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2009年 06月 28日

ナツメヤシを飲む!…ナツメヤシの話(7)

ナツメヤシの樹の下で

 チュニジア南部で、ナツメヤシの木陰がある路上で,なにやら素焼きの壷に入れて売っているのに遭遇した。
ナツメヤシの飲み物だという。

 初めて、これに出会ったとき、飲まないほうがいいといわれた。
日本人は慣れていないからおなかをこわすかもしれないからと・・・。
 
 ところで、ナツメヤシを飲むって、どういうこと? ・・・結局のぞいてみる暇もなくバスで通り過ぎてしまった


レグミ!! 
◆ その後、やはり南部を旅しているときに、ドライバーのムハンマドがその光景を見つけて、あれはナツメヤシの樹のジュースだという。
つまり、ナツメヤシの樹液だというのだ。その名前も教わった。
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                                                         ↑ 写真がないので、下手な絵を描いた

 植物の水というと、へちま水や、ゴム農園のゴムの樹の樹液、それにカブトムシが樹液にたかる様などを想像するばかりだった。
しかし、あの甘い実のなるナツメヤシならそれもありだろうと思っていた。

◆ 旅は続く。
クサールギレンまでいき、アブデルガデムというムハンマドと同じ旅行社の気のいいおじさんとも知り合いになった。
 早朝、アブデルガデムが新婚旅行客を乗せて出発するのを見送りにいった。
すると、アブデルガデムがグラスのジュースを、お別れに勧めてくれた。
パームのジュースだという。(ただし、ここはサハラの中のオアシスでナツメヤシが生えている。そこで朝に採れた極めて鮮度のよいジュースだったと考えられる。)
 

 ☆とても甘くて、でもきりっとした独特の味わいがある☆  もちろん飲んだことのない味である。

              「レグミ!」と私が言うと、  
                          アブデルガデムは驚き、

               ムハンマドは、「ぼくが教えたんだ・・・」  
                             と自慢げに言った。

ごくごくと飲み干すのを見て、二人とも喜んだ。

   わたしも、思いがけないところで、ナツメヤシの樹液を飲むことができてよかった。
   人にも、すすめられるおいしさだったのがうれしい。                
     
                          ☆樹液までおいしいとは! さすがは、ナツメヤシである。

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by miriyun | 2009-06-28 09:00 | チュニジア | Comments(12)
2009年 06月 27日

シリア動物絵巻・・・モザイク紀行(23)

  壮大ではつらつ、命の輝きが見えるような溌剌とした動物達がいる。
最も立派なモザイクといったら、バルドーや各地の宮殿の奥深くに飾られているものだろう。
しかし、最も心を捉えたのはシリアの動物絵巻である。

☆走る鹿、逃げるダチョウ~~モザイクであらわす「静と動」 

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 ここでも登場する鹿、ライオンに追われ後を振り向きつつ逃げる鹿。実際にはふり返るなんていうことはしないが、緊張感あふれる図柄としてこのふり返る型は昔からある。立方体に近い形にカットした大理石モザイクで作るため表現に限界があるというのに躍動感がある。

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ダチョウにとびのり噛み付く猛獣。それらのハンターの動的な姿の間にはエミューなどの鳥や小動物に植物が配されている。

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 圧巻なのは、この部分。翼のある獣は後脚を伸ばして跳躍した。そして身体が見事に張ったうしの肩口にくらいつく。
 牛は体格からいえばずっと大きいのだが、その大きな牛が前脚をおり、倒れようとしている。その地響きが聞こえてきそうな筆致である。鳥たちの静の姿との対比があるために尚更、動の姿が浮かび上がる。



☆シリア動物絵巻
 ここまでに載せたのは一部であり、全体像はどうなっているのか。
幅がありすぎてPC画面にはうまく表せない。そこで図柄がわかる程度に小さくしてつなげた。それでも2段になってしまったが。
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  上の段の右から左へと見て、その続きが若干抜けているが2段目の右から左へとなる。
  たては2~3mくらい、横は十数mか。横長に広がるまさに絵巻物である。
これを心の中でシリア動物絵巻と名付けていた。

