カテゴリ:シリア( 80 )

パルミラの目覚めのとき

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パルミラがささやくように目覚めを見せていく

 じわりと色が変化する
    ・・・・・・・そんな一瞬に酔いしれる


 ☆ パルミラはシリア砂漠の真ん中にある。 シリア砂漠は単調に走り続けるしかない。砂丘もなければ奇岩もない、ひたすら乾いた大地の続くシリア砂漠を行く。 
  ここはシルクロードの西端に近い。
 はるか東からやってきた旅人にとっては苦しい山越え・砂漠越えをした後に更に続く変化のない大地である。これはつらいものだ。

 そうしたところに突如現れる375本の列柱とその柱の台座にのっていた彫刻群がキャラバンを歓迎するかのように居並ぶ。もちろん、水の湧くオアシス都市である。豊かに穏やかに暮らす人々、商売の活気、こういった姿がどんなにか旅人を元気付けたことか。
 パルミラはこうしてシルクロードのバラと讃えられた。
                               
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by miriyun | 2008-06-25 07:19 | シリア | Comments(8)

天井の美

歴史古文書館は壁のみならず、天井がすごい。

 オスマン・シリアの融合建築の天井、ご覧ください!!
      
                     ↓

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 このグリーンを基調色とする花の天井が好きだ。絨毯の柄にもして見たいような柄だ。
日本でこのように天井にこだわったのは豊臣秀吉だが、中東ではオスマン朝での天井はことに複雑だ。
 イスラームではドーム天井をモスクで採用するようになってからは天井装飾は当然のことになっていったと考えられる。
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by miriyun | 2007-09-04 07:20 | シリア | Comments(4)

スレイマニエ大帝の建てた学校

 ダマスカスの町をさらに歩いていくと、建築年がはっきりと表されたこんな文字板にであった。

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 1行目にスレイマニエ大帝が建てさせた学校と明記している。下には西暦1566年、ヒジュラ暦で974年としてある。

こういう年号表記は大変ありがたい。数字だけであるとヒジュラ暦か西暦か迷うことがある。このように列挙してあると迷いなくその時代を考える助けになる。

この由来を表記した文字は下の写真のアーチの上の装飾文字で表されている。実際、学校、スレイマニエまでは肉眼で確認できたが、それ以上はわからなかった。磨耗し確認しにくいためこうしてあたらしい表記が脇に作り直されたようだ。  
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   スレイマニエ大帝はオスマントルコ帝国の最盛期を築いた人物(1520~1566 )。彼は帝国として軍事的成功を修めただけでなく、芸術や文学、哲学等を愛し、数多くのモスクや公共施設をつくった。そのスレイマニエ1世が前スルタンの時に版図に加えたばかりのダマスカスにモスクと学校をつくっていたのだ。
 もちろん、建築家はミマール・ スィナン(シナン)である。
 ここのアーチ状の門の特色は白黒に職の大理石によるものであること。そして、白いほうに象嵌模様があることである。
 ここから、進んでいくとぶどう棚に緑あふれる細い通路があり、その先に中庭を中心に回廊とアーチでぐるっと囲まれた建物がある。
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 ここが1566年から、子どもや青年たちの学び舎であったのだ。現在は学び舎の役目は学校になっているので、ここはハンド・クラフト・センターとなり、ダマスカスの工芸品のスークになっている。

◆ 大理石の2色あるいは3色使いのボーダー柄(つい、シマシマといってしまうが・・・)の建物を探して、ダマスカスの東から西へと歩いてしまった。
 この様式はオスマン朝の建築で、ただし直前までシリアを治めていたアイユーブ朝からマムルーク朝の間のシリア文化・文様が混ざりこんだ形での建築文化になったのではないだろうか。そして、その混合型文化としては1566年創設のこの門がとくに古い時代のものと思われる。

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by miriyun | 2007-09-03 00:26 | シリア | Comments(6)

ダマスカス歴史古文書館のつくり(1)

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ダマスカス歴史古文書館
 ここにはダマスカスに残る多くの貴重な文書が集積されている。NHK文明への道でワクフの研究者として紹介されていたオラビー氏と出会ったのがここの中庭である。

 オラビー氏はモスクや病院などの公共施設が周辺施設がともにつくられ、後々までもモスクが修繕運営していくことができるしくみを研究している研究者である。

 この出会いをきっかけに自分自身もこのしくみに大変興味を持つようになった。
ザンギー朝ヌールッディーン
アイユーブ朝のサラーフッディーン
マムルーク朝
オスマン朝のスルタンたちの間で実例が多い。


☆さて、オラビー氏の立たれているのが古文書館の建物であるが、ボーダーとは少し異なる配列であったが黒と赤と白の大理石が使われていた。


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 入り口のアーチの上には装飾象嵌がある。


☆室内も壁と床は同じ大理石で、
また、室内には泉水を楽しむ場がやはり大理石でしつらえてある。
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 室内に泉水・・・これがこの建築方式の特色なんだろうか。エイト・ポイント・スターのアラベスクが石の色味を使って表されていた。

