写真でイスラーム  

mphot.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2009年 02月 ( 14 )   > この月の画像一覧


2009年 02月 28日

ミニアチュール閑話*虫歯

 バザールを歩けば、カリグラフィーや細密画にあたる。とくに細密画は、イスラームでとくに発達していた科学や医学・薬学の分野を図示するのに大切な手段とされた。
 したがって、かなりそういった内容の絵が博物館には残されていて、物語の有名なワンシーンよりもおもしろかったりする。
 伝統の文化が背景にある国は、トルコのバザールの品にもそれを写したようなものを簡単に見出すことができる。

 そんな中から、
c0067690_85154100.jpg

 昔も今も、虫歯といえばこのイメージか?日本ではバイキン君が槍で歯をつつく姿がかっての虫歯のイメージであった。イスラーム地域でも同じようなイメージかとほほえましく思っていたら、よくよく見ると歯の中のあやしいものはバイキン君より、ずっとグロテスクな絵だった。このくらいにしないと虫歯の怖さがわからないのかも~。

c0067690_15124418.jpg

 そして、歯医者さん。
道具は、火おこしの弓とツルのように中心部がくるくると回るようになっている。先端部をどのようにするのか歯を治療するために穴を開けているように見える。開けたあとどうするのか、あまり想像したくない・・・。

 どこの国でも必要とされる歯医者であるが、ダマスカス・バグダッド・カイロ・イスタンブールと続く繁栄した都市ではたくさんの食材とともに砂糖やハチミツも早くからたっぷりと流通し、そしてバクラバやシャーベットのような甘味デザートが好まれた。
 アルコールを飲まないイスラームであるから、尚更甘いものにお茶があったのだろう。気候的なものもあるかもしれない。(日本人でも、乾燥したこれらの地域に行くと甘いお茶がとてもおいしく感じられる。)

 こういった地域では、他より早くから虫歯への注意や歯医者が必要となったかもしれない。


                             応援クリックお願いします。

by miriyun | 2009-02-28 15:35 | トルコ | Comments(4)
2009年 02月 27日

ムスタファ3世のトゥーラと生涯 

 儀礼の門の上にはマフムト2世のトゥーラがあったが、その下にも金の文字で緑の装飾枠のトゥーラがある。門の下なので、ちょっと見た感じでは、同じマフムト2世か、あるいはそれよりも後の時代のスルタンの花押かと思っていた。
 ところが、読んでみると予想とは違った。

1.トゥーラを読もう

◆右の掲額
c0067690_8414141.jpg

 これは、ムスタファ3世(Mustafa Ⅲ)のトゥーラであった。
ムスタファ・ハーン・ビン・アフメト・アル・ムザッファルダーイマとある。
意味は、「永遠の勝利者、アフメトの息子であるスルタン・ムスタファ」といったところ。

◆左の掲額
c0067690_9385813.jpg


 下の文章部分と、トゥーラの中の花飾りは異なるものの、トゥーラはムスタファ3世で、右のものと変わらない。
 
 ◇また、こののトゥーラ部分と、下のナスタリーク書体の部分はよくよく見ると別々に作っている。周辺の装飾枠に入っている文様が上下で微妙に異なっている。同じときに異なる職人が分けて作ったか、のちの時代に付け足したのかはわからないが、文様を考えない接合の仕方からすると別の時代である可能性も強い。
 一見美しさと豪奢さがいっぱいのトプカプ宮殿は、このように、つけたし・修復・改造の段階では案外おおざっぱなことをやっている部分もあり、見ていて違和感を感じてしまうこともある。

2.ムスタファ3世の生涯

 ムスタファ3世(在位は1757~1774)は23代アフメト3世の息子である。母はフランス人だったといわれる。父の時代が終わったとき、ムスタファ(3世)は13歳であった。1730年、22代スルタンのムスタファ2世の息子たちが24代・25代を継ぐ。そのあいだ、ムスタファ(3世)は、宮殿内で幽閉されていた。(当時、オスマン朝はそういう習慣だったという。他の皇子をすべて殺してしまう時代もあった)
 25代に跡継ぎがなく、その死去にともない幽閉先から出されたムスタファ3世が、40歳で26代スルタンとなった。

