<   2008年 07月 ( 23 )   > この月の画像一覧

ペルシア・ノット

 1.絨毯の織り方のいろいろ・・言葉としては、日本語では織り方というが、実は結び方!のことをいう。

 絨毯のパイルの結び方で1回縦糸に結ぶことをタフテ結び(シングルノットとも呼んでいる)という。 縦糸が重なりそこに二重に結ぶのはニム・ルーム結び(ダブル・ノット)という。
   
 丈夫な結び方のダブル・ノットには、更にペルシア・ノットという結び方とトルコ・ノットという結び方がある。前日のところに解説を書いたが、こういう物は言葉での解説よりもその動きを見ることが最もわかりやすい。

2.ペルシア・ノットとは
 
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 ペルシア・ノットはイスファハン・クム・ナイン・ケルマン・シラーズ・カシャーンなどで使われる糸の結び方を言う。二本の縦糸があり、パイルは一本はそのまま横糸を裏に回し、もう一本はパイルを奥の縦糸に絡めてつくる。しかも前後に横糸(デプレス)が入るのでパイルをしっかりとおさえることができる。 

3.強い織り方とは
 これに対して、トルコ・ノットのほうは本場トルコはもちろんだが、ペルシアの中のタブリーズ・アルデビル・ハマダンなどでも「使われている結び方である。

※ おおむね、ペルシア人はペルシア・ノットを自慢し、トルコ人はトルコ・ノットを最も強いと自慢する。まあ、当然だろう。誰でも自分のところの技術に誇りを持ってつくっているのであろうから・・・。
 
 実際のところはどうなのか。

 自分でも図を見る限りにおいては縦糸への絡め方がトルコ結び(ギョルデース)のほうがきちんと2本とも絡めているように見えていた。
 ところが、横糸(デプレス)の入れ方がペルシア・ノットのほうが更に丁寧なようだ。パイルとパイルのあいだに必ず二本の横糸が通っていて、そのうちの一本は縦糸とも結びついている。、この2本の横糸が 2本の縦糸に結ばれたパイルをがっちりと挟み込んでいるので何十年踏まれようとも抜けたりしない絨毯になっているのであった。 結局、双方共にかなり強度のあるしっかりした絨毯であるとわかった。

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by miriyun | 2008-07-31 00:52 | 絨毯・キリム | Comments(6)

ローズさんの絨毯織りと道具♪

 絨毯はいかに織られるのか。織り手のサヘル・ローズさんから詳しい話を聞いてきた。

1、ペルシア絨毯の織り方
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 サヘルさんはにこやかで、そしてとても丁寧に説明しながら織る。図案を見てまず糸を選ぶ。糸はすぐに手の届く範囲に吊り下げてある。糸の長さは約80cmほどで、染色は鮮やか過ぎるので天然ではない。合成染料を使っている。
  
◆サヘル・ローズさんはイラン人だがごく日本人としての日本語を話す。後に知ったのだがイランで孤児になり日本で養母に育てられたということで現在タレント業をしているが、趣味が絨毯織りという変り種である。
 孤児になったのが、イラン・イラク戦争で両親と兄弟10人を失ったからだというから、その生い立ちだけでも中東の厳しい歴史を感じさせられた。

 たて糸を一本とって後ろに横糸を通してからげる。真後ろの縦糸をもう一本とる。これで縦糸が2本になったので横糸を2本目の縦糸にからげて二重にからげたところで下にぐいっと下ろして1cmくらいを残して切る。ペルシア絨毯は当然二重にからげるペルシア織りである。

 縦糸も細く、細かい文様なので、目がよくないとできないだろうと想像し、聞いてみた。
すると、「目がよいことは大事で、目が悪くなったらこの仕事はできない。あるいはもっと目が粗い絨毯を織るように変わっていく」という。

 2、絨毯織りの道具 
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糸をからげるのに先に細い突起のついた道具を使っている。他の地域ではほとんど手でやっていたので道具について尋ねてみた。

 「子どもが織るときは指が細いので、指でおこなう。ところが大人になると指が太いので細かい絨毯ほど困難になる。だから工房のようなところではこの道具を使うことが多い。観光客に見せるときだけ道具は使わずに手で織るところもあるという。

 ある程度織るとはさみでカットする。このカットは文様がはっきり出ているか確認のためであり、商品化するときにはカットの専門職が完全に均一な状態にカットする。
 絨毯業は、デザイン、糸を紡ぐ、染色、織る、カット、洗うなどの行程はそれぞれ専門の人が行い、分業になっている。」