 *シリアという国は文化遺産は際限なくあるので、何もかもさりげなく置かれているが、こうした歴史遺産の一つ一つが素晴らしい。しかし、解説が少ない。というよりアラビア語とフランス語があればいいほうで、整備がまにあわなくて何も付けられていないものもある。これも、文様と立体感のあらわし方からローマ時代の遺産とはわかるが、解説は見当たらなかった。
 シリアについては惜しいという気持ちが強く、もっと多くの人に知ってほしい。表現という意味でシリアを手伝えることはないかといつも思うことが多い。
 


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by miriyun | 2009-06-27 09:55 | Comments(1)
2009年 06月 26日

未熟なナツメヤシの味…ナツメヤシの話(6)

いまはもう馴染み深くなっているナツメヤシも、初めてのときは何と珍しいと思ったものだ。
ナツメヤシの初めての食体験は、遥かに遡って、エジプトだった。

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              ↑ エジプトのナツメヤシ

ナイルを遡る船室で、このナツメヤシが房ごと出された。
果物感覚で、他のスイカなどのフルーツを食べた後にこれを食べた。
舌に激しいしびれがあった。

し、渋い!!

今思えば完熟でなかったと思う。今も、ナツメヤシを食べたことのない人に勧めるときに干し柿のような感触といって説明するが、未熟なナツメヤシは渋柿そのものであった。
 同じ房の中でも色が黒ずみかけているのは甘くて食べられるものもあった。
しかし、この未熟なシブの味は今もって忘れられない。

 
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 もちろん売られているのは、このように干されて完熟の、素晴らしく甘くて栄養豊かなナツメヤシである。

でも、シブかった房ごとナツメヤシとの遭遇も、かえって記憶に残るいい思い出になっている。

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by miriyun | 2009-06-26 06:55 | Comments(4)
2009年 06月 24日

鹿野苑(2)

 鹿がくつろぐ場所

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                          ↑ 大仏殿北側 つまり裏側

 東大寺大仏殿の裏手は日本の中でも別世界にやってきたかのような静けさと落ち着きをもっている。
裏を東から西へと歩いていくと清々しい緑が増えていき何ともいえない風景となっていく。
 よく見ると自転車が一台とくつろぐ人が見える。この静寂と緑を1人で楽しんでいる。ここで、本を読んだり、しゃせいをしたり、短歌なんて詠んでみたり・・・、
 いいなあ、知る人ぞ知る裏大仏の静寂!

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 正倉院の近くには池があり、自然の野がある。そこがシカ達の休息の場になっていた。群れで行動し、群れごとにこうした場所を持つという。
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ここでは草木を食べるし、座り込んでいる鹿たちは第一の胃から出した食物を反芻しているのが遠くからでもよくわかる。
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さらに近づいてみようと思ったが、そのとき、群れの中の牡鹿がすくっと首をもたげこちらに向きを替える。この写真の左端の角を負傷している鹿である。群れの前に位置を改め、そしてじっと侵入者であるこちらの顔を見据えたまま、一歩も動かない。
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 鹿せんべいに群がった醜いまでの争いをしていた大仏殿南側のシカたちと雰囲気がまったく違う。

 まるで、藤沢周平の世界に出てくる若き剣士のようなリンとした目で見つめてくる。この牡鹿は一方の角が折れて垂れ下がっている。他の鹿と戦った結果なのかもしれない。

 この目と気迫に負けて、近づくことはあきらめた。
鹿たちは野生の部分をたくさん持っている。どうも、鹿せんべいを好んで必ず毎日せんべいをもらいにいく群れと、あまりそれには加わらない群れがあるらしい。

 おもえば、この池と野の緑に鹿の子文様の鹿たち、夢のような光景であった。
 
 *鹿の子文様*
 鹿の子文様とは鹿の背の白抜きの文様であるが、これは夏の間の文様であり、多彩な色と形を持つ夏の樹木の間ではこれが保護色の役割を持つ。雪が降ったり、樹木からはがなくなった時には、鹿の子文様は目立ちすぎる。だから冬はこの文様はない。*

