<   2009年 08月 ( 24 )   > この月の画像一覧

砂漠は急変する

1.砂漠のおだやかな朝
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深夜過ぎに吹いていた砂を吹き飛ばすような風は収まり、
静かな砂漠に太陽が顔をだす。
まるで、きょうは一日穏やかですよと錯覚させんばかりの姿だ。

2.砂漠は急変する
 
一見、なんともないような広々とした視界と緩やかな砂丘が広がる砂漠も、日々砂にあおられている。
この日の夜、おそろしい砂嵐がやってきた。
このとき、町の近くに戻っていた。頑丈な大テントで地元の人が食事とダンスを楽しむ場所に行っていた。途中からすさまじい音を立てはじめた。明かりがないからわからないが、もし上のほうを投光器で照らしたならば、砂が渦を巻いているのが見えるんではなかろうかと思った。
よこなぐりの雨が降るという言葉を使うように
         よこなぐりの砂とというのもあるのだ・・・・砂が飛んできてバチバチあたり顔が痛い。
台風の日の暴風と雨の音がおそろしいように、暗闇の砂の暴風もおそろしい。
写真はない。カメラなど出そうものならこの砂嵐の日をもって寿命が尽きてしまっただろう。

◆山の天気が急変するように、砂漠も急変する。

 一日日程がずれて町から遠いところにいたならば砂嵐の中で小さなテントがもったかどうか疑問だ。
 しかし、実際はこういう環境の下で人々は暮らしているのであるのだから、それを砂漠の中で経験してみたかったなという気持ちと、難を逃れられてよかったなという相反する気持ちがある。


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by miriyun | 2009-08-31 06:44 | Comments(2)

ラクダ’の朝食

木枯らし紋次郎 ラクダ
   
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木枯らし紋次郎という時代劇が思い出された。
主人公が長楊枝をくわえているのが渋かったような・・・。
そんなことを思い出した場面

 ・・・ラクダの朝食
        でもその茎、目の前のクサとは違って節がある植物だね。

反芻(はんすう)動物は、今食べたものか、反芻しているのかわからないときがある。
とくにラクダはこれよりもさらに大きな枝でさえ、突然胃の中から出現させることがある。

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by miriyun | 2009-08-30 08:54 | Comments(2)

夜明けのラクダシルエット・・・ラクダ31話

砂漠の夜明け&ラクダのシルエッ
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砂漠で眠ると、
   びょうびょうという風の音と、
   ピシッ、ピシッという山羊の毛のテントにあたる砂音だけがする。

それでも、目覚めれば、
 ラクダはなんということなく昨夜と同じ場所で静かに座っているのみだった。
 
逆光の中、ラクダの耳と口元の毛だけが黄金色に光って見えた。
 静かで、まだ涼しい(注)朝の始まりだった・・・。

  *(注)・・・真夏の砂漠は4時ごろには20℃だが、太陽が高く上れば50℃にも達する。

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by miriyun | 2009-08-29 12:22 | Comments(0)

豆コーラン&2mコーラン

 コーランは各家庭、あるいは各個人が、大事に大事に所有し、幼い頃から自分用のコーランを朗誦し覚えていくためのものだった。長い人生で、毎日のように繰っていけば傷む。そのため、人生の節目にまた買うことがあるが、それにしても使いつつ大切にしていくものだ。
 コーランも最初は羊皮紙などに書かれていた。しかし紙の伝播が早かったイスラームでは8世紀から紙の製法が東から始まり、紙製のコーランが普及したので、まずはそれを読み、覚えるというところから、学びは始まった。

 1. 小さなコーラン

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 日常的に持つものには、ラクダの旅でも、列車の旅でも持ちやすいもの、仕事を詩ながらもさっと取り出せるものとして、皮の表紙の小さなものが使われもする。
 目のいい人なら(まあ、ほとんど、日本人よりは目がいいだろう・・・)、ここにあるような豆コーランでも読める。胸ポケットにいくつも入ってしまうほどに小さい。この豆本は、ベイルートで購入したもので、一応印刷してあるが、あまりきれいとはいえない印刷だった。豆本だから仕方がないのだろう。・・・・と思っていた。
 しかし、イスラーム・アート・ミューズィアム・マレーシアにあった豆コーランは、虫眼鏡で見るのだが、それは精緻な文字で手書きされているもので、小さいながら美しいものだった。

