写真でイスラーム  

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2006年 06月 30日

多彩な建築史マスジデ・ジャーメ

 イスファハーンの金曜日のモスクはたいへん歴史のあり、建築史の中の特色を数多く見ることができる。ペルシアの建築史900年間の変遷がこの建物のどこかしらに残されているというのだ。セルジューク朝の建築を基盤として、騒乱・破壊を経ても修理をすることで耐えてきた建築物である。

 セルジューク朝は、11世紀に中央アジアから西アジアへ移住してきたトルコ系の王朝である。スンナ派であり、シーア派のブワイフ朝をバグダッドから追い、アッバース朝を保護し、1055年にトゥグリル・ベクはスルタンの称号を受け、当方イスラームの支配者としてお公認されるに至る。また、セルジュークは当時ビザンチン帝国の領土であったアナトリアに侵入したため十字軍を引き起こす一因ともなった。

 セルジューク朝の君主はスルターンを名乗り、3代目のマリク・シャーは若くして即位した。官僚制を整え、ペルシア人の名宰相ニザーム・アルムルクの補佐でアフガニスタンからビザンチンまで支配権を広げ、名君と呼ばれるようになった。
 
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このモスクの中庭は60m×70mでその周囲を4つのイーワーンが囲む4イーワーン方式である。イーワーンとイーワーンの間は2層の回廊がめぐらされている。
 奥には主礼拝堂があり、イーワーンの後ろに11世紀のドームがある。マリク・シャーの名がそこにのこっているという。イーワーンとアーケードはファイアンス(彩釉タイル)で飾られ美しい。なお、主礼拝堂と西北イーワーンには大きなムカルナスで装飾されている。
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 花びら型の池がしつらえてあり水道がある。そこで手を清めから礼拝をする。一回の礼拝は何分という決まりはない。見ている感じでは20~30分といったところか。それぞれが来たい時にきて、思い思いに祈って帰っていく。あるいは日陰でゆったり休んでいってもいい。
 ただし、集団礼拝のある金曜日は話も聞くし、普段より長くなる。礼拝堂の中には入れれば日陰なので過ごせるが風もなく直射日光に照りつけられるこの石畳の上での礼拝は厳しい。
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 ↑そういった場合は、何と地下で礼拝を行うそうだ。シャンデリアと絨毯のある夏用礼拝室なのだ。

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 ↑東北部のドーミカル・ヴォールト。12世紀の建築された。
☆レンガの組み方で注目するなら、イーワーンの間のヴォールト部分を見ると実に多彩なレンガの積み重ねを行っていることに気がつく。
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 ↑さらに見ていくとアーチの上にムカルナス状の装飾で持ち上げて言ったり、アーチネットといわれる交差も見られる。この詳しい構造は専門家に委ねるしかない複雑さである。
 
 ただ、面白いと思ったのは6月26日づけで紹介したヤズドの廃屋のレンガの積み重ねの複雑さとタイル上の四角いレンガを張っている点が共通している。この古いモスクと共通点などないだろうと思っていたのだが、妙に似ているのが気になるところである。残念ながらその廃墟がいつのもので何だったのかを聞いてこなかったので、わからぬままなのが心残りだ・・・。

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by miriyun | 2006-06-30 12:00 | イラン(ペルシア) | Comments(2)
2006年 06月 29日

旧市街の路地と家

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 ダマスカスの旧市街を歩く。暑い昼下がり・・・買い物帰りの子ども・遊ぶ子供たちは目立つが、こんな時間にうろうろ歩いている大人は外国人ばかりのように思える。
 狭い路地や屋根つきの通路が続く。
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 このように不意に広くなった部分もある。はアラブ特有の壁だらけの家なのでふつうは中の様子がわからない。ここのように路地にブドウ棚をめぐらすのは珍しい。ふつうは家の中だけで、外は緑もない町に見える。何しろ、家といったら塀ばかりだったり、あるいは壁ばかりというのがふつうなのだ。
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 でも、実はアラブの家は中庭式なので、一歩中に入ると緑と風が涼しげな家なのだ。エントランスの白黒のチェックがとてもいい。

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by miriyun | 2006-06-29 22:51 | シリア | Comments(4)
2006年 06月 28日

ダマスカスの少年

 ダマスカス・・・本当はディマシュク
その町のス-ク・ハミーディーエの屋根の下をマウンテンバイクを引いた少年たちが通りかかる。どのこもとびっきりの笑顔で挨拶。
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by miriyun | 2006-06-28 22:37 | シリア | Comments(2)
2006年 06月 27日