 よく毛足の長い絨毯をふかふかでよい絨毯と思い込んで書いて文をみることがあるが、本当によい絨毯はこれだけの手間隙をかけて一目一目作っていながら、そのパイル糸を極限まで短くカットしてしまう。もともと糸が密集して織られている上、カットすることで半端な糸がでることもなく汚れも水も容易には入り込まない、そして芸術品としてもこの上なく美しい文様ができてくるのだ。
 
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by miriyun | 2008-07-30 11:18 | 絨毯・キリム | Comments(8)

絨毯デザインというもの

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 美しい工芸には、それなりの苦心するところがある。

 これはペルシア絨毯のデザイン画である。
 精巧な文様が方眼紙に迷いのない線で描かれている。色は織り手にわかればいいという程度の塗り方だが、色もきちんと塗ったなら、まるでミニアチュールの世界だ。

 一つ一つの文様のこれ以上ない巧みな曲線。草木文様は華麗で複雑。
 しかし、どの線もしかるべきところにしっかりと終結していく。デザイナーの大変なところは、どちらでもいいという中途半端な線はかけないところだろう。
 これを元に織り手は一本一本の糸の色を決め、その糸をからめてはカットしていくのだ。
 だから、どの色もどの線もきチンと収まらなくてはならない。そしてその上でバランスもよくならなくてはならない。これが 絨毯デザインの大変なところだ。

 ミニアチュール作家も言っていた。
下絵が完成したら半分以上終わったも同じである・・・・・と。
 
 絨毯も同じでこの下絵あってこその絨毯であり、その上に伝統の糸の選び方・染色が加わった総合芸術としての絨毯ができるのであった。

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by miriyun | 2008-07-29 22:04 | 絨毯・キリム | Comments(6)

イスケンデル・ケバブとは

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 イスケンデル・ケバブ・・・イスケンデルとはアレクサンダーのこと。アレクサンダー大王ではなく、そういう名前の別人が考えた料理ということらしいが、それにしても忘れられない名前である。
 大王でなくて残念だが、味は印象的で、しかも名前も忘れない効果がある。
トルコといえば伝統的なドネル・ケバブが街角でたべることができて、日本のお祭りでもかなり出店するようになり、知名度が高まってきた。
 このそぎ切りケバブに野菜とトマトソースとヨーグルトをたっぷりと盛り付ける。真っ白なヨーグルトがお肉への食欲全開にさせる。
 お肉をあまり食べるほうではないのにヨーグルトの酸味によるおいしさを知ってしまってからは、この白さを見るだけで条件反射的に食欲が高まるのだった。

*これ以後ヨーグルトに対する目が変わった。
料理に使う
手作りナンの生地に混ぜる
サラダに混ぜる
カレーに入れる
塩・胡椒をかけて食べる
アイラン(塩味ヨーグルト飲料)
 それぞれのおいしさ発見と利用へとつながっていった。

 
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トルコのパンはさまざまな大きさ、厚みがある。ここでも2種類の全く感触の異なるパンが焼きたてで出てきた。

 ☆これだけでも、本当に食の豊かな国だと思ってしまう・・・。おススメできる食事だ。
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by miriyun | 2008-07-28 06:03 | 食べ物・飲み物 | Comments(4)

「死者の書」は語る・・・パピルス(6)

 パピルスに書かれたものに何が多いかというと、「死者の書」、数学の勉強を教えている教科書タイプのもの、そして時代が下ってギリシア文明が現れてからは哲学や文学もあるし、もっと後にはキリスト教の聖書も書かれた。

 だが、エジプト文明の中で最も力を入れて描かれたのは冥界への道を示した「死者の書」であろう。では、どのように書かれているものであったのか。

1、パピルス文書「死者の書」は語る
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          ↑パピルス文書を逆光で見る。
 縦横にパピルス繊維がはしっているので、水平に書くことなどには便利だ。
左側から右へと見ていく。
① この絵の前段階で36か条の否定の告白をおこなってきている。
 「人に対して悪事を働いたことはありません」
 「神を冒涜したことはありません」
 「家畜を虐待したことはありません」
 「人を殺したことはありません」・・・・・・など
                          (①・⑤は『ナイルの王墓』講談社より引用) 
② 36か条の否定の告白をした白衣のフ・ネフルはアヌビス神に手を引かれ審判の場にやってくる。
③ 天秤ばかりの中心には正義と真理を表すマアト神が描かれ、この女神の頭の上にある羽毛が右の天秤皿におかれている。また、左のてんびん皿には死者の心臓が置かれる。 
④ 中央に座ったアヌビス神は死者が申し述べた「否定の告白」が正しいかどうかをはかっている。
⑤ 文字の上の段に居並ぶ42の神が告白の真偽を最終的に判定する。
⑥ その結果天秤ばかりの右に立ち、葦ペンを持った書記の神トート神が記録する。
⑦ そして偽りを述べていたならば、死者はこれ以上進むことを許されず、天秤の下にしゃがんでまっているワニが襲いかかってくる。