 開明君主で、列強に立ち遅れたオスマンの軍隊や国の制度の近代化を推し進めようとしたが、イェニチェリなどの抵抗を受けていた。衰退著しいオスマンを何とか立ち行くようにと努力した。イスラムの歴史研究を自ら行なうとともに科学アカデミーなども創設した。慈悲深く、イスタンブールに大地震が起きた時は自らの財産をもって救済したといわれる。
 軍事において武器もしくみも列強に大きく立ち遅れた現状をしっかりと認識していたので、できるだけ戦争を回避していたが、ロシアの侵入にたいして軍備の不利を承知で戦わざるを得ず、その中で病死した。

 衰退がはじまっていたオスマン朝で本気で軍隊の改革に乗り出したが、それができぬまま戦場で亡くなったスルタンの悲劇であった。

3.二人のスルタンのトゥーラ
 
  ムスタファ3世のトゥーラの上に、自分のトゥーラを飾らせたマフムト2世。前回、書いたようにマフムト2世は啓蒙的専制君主で、軍隊改革の中で、とうとうイェニチェリを全廃したのだった。
 マフムト2世は4代も前のムスタファ3世のイェニチェリ改革のやりかけた仕事を知り、それをやり遂げた自分の名とともにこの掲額があるのがふさわしいと考えた・・・ともいえるのではないだろうか。

 ・・・・・・・二人のスルタンのトゥーラから歴史を垣間見た。

                             応援クリックお願いします。
                                                    人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-27 23:36 | トルコ | Comments(0)
2009年 02月 23日

儀礼の門のトゥーラ

 オスマン朝のスルタンの花押にあたるトゥーラの美しさに魅せられて写真を撮り集めたままになっている。時間がたつとなんと読んだのかさえ忘れてしまいそうなので少しづつ載せていくことにしよう。

c0067690_16638.jpg

  ここはオスマンのスルタン、メフメット2世からドルマバフチェに移るまで使っていたトプカプ宮殿の儀礼の門の入口の上にあるトゥーラ。
 マフムト・ハーン・ビン・アブドュルハミド・アル・ムザッファルダーイマと読む。
これは、マフムト2世をさす。

マフムト2世(Mahumd Ⅱ)とは              
◆マフムト2世は1808~1839年在位のオスマン朝の30代スルタンで啓蒙的専制君主であった。
 大宰相の権力削減やイエニチェリの全廃と西欧式軍隊の編成、教育・郵便・検疫制度の導入など一連の改革によって18世紀以来失われていたスルタンの中央集権的支配力を回復した。
 しかし、バルカンの諸民族の蜂起とロシアの干渉に苦しみ、またその政策の強引さはアナトリアの民衆の不満を増大させた。
 1838年にイギリスと結んだ通商条約はオスマン朝の関税自主権を失わせ、この後のオスマンの半植民地化への道となっていった。

 *この辺の歴史は日本の幕末から明治への道と重なっていることが多く、政治を行なうリーダーにも庶民にも大変な時だったんだろうな~と、思わず気持ちが入ってしまう。

c0067690_6491238.jpg

 コーランの語句をいただき、その下に自らの花押をおいていた。
 なお、このトゥーラの飾りの中の数字が一つ失われているように見える(あるいはこの頃の表現で省略する習慣があったかどうか?・・・)。230という数字が見られるが、実際は1230であろう。
 イスラーム暦1230年は西暦では1814~1815にあたり、マフムト2世がこの門を修復したのがこの年だということができる。 


                                               応援クリックお願いします。  人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-23 01:28 | トルコ | Comments(10)
2009年 02月 21日

雨の情景・・・ペトロナスツインタワー(6)

 雨の日は、雨粒がガラスにびっしりとつく。その向こうに暗く沈んだ町がある。

その中でペトロナスツインタワーは、どんな姿を見せてくれるのだろうか。
 あきらめの気持ちはあっても、ひとまずカメラを向けてみる。性(さが)である。


c0067690_815729.jpg


◆雨粒だらけで暗くけぶってはいても
       朝の光を背景としたシルエットとなって
                      KLの町が迫ってきた。


                                          応援クリックお願いします。  


人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-21 08:19 | Comments(2)
2009年 02月 20日

