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ジャパニーズ・ドバイ(2)

 ジャパニーズ・ドバイ・・・U.A.E.で唯一の日本語フリーペーパーである。
◆日本では手に入らないが、ドバイで発行されてからしばらくしてから手元に届くので、時々ドバイの情報とともにちょっとだけお知らせ。
 
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                              ↑11月9日号の1面の上半分
 1面は写真でびっしり埋められている。

Sportex Middle East2008など3つの企業向けイベントの紹介で、スポーツは中東諸国2億ドル規模の市場をにらんでの台湾・韓国などが出品した。(ジャパニーズ・ドバイより引用)

 ドバイらしい、ビック・プロジェクトがあるらしい写真が掲載されていた。
 Media and Marketing Showのほうも韓国は出品しているが、日本がしているかは気になるところだ。


◆ 今回は砂漠シリーズから2点の写真が掲載された。以前からの読者にはお馴染みのものであるが、初めての方はご覧下され。
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◆ジャパニーズ・ドバイより耳より情報・・・興味深い内容が多々あるのでその一端を紹介しよう。U.A.E.在住の方はぜひ手に入れてご覧ください。

 ・中東諸国も宇宙開発へ・・・莫大なオイル・マネーを土台に宇宙開発競争に乗り出そうとしている。サウジアラビアのKACSTを中心科学技術交流をしている。
 1985年にはサウジのサルマン王子がディスカバリー号に搭乗、アラブ人」初の宇宙飛行士を輩出した。

 ・エジプトのイスラム宗教指導者、妻の殴り返す権利を認める(夫の暴力に対して)。
                               (ジャパニーズ・ドバイより引用)

 では、また次を楽しみに・・・
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by miriyun | 2008-11-30 18:42 | Comments(2)

アリフ・ラーム・ミーム

 
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Restu財団のコンプレックスの中心に中庭がある。
そこには抽象塑像かと思われるモニュメントがある。そして噴水も付随しているのはイスラームの定番であるが、このモニュメントが何であるかは、こちらのスタッフに教わるまで残念ながらわからなかった。

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 「アリフ・ラーム・ミーム」という文字だった。たしかにクルアーンの中にある文字だ。

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これは「アリフ・ラーム・ミーム」(もちろん右から)である。この形がモニュメントの中に組み込まれている。しかも周りがすべてスロープで囲まれていて、どこからも中庭を見ることができるようになっているため、この文字も4面からの造形であり、どこから見てもわかるようになっている。

 アリフ・ラーム・ミームとは イムラーン家章 等に載っている。 
 研究者たちも結局意味がつかめない言葉である。もちろん預言者ムハンマドが神の言葉として伝えているのであるが、わからないものである。
 これをこちらの方はこう説明してくださった。
「神様だけがご存知の言葉・・・アリフ・ラーム・ミーム」
 う~ん、いい表現だ。
いまだわからない語句などというと味も素っ気もないが、これならすんなり理解できる。


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by miriyun | 2008-11-29 15:13 | マレーシア | Comments(8)

インドに思う

 帰国した日にバンコクの国際空港で大規模なデモによって、タイを離れることができなくなったというニュースに、なにやら危うさのあったタイであったが、このような大きな事が起きてしまったということで驚いていた。

 しかし、さらなる驚愕とともにムンバイの事件が報道された。同時にホテルや車両・病院でおきた卑劣なテロで、200人近くの犠牲者がでたといわれている。

 インド、ムンバイのトライデントホテルで日本人が亡くなられた。赦しがたいテロによって思いがけない悲劇にみまわれた津田さん、何事にも前向きで積極的であったという津田さんのご冥福を祈るばかりです・・・・・・・・・・・。         合掌

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◆イスラームに思う
 デカン・ムジャヒディンを名乗る犯行声明があったというが、 そういった組織はこれまで報道されていないし、まだ実態は明らかではない。

 ムジャヒディンという言葉を使うと、その言葉だけでイスラームの関与を考えさせてしまうが今の段階ではそうかもしれないし、違うかもしれないとしかいえない。究明が待たれる。
 しかしながら、こうしたことが起きるたびに、「イスラームは怖い」という思いが刷り込まれていってしまうのは残念なことである。

