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2006年 05月 11日

寛容の精神 サラディン&十字軍

 ヒッティーン(1187.7.4)の戦いに勝利したサラーフッディーン(以下サラディン)は、その後破竹の勢いで、ティベリア・アッカの無条件降伏を受ける。ティベリアの城主のレイモン夫人・守備隊・アッカのイタリア人商人が退去するにあたっては財産もろとも護衛して送り届けてやるほどの念の入れようだった。
 サラディンは諸侯に命じパレスティナ各地の要塞ナーブルス・ハイファ・ナザレを落とさせ、降伏したものは去らせる。

 ヤーファではフランクが頑強に抵抗した。そのため、サラディンの弟のアル・アーディルはここを占領するや全住民を奴隷にした。フランクの支配した地中海沿岸地域で唯一、ヤーファだけがこのような運命を受けた。

 ということは、勝者サラディンは降伏した敗者に対しては、気高い精神で許し、財産までも持って去ることを認め、盗賊に会わぬよう護衛までつける。サラディン軍の幹部からすれば、「そこまでやるなんて寛容さにもほどがある」と思わせるほどの寛容さを常に示していたのだ。

 サラディンは7月中、順調に勝利の戦いを続ける。サイダ(シドン)は戦わずして降伏・ベイルート・ジュバイル(ヴィブルス)もすぐに落ちた。9月はじめまでにアスカロン・神殿騎士団がおさえていたガザも降伏する。残すところは、いよいよエルサレム、この聖地を回復することこそがサラディンの願いなのだ。

ーーーーーーーーーーーーーー【十字軍の精神】ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 さて、ここで十字軍によるエルサレム攻略についてふり返って見よう
教皇ウルバヌス2世(在位1088~99)が、フランスのクレルモン公会議を開き、聖地エルサレム回復の聖戦を起こすことを提唱した。こうして翌1096年に多数の諸侯・騎士から成る第1回十字軍が出発し、7回まで約200年間にわたって派遣されたものである。

 十字軍のエルサレムに対する攻撃の様子はどうだったのか?
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                          ↑ 「ISLAM」ポール・ランディ著より引用
 上の絵の左は十字軍、十字軍の後ろからカトリックの司祭らしき人物が十字軍の兵たちに何か示唆しているのが興味深い。 右が守るイスラーム側。

 1099年、6週間にわたる包囲ののちついにエルサレムを陥れた。この時、破れた城門から侵入した十字軍兵士達は殺戮と掠奪をほしいままにしたのだ。
 城内に入った軍勢はエルサレム市民の虐殺を行い、イスラム教徒、ユダヤ教徒のみならず東方教会のキリスト教徒まで殺害した。ユダヤ教徒はシナゴーグに集まったが、十字軍は入り口をふさぎ、火を放って焼き殺した。多くのイスラム教徒はアル・アクサーモスクに逃れたが、十字軍の軍勢はそのほとんどを殺害している。
 
 東方教会、つまりギリシア正教・アルメニア・グルジア・コプト・シリア教会派は聖墳墓教会で伝統にのっとり一緒に祭式を執り行ってきたのだが、十字軍はそれらの教会派をそこから追放し、さらにキリストが架けられた「真の十字架」と呼ばれる十字架のありかを聞き出すために守り役の司祭たちを拷問にかけて口を割らせ、十字架を奪った。

十字軍はエルサレムを血の海としながら老若男女を問わず住民約7万人を虐殺した。そしてすべての財宝も宗教遺物も何もかもを掠奪した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
★キリスト教の「あなたの敵(複数)を愛しなさい」・「隣人を愛せ」という語句がある。しかし、十字軍の殺戮の様子からすると隣人や敵を愛するという言葉に疑問が生ずる。当時のヨーロッパにとってはこの隣人の中には異教徒が存在しなかったのである。狭い中世ヨーロッパの中だけで学問的にも遅れたヨーロッパに暮らした人々の中では隣人とは教皇を頂点とする同じカトリックの人々しか頭になかったものと思われる。
 また、公に「エルサレムを奪いとる」ことを認められ推奨された中では、教皇によって神の名の下で殺戮・略奪・侵略許可を与えられたようなものだ。人を殺していいのだろうか・盗んでいいのか?人(隣人・敵)を愛さなくていいのだろうか?・・・なんて考えずに怖いものなしでいられるときだったのだ。

 かたや、イスラームは、シルクロード・海のシルクロード・地中海に於ける交易を通して、広く異文化・異民族に接していた。また、イスラームの支配する町はエルサレムも含めて異なる宗教の人々が共に暮らし、異教徒は隣人であることは不思議なことでもなんでもなかった。