サウジアラビアの小麦生産

1.不毛の地の小麦自給作戦
 ルブアルハリを擁するサウジアラビアは、まさしく不毛の地である。

その中にあって、かってこの国の王は、国民の食べる小麦がすべて国内で作れるように小麦自給作戦を行なった。

c0067690_1275147.jpg

 広い砂漠に巨大なスプリンクラーで水をまく。センターピボットの円形の畑が数限りなく展開した。


2.小麦の輸出国

 小麦の生産は順調に伸び、自給率100パーセントを超え、ついには小麦輸出国となった。
◆砂漠の国が小麦を輸出する!◆・・・・世界に驚きをもたらした。

このセンターピボットによる小麦生産は、無限の食糧生産を約束するかに見えた。

◆地下水脈の枯渇・・・小麦生産はどうする!? 

c0067690_23503471.jpg

↑ サウジアラビアの上空から、散在するセンターピボットを撮影
 一般の農地と異なり、砂漠のセンターピボットは水を散布しなくなったら見る見るうちに緑はなくなり、砂漠にうっすらと溶け込むようになり、そして・・・消えていく。
 
 ◆地下水のくみ上げ過剰による地下水脈の枯渇が深刻な問題となって浮上した。
サウジ政府に大きな決断をせまった。
 政府は、食糧生産が盛んになるもとになった、政府による高額な小麦の買い入れ金額を段階的に減らし、さらに輸出はゼロにまでもっていった。
 そして、今後はここまで見事に達成した食糧自給率100%さえも思い切り見直しされた。その結果、今後段階的に、
 自国民のための小麦の生産を段階的に取りやめる!!

 つまり、それほど地下水脈の枯渇問題のほうが厳しい状態であり、小麦は、石油を売った余剰金で他国から買えばすむと判断したのであった。

 ◆短期間の間に、小麦の生産を意図的にこれほど大きく変化させた国があっただろうか・・・・。                                                                                                                                                                     
                                          応援クリックお願いします。  


人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-20 01:28 | サウジアラビア | Comments(0)
2009年 02月 18日

デーツとマアムール

c0067690_4483725.jpg

 サウジアラビアの国章にはナツメヤシが使われている。
それほど、ナツメヤシは重要な農産物で何十種類ものナツメヤシが栽培されている。       
◆先日、サウジアラビア王国産のマアムールをいただいた。 
c0067690_4225485.jpg

 タムル(デーツ、ナツメヤシ)のフィリング入りのマアムールと書かれている。
厚みのある型で抜いた伝統の形ではなく、クッキー型のマアムールだ。
c0067690_423267.jpg

 フィリングは100%、ナチュラルデーツで、小麦のほかにはコーンシロップやコットン・シード・オイル、植物性ショートニングなどが使われている。
c0067690_4243262.jpg

c0067690_4235343.jpg

 これも、サウジアラビア産のデーツ。これをねっとりするまで刻んで煮込んフィリングにしている。マアムール大好きのPさんはこれを自分で作っているのにいつも感心していたが、自分では食べるのは好きだが作ろうというところまではいかない。

 今回もありがたくサウジの農産物の恵みを感じながら、サクサク、中はねっとり甘みが懐かしいようなマアムールをいただいたのだった。

                                            応援クリックお願いします。  


人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-18 04:45 | Comments(6)
2009年 02月 14日

第6回アラビア語オリンピック

 毎年恒例のアラビア語オリンピックがアラブ・イスラーム学院において開催された。
アラビア語オリンピックは、タイピング部門、アラビア書道部門、スピーチ部門がある。
 今回ですでに第6回となる。イスラーム学院の生徒のみならず、広く一般にも門戸は開かれている。

 第1回は2004年に始まり、自分もそのときから参加し、第1・2・3・5回に参加していた。、今回は立場をかえての参加だったので、自分が書くことだけに集中するのと異なり全体の様子を見る余裕ができた。

 会場は例年どおりアラブ・イスラーム学院の会議室であるが、そこに入ってすぐにいつもと違って人だかりがしていることに気づいた。

◆ 本田孝一先生のオリジナル作品がいただける本田賞があるのだが、今年はなんと競技会場にすでにその作品が展示されていたのだ。
c0067690_22122217.jpg