 このようなテロは、まったく関係しない人の命を無慈悲に奪うものであって、たとえイスラームの人が関係している組織が事件を起こそうと、一般の人々まで同じように思ってしまうことだけは避けたい。
 ☆テロは良識あるすべてのイスラームの人々の思うこととは全く縁がないものである。それどころか、助け合いと寛容の精神に満ちた人々であると思っている。

◆タージマハルホテル
  そして、TVではタージマハルホテルの燃え上がる火と救助作戦が流される。タージマハルホテルはたしかに外国人も多く使う最高級のホテルだ。外国人を狙えるような場所が標的にされたらしく、またイギリス・アメリカ人パスポートを持つものがいないか犯人がさがしていたとの報道がある。
 ではムンバイのタージマハルホテルとはどういうものなのか。欧米の支配をイメージさせるホテルなのか。
 
 実はこのホテルの起こりはけっして植民地支配時代のイギリスの息のかかったコロニアル様式のものではない。それどころか、植民地時代に、イギリスによって差別支配されたジャムシェド・ジィー・タタが、インド人によるインド人が大手を振って宿泊できる高品質なホテルを作ってやろうとつくったものである。

 爆発と火災が起きて内部は悲惨に焼け爛れている。しかし映像では建物そのものは壊れた様子は見えない。

 アジアでは多くの建物がレンガだけで作られることがあるが、このタージマハルホテルはエッフェル塔と同じ鉄鋼を輸入してつくった鉄筋を通している。タタが大いなる気概をもってつくったホテルなのだ。
 以来タタは、インド全土にホテルを作り、製鉄所をつくり、Tajグループをつくりあげた。日本の渋澤栄一との提携で、イギリスを介さない独自の綿花航路を日本との間に提携していったのがタタである。いまやインドの財閥を形成しているタタ・グループの創設期にはこのようなことがあったのだ。
 タージマハルホテルのムガール風の壮麗な建物は、イギリス植民地支配に対しての抵抗とインドの誇りをかけた建築として存在していたはずだ。
 そういったホテルでこのようなテロが起こされたのだった・・・。

◆日本をふり返り・・
 法務省入国管理局の統計によると、平成19年における日本人出国者数は約1,730万人という。延べ数でなので実際には何度も行く人加わっているが、実に全国民の7人に1人の割合で出国した割合となっている。これだけの日本人が世界に散らばる。

 そうするとたとえ遠くの国の情勢であろうとその影響は自分の足元まで来ている可能性がある。かけ声だけの国際化ではなく、自分の国だけというだけでなく国際社会の安全と平和とに本気で取り組まなければならない時期に来ている。

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by miriyun | 2008-11-29 13:09 | Comments(0)

アラビア文字に満ちた空間

 Restu財団・・・ここを初めて訪れたのは夜だった。オープニングは遅い時刻設定であった。ここマレーシアでも他のイスラーム諸国同様、こういったイベントや結婚式などは始まるのが遅く、終わる時にはバラバラとかえりだすという。
 おかげで空港から直行してオープニングにちょうどまにあった。

 木製の数mはある大扉は木彫でアラベスクとカリグラフィーが彫り込まれている。
入口を入ると、正面は大階段。
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 その手前のエントランスの天井には、アラビア文字に満ち満ちた空間が展開されていた。

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天井から、マンダラのごとく配置した文様があり、その中央にアラビア語。
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この空間は、のちに昼間にやってきてわかったのだが空の見えるガラス張りの吹き抜け空間であったが、夜はとくに周りが黒い中にこの装飾が光にはえて見事であった。
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 文字はジャリー・ディーワーニーの円形デザインで、
     今よくよく見ると・・・

◆セランゴール州のタマン・セニ・イスラーム・コンプレックスというこの施設の名前が書かれていたのだった。

 はじめて見るクロスによるアラベスクと文字のインテリア・・・空間が重くならずに華やかさを演出していた。

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by miriyun | 2008-11-28 06:03 | アラビア書道 | Comments(10)

オープニング・セレモニー in Shah Alam

 マレーシア、スランゴール州シャーアラムにおいて、アラビア書道の作品展のオープニング・セレモニーが行なわれた。 


 場所はレスト財団のもつイスラミックアート・ガーデン・コンプレックスである。入口からカリグラフィーに満ちた空間でその先に大きな階段、そのまま進むと円形の中庭をもち、その周囲を階段が3階まで廻っている。
 