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                            ↑ イランのミニアチュールの一部引用
 なお、優雅な姿の鹿は絵によく描かれる。ミニアチュールの世界でもこのように群れなし、走り、座り、草を食む姿が所狭しと描かれていることがある。 日本の絵巻物などでも好まれた題材である。


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by miriyun | 2009-06-24 06:47 | Comments(4)
2009年 06月 23日

シルクロード渡来の6月の花

6月に緑も朱も鮮やかな樹木があった。

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若緑の味わい
    花の朱色におしべは黄色
         梅雨空にも鮮やかに命を謳歌する植物

  
  それはザクロ

☆遥か西よりシルクロードを渡って来た

            正倉院にほど近く

                  天平の昔の西からの風を
                        この地では植物からも感じさせてくれる・・・・・

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by miriyun | 2009-06-23 07:02 | Comments(2)
2009年 06月 21日

鹿野苑(1)

1.鹿野苑(ろくやおん)

 釈迦の初めて説法をした土地を鹿野苑(ろくやおん)という。現在のサールナートである。サールナートという言葉も鹿たちがたくさんいたことによる命名であるという。
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 ここで釈迦は初めて説法をするのだが、初めて聞きに来たのが鹿であった為に、鹿は仏教の世界では特別な生き物になっている。もっとも釈迦はすべての生あるものを大切に思われたが・・・。

 初期の頃から鹿野苑を意識していたのであろうか。奈良公園には2008年の統計で1128頭の鹿が放し飼い状態で生息する。近年では怪我や病気に対する治療・保護のセンターとして鹿苑という場所も設定したという。。

2.鹿が紙を食べる!

 ここに住まう鹿たちは可愛いというよりもまず食欲の旺盛なることに驚かされる。
 
 鹿せんべいに頼る鹿たちが観光客が売店からせんべいを買うのを周辺部で待っていて、買ったと同時に数等の鹿に囲まれている。目の前にニュッと顔を突き出されて大きな鹿まで集まってくると、怖くなってしかせんべいに帯封がしてある状態で投げ出してしまう人さえいる。
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 せんべいを高く上げれば、頭を下げてこんにちはをする・・・などと教わってきても、実態はそんなものではなかった。数頭が集まったときに頭など下げていようものなら、あっという間に奪われてしまうのだろう。頭を下げる鹿など見なかった。

 まあ、鹿しかせんべいをやるのも大変になったことと驚きつつものんびりと楽しんでいた。

 すると、

なんだか私のバッグを引っ張るものがいる。

昼のさなかに、こんな人通りのあるところで、バッグをさわるのはだれだ~!

視線を後ろにやったら、何と鹿がいた。
バッグからわずかにはみ出した大仏殿で買ってきたばかりの資料が入った茶封筒にくらいついている。

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                                              ↑ 左下がかじられたところ
一瞬きょとんとして。山羊が紙を食べるのは見てきたが、
                               え~~?

 かろうじて、資料を奪い返したが、疑問が残った。

◆そういえば、鹿も草食で反芻(はんすう)動物だった。
                      ↓
 つまり胃袋のつくりが山羊や牛やラクダと同じ仲間なのだ。草食動物は植物の繊維を消化する酵素は持っているが、とてもかみ砕き消化するには時間がかかる。
 のんびり食べていたのでは肉食動物に狙われたり、厳しい自然に負けてしまったりする。そのためだろうか4つの胃袋があり、1つ目の胃袋にクサでも木でもトゲでもみんな飲み込んでしまう。のちに時間のあるとき、安全な場所に行ったときにゆっくり口の中に戻してモグモグと噛み、別の胃に送り込み消化するという。

 紙は本来、草木からできていた。加工してあっても草食でしかも丈夫な反芻できる胃を持つ場合、昔からの和紙を食べても草と同じだったから食べても問題がなかった。実は鹿せんべいの帯封も純粋な植物からできているのだろう。食べさせても大丈夫だということだ。

 ラクダの仲間なら仕方がない・・・資料はちょっとクシャッとなったが餌に見えたんだから仕方がない。
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 頼みもしないのに超接近してきた鹿君に、こちらもカメラで超接近してみた。
草食動物の目はやはりいい。目の周りの文様はロバといっしょではないか。そしてまつ毛の変形のような長い毛が生えていた。すごく長くて、眉毛というより触覚という感じだ。
 鹿よ!君の目は何を見て、何を感じているのだろうか?