  ・・・・・・・・かなり、リアルに感じとれる絵であり、まずいことをして生きていてはいけないと思うこと必定であろう。 

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              ↑死者の書全体像を見る(写真は自己所有のレプリカを撮影したものである。) 

 続きを全体像で見てみよう。
⑧ 死者の告白が正しいと認められると次の段階に入っていく。死者はオシリス神の息子、ホルス神(隼の神)神に導かれて、祠堂のなかのオシリス神のもとに行く。
⑨ ここまでくると、死者はオシリス神に化して復活が約束される。

◆  これは、フ・ネフル(第19王朝、大英博物館蔵)の死者の書。時代は新王国、紀元前1300~1200年であるが、傷みも少なく優れたパピルス文書として所蔵されている
 多くの宗教書がそうであるように、ここでも善なるものだけが来世での幸福を約束される。こういった内容や呪文が延々と長くつづられているのが死者の書なのだが、この125章がもっともエジプトの審判と来世への希望を表しているといわれている。

 これを廟墓や棺の中において、死者が迷いなく旅立ち、オシリスに化して、いつか復活してくることを願ったのである。だから、未盗掘の墓からは発見されるべき物であるが、なぜか未盗掘のツタンカーメン王の墓からは発見されていない。

2、ツタンカーメン王墓の謎 
◆まず、謎とされること。
・ツタンカーメンの死因は?・・・・ツタンカーメンの父アンクアテンはアテン神への一神教への強引な変革と首都移転によって、神官から恨みをかっていた。そのあとをついだ少年王の周りは政争のまっただなかにあった。
・盗掘されかけてなぜかその後閉じている。・・・普通の泥棒はそんな放置の仕方はしないだろう。
・きちんと普通なら整頓して納めていたはずの日用品が乱雑に動かされている。・・・何かを探した後のようだ。
・一番目の厨子の封印まで開けられている。なぜ、ここだけなのか?ここまでで目的のものを見つけたのか?
・普通ならあるはずの死者の書がない。

 これについて、吉村作治教授の推理がTV番組で紹介されていた。
これらから吉村教授が予測したこと。
 ツタンカーメンは何らかの政争の中で命を失った。このとき、それを察知したアンケセナメン王妃は、この赦されない行為がおこなわれたことを「死者の書」に書き、それをこっそりと一番外側の厨子の中に人目を盗んで入れたのではないだろうか。それを察知した人が、自分の悪事を冥界の王オシリスや真実の神マアトに知られては自分の来世が失われてしまうことを恐れた。そのため、いったん墓を封印した後、盗掘のようにして、入り込み文書を探すがみつからず、第一の厨子まで探してようやく発見、これを持ち去り、他の宝物には一切興味を示さず、また埋め戻して去った。

 なにぶんだいぶ前にTVで見たことであり、言葉や解説が吉村教授の解説と異なってしまっているところもあるかもしれないので、おおよその紹介ということでお許しいただきたい。(詳しくは吉村先生の著書やレポートでご確認ください。)

3.語る 
 吉村教授の話を聞いて思った。
 「死者の書」が語る古代エジプト人の死生観、そして「死者の書」の重要性を知っている専門家ならではの発想である。それに考古学者には絶対必要な自由な発想、これがあってこその推理だと感嘆したものだった。

 「死者の書」は、エジプト人の来世への望みを語り、
    「死者の書が見あたらない」ことが、このドラマのような話を吉村教授に語らせた・・・
 
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by miriyun | 2008-07-27 11:06 | エジプト | Comments(6)

金の糸・銀の糸…金の話(3)

1gから3000mもの細い糸になる・・・・この意図はきわめて細い糸なのであるが太さは必要に応じてつくることができる。よく使われるのは刺繍。

 1.金の糸
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上質なベルベットの上の重厚な厚みの金刺繍。これはどうかわからないが、工芸品として展示用は中に厚紙などを入れて立体感を寄りだすという工夫もされている。おそらくトルコのスルタンの衣装もこのような刺繍がなされていたのだろう。

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現代のドレスの上の金の刺繍。清楚な白のドレスの生地に細い金糸で刺繍がされている。