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 ここで、今回、財団の挨拶に引き続き、日本アラビア書道連盟(JACA)の本田孝一会長と財団との調印式が行なわれた。
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調印した書類を交換し、
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こうして、オープニングのメイン・セレモニーは完了。

 次に財団の人々とともに作品展示会場へと移って行った。
 本田孝一氏のアラビア書道家としての海外での知名度は高い。今回マレーシアでの作品展も大変大がかりなものであった。

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by miriyun | 2008-11-26 22:36 | アラビア書道 | Comments(6)

ハット・アラビーヤの切手

アラビア書道をハット・アラビーヤという。

 そのハット・アラビーヤの中には馬や鳥の姿に文字を入れ込んでいくものもある。
昨日、届いたザ・ジャパニーズ・ドバイを入れた封筒には鷹の姿があった。消印でジャマされてはいても明らかな書道である。
 
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鷹の羽根から胸にかけてアルイマーラート と書かれており、U.A.E.をあらわしている。

 よくぞエアメールとなって飛んできてくれたものだ。この出会いにも感謝!
     
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by miriyun | 2008-11-19 01:07 | カリグラフィーを読もう | Comments(12)

サメを食す国々

栃木県ではサメを食べている。

 日本では今、「秘密の県民ショー」というTV番組が人気を博している。~県の不思議などを特集して他県出身の人が知らないことを紹介している。それが他の県から見ると「エ~ッ?!」というようなことで、都道府県の違いだけでもこんなに文化や常識が異なるのかと驚かされる。

 モロという名で知られている魚がサメであり、それをかなりの栃木県民は食している。かまぼこはグチという魚で作られるが、実はサメも練物系には良く使われているので、加工品は日本人のほとんどが食べている可能性が強い。

 ただし栃木県は海のない県であり、そこでわざわざサメを食べる。「モロ」と呼ばれているために、県民の皆さんが知らずに食べているという点が珍しかった。

また、神話の時代から知られている出雲のワニと呼ばれるのがサメであり、広島北部もそれに連なる。
 また、サメは各地で水揚げされている。 水揚げが多いのは 気仙沼漁港・ 八戸漁港・ 銚子漁港・ 三厩漁港・ 長崎漁港などである。つまりサメはどこでも取れるということであり、どのように食べるか、サメと意識しているかということに違いはあっても、食べてはいるのだということだ。

◆ では、ほかの国ではどうなのか?
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                      ↑チュニジアのスファックスのスークの魚市にて

 なお、サメは長持ちする。鮮度が落ちにくいということもあり、山間部でよく食されるということらしい。だから海なし県の栃木で食べる習慣ができたのかもしれない。 
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 イエメンのハダラマウト地方のテーブルマウンテンに囲まれた内陸の町サユーンでは魚の干物を売っていた。

 魚屋さんは「買っていかんかね」と、にこやかに笑いながらサメの干物を持ち上げて見せたのだった・・・。

 う~ん、このくらいのサメならいけそうだ。
      体長14mもあったりしたら『ジョーズ』をイメージしてしまって怖いけどね!

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by miriyun | 2008-11-14 23:27 | Comments(12)

癒しの大地

 
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  一本の木のなす陰影と畑の文様が呼応する
       アナトリアの大地は起伏に富み、
           そこに幾筋もの美しき線を刻む。
   
  奥に見えるはエルジェス山
      
  アナトリア出身のスィナンがこの山のなだらかにして印象的な姿を
   スレイマニエ・ジャーミィのミナーレの右肩下がりの姿にあらわしたという説もある・・・・
  なるほどと思ってしまうほどこの山の稜線は美しい。
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by miriyun | 2008-11-11 00:14 | Comments(4)

ラクダ市に学ぶ少年たち

市での男の子たちは闊歩する。
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大人たちに混ざって、やしの木から次のやしの木へと移動しながら歩いてみていく。これだけみればお祭りの時の日本の子どもとあまり変わらない。

だが、実際はそれだけではない。あるものはラクダや山羊の間に入って家畜の毛並みを見つめ、あるものは、自分が世話をし、増やしてきた小動物を売る。
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 よく太らせたウサギを一匹だけ持ってきた男の子は大きい子達の動きを食い入るように見ていた。スークデビューであろうか。