 参加者はこれを見て大いに意欲が高まったであろうし、見学の人も熱心に見ていた。中にはこれまでもアラビア書道が気になって本では見ていたが、オリジナル作品を見ることができてそれに魅了された、是非書道を習いたいという感想を言われている方もおられた。

c0067690_22124285.jpg

 作品に書かれているのは、今回の課題である「神様は水からすべての生き物を創造された」という『クルアーン』の預言者たちの章、30節である。
 これを水滴の形にジャリー・ディーワーニー書体がきっちりと納められている。一本一本の線がなんとも美しく、見学者はその文字と色の世界にひき込まれている。水滴の周辺のぼかし、背景の青と線描の銀、用紙の輪郭には細い幅のエブルが使われており、作品のみならず台紙から額まで気を抜かないトータルデザインをしていることがよくわかる。            

◆ さて、アラビア書道部門は11時10分から1時間のうちに、6書体のうちから書体を選んで、その年の課題を書くというものである。
 始まる時間よりずっと早くからきて練習している人がかなりいる。時計をきっちりと見て、本田先生の合図によって全17名による書道部門の競技が始まった。
c0067690_073222.jpg

ペンの動きに人の目は集中する。同じ語句ではあっても、書体によってまったく違う。端正なナスヒーを書く参加者が多い。お稽古でナスヒーを集中しているところなので参加者は多い。しかし、ナスヒーの本文もさることながら、実は上に書くバスマラを安定して書くことがなかなか難しい。過去のアラビア語オリンピックではナスヒーのバスマラそのものが課題であったこともあった。
 力強いルクアもラインをきちっと整えると美しい。ディーワーニーはバスマラはまとめやすいが課題をいかに伸びやかに書くかそれぞれに工夫されている。
 
 ジャリーディーワーニーは装飾点をたくさん入れる書体であるので、出来上がると作品としての存在感はとても強い。ただし、装飾点を入れるのにとても時間がかかるので、1時間に何枚も書いてから選ぶどころか、一枚しかかけない場合も考えられる。そのせいか、今回は参加者がいなかった。
 ファーリシィーは3人、スルスは1人の参加者であった。全体の参加者は昨年よりも若干少なかった。

 1時間のうちで、1~3書体まで書いて提出していいのだが、さすがに2書体が限界で、それ以上提出する参加者はいなかった。
 終了すると、多くの参加者はほっとすると同時に、しばらくは虚脱感がある。それほどこの濃密な一時間は疲れるものだ。

 審査はそれぞれの書体ごとに1席から3席を決め、さらにその中から書体に関わらず完成度の高い書が、総合の金賞・銀賞・銅賞になる。そして、金賞受賞者は栄誉の本田賞受賞にもなる。

◆ これも恒例のチキンケバブやデーツを昼食にいただき、そのあとはスピーチ、大変身近な話題で、しかもアラビア語のスピーチに続けて、そのあらましを日本語でつづけ学習者でなくともスピーチに興味を持つことができるよう工夫されていた。
c0067690_22133163.jpg

 最後に、各種競技の結果発表が行なわれた。
アラビア書道は本田孝一先生からの講評が行なわれ、書道の水準が高くなってきており、賞を皆さんに上げたいくらいであるの言葉があった。

◆ 日本の中で、唯一のアラビア語オリンピック、スピーチに出場してアラビア語の世界に羽ばたいていった人もいるだろうし、アラビア書道を人に見られる緊張感を味わったり、参加した書体に自信を持ったりした人も多いだろう。
 こういう場があることに感謝するとともに、アラブ・イスラーム学院主催のアラビア語オリンピックがますます発展し、多くの参加者が勇気を持って一歩を踏み出すきっかけになることを願っている。
 
                                            応援クリックお願いします。  


人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-14 23:50 | Comments(6)
2009年 02月 13日

クール・タワー・・・ペトロナスツインタワー(5)

ツインタワーに朝が訪れる。

c0067690_3542325.jpg

 青みを増していく空の中で、ツインタワーは、夜の輝きとはうって変わってクールで金属質なタワーに変身をとげていた。


                                            応援クリックお願いします。  


人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-13 03:57 | Comments(6)
2009年 02月 11日

金と緑のタワー・・・ペトロナスツインタワー(4)

 ペトロナスツインタワーは、ペトロナス社の持ちビルであるが、タワー1もタワー2もテナントが入っている。日本のハザマが建築したタワー1にはたくさんのテナントが入っているそうで、まだ夜半まではそれぞれのテナントが使っている光もあって尚更輝いている。
 深夜に近づくにつれ、部屋の明かりは減っていくが、このビルそのものがライトアップ用にもともと作られているのか、美しいミナレットにも似た姿を夜空に浮かび上がらせる。