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 「愛・地球博」のチュニジア館の展示マネキンであるが、この金糸で織り込んだ燦然としたのは花嫁衣裳だという。都市部では花嫁はみな白のウェディング・ドレスだったので、これは田舎のほうであろうか。

2.銀の糸
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 シリア、ダマスカスのスーク・ハミーディーエで購入したベルベットのベスト。
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 刺繍に注目。山吹色のラインの中に思い切りよく銀の糸で刺繍してある。
本当の銀糸かということであるが、さわるとわずかながら金属の雰囲気がある。そして、金と異なる点は銀は錆びて黒ずみやすい。

◆スークで聞いてきた銀刺繍のお手入れ方法◆
 スークではレモンで磨くとよいといっていた。・・・しかし粗雑な自分の手では布のほうがシミになりそうで試していない。実際は手軽なネックレス用の銀専用みがき布で磨いている。
 磨くと輝く・・・これが金属系のおもしろみだろう。
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by miriyun | 2008-07-26 11:18 | Comments(4)

のびるのびる…金の話(2)

金はのびても性質が変わらない。   

◆金箔
 金は延性がある。延性とは金としての性質が破壊されることなく細長く引き伸ばせる性質のことである。どんどん薄くしていくことができるこの特色をめいっぱい使ったのが金箔というものだ。
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 しかしこれではどのくらい延びているのかわからない。
じつは、これは1gの金の粒をのばしてのばしていくとこうなる。うすさは10000分の1mmという薄さで、もちろん紙よりもずっと薄い。金箔はふつうはこの薄さなのだ。

 1gの金の粒がどの大きさまで延びるのか。江戸時代の俵屋宗達の名作「風神・雷神図屏風」でたとえるならば、
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 この図のように金箔を貼ってあるうちのきりぬいた正方形部分、これで約60cm×60cmである。
 これが1gの金が無理なくこれだけ伸ばせて実用的に使われる。
 あまりにも軽くて大きくするとすぐにくっついてしわくちゃになるから、通常109mm四方の大きさを上等の手漉き和紙に一枚一枚挟んである。これを一枚ずつ竹挟みでそっと挟み、息を止めて貼るのが金箔である。必要に応じて10000分の5mmぐらいまでの厚みのを使う。

◆ 同じように金の伸びる特性を糸にしてみる。
1gの金から金糸をどれだけ取れるのだろうか。
                     金糸は3000mにもなる。

☆こうした金の特性を使って、どれほど世界の多くの工芸品や絵画が飾られてきたことか・・・。

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写真でイスラーム
by miriyun | 2008-07-24 04:08 | Comments(2)

重い!・・・金の話(1)

金という金属は、いろいろな意味で特別だ。

1、金の採掘
  60kg(ヒトの体重くらい)の金鉱石からわずか0.3g、1tの金鉱石から得られるのもせいぜい4~5gほど採るのがやっとである。

 金は7000~8000年前から利用されており、有史以来、掘り出された量は14万tにもなる。このうちの何%かは、きっと古代エジプトで使用されたのではないだろうか。
 
 地下埋蔵量は6~7万tといわれているので掘り出されてしまった量のほうが多い。そしてどのあたりまで掘っているかというと、深さでいうなら地下3000mでほっている南アフリカ共和国の金鉱山が有名である。

2、金の重さ 
 この南アフリカ共和国の金の展示場所に金の延べ棒が置いてあるという。それを片手でもてたら贈呈するという話がずうっと昔から言われている。今でもそういうアピールをしているかどうかはわからない。でも金の延べ棒とはどんな重さであろうという意識はずっと残っていた。

 それを試すことがつい先日できた。それは某デパート内で金に関する展示があったからだ。
 延べ棒が4本並べてあった。鉄・銅・銀・金が同じ大きさの延べ棒で並べてある。ラージバーである。
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                      ↑写真は不可であったのでイメージ画を作製した
これを、手につかんでいいという。
       体験型展示は大好きだ!企画者に感謝!
 まず、鉄を掴んでみた。台の上にのせてあり、若干浮いている。手を入れてつかみやすくなっているため容易に持ち上げることができた。次に銅と銀、台にのっていないがこれも持ち上げられる。

 最後に金であるがこれも台の上においてあり指を下にあてがうことができる。だから指を書けることができ掴むことはできる。しかし、持ち上がらない。
 それどころか、びくとも動かない。
               微動だにしないのだ。
 実感!!!・・・ほんとに金は重かった!