◆それにしても、鹿は本来のクサを食べずに鹿せんべいばかりを狙っているのだろうか。そうだとしたら自然に反しているのではないかと心配してしまった。また、これまで見たことがないくらい、鹿せんべいに群がる様子が、食糧難の人間社会の未来図みたいで怖かった。

 紙を狙って食べていることも、鹿には植物だけで作った安全な紙と印刷インクや紙そのものに石油をもとにした合成物質が入っていても全く区別がつかない。先ほどのかじられた茶封筒にしても、東大寺という印刷文字は合成インクだろうし、材料は植物系のように思うが、糊は合成だろう。
 近年、持ち合わせたお菓子を上げたり包装の銀紙やビニル系のものまでいっしょに鹿にやってしまう人がいて、奈良では厳重にこれを戒めている。これによってたくさんの鹿が消化できなくなり死にいたるという。

 そういえば、人間の食べ物も見ただけでは何が入っているかわからない。昨年来言われている食の安全性、しばらくすると忘れ去られて、安全への取り組みが弱っているような気がする。

 鹿の餌あさり・・・新型インフルエンザ騒ぎで、大仏殿までスカスカにすいていたので観光客が少なく、せんべいをくれる率が低かったことが影響していそうだ。
 これも人間社会で言うならば、自国の都合で、援助してくれていた各国NGOがみな引き上げてしまったあとのような感じだ。

~~~~~~~~~~~~~~~
奈良公園の鹿は、人と共存している。
本来完全なる野生であるはずの動物が、人の生活と共にあるという世界にも類例のない存在であり、
それができる環境を古来から鹿のために整えてきた日本の社会が素晴らしいと思っていた。
ところが、食の問題と安全の問題を抱えていることを初めて知ったのだった。

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by miriyun | 2009-06-21 12:03 | Comments(4)
2009年 06月 20日

ナイルの眺め&アガー・ハーン

  エジプトにかって存在したファーティマ朝は、シーア派のカリフをいただいていた。これが、現在のようにスンナ派になったのは、十字軍からイスラーム世界を守るために派遣されてきたサラーフッディーンがアイユーブ朝をおいてからである。

 エジプトの国民のイスラム教徒は現在ほとんどスンナ派である。
しかし、ナイル川流域になぜか、シーア派イマームの廟がある。

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 かって、エジプトがイスラームの旗手として動いてきた歴史を重んじ、このナイルのある地を愛した人がいた。
 彼の名はアガー・ハーン3世(一般的にはアガ・カーンのほうが通りがよい)
 このアガー・ハーン3世は晩年、持病のリュウマチもあり、湿気の少ないエジプトを好んで静養した。
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          湿気がない!これは骨の痛みなどの持病のあるものにはとても大事なことだ。
          実際、自分も背骨の痛みがあるのだが、砂漠のある地域にいってる間はその痛みがない。
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 彼がなくなると、時のナセル大統領は、このアガー・ハーン3世の廟墓として、アスワンの地を寄付している。
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 そのアスワンの地に建てられた、アガー・ハーン廟。
古代エジプトのルクソール神殿やカルナック神殿などを見てきた後では、お金持ちのアガー・ハーンの廟と説明があっても、きょとんとするばかりであった。


◆アガー・ハーンってそもそもどこの人?     


1.カジャール朝に始まる 
 この家はそもそもどこの出身なのか。

 この名の最初は、ハサン・アリー・シャーに始まる。イランのカージャール朝の宮廷でシーア派イスマーイーリ派の分派ニザーリ派イマームであった。