 2.大きなコーラン

 では、大きいものにはどのようなものがあるのだろうか。
 
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 これはイスタンブールのイスラム美術館のコーラン。
 持ち上げて読むことはできないので、礼拝堂のコーラン置きの台の上に置いたものだろう。
クーフィー体(左ページの金の文字)とマグリビー体(時代は読み取ってこなかったため不明)とであるが、この丸みのある文字もこの大きなコーランでは空間を大きく取り、見た目に美しい。

 この大きさは、いくつかのイスラームの国で見かけたので、時の権力者が作らせ、モスクに寄贈するなどしていたようだ。

◆2mのコーラン 
 現代でも、大きなコーランをつくりたいという思いはどこかしらであるようだ。8月22日のニュースで次のようなコーランが紹介されていた。
 
重さ300キロ、ラマダン前に巨大コーラン。
インドネシアではラマダン入りを前に、首都ジャカルタのホテルに巨大な聖典コーランが展示された。イスラム法学者2人が手書きしたもので、ページの大きさは2メートル×1・5メートル、重さは300キロに上るという。2009年8月22日22時40分 yomiuri online)より引用・・ 写真もあり。
 
 このコーランは開くとどんな大きさになるのか?           
           ★畳で言うなら3畳大!!    
運ぶどころか、ページをめくるのも工夫がいりそうな、圧倒されるような大きさのコーランの出現だった。

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by miriyun | 2009-08-27 15:39 | Comments(6)

ラマダン・カード(2)

 落ち着いた色あいで、ラマダンカードを作ってみた。
            
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  しかし、背景の金を混ぜた色は印刷しても出ないかも・・

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  やはり、白地にグラデーションもいい。

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by miriyun | 2009-08-25 06:16 | Comments(0)

ラマダン・カリーム!

 イスラム暦の中の月の呼び名の中にラマダーンの月がある。
1年は360日と数えるので太陽暦とはズレがでて、同じラマダンという月も、毎年少しづつその月が早く訪れることになる。
 今年、2009年は,ラマダーン月は21日日没にはじまり、断食は22日の明け方から始まっている。
 
 暑い中でのラマダン、日没までの間とはいえ、おなかがすくのはもちろんつらいことだろう。
だがもっと困るのは水も一滴も飲まないで日中を過ごさなければならないことだ。
 知人もこれはとても厳しいといわれていた。しかし、世界各地のムスリム・ムスリマとともに同じことをしているというのは励みになるだろう。
 ラマダンの意義については以前の記事で書いてきた。簡単に言うならば、このラマダーンで飢えたる人のことを考えられるようにする。ふだん以上に食を分け合い、羊を解体したなら、その肉も見ず知らずの人にも分ける・・・というような精神が基底にある。

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  これから約4週間続くラマダーンの意義と真摯に頑張る心に寄せてカードを書いた。
文字は、ラマダン月に入ってから人々が交わす挨拶で「ラマダン・カリーム」。下段がラマダーン、中断がカリーム。直訳すると寛容なるラマダーン。
 そして、文字のほかにはイスラームを象徴する月と星を描いた。白い月が気に入っている。

イスラームの地域の皆様へ、
そして、ムスリムでなくともイスラームの文様や文字やいろいろなものに関心をお持ちの皆様へ、
  2009年のラマダンのご挨拶を、 
                 ラマダン・カリーム!!

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by miriyun | 2009-08-24 07:01 | Comments(2)

鳥獣戯画 in バングラ

 リキシャアート作家
 作家はS.M.サムス、R.K.ダス、ショイエド アハメド ホセインが紹介されていた。
彼らはムスリムもヒンドゥーもいるが、経歴の中でたいへんだったのはやはりムスリムだった。

 絵や音楽が推奨されないイスラーム(もちろん地域によって度合いは異なるが)では、学校に行っても美術や音楽の授業そのものがなかったり、家においても絵を描くことが表立ってできない。
 そのため、今は名をなし、ヨーロッパからも注目されるようになったリキシャアートであり、ここから始まり大使館の壁画を引き受けたりと活躍の幅を広げている作家達もいる。
 そうなるまでには、とくに熱心なムスリム過程に生まれた人などは親にも隠れて絵を描かざるを得なかった。ましてやこれを職業としてやっていくこと自体、認められるものではなかったのである。