ベドウィンテント

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 照り付ける太陽の下、日陰のない礫砂漠が目にまぶしい。
その中で、ベドウィンテントは細長いが確かな日陰をつくりだしている。砂漠は実は日かげがあればあればかなり実温度より涼しく感じる。

 それにテントは白いテントではない。日本の普通のテントでは日が入り込んでしまう。
しかし、ベドウィンのテントは頑丈なヤギの毛で織ってある。ここはヨルダンのネボ山からはるか彼方のテントをとらえたものである。近年はテントを運ぶのもラクダでなく車になりつつある。そして。国家の定住推進で町に家をもつベドウィンも多い。しかし、彼らの砂漠での遊牧生活への思いは残っていて、一時的にテント生活する人々もいるという。

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by miriyun | 2006-06-27 18:11 | ヨルダン | Comments(6)
2006年 06月 26日

日干しレンガの積み方

 日干しレンガの積み方は様々だ。  ヤズドの建物を使って見てみよう。
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 壊れたところというのは構造が見えやすい。偶然壊れてしまったところは普段見えない技術の様子を見ることができる。
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  レンガの組み方も曲面は難しい。その曲面もマジかに見ると、どう組んでいるかわかる。ここでは下から組んでいき、そこに立てていくような形で、他の曲面をのせている。 
職人さんた、定規で測ったようにレンガのゆがみも誤差もなく中心部から三分割された曲面を構成していく。

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 近くの廃墟となった建物は天井までの構成に何種類ものレンガの組み方がしてあった。正方形のものは一見すると、タイルのような使い方をしている。

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by miriyun | 2006-06-26 22:19 | イラン(ペルシア) | Comments(4)
2006年 06月 25日

家(1)…バードギールは風の取りこみ上手

 広いイランには雪と寒さの厳しい山地から熱暑の地域まである。想像以上の暑さの地域の工夫にバードギールがある。
 
 風塔とか風採り塔とかいわれる塔とその下のしくみで暑さ対策をしている。ペルシアの伝統的住宅の一つといえる。どこに多いかといえば照りつく太陽と熱風のヤズドなどイランの砂漠気候のところである。
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 ↑これは人が住んでいない放置されたものであるだけにつくりを確認できた。

① バードギールは円形のもの・方形のものがある。この写真は方形。
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  こういう塔を作って簡単に風を取り込めると思ってはいけない。 まず風はどちらからでも吹いてくる。だからどの向きの風も取り込めるようにしなければならない。そういう意味では、やはり円形のほうがよさそうだ。
 また、素直に風が下にいくわけではない。風は入ったら目の前にある出口に抜けてしまうものだ。上の写真でAやBの風は向かい側の日干しレンガの穴からそのまま出て行ってしまうのが落ちだ。

② 風が日干しレンガのすきまから入るとそれはどう動くのか。塔の中を下からのぞいてみる。
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 それは塔の中は対角線上に仕切りがあり、風の道は4つに分かれているのだ。4つの面から入った風はそのまま逃げてしまうことなく、用意された4つの道で下に向かう。

③塔の下を見ると、
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風はさらに下に進んでそこから曲がって進んでいき、送風口から家の中へ入るのだ。

 ただし、そのままだと車の窓を開けて熱波の地域を走るように、熱風が吹きあれる家になってしまう。当然そこには一工夫がある。
 部屋の入る前に貯水層など水のあるところを風が通るしくみになっている。すると、気化熱が奪われ、風が冷たくなる。

 家中に涼しい風が吹きわたる。・・・となるのだ。なお、こういった熱さの厳しいところでは夏の住居部分と冬の生活部分を分けている。夏は地下にあたる部分でしかも庭の南側にある部屋を使って日の差し込むことがない部屋で生活するのだ。

☆ 自然の力を利用した素晴らしいしくみだと思う。ただ、ここでも水は不可欠で余分な水がなければこのしくみも稼動しなくなってしまう。
 また、日干しレンガ造りであるから、たゆまぬ修復が必要なのは他のレンガ建築と同じである。
 最近はこういった伝統住宅が少なくなってきているという。残念である。この風にあたってみたいものだ。

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by miriyun | 2006-06-25 13:54 | イラン(ペルシア) | Comments(4)
2006年 06月 24日

水の話(7)…テル・マルディック村の井戸

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 アレッポとホムスの間にテル・マルディック村という小さな村がある。シリアの夏はモスクの白い石はもちろん、家・倉庫も含めて土壁としっくい目にまぶしく反射する。
 