 カージャール朝の2代目君主ファトフ・アリー・シャー(1797~1834)の娘をめとり、マハラートとコムの知事に任命されたときの称号がアガー・ハーンであり、彼をアーガー・ハーン1世と呼ぶ。
 彼は3代目君主のモハンマド・シャーの時代にケルマンで反乱を起こし失敗した。彼は逃げ、1840年インドのシンドに住み着く。
 シンドとは現在はパキスタンのシンド州のことであり、アラビア海に面した州で、州都はカラチである。このシンド州は、南インドで最初にイスラームが広まった地域といわれる。  1843年には、イギリスがインドを保護国として宣言している。普通なら試練につぐ試練で、家の存亡が危ういところだが、この人物はイギリスの対アフガニスタン・シンド政策に貢献しながら高い地位を維持し続ける。その後ボンベイ中心にニザール派の首長として地位も確定したのち、子孫に伝えていった。

2.アーガー・ハーン3世とは? 

 アガ・ハーン家の3代目、 1世の孫に当たるのがアガー・ハーン3世(1877~1957)であり、前回登場した廟の主である。正しくはスルターン・ムハンマド・シャー・ホセイニー・アーガー・ハーン(・・・アラビア語的読み方。本来、ペルシア語・ウルドゥー語の読み方をするのかもしれないが、ここではわかる範囲で・・・。)

  政治への関心が強く、20世紀初頭に全インド・ムスリム連盟創設に関係し、親英的立場からインドの将来は「自治領の地位」にあると延べ、数多くの国際会議に出席し、1937年には国際連盟議長にもなっている。  戦後のインド独立にあたっては、ガンジーとは異なり、ムスリムの利益を代表して意見を発してきた。
 第2次世界大戦中には、戦争に反対するガンジーをイギリスはもてあました。かといってなにも暴力行為はしないガンジーを刑務所にいつまでも入れておくこともできず、結局アガー・ハーン宮殿にガンジーを押し込めていたという。
 アガー・ハーン3世は宗教ごとに代表を選ぶ分離選挙制度の導入をすすめ、その結果、ジンナーによるインドから分れてパキスタンが分離独立するという結果につながったのである。 そういう意味で、一国を背負う君主ではないが大きな政治力も持ち、欧米もその力を認めるアガー・ハーン家というものが存在するようになったのである。

 また、宗教的指導者であるが、その派は、イスラームの中でも教義が厳しいものではなく、経済活動も活発に行なう。サラブレッドの飼育等で巨大な利益も生み、世界の王族の中でも裕福な方に名があがる。 そもそもアメリカの調査会社が王族の中に入れていることが不思議だが実態をあらわしているともいえる。国を持つわけではないのにPrinceと呼ばれるこの家の人々を理解しにくい。

 ☆宗教の精神的首長・王族・財閥・・・・すべてがこの家を説明する言葉の一つとして考えたらいいようだ。  


 このようなアーガー・ハーン家はヨーロッパに住み、一族でアスワンにやってくる。 しかし、これはエジプトの中では圧倒的な大きさの廟であり、3世なきあと、夫人が毎年参拝に来ていたという。そして、2000年にその夫人がなくなりアガー・カーン3世の隣に用意した棺に入れられると、親族はこの廟を閉じ、一般の人は中に入ることはできなくなった。

◆この廟からの景観が最初の写真である。
また、その右に続くナイル川の様子が下の写真である。(3枚をつなげた組写真なので、画面がきれいでないが・・・)
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 ナイルの流れる姿はどこでも目の前で見ることができるが、高い位置からその流れを見られるところは少ない。川の中の中州から発展して植物が繁茂する島がいくつも連なる様子、毎日の空の色・川の色を楽しんだであろうアガー・カーンの終焉の地として、出身地ではないけれど、ここが選ばれたのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その後*アーガー・ハーン4世 