 同じ大きさでも 鉄は5kg金は12kgであった。

  これが床にそのままおかれたならば、全く無理としか言いようのない重さである。だから、南アフリカの延べ棒を誰も獲得した人はいなかったのだ。・・・金の比重は19.3(水を1とした重さ)だもの。

 実は千両箱も置いてあったが、これは両手でも重くて持ち上がらなかった。造幣局の博物館においてある慶長小判1,000両は、箱の重さ2kgも含めて約20Kgである。千両箱を担いで泥棒がひょいひょいと屋根の上を逃げて行くなんていう時代劇があるが、それもこの重さでは考えられないことだったのだ。                                                                   
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by miriyun | 2008-07-23 11:25 | その他 | Comments(4)

ツタンカーメンの黄金のマスク

 トゥト・アンク・アメン、俗称ツタンカーメンの黄金のマスクは、何重もの棺と三重の人型棺のなかに横たわるミイラの上にかぶせられていた。

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       ↑ 撮影MykReeve(Wikipediaより引用)

 そのあまりにも劇的な発掘劇と黄金のきらびやかさに圧倒されてしまう。歴史的価値
と共に300兆円ともいわれるのも納得してしまう。
 黄金キラキラに自分も惑わされていたのだろう。これについてだけは工芸的に、デザイン的にどうなのかということをあまり考えていなかった。

 少し冷静になって見直してみる必要がありそうだ。

 まず、金は濃い。23金
 ファイアンスと金、それに目は黒曜石と水晶で生きているかのようだ。日本では水晶等でこの透明感を出すのは、鎌倉時代の彫像からである。なお、この耳は別仕立てのようで後からつけたのではないだろうか。

 顔と頭巾の本体は金の延べ板から全部を打ち出している。叩いて、伸ばしてこの形にしていくというのは、かなり高度な技だろう。総重量11kgとなっている。


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                                               ↑ (同上)
 頭巾の上の飾りは、前回の壁画にあらわされていた上下エジプトの象徴である蛇とハゲタカの姿がある。
 左の黒く見えるのはハゲワシのくちばしであり、上エジプトの守護をするネクベト神である。 右にはコブラの姿のウアジェト女神が鎌首をもたげている。これは色からすると上質なラピスラズリの塊のようである。そして首には無数の象嵌が見える。
 大理石に貴石を象嵌していることで名高いのは17世紀のタージ・マハルであるし、その豪華さにおどろいたものだった。 しかし、ここでは胸飾りも蛇も純金への貴石象嵌をしているのだからその力に驚かされている。今から3300年前のことである。

 この二つの神をのせているということは19歳とはいえ、上下エジプトを支配した王であったということである。

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by miriyun | 2008-07-21 23:11 | Comments(8)

葦ペンでヒエログリフ…パピルス(5)

 以前に川から採ってきた日本の葦が残っていた。もったいない精神で、ペンを作った。

 1、ヒエログリフ用の葦ペン
 今回作るのはパピルスに書くヒエログリフ用。アラビア書道用で試してみたら植物の繊維そのものであるパピルスはさすがに書きにくい。引っ掛かりがあるのと、筆の墨が十分に出にくい。
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 そこで筆先はまっすぐなカットで、真ん中の切込みをやや広めに入れて墨含みがよくなるようにした。

 古代エジプト型の葦ペンの出来上がり!

 2、ヒエログリフをパピルスに書いてみよう
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早速パピルスに書いてみた。
 繊細な線は出ないし、メリハリも何にもない。だが、パピルスの繊維で段差もあるパピルス紙の上で順調に書いて行くことができる。かなり、繊維が気になるパピルスだが、本当のパピルスはじっくりと石や貝で磨いているのでもっとキレイなはずだ。


 3、ヒエログリフの特色
 ヒエログリフは表音文字(音のみを表す。アルファベットにあたる)と表意文字(漢字の訓やトンパ文字など)の両方の文字がある。今回書くのは、このブログの題名。いずれも紀元前の古代にはない概念であったから、表意文字を探すのは無理だ。
 したがって、表音文字だけで書いてみよう。

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縦2行の題名である。
 これはこのように書いているときは左上から読む。
        *左列:「写真で」
            *右列:「イスラーム」

 縦書きでも横書きでも生物の頭が向いているほうから読むのだ。だからライオンや鷲やふくろうが右を向いていたら右から読む。

 ヒエログリフは縦書き・横書き・右から読み・左から読み自由自在な文字である。

 ただそのルールを知っていないとおかしなことになってしまう。長い壁画も、ここから先は右から読むとか、他は左から読むとか絵と文字で判断できるようになっている。
 極めて合理的な文字である。

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by miriyun | 2008-07-21 14:08 | Comments(6)