 美術に接することができないというのはパレスチナ難民の町でよく耳にするが、じつは、他でもかなりあることなのだ。
 しかし、今はリキシャアートもコレクターがいてヨーロッパや日本に買い取られていく。金属にペンキで描いたとは思えないほど、細かく書かれていて、なるほどこれはアートだと見入ってしまった。


◆バングラデシュの鳥獣戯画 
 さて、彼らは前回のように農村の暮らしなどを題材にしているうちに、風景画を描くものも現れてくる。そうした中で、絵を描くものは絵の対象を一般の人よりも鋭く見つめる。
 そうした中で次第に世の中の矛盾やその社会への思いが出てくる。それはそのままあらわすだけでなく動物の姿で表した絵も描かれるようになった。
 これはバングラデシュの鳥獣戯画的だと感じた。

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                                                     ↑ Ahmed作

農村の仕事を擬人化された動物達が立ち働いている。ここでは、それぞれが耕し、稲をつき脱穀している。
この中で、トラはベンガルドラでバングラデシュの象徴であり、当然このAhmedという作家はこのトラに次第に気持ちを入れ込んでいく。この絵の中でもとくに目が印象的である。

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                                                       ↑ Ahmed作
 リキシャ製造所にやってきた客はライオン、ジャッカルはさっそく茶を入れて差し出す。ひょうは店の主人で縫いを行なっている。従業員はトラでおそらく、女性従業員がサルではないかと思う。ジャッカル以外の従業員はせっせと働いている。

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                                          ↑ Ahmed作
ジャッカルは道具は持っているが掛け声ばかりで、実質的な働きをしない。それで働くトラをもう1人よんで働かせる。トラはずっといつも働き続ける。
 このあと、ライオンがやってくると、ジャッカルはライオンにおべっかをいいチップをもらおうとする。

 このように、動物の社会にして、そこから何かを感じさせるようなものがこのベンガルドラ物語にはある。


◆風刺とユーモア
 デモ行進がはじまり警官とのぶつかり合いになるかも知れなくなると学校も店もしめて、みな家の中でじっとしているというような絵もリキシャアートには存在する。

  風刺や、バングラデシュの社会をよくあらわしているアートなのである。
それらの中でも風刺とユーモアが程よく混じって、それでいてきっぱり思いっきりのよい図柄に出会った。
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                      ↑ S.M.Samus作。
                        (ショブジョバングラ所蔵。掲載許可を受けて掲載しています)

 切り紙細工のような人が画面の下半分にいっぱいに押し寄せる。両手を左右に直線になるまで開いて片足を前に突き出している。とても歩くという実際の形ではない。
 しかし、その勇んで飛行機ビーマン・バングラデシュにいざ乗らん、新天地に向かうぞというのが声に出さなくともこの姿勢と向きから伝わってくる。
 ところどころに、何とこけたりする人もいながら、全体としては「いくぞ、今こそいくぞ~」という声が高らかに聞こえんばかりの絵である。
 題名は、『ビザがただならばアメリカへ』というような意味だった。
厳しい社会にいる中でアメリカにいって働いてみたいものだという国民の願望が声なき声として絵から伝わってくる。
 実に印象的な作品であった。
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by miriyun | 2009-08-20 02:11 | Comments(12)

リキシャアートからバングラデシュを見る

バングラデシュの生活が見える!
 リキシャアートというのがあるのをご存知だろうか。
 
 インド・バングラデシュから中国まで広く日本から伝わり、独自の形に変遷して言った「リキシャ」がある。
バングラデシュではとくに派手に飾られたリキシャであり、リキシャのありとあらゆるところにきらびやかに装飾する。その中で車体の後ろに取り付けられるプレートに描かれた絵のことをいう。

 この絵が、なかなか楽しい。なぜならバングラデシュの生活が見えてくるのだ。また社会問題・風刺もあり深い。
 今、横浜でリキシャ展が開かれていて、その中でNGO ジョブジョバングラによるリキシャアートが展示されている。 


  
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                                               ↑ S.M.Samus作。
 スイレンを摘む姿が中心に描かれている。白いスイレンはあふれるほどあり、それを舟から手を伸ばし摘む。花瓶に飾るのではない。スイレンの茎は薄皮だけむけば生でも食べられる。蓮らしく茎も穴がはっきりした断面で、食べやすい一般的な野菜であるという。