 ☆降伏した敗者・一般の住民への措置・他宗教への扱いの違いは、このあたりの世界観・宗教観からくるものではないだろうか。

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by miriyun | 2006-05-11 11:49 | サラディン紀行 | Comments(2)
2006年 05月 10日

馬上の人(2)…サハラ

 
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  乾燥帯では、乗り物といったらラクダのイメージが強いが、実は馬もよく使う。
砂漠では、はもっともっと走りにくいものかと思っていた。
 しかし、実際に見てみると、砂漠でもは想像以上のスピードで疾走できる。馬は小回りが利き、疾走できると言う点が優れている。
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            ↑ 砂漠の中のオアシスにて・・・ノマド 
やしの木の根元に水路があリ、水が流れていた。

 砂が深くて崩れやすい砂丘の場合や、水を得られない条件が続く場合は圧倒的にらくだが有利になる。したがってらくだと馬の両方を所有する場合、どこに何をしに行くのか、水が充分あるところなのかどうかを検討して、どちらを使うかそれぞれが判断することになるのだ。

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by miriyun | 2006-05-10 23:36 | チュニジア | Comments(0)
2006年 05月 09日

馬上の人…ぺトラ

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 ペトラに向かう道。色が徐々に赤くなる谷間シーク。このあたりまではまだ広いがこの先甚だ狭くなっていく。らくだの行き来が多い。地元の彼らはに乗るのに力が入っていないので自然体でゆったり揺られている。
 
 それに対して初心者を乗せた馬は極端に好みをあらわにする。初心者を乗せた場合の馬は概して、①姿勢が固い②重い ③リズムが合わない そういう人間を厭うようだ。自分の場合は、この3点すべて当てはまっていたのか、いやいや歩いていたので悲しかった。
 だが自分が馬だったら、やはりこんなリズムが合わない人間を乗せるのはいやだというに違いない。・・・。

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by miriyun | 2006-05-09 01:54 | ヨルダン | Comments(0)
2006年 05月 08日

もてなしの心

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     * 『二階から・・・・・・我が家でお茶をどうぞ!』

 場所はレバノン内、難民キャンプ。
電線・水道などの公共設備は引かれない。だから、水道は国連やNGOが基幹となる水道管を通す。ここでは水道管は無理やりいくつにも分岐させる。電線も自分たちでタコ足配線をしていく。何重にも絡み合いたれ下がる。

 常にしっかりとした行政サービスを受け、各種の専門職にサービスを依頼もできる社会で過ごしている私たちが、こういう状態を見るとそのたくましさに驚嘆する。
 元来、生活に必要があることはしがみついてもやっていくしかない。失敗してもできるまでやり直す。生活することってそういうことなのだ。

       そこでも忘れぬ もてなしの心
                  ーーー イスラームの心が上から降り注ぐ。


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by miriyun | 2006-05-08 12:57 | レバノン | Comments(2)
2006年 05月 07日

修復にかける情熱

 世界遺産は数多くあれど、どこの遺産にしてもそれを維持・保存することは容易なことではない。
 だが、計画都市イスファハーンでは支配者が決めておいたのであろうが、バザール・職人街が同じ広場をめぐる位置にある。そして、タイル・ミニアチュールなどの修復にあたる技術者が絶えることなく修復を行っている。
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   ↑大ドーム修復の足場が組んである。

イマーム・モスクにしても、その修復のための実寸のがモスクの内部にに置かれている。
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 ドームは微妙なカーブをもっていてそれに合わせて修理タイルを作っていかないと当然模様が揃わなくなるばかりか、タイルがきちんと収まらないなんてことも生じてくる。そのためドームの16分の1か、32分の1かの枠を作り、それにあわせて部材を並べていくのだ。
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 ドームのらせんのモデルが一部、枠に描かれていた。

 こういった修復をする職人が以前にTV番組で紹介されていたが、ここの修復に当たっているということに誇りを持ち、職人としていい年のとり方をしていたことを覚えている。

 こういった修復体制がとられている都市や歴史遺産は幸運なほうで、世界には後世に残せないのではと心配される遺産が多い。ましてや、せっかくの遺産を壊してしまおうという破壊的行為も後を絶たないのはなぜなのだろう・・・。

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by miriyun | 2006-05-07 14:28 | イラン(ペルシア) | Comments(2)
2006年 05月 06日