 現在のアーガー・ハーン家の当主である。建築家になりたかったという4世は建築部門においてイスラーム建築・修復の意義のある仕事に対して賞を与えている。ここでも特集したクアラルンプールのイスラム国にふさわしい近代的タワー建築であるペトロナスタワーもアガー・ハーン建築賞を受けているという。また、この財団はサラディン城修復など多くの事業を手がけている。

 アガー・ハーン財団の本部はカナダのトロントにあり、世界のイスラーム建築やコミュニティー保持に力を尽くしているという。

 ここまで、ふり返っただけでもイランに始まり、アフガニスタンインド・パキスタンの歴史に大きく関わり続け、パリに暮らし、そして一家でエジプトを毎年訪れ、カナダに本部を持ち、世界をにらみながら経済活動と文化保存・維持活動を行なうという姿が見えてくるのである。
 そして、アーガー・カーン財団はトロントにイスラーム美術館を建て,そして優れたイスラーム美術を集めているというのだ。
 
 ナイル川のほとりに始まり、話題が広がりすぎて収拾がつかなくなってきたので、この辺で失礼を!


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by miriyun | 2009-06-20 10:53 | Comments(4)
2009年 06月 19日

乾燥帯の植物*エジプト編

 エジプトの極度の暑さと乾燥、そして絶えることなく流れる豊かなナイル川は、国土を赤茶けた砂漠と緑の大地をくっきりと分けてみせる。
 
 そもそも、乾燥帯の夏は、なかなか花を見つけられないものだ。
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 その中にあって、真っ赤な花を大きな木のこずえに咲かせる木がある。Delonix regia raf,
日本名で鳳凰木という。コデマリのように小さな花が密集しているのだが、その花の塊が、乾燥した大地の上でひときわ華やかな印象をもたらす。
 アスワンの中州に植えられた木々は充分な水があることで、のびのびと成長し花を咲かせていた。

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 ナイルを行き来する船に飾られた花。くちなしのような白さであるが、花びらは細く大きく反り返る。おしべはほんのりとうすピンクに染め上がり、花びらと同じように反る。名はわからないままだったが、乾燥した地でこの白は美しく感じた。


◆ 川辺からすぐに砂漠が続くナイル川周辺では、草はすでにサボテン化している。
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 托葉が針状に変化してとげになっている。葉は厚手で気孔は葉の表面から深く落ち込んで周囲の毛でおおわれ、蒸発を防ぐ適応を見せている。
 ファゴニア・アラビカといい、サハラ北部に自生するものである。これは、アスワンで見かけた。


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 地元の人から、これは毒の木だと教えられた。その薄紫の花の色、厚みのある葉、さらにプックリとした実がなる木。ともすればとって食べたくなるような雰囲気を持つ。
 ところが毒だという。
 カロトロピス・プロケラ 、ガガイモ科の植物である。
 イエメンでも自生しているのを見た。いずれもワジなど、根を深く伸ばせば地下水に届く。そういったところに見つけることができる。
 同じ種類だが、こちらのほうは高さが4mにもなる。イエメンとは実の形が大きく異なる。 

                  イエメンのカロトロピス・プロケラ
イエメンの不思議な形に対してこちらのはほぼ丸いが、同じように地元では毒だといっている。                                                         
 せっかく得た水を、自らが毒の木になることで、この植物は実を守っているに違いない。