 山は描かれておらず、平地が主で、水に即した生活が見える。

 水辺をさらに手前から奥へと見ていくと、まずは鳥たちが行き交う。そしてサリーのままカメに水を汲む女性。魚を取るため魚網を引く人、遊ぶ子どもへと目が移る。近景から遠景までバングラデシュの村の生活を想像し楽しみつつ見る。
 いい絵だと思う・・。

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                                                        ↑ R.K.Das作
 山がないバングラデシュで、困るのは建築工事に使う砂利も取れないこと。そのため、何と砂利に変わるものを女性達がたくさん集まってつくっている。なんとレンガを細かくなるまで砕いて砂利の代わりにする。炎天下、屋外で汗を流し、砕け散るかけらと粉塵の中での作業で危険もある。
 しかし、子供連れでもできる仕事として女性達はきょうもまた、この仕事にせいを出す。右端でタバコを一服しているのは監督官であろうか。

 左上の女性が運んできたのはお弁当。アルミの三段弁当はインドと同じだ。サリーといい、もともと広い意味でのインドとよばれていたところである。文化が似ているのは当然のことだろう。
 なお、カレーはインド同様、朝・昼・晩とカレーである。NGO担当者によると田舎に行くほどに辛くなるという。


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                                           ↑ S.M.Samus作
叩いて脱穀、籾殻は箕から落として風で飛ばす・・・日本のちょっと昔と同じ農作業が続けられている。はだしで暮らす人々。そして走り回る子どもたち。その頭上には人の頭の2倍もありそうなジャックフルーツがなる。青いのは野菜として食べる。熟すとフルーツとして食べるのだという。そして、河と田と家を注目。河が一定の時期になると増水する。しかし、一般的にはこの田のところまで、ちょっと水が出すぎても家の階段のところまでなのだろう。
 その土地の気候風土に合わせて村づくり・家づくりをしているのは当然だ。

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                                 ↑ Ahmed作
                                   絵の撮影・掲載の許可をNGOショブジョ・バングラから受けています。
 雨季の洪水の様子をあらわした絵は一段と目を引いた。
何しろ、バングラデシュといったら、狭い国土に人口があふれかえるほどで、そして密集した川が洪水を起こしていることはよく知られている。
 そうすると、これを見ただけで、これはたいへんな災害だ。押し流されて死んでしまうとばかりに日本の水害をイメージして必要以上に水害のバングラというイメージが強くなってしまう。

◆◆◆常にこのブログでもイスラーム地域についての情報で憂慮している面である。戦争・難民・テロ・災害・貧しさなどのニュースだけが流される。もちろんそういう一面があるのはたしかだが、それが間違っていたり、災害以外のときの人々の暮らしが何にも報道されないことによって日常の人々という視点が抜けてしまう。それを少しでもお伝えできればという思いで書いてきた。 
 バングラデシュについては訪れたことがないので、いっさい言及したことがなかったが、今回このリキシャアートを見ることによって、メディア報道にかけている部分を補う要素がたくさん入っていることに気づいた次第である。そのため、所有NGOの許可を受けて、多くの方の目にふれるようにしたいと思ったのだった。◆◆◆

 絵に戻るが、実はこれは水害で困ったという絵ではなく、毎年予定していたとおりにゆったりと増水してきて、それでも大丈夫なような家のつくりと小船の用意だとか、浅ければ家族で歩いて隣までいったりという日常の風景なのだという。(もちろん、報道されるような十年に一回のような大型サイクロンがきた時はこんな穏やかな状態ではありえない)
 たしかにそう見てみればコブウシもあわてず泳ぎ、母は幼子をたらいに乗せて移動させていく。そんなバングラデシュ毎年恒例の定期的洪水の風景なのだ。
 また、この洪水が田畑に新しい土を運び養分も与えることになる。ナイル川みたいなものだ。