 井戸を見ると、頑丈なふたがしてあり、そのふたに小さな穴が開いている。ここから通常は水を汲むのだ。土ぼこりがはいらないようにという配慮も若干はあるだろう。

 しかし、それより、水の蒸発を防ぐためだろうことが直感的に感じられた。開口部を狭くということではカナートと同じなのだ。

 誰でも、こういう土地にいて、くらくらしそうな昼下がりに身体が干からびつつある実感のもとでは、水をどう扱うかということが教わらなくたってわかるというものだ。

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by miriyun | 2006-06-24 09:37 | シリア | Comments(0)
2006年 06月 23日

水の話(6)…水車がきしみながら水をくみ上げる

  この町ほど、水音のする中東の町は他にはないだろう。川が見えるところまで行かなくても、中東の乾燥地では聞いたことのない音が聞こえてくる。

 ハマ水車のたてる音が水の音として鳴り響くのだ。
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 ↑ 水車の巻き上げる水しぶきだけでも涼しそう。
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 ↑ 巨大な木製の水車がきしみながら大きな水音とともに回転し、ハマ独特の雰囲気をつくる。

☆では、なぜここに水車が昔からつくられたのだろう?
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 オロンテス川は流れが速く、中東の川としては水量が多い。ただし、河床が低いため、そのままでは農業用水に引くにしても流せない。そこで水を高い位置に上げるしくみが必要になった。・・・・だから、水車なのだ!現役の水車がいくつもあり、最大のものは直径20mもある。 
 水車がくみ上げ、その水は頂点に近いところで左側にあるレンガ造りの水道橋に流し込まれる。ここから家や農地へ水が送られていくしくみなのだ。

 ちなみに、ホムス~ハマ~アレッポにいたる道沿いはシリアの農業の中心地であり、活気があり、ほかよりは緑が多い。
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 人々も、そういったところで釣り糸をたれたり、子供と散歩したりというのんびりした風景が見られる。

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by miriyun | 2006-06-23 08:06 | シリア | Comments(2)
2006年 06月 22日

難民キャンプの中のUN

 キャンプ地には当初からUNRWAが入って国連としての援助活動が行なわれている。だから、建築物、とくに学校は国連がつくり、正確に言えば『国連立○○小学校』ということになる。
 現地で見かけた小学校の看板を見ると国連マークが入っている。
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↑ 女子児童のための小学校
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↑ 男子児童のための小学校
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↑ 元気な顔で家の手伝いの野菜運びをしている子どもたち。小学校は比較的整っていて就学率も高いが、そのあとの上級学校までは国連も手が回らない。受入国の学校に通うには、経済的な負担及び法律上の規制が厳しい。したがって、親は学ばせたいが、続けることができなくなってくる場合が非常に多い。
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↑町にはUNRWAの車(あっ!三菱だ!)がたびたび通っているし、ごみ収集の仕事をしているのも国連に雇われたパレスチナ人である。このように、生活のいたるところに国連・UNRWAの姿が見える。
 しかし十分というわけではない。難民が減る状況は全くないのに、予算は減っているのだ。だから、NGOも各国から入ってきている。
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↑ ところで、UNRWAは「アンルワ」と解説されていることが多いが、現地では「ウヌルワ」と聞いている。英語だとアンと読むが、上の写真のアラビア語で確認するとたしかに「ウヌルワ」と書いてある。だから、アラブでは「ウヌルワ」なのだ。
 略号も読み手によって言い方が異なってしまうことになる。ドイツ語やスペイン語などではなんというのだろう。

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by miriyun | 2006-06-22 20:02 | 中東について | Comments(0)
2006年 06月 21日

難民の町の水道管

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パレスチナ難民キャンプ、
 もとはテントがどこまでも続くようなところであっても、そこに住むこと何十年となると町はがらんどうのブロックやレンガで詰まれた町になる。しかし、難民となって命を保つことができても水道・電気の設備を受入国がやってくれるものか。
 そこには受入国の事情・自国民と難民の割合、などが関係する。
それぞれ1万人とか2万人が住む町でインフラ整備をしないままでは生活できない。そこで、初期においてUNRWAが水道管のおおもとを引く。
 その後、占領され、逃げ出してくる難民で数倍に膨れ上がってくる。すると写真のように、水道管もたこ足配管をしていくようになる。この水道管がすべてむき出しのまま狭い路地をつながって各家庭へと送られる。

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by miriyun | 2006-06-21 00:13 | 中東について | Comments(2)