外からのドーム

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 イマーム・モスク(王のモスク)の主礼拝所の大ドームである。
まず、構造的には高いドラムの上にやや球根状のドームが載っている。この写真のドラム部分に装飾グリル入りの窓が8箇所あり、その窓の上のあたりからから、ドームの内側は二重となっている。昨日の内側から見たドーム写真で、窓の位置をご確認あれ。
 
 球根状のドームは数々あれど、あまりにも玉葱型であるより、このくらいのなだらかな曲線はいかにも優美である。

 色に注目してみよう。下から見ていくとドラム部分の窓の横はクーフィー体の文字がくっきりと並ぶ。しかしその白の陰になっているところも実は黒で文字がはめ込んである。
 ←例*アル・ハムドゥ・リッラー(神様のおかげです)
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 その上を見るとテーマカラーのラピスラズリ色でドームの下部をひきしめ、その中にスルス体の文字がびっしりとめぐる。
 ドームの曲面の青の色は、日のあたり具合で色味や輝きが異なる。正確にはなんというべきかわからないが.明るい青に黄色で反転する曲線を用いてのびやかに斜め格子状の線が柔らかな線として描かれている。
 その上に真っ白ならせん文様があり、濃紺(又は黒)で輪郭線が入れられている。

*これはミニアチュールでも必ず使われるのだが、くっきりとした模様となるように極めて細い線が入ることで模様が鮮やかに目に入ってくるのだ。なお、この方法は実は絨毯でも行われている。

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 感心するのは、黄色のラインは輪郭線をいれず、白に輪郭を入れている点である。
 
 黄色に輪郭を入れた姿を想像すると、互いの模様が主張しすぎて、いずれの良さも打ち消してしまうことが容易に想像される。
 黄色はあくまで背景であり、それによって奥行きと軽やかさを演出している。白のらせんが主であるわけだが、これが主役となるためにアクセントになっているのが、らせんとらせんを繋ぐ白と黄色と濃青が織り成す数種類の文様である。その中には、シャー(王)の名が由来のシャー・アッバース文様も見える。これらによって、この大ドームはやわらかな色ばかりを使いながら大きな存在感を持つ建築物となったのだ。

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by miriyun | 2006-05-06 10:30 | イラン(ペルシア) | Comments(8)
2006年 05月 05日

イスラム美術の華…ドーム天井

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 イスファハーン、イマーム・モスク(王のモスク)の主礼拝所・・壮大なる建築・イーワーンのカーブ・絵付けタイルとモザイク・タイルのせめぎあい・キブラのデザインの見事な調和いずれおとらぬイスラームの傑作揃い。
 
 しかし、上を見上げれば、それこそイスラームの建築・工芸の華・・・メイン・ドームの天井、繊細に慎重に絵付けされた無数のタイルによる壮大なるドームがそこにあった。

 ここのドームは外側が54m、内側が38mの高さの二重ドームである。外側に見える急勾配のカーブを持つドームは外からの美しさを追求したものだ。ふつうのドーム建築では、そのカーブのまま室内の天井を作るので急カーブな天井になり過ぎてその装飾の美しさが引き立たない。求心力や荘厳さは出るのだがのびのびとした広がり感には欠ける。
 そこで二重ドームにすれば、内も外も完璧な美しさを追求できる。そして、このイマーム・モスクのドームは見事に追求しきったといえる。

 明るい黄色にイスラム・カラーの青をこれほど上手に調和させたモスクはない。黄色はざっくり大きな模様に使うとモスク・イメージを損なうような目立ち方をしてしまう。だが、ここのドームは一つ一つの模様が小さく繊細で、それをびっしり使っているのだ。天井のカーブが緩やかであるため、窓のグリルを通した光が天井を明るく照らし、イーワーンの開きが大きいことと、この黄色が軽やかさを出して、壮大なドームでありながら、全く重さを感じさせない。

 そして、このドームは音が七重に響く。まさかと思うだろうが、ほんとうに響くのだ。響かせるには、まず場所が肝心だ。
 この部屋にはもともと中心部に黒大理石がはめ込んであり、そこに立つことにより、最高の反響効果が得られるようになっている。
 ガイドさんは声のよい人で、アザーンを唱えてくれた。正確に何重まで反響したのかは、あまりよい耳を持たない自分には判断できなかったが確かに何重かに響いていた。この天井を見て、この音を聞いたらムスリムでなくとも敬虔な気持ちになってしまう。

 そのときの様子を音で伝えられないのが残念。そこでガイドさんの画像とカリグラフィーでイメージを作ってみた。
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☆なんと漫画のようになってしまった。お粗末さまでした。
 文字は、「アッラーフ・アクバル、、アシュハドゥ・アンラー(音の同化のため、アッラーと発音)・イラーハ・イッラッラー」
 音も、アラブ・イスラーム学院のアザーンを聞き、天井写真を見ながら、その声が絵のように何重にも反響してくると考えていただければ雰囲気がつかめる。

☆そして、朗々たる声を響かせてくれたマジャールさん、ありがとう!