~~~~~
◆毒とはいっても、どこに作用する毒なのかわからなかったが、
luntaさんからコメントをいただいた中に答えがあった。それを紹介させていただこう。
「汁が目に入ったら失明すると教えられました」・・・・・とのことであり、やはり怖いものだったのだと再認識した。
 尚、イエメンのほうに、その白い液を紹介している。


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by miriyun | 2009-06-19 00:39 | Comments(7)
2009年 06月 15日

逆さ狛犬・・・ライオン紀行(25)

東大寺正倉院入口の門の屋根上に狛犬がいた。

1.逆さ狛犬

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 宮内庁管轄のこの門で、最も注目したのが阿吽の型の一対の狛犬である。
曲線を使った姿が形よく、一見の価値がある。

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こちらは逆立ちをしたかのような狛犬。ライオンというよりも、小型の室内犬を見ているような可愛さがある。

2、逆さ狛犬の渦巻き文
上の逆さ狛犬の身体には渦巻きの毛が表現されている。ライオンは毛むくじゃらとはいえ、その中につむじのように渦を巻いている部分がある。人間の頭も1つつむじであったり、2つつむじがあったりするように自然界の動物にもつむじがあったりする。

 それが起こりではないかとされているが、2~3世紀にはすでにインドのライオン像につむじ文様が入ってきている。
 それが日本に渡って、こうして狛犬にもなった。

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また、最近は見なくなった獅子舞の頭の後「、人が入るところの濃い緑の布地にはこのつむじ文様が入っている。


◆保存
手向山八幡の狛犬
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 砂岩だろうか。生き生きとしたいい姿と顔つきなのだが、尾が割れ崩れてきている。
2000年建っても繊細な花文様も彫刻も残るのは大理石だが、日本ではそれほどの石は取れないので使っていない。風雨にさらされ、日に照らされていくうちにどうしても傷んでいく。上の逆さ狛犬も尾がすでに割れている。
 ブロンズで鋳造したものは酸性雨にさらされ、次第に溶けていく。
こんなわけで、狛犬は多くが新しいもので、創建以来なんていうのは極めて少ない。

 屋外にあってこそ意味がある物なので、ある程度消耗品として考えていくしかないのだろうか。

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by miriyun | 2009-06-15 11:06 | Comments(7)
2009年 06月 14日

時には違う視点から・・・

 どんな国・どんな場所でも、ちょっと視点をかえるとそれまでとは異なる印象・魅力が見えてくる。
例えば・・・

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 この建物を東から望む。松の新緑も美しい庭園と池とともにある。
回廊からさらに一段池に向かって下がった張り出し回廊があり、180度以上の視界が得られる。
池の上に吹いてくる風は、暑い夏も過ごしやすくしてくれるだろう。

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 南から見れば正面には仏像が置かれている。軸もかけられ、簡素であるが寝殿造りを踏襲している。張り出し回廊の土台に高さのある礎石が置かれている。

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 回廊を西に進めば漱清が張り出す。

 「漱清(そうせい)」とは、池に張り出した壁やドアのない小さな屋根つきパビリオンであると英文で解説があった。なぜか、日本語では解説がなかった。漱清だけで日本人には意味がわかるのであろうか・・・。
 これをわかりやすくいうなれば、寝殿造りの渡り廊下の先にある釣殿と同じと考えればよい。さらにこの北側には船着場がつくられているので舟遊びがすぐにできる。

こういった池につきものの島があり、そこを船は廻ったのであろう。

北側の山は庭園になっている。
小さな滝や四季折々の草木が散在し、ゆったりと散策しながら上っていく。
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 のぼりきるとそこには夕佳亭(せっかてい)と呼ばれる茶室がある。

 この夕佳亭の名の由来は、眼下に先ほどの建築物が夕日に映えてすばらしく佳い景色となり、それを見ながら茶をいただくことができる茶室という意味であるという。
 たしかに建物の北の庭園を東に向かって道は連なり、
たどり着いた茶室から見ると、その建築物は西にあたり、夕映えを背景にするのである。
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                              ↑ イメージ写真。(他の場所で撮影したもの)
ここで夕刻お茶を飲んでみたいものだ。
日本の庭園技術の粋が、言葉通りあじわえそうだ。

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さてさて、

あまりにも名高いものがあるとそこにだけ目を奪われがちなのだが、

そこに住まう人、あるいはまねかれた人として感じていただきたく、有名な部分をあえて省いて紹介した。

昔のことではあるが、張り出し回廊や「漱清」に案内されたダイアナ妃はいたくここからの景色が気に入られたようだった。

中に入ると実はその有名なところは見えず、

ここで紹介したような落ち着いたたたずまいだけを目にするのである。

どこなのか、最後に、池に写る姿を!

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 鹿苑寺金閣。足利義満将軍がつくらせた華麗ながら、1層部分は落ち着いたたたずまいのつくりである。
 2層3層が金で、池に写る姿も金であるため、1層の雰囲気まで見ることなく金色だったということでイメージが固まってしまいやすい建築であるが、実は将軍が愛した居住空間としても優れたつくりである。天井までびっしりと金箔を貼った2層・3層を将軍が使っていたかどうかは定かでない。

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by miriyun | 2009-06-14 18:29 | Comments(4)