こういった、メディアが伝えないことを、絵が伝える。貴重な絵だと思った。
                  *参考*各絵のキャプション、及び所有者であるNGOの方の説明を参考にさせていただいた。

 ~~~~~★~~~~~~★~~~~~~★~~~~~~★~~~~~~★~~~~~~★

                 世界の自転車タクシー展

日時*2009年8月1日(土)~8月30日(日)  (月)は休み
                 10:00~18:00
場所*神奈川県立地球市民プラザ(あーすぷらざ)
      045-896-2299
アクセス*JR京浜東北線(根岸線)本郷台駅 改札を出て左へ2分
内容* バングラデシュ・インドネシア・カンボジア・フィリピンに関するリキシャーや、生活・衣装などに関する展示
     『リキシャアート展』・・・バングラデシュの展示にNGOジョブジョバングラの展示として壁一面に紹介されている。



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by miriyun | 2009-08-19 06:22 | Comments(6)

煌くハータム・カーリー

☆ペルシアの寄木細工・・・ハータム・カーリー 
 ペルシアには寄木細工に当たるハータム・カーリーという。ただし、日本の寄木とは明らかに異なるのが色合いが金色を含めて華やかであること、また、一つ一つの文様パーツが小さいことである。
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 金色に見えるところは真鍮(宮殿のものは金だろうが・・。)・白はらくだの骨・象牙・貝、そして各種の木の色が使われている。
 概して箱根の寄木よりも細かい文様である。ほとんど幾何学的文様、三角形の形を使ったものを組み合わせている。
具体的に見ていこう。

①筆箱 
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 ハータム・カーリーの具体例を探してみようと思ったら、今回は目の前から出てきた。筆箱だが、
インクと筆を何本かいれ、使っている途中で筆をちょっとかけておくのにも使いやすいので愛用していたからだ。
 ここの上はミニアチュールがざっと書かれているが、横・裏・もすべて装飾してある。イスラーム工芸の特色はすべて装飾という点にある。
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 中を開けてみよう。律儀にふた裏まですべて、すべてハータム・カーリーとなっている。筆入れのふちの白い直線部分はらくだの骨である。さわった感触がプラスチックの多い現代社会に生きているとこうした骨や木でできている感触がとてもよい。
  
②額縁 
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 大き目の額縁は二重に、かの文様が廻り、側面には異なる控えめな文様が並ぶ。


この装飾はいろいろなものに多様されていて、何にでも飾ることはできる。額縁の場合、周りがこれだけ細かいとあまり間が抜けたものを入れにくい。写真もあわなそうである。やはり合うのはこれかな?
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                                            ↑ ミニアチュールを入れたハータム・カーリー
細かいもの同士だが、中のミニアチュールが細かさで負けていないのでよくあっている。

この寄木は小さな面にたくさんの部材が使われている。一説によると1cm四方に100以上のパーツでできているという。それは多すぎるのではないかと、検証してみた。
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  これは、縦横とも実寸約1cmにトリミングして拡大表示したもの。
ちょうど中央に金色の6ポイントスターがある・・・・1
その周りに赤が1×6・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
金と黒で     4×6・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
白と赤で     3×6・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
*すでにここまでの小計で67のパーツがある。
ここからは一部だけ含まれていたりするところがあるので、厳密には数えられない。しかし、一部でもこの枠に入れば一応数えてみようとして数えたら、43にもなった。一部不鮮明なところもあるし、一部だけのももあるので、それを勘で差し引いても110~120は充分にあるかなということで、伝説の100パーツ説は実証できた。                                                     

 さすがは、手先の細かい仕事が得意なペルシアの工芸である。これまで、ミニアチュールの細かさでも圧倒的な細かさであったが、ここでもまた、ペルシアの工芸を見直したのだった。



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by miriyun | 2009-08-18 23:49 | イスラームの工芸 | Comments(0)

ウードは象嵌細工の舞台

 1.ウードの伝わり
  アラビアではウードは東へと伝わりインドのシタール、中国・日本の琵琶となっていった元の楽器である。西へもヨーロッパに向かって広がり、時には吟遊詩人が腕にリュートを抱え恋を語り、時に王侯の慰めともなった。そして底が平らになるとギターとよばれるようになる。

 2.象嵌
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                                                       ↑ あーすぷらざ所蔵
 ウードそのものはあまり形は変化していない。そして装飾も遥か昔から象嵌細工が行なわれていたことがわかっている。
                                

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 しかし、弾き語りしているのを楽しむことはあっても、間近で見る機会がない。それでも表はもっているのを見さえすればわかる。

 しかし、実は象嵌は表のところのわずかな文様ではなく、ウードなら裏、タブラという太鼓なら下の部分に象嵌がある。
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これが、側面からみたものであり、上にわずかな表面がみえ、下はほとんどウードの裏部分を写した。
呼応らの大きなふくらみに柔らかなカーブをもたせながら象嵌していく。
 
 現代ではスチールで代用したタブラなどもあるが、やはり細かな象嵌ものはどんな文様をどこに用いているのだろうかと目でも楽しむことができる。


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by miriyun | 2009-08-17 05:23 | Comments(0)