☆さて、なぜこれほどまでに反響するのだろうか?
① 最も反響するように、天井そのものの緩やかなカーブを計算し、石の位置を考えた。
② 二重ドームであることが反響の度合いを高めているのではないか?
③ 下は大理石の床、天井はエナメル・タイルがびっしりという材料も少しは関係があるのか。
 (想像できるポイントを考えてみたのだが、もっと根拠が欲しいところだ。)

☆ このドームの素晴らしさ・・感じとっていただければ幸いである。
ふぅーっ!他所の国のものなのに、なんだか解説するのが誇らしい気持ちになってしまっている。

 ーーーーまあ、良いものは人類全体の財産ということで・・・・。

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by miriyun | 2006-05-05 15:19 | イラン(ペルシア) | Comments(2)
2006年 05月 04日

一方向からだけのイメージ

 カイロについて初めてイスラーム都市としての魅力を紹介したNHK番組について先日紹介した。
 
 日本人は、エジプトといえば、ピラミッドに多神教の神々と神殿とをもってついイメージしてしまう。こういう私もそうだった。古代文明を見に行って、ついでに見たあれは何だったんだろう・・・という感じなのだ。
旅行パンフレットに掲載されている写真・ポスターも、各国の解説本も多くがピラミッドを代表とする古代エジプトものだ。

 だが、古代エジプトがあまりにも魅力的なため、そこばかりが強く印象付けられ、ことエジプトに関しては、見るべきもの、魅力あるものが多数ありながら、おまけにしか見られていない実態があった。旅行社も旅行雑誌もそういう意識でいる。

 もともと古代のほうに強烈なイメージがあり、中世以降の魅力をアピールしないでいると、いつまでも前者のイメージばかりを追い、他の魅力に気づかない固定観念の人を増やすばかりだ。

 さて、こんなことを考えるきっかけとなったものがある。

   下のポスターである。
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 これは、アル・カーヒラ(カイロ)の空港に貼ってあった。日本への旅行を誘うポスターだ。コンセプトは、最初に載せた日本のエジプトへの旅行を誘うパンフレットとあまり変わらない。

 題材は、富士山と芸者と思われる。 

 これを見てからだと、一方向からだけずっとずーっと見られ、それだけ聞かれるのってどうかなと思う。だから、エジプト観光局も古代以外の素晴らしさをもっとアピールしたらいいし、旅行社もリピーターを増やすためにもそういう町の魅力・イスラームの魅力・人々の魅力をもっと前面に出していってもいいのではないかと思うのだ。
  
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by miriyun | 2006-05-04 19:11 | Comments(0)
2006年 05月 03日

ローマ数字&モザイク石碑を読む

ローマ数字をつかったローマ帝国の遺跡のモザイクを読もう。

1.ローマ数字クイズ
  次の3つの中で、ローマ数字(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ~)が実際には使えないものは何だろうか?
     ①筆算    ②時計    ③携帯電話
 
                       ↓
               正解は後記の③にあります。


2、ローマ数字の基礎編 
ローマ数字はアルファベットの大文字そのものである。エジプトのヒエログリフやメソポタミアの数字は、数字として認識しやすいので壁画などに含まれていても、数字とわかる。
 しかし、ローマ数字は大文字の I が一、Vが5というように、全くのアルファベットなのだ。

 しかも、羊飼いが羊を数える時に1頭ごとに I を II III と書き足して行き、5頭ごとに異なる文字を入れたということで
I I I I V I I I I X と1~10までを表現したことから始まったという。そのうち、
2 を II 、
3を III、
4を IIII または IV  (5より1少ない)
5を V、
6を VI  (5より1多い)
7を VII
8を VIII
9を IX  (10より1少ない)
10を X
と、あらわすようになった。
すると20は XX 、 30は XXX 、35は XXXVとあらわすようになる。

その他の文字数字の意味は、次のようになる。
 I     V     X     L     C     D     M

 1    5     10    50    100   500    1000

****特色*****
① この上の位のあらわし方もあるにはあるが、もともと文字数の少ないアルファベットで無限の数字を表すのは無理があったようで複雑なあらわし方であったり一定でなかったりする。だから、現在は4000以上の数を実際にこの数字を使ってあらわすことはないという。