 ではライトアップといっても、かって世界一といわれた超高層のビルをどのようにライトアップしているのか。レンズの力で迫ってみよう。

◆タワーの頂点
c0067690_10411013.jpg

 頂点に二つのライト、その下に丸い飾りがある。つい日本人はこういうのを見ると法輪をイメージしてしまうが、イスラームのミナレットも頂点にはこういった飾りがある。
 そしてその次の居住空間を上から一層、二層と仮に数えてみる。(本来なら88階、87階というべきなのだろうが、わかりにくいので上から数えてみる)


◆金の階            
c0067690_10424255.jpg

 四層と五層。
 四層は金色の窓枠とその下の金の屋根が目を引く。ここの階の丈夫に横に4列のライトが外付けになっているのが見える。
 五層は金属色だが、室内の照明はついていない。ライトは5列にわたっている。(一部はライトが消えているように見える)

◆六層は全くライトが使われていないで黒く見える。

◆緑の七層・八層                    
c0067690_1044524.jpg

 外観を構成する建築素材は金属色。この層は外のライトも2列ぐらいづつつけている。
 室内の照明が一律に付けられていて、みどりがかったガラスの色がすっきりと浮かび上がり、これが基調色になっている。

 また、外付けライトには緑のライトがところどころ配されている。

 外観は扇形の部屋と直角二等辺三角形の部屋を交互に配したつくりになっている。これがタワー全体の味わいのあるフォルムを作っている。

 ☆~~~☆~~~☆
これを見ながら、ピラミッドを思いおこした。遠くから見るとまっすぐに見える稜線に近づいていったときに近くに行くほどに高さ1m以上もある石を積み上げたカクカクの線であったことに驚いた昔日の思い。
 それが再現される。まっすぐかと思ったタワーがなんとも複雑に入り組んだ形をしていていること、しかしこの建築が巨大であるため遠くからはすとんとした姿に見えてしまうのだった。
 ☆~~~☆~~~☆

◆さらに、部屋まで注目してみる。
このあたりの階では外に面したところは小部屋に見える。ライトアップのための小部屋、またはカーテンやブラインドによって生活空間が見えないようにしているようだ。。仕事や居住のための空間はこの壁もしくは遮蔽物の向こうにあるのだろう。
 ここから下界を眺めることはできるのだろう。

 それにしても、この巨大なビルを二つも、0時までとはいえ煌々と輝かせておくのはこの世界不況の中では大変なことだろうと心配した。
 しかし、
 そういえば、マレーシアは産油国であり、
           ペトロナスは石油会社であることを思い出した。
                      要らぬ心配だったのだろうか・・・。


                                            応援クリックお願いします。  


人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-02-11 12:40 | マレーシア | Comments(8)
2009年 02月 10日

タワーが輝かない街・・・ペトロナスツインタワー(3)

 ツインタワーの目の前のホテルからの景観を楽しみにしていた初日。タクシーの手配がなかなかできずに、チェックインが真夜中の0時をほんの少し過ぎてしまった。

 チェックインそのものは遅い時刻にもかかわらずすばやかった。
 楽しみにしていたので部屋に入るとすぐに窓を見た。

 えっ!?

 街中を走っていたときにはどこからでも輝いて見えたツインタワー、その存在感のある姿が見えない。
 まさかと思ったが、たしかに希望のKLCC側の30階であるのに、何故?

◆対比・・・ツインタワーが輝く街・輝かない街
c0067690_1151162.jpg

 どこの案内書にも書いていなかったが、どうもペトロナスツインタワーは0時をもって、ライトアップをやめていたのだ。
 まわりのまだライトアップしている建物がある中で輪郭だけがぼ~っと見えるが、これが見えないKLの町は気が抜けたソーダのようなものだった。

c0067690_1118698.jpg

 こちらは翌日の夜、32階のラウンジで歩きながら撮った写真。ガラスにラウンジが写りこんでしまっているが、写している向きはほぼ上と同じ。
 同じ景観とは思えない輝きぶりがわかる。

 KLにとって、ツインタワーは欠くべからざる要素になっている・・・。

                                            応援クリックお願いします。  

by miriyun | 2009-02-10 23:23 | Comments(0)