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 彼もまた、まだ不安げな顔色で、見知らぬものがカメラを向けることにも臆しているようなので、早々にカメラは引っ込めた。案の定何を売っているのかわからない画像になっていた・・・彼らの真剣さに敬服した結果なのであきらめよう・・・。
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 売るときには無邪気な笑顔は消え、それぞれが本当に真剣な表情となっていた。

*まわりの大人も上の子もだ~れも教えてはくれない世界に飛び込んで、
               彼らはわが身ひとつで商売を身につけていくのだった。

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by miriyun | 2008-11-08 14:09 | チュニジア | Comments(6)

オバマ大統領誕生

 初のアフリカン(ケニヤ)の父の血を引く黒人大統領が誕生した。

 アメリカ映画を見れば必ず白人俳優と黒人俳優が共演している姿が目に入る。これを見ていると、この国で激しい差別があったことを日本の若い人たちは気付かないかもしれない。
 しかし差別をハダで感じそれと戦ってきた人々にとって、きょうという日は奇跡を見るように感じていることだろう。TVの画面で大きな目の女性がインタビューに答えながら、大粒の涙を流しながら、静かに感動を語っていた。フィーバーしている黒人男性もいた。黒人と肩を組んで喜びを表していた白人女性たちの姿も印象的だ。

 マケイン候補の2倍以上の票を獲得したオバマ死の圧勝だった。黒人層の90%を越える支持はもちろん予想通りであるが、ヒスパニックもまたオバマ氏の支持に回った。しかし、白人層の投票は55%をマケイン氏が獲得し、オバマ氏は45%の獲得であった。

 ひとまず、長い選挙戦が終わり、史上初の黒人大統領の誕生という結果を迎えた。人種差別に対する勝利である反面、まだ、白人の過半数は賛成していないところに、この国のかっての人種差別の根深さがうかがい知れる。

◆歴史をふり返れば・・・
 かって、南部に移住したイギリス王党派の人々の階級から南部人の気質は生まれてきた。し、そして支配階級であった人々は沃野を大農園とするとともに、働き手を他の大陸に求めた。この国で黒人奴隷が売られ、根づき、英語を話し、アメリカの社会の底辺をなした。

 しかし、北部と南部の移民してきた層の違い、南部の沃野にたいして地味の劣る北部、ものづくりの条件のちがいなどから南部と北部はいつ分かれてももおかしくないほどの亀裂を生じていった。この中でのリンカーンによる奴隷解放令。
 南北戦争での北部の勝利を経て、ついには奴隷は存在しなくなる。
しかし、実質的な差別の解消はどこの国でも百年以上の戦いがまっていた。その中で、キング牧師が暴力を使わない運動としての公民権運動を行なって黒人差別と戦ってきた。
 その戦いのもとにはインドのマハトマ・ガンジーがいる。彼はインド建国の父と讃えられる。非暴力・不服従の戦いで独立を勝ち取っていったその手法は、マーティン・ルーサー・キング牧師によって受け継がれていったのだった。

 こうして公民権運動の中でつかんでいった法律上の平等の地位。

 しかしながら、それで何もかもが払拭できたわけではない。人間の心理の奥底に沈んだおりのような差別感に対して、いろいろな分野で活躍する人が現れ、讃えられ、あるいは友人となりようやく払拭できていくのだった。
 その際たる変化を大統領が自ら範を示してくれる。それを考えての熱い涙があったのかもしれない。

★彼の登場は黒人差別の終焉を意識させるだけでない。
 彼は実際にはケニア人の父と白人のアメリカ人の間に生まれ、幼い頃はインドネシアにも暮らし、父はイスラームで本人はキリスト教で・・・・というこの人物が現れたのはやはり歴史の中の転換の1ページを加えたといえる。

 今後の政策手腕はお手並み拝見といったところだが、少なくとも今この時点では世界の多くの人が多様な背景をもつオバマ氏に期待をかけているといってよいだろう。

 この金融不安に、イラクにアフガニスタン、パレスチナ、そして地球温暖化・資源と食料の不足といった、いずれも非常に困難な問題に直面することになる。そのときに演説をしていたときのような自信をにみちた対応ができるかは未知数だが、イスラーム地域への偏見に満ちた対応が変化するのではないかと期待をかけている。



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by miriyun | 2008-11-06 01:43 | Comments(4)