② 10ではなく5という単位で文字を変えている。そして4と6のあらわし方から5または10分の一以内のの数字が左にあった場合はもとの数から減算する。右側にあった場合は加算するというルールが見て取れる。

③ 最初のクイズの答え
 ・アの筆算・・・書いて見てください。どうやって掛算とかするんだ?・・・という状態になってしまう。つまり字数が多くなって始末に困ってしまうのだ。古代ローマでは専用のそろばんがあったようだが、筆算は厳しい。
 ・ウの電話・・・ローマ数字には「 0 」 がない!だから、080-とか044とか無理なのだ。
      『0』の発明はインドでアラビア経由でヨーロッパへ、のちに日本へと伝わった。
 *イの時計にはローマ数字がよく使われている。何しろ1~12(I~XII)まであればいいわけだから、時計にはあらわしやすい。現在では最も利用頻度が高いので、この文字を時計数字という言い方さえあるくらいなのだ。
*************
    
3.ローマ数字を読もう
    次の数字をよんでみよう。
                 1、XXXIX

                 2、CCCLXV

                 3、MMVI

                 4、MMMDCCCLXXIV

   もう少しで下のようなローマの時代のものが読めるようになる。
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≪答≫ 1、XXX(30)+IX(9)=39

     2、CCC(300)+LX(60)+V(5)=365・・・一年の日数

     3、MM(2000)+VI(6)=2006・・・今年の西暦なのだ

     4、MMM(3000)+DCCC(800)+LXX(70)+IV(4)=3874

と、まあこんな風にここの表す数字を加算していくことによってあらわすんだ。

特に4の問題の MMMDCCCLXXIV  に注目!
                   ↓
 長い!これがアラビア数字との違いなのだ。また、計算をやりにくくしているものなのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4、実践編・ローマ数字入りモザイク石碑を読もう!
 次にローマの残したモザイクから何が書いてあるか数字だけ読み取ってみよう。
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・ここまで読まれた方はもう充分に読めるので、ぜひお試しあれ。また、これが何を表すものか想像力豊かに、どうぞ!
← チュニジア スファックス出土 (色分け加工はmiriyun)


*この中で1~2行目につながる(ピンクの輪の中は人の名前)である。
   (黄緑の数字)年 
        (青の数字)月
             (オレンジの数字)日
                  (水色の数字)時間を表している。


*そして、上にはオリーブの小枝の絵
 ・・・・・・・下には、ヒナに餌をやる親鳥の絵がある。



★答え
 ・名前はクリスピナ、またはクリスピーナ・・・女性と思われる名だ。
 ・数字は、黄緑・・・・8年
       青・・・・・10月
       オレンジ・・・24日
          (ふつう、4は IVだが12世紀になってもIIIIとも書いたと記録に残っている。)
       水色・・・・・・6時間
   ・それに、平和のオリーブ、親鳥の姿

★ここからは、想像力を使って・・・・
  『クリスピーナ、ほどほど裕福な家の娘、
 8年10ヶ月24日と6時間を生きて、そして亡くなった。
 親は嘆いて、その愛を、もっと育てたかったという思いを、鳥のヒナを育てる絵に、
 安らかな眠りをオリーブの小枝に託して、モザイクの墓石(または棺)をつくった』
(6時間と細かく書いた点に親の切ない気持ちが伝わってくるような気がするのだが・・・)
   ≪注≫数字部分の読みはこれで確かだが、絵の解説は私の想像と独断による。

☆こうやって、見ていくと古い時代のことも生き生きと見えてくる。
             それが楽しみで、古い文字や数字を読んでみたくなる。

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by miriyun | 2006-05-03 19:22 | 数字・文字 | Comments(0)
2006年 05月 02日

モスクの宗派はどこで見る?

 モスクをみて、それがスンニー(スンナ)派か、シーア派化を判断するにはどうしたらいいのだろう。
 それには、装飾化されている文字に注目!モスクではクーフィー体などでさりげなく文様の中に滑り込ませてあるので、文字とは思わず見過ごしてしまうことがある。

 ではイマーム・モスクの実例を2つ。
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↑ 表門に付属するミナレットの根元部分
   そこにはクーフィー体で「アリー」と書かれている。

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 ↑ さらにこの壁面では中央にアッラーフ、その下にムハンマド、そして左右に組文様化したアリーの名が読み取れる。

★ いずれの場合も、4代目カリフのアリーを強調している。そして、あえて、アブー・バクルなどのカリフ名をのせない事によって、派を明らかにしている。すなわち、シーア派ということになるわけだ。

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by miriyun | 2006-05-02 22:35 | カリグラフィーを読もう | Comments(8)