重さの違いで微妙な動きを見せる。

砂は吹き上げられ、砂丘となり、その上にアーティストの手にも負けない風紋が描かれる。
その一方、砂丘の先端では崩れ始めている。

この写真でも砂丘の馬蹄型のへりのなかほどだけが崩れだした。
この時の擬音に表現できない砂の音、

砂は主に石英からなるが、他の石も混ざっている。
磨滅し、固く極限まで小さくなった砂はぶつかってもそれ以上割れることもなく
互いにぶつかりはね返し合う。さまざまな砂がすれあう。
風と砂、それが砂漠の唯一の音だった。


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by miriyun | 2010-05-21 04:49 | 自然(砂漠・ラクダ・蜃気楼) | Comments(4)
 砂漠のキツネ、フェネックは色が薄かった。
ねずみも虫も砂漠色、同じ種に比べるとずっと色が薄い。森や山の中に住む種は色が濃くて枯葉や樹木の色合いに近い。これを保護色といい、いろいろな野生の動物が生き残っていく手段として獲得してきた力なのだ.

トカゲ

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  レバノンの山岳地帯のトカゲ。岩場をゆくが、さほど保護色になっていない、。
オヤオヤ?! それではすぐにつかまってしまうよ!
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 そう、こちらが正解!
この杉の木の幹の色、あなたの色はすっかりレバノン杉の木の外皮の色と同じ・・・。
ここなら、鳥たちの目もあなたを探しにくい。



☆カメレオン 

 ジャングルの中では赤に緑との蛍光色のような派手なカメレオンがいる。
それがカメレオンだと思っていた。だが、とても色が薄いカメレオンだっている。
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少年の肩にいるのは
乾いたチュニジアの真夏の大地に、ヤシの木が点在・・・そのままの色イメージのカメレオンだった。

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by miriyun | 2010-05-18 01:37 | Comments(8)
☆大イチョウの再生計画ーその後 
 鎌倉の鶴岡八幡宮の大イチョウが倒れ、その木を惜しんだ。その後、3つの方法で再生計画が実施されていた。そこにひこばえ再生といいニュースを聞いていたので、とうとうガマンできなくて行ってきた。
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大階段の上からも下からも、心配をしていた人々の目とカメラと携帯がこの木に注がれている。
   階段のすぐ横が、倒れた大イチョウの根が残っていたところ。
   その右に根より3mほど上の幹を直接地面に植え込んだ場所。
いずれも緑が再生してきていた。ほんの少しひこばえが出てきたという話から、ようやく暖かくなり、そのため急激に伸びてきた。

◆かっての大イチョウ
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↑ ようやく古い写真から探し出した大イチョウ。階段のすぐ横に注連縄を幹に閉めた大イチョウが立っていて、それが当たり前の光景だった。
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その横にこの注連縄部分が移植された。つまり巨大なる挿し木状態だったのだ。


ほとばしる生命力は「ひこばえ」となって
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 その巨大なる挿し木に、これだけ芽吹いてきたのだった。
こんなに大きな古い木の幹でできているのだけらもちろん、ほかの場所で行なっている、ふつうの枝の挿し木もうまくいっているはずだ。
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 根に直接生えてきたひこばえは、ほんの2週間の間に命満載という感じになってきていた。

☆イチョウという木の生命力が目に見える形で湧き出てきていた。
間違いなく2010年、最も注目されている樹木といえる。

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by miriyun | 2010-05-17 00:18 | Comments(2)

砂漠色のフェネック

 砂漠に溶け込みそうな色を持ち・・・      

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                             撮影:チュニジア
  砂漠のキツネ、フェネックといい、とても小さい。大きな耳とやさしげな目が気になる。体長40cm前後で、尾が20~30cm、耳は15cmほどになる。
 
何でこんなに耳が長いキツネなのか。
一つは獲物をとるため、小動物の立てるかすかな音を聞き分けるためだ。
そして、もう一つは高温の砂漠で生き抜くための放熱の役目を持つ。50℃にもなる砂漠では耳が大きいほうが体温調節にいいのか。同じ体重でも表面積が大きいほうが皮膚呼吸ができる。
 夏の砂漠に行く時だけ、こんな耳がほしい・・・。
 でもトゥアレグのような砂よけの布が巻けなくなってしまうのも困るが・・・。
 こんなことを真剣に考えているこのごろである。

毛皮は昼間の灼熱の日の光から身体を守り、厳寒の冬の寒さのなかで体温を保つ。厚い砂の上を歩くので足裏も毛で覆われている。

砂漠で住むように特化した砂漠対応動物なのだ。
暑い昼はねぐらの穴に入り、涼しくなるのを待つ。

夜の砂漠はいきものでいっぱいだ。その中で、華奢な身体のフェネックはイナゴやトカゲ、トビネズミなどを捕る。川やオアシスがなくとも、捕獲した獲物から水分をとるしくみだという。さらに水分が足らなければ果実や花も食べる。

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こんな砂漠に暮らすため、
  体毛は砂色で、砂漠において保護色となっている。


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by miriyun | 2010-05-14 07:19 | チュニジア | Comments(6)

イエメンの窓辺

マシュラビーヤに小さなすだれ

イエメンの日干しレンガの家は窓辺も頑丈だ。
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 サナアの上層階からは遊びにいかれない小さな子達は頑丈な鉄格子につかまって外をじっと見ている。

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石造りの家もその石を積む段階で鉄格子を頑丈に組み入れる。日本の住居は本気で壊そうと思えば簡単に外れてしまうらしいが、石の家ではそんなことはありえない。住居の安全性については数段高いといっていいだろう。

 しかし、世界の国ではこの頑丈さがこわいこともある。ホテルの窓が鉄格子の時、火事があったら逃げ場がないとぞっとする時がある。これらの家も外敵対策重視で火事は考えていない。もっとも石や日干しレンガの家は火事にはなりにくいのでそれでいいのかもしれない。
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下から見えないマシュラビーヤは女性達のため。しかし、子どもたちにとっては外界に目をやりたい窓辺。そのためかこんな工夫も見えた。そのマシュラビーヤの一部を切り、子どもが除けるほどに明けてある。しかし、これでは日射しも入りすぎ・・・・
 そこ0に見かけた小さな小さなすだれつけはずし自由で臨機応変の窓辺になっていた。


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by miriyun | 2010-05-13 07:20 | Comments(2)

*写真を使って、イスラーム地域や日本の美しい自然と文化を語ります。日本が世界に誇る人物についても語ります。フィギュアスケーター高橋大輔さんの応援ブログでもあります。


by miriyun