◆大理石と水の関係◆
 大理石はもともと熱が伝わりにくい。触るとヒヤッとする。酷暑の夏に大理石の部屋に入るとそれだけで涼しいのだ。泉水があるとそこを通る風によって気化熱が奪われるから、尚更涼しい。
また、水に濡れると、大理石は色が冴える。だから泉水の色大理石は大変美術的効果が高いことになる。せっかく水を使うのに大理石で文様を作らないなんてもったいないということになる。

 建設年は不明であるが、建築様式がアゼム宮殿との共通点が多いので、これもオスマン朝の支配時代のものかと思われる。                                                        
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*PCの件、ご心配をおかけしました。気持ちの上では立ち直りました。ありがとうございます。     


                                                                               
by miriyun | 2007-09-02 07:00 | シリア | Comments(2)

高度な絵付けタイルと大理石

 サラディン廟もシマシマ
 シリアではもとよりウマイヤドモスクがそもそも大理石象嵌である。その伝統によるものであろうが、アゼム宮殿のみならず、サラディン廟も内壁は大理石象嵌である。
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 しかもよくよく見れば、アゼム宮殿と全く同じ色のシマシマ柄なのだ。
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この廟はイスラームでは廟は緑色の照明にしている場合が多い。ここも全体が緑がかっているので、実際の色がわかりにくい。そこで、赤と青の補正をかけて本来の大理石の色に近づけている。そうするとアゼム宮殿と同じ色になることがわかった

 残念ながらサラディン廟を作ったのは、サラディンの息子だとわかっているが、その後改築があったかどうかは聞いていない。だから、建築された時代がいつかわからないが、非常にアゼム宮殿との類似点が多いのは明らかなことである。
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 装飾の中には、横縞のきつさを和らげるなんとも可愛い模様もある。

絵付け文字焼きタイルを見よう!

 サラディン廟の中では、人々はサラディンの棺に向かって祈っている。そして、一部にはサラディンの肖像画を仰ぎ見る者もいる。しかし、緑色に染まった壁をじっと見ている人はまずいない。
 
 しかしこの中に見事な絵付けタイルがある。
 シリアはさほどタイルでは有名ではないが、ここのタイルを見てまず文字を表したタイルが非常に美しく描かれていることに驚かされた。

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文字は少しでもにじめば形はぼけて美しさが無くなってしまう。タイルの絵付けとしては最も難しい分野だと思う。
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 植物タイルの柄はペルシア風と思われるものもある。
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 さらに花模様のタイルはトルコのトプカプ宮殿の花模様に酷似している。(象嵌の中にはチューリップ柄まである。)

 この素晴らしいタイルを見るに及んで、なおさらサラディン廟の建築・改築の流れを知りたいものだと思った。(どなたかご存知でしたらお教えをいただきたく・・・。)

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by miriyun | 2007-09-01 14:57 | シリア | Comments(2)

アゼム宮殿…宮殿建築の傑作

 アゼム宮殿・・・オスマン帝国の支配下において、総督であったアサド・パシャ・アル・アゼムは、装飾面において顕著な特色をあらわす宮殿を造ったことで名を残すことになった。
 
 横じま状に組んだ大理石はともすると猛々しくなったり、落ち着かない雰囲気をさせたりしてしまう。とても芸術的とはいえない印象になる。
 それなのに、なぜこの建築が傑作といわれるのか?
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 壁面やイーワーンへの大理石象嵌細工、そして窓辺にも透かし模様が入っている。横じま模様の中で、大胆に入れられた円形の窓や装飾が目に入る。窓ごとのランプも心憎い。透かしの装飾がシルエットとして浮かび上がるしくみだ。

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 そして、イスラームの建築に共通の中庭方式をとっており、、モスクではないがイーワーンがおかれて風格があり、連続性のある建築となっている。
 そして、壁のみでなく足元の石も見事なデザインとなっており、壁面装飾と同じだけの意識を持って島であったり、円形デザインであったり、場所ごとにデザインを変えて、きっちりと隙間なく敷きつめられている。

 そして、中庭であるから当然のごとく泉水があり、木々が緑なすのである。

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    イーワーン方式の建物、泉水(この時、水は入れていなかった)、そして緑の多い中庭

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by miriyun | 2007-08-31 23:16 | シリア | Comments(4)

大理石象嵌の泉水

               ◇お知らせ◇ 
 とうとう、我が家でも・・・。調子が悪かったPCのハードディスクがとうとう壊れてしまいました。まだ、購入してから2年半、確かに膨大な量のデータは入れていたけれど、そんなに酷使したつもりはないのです。
 デジタルデータ・・・アナログ物より保存に優れ整理もしやすい、それを当てにして使っていたのですが、壊れるときはなんともあっけなく・・・。(心で泣いて~)
 ノートPCを持ってきてインターネット設定から行い、そしてぱらぱらとバックアップしたデータを拾い集めていますが、まだ思うように必要なデータを探せないでいます。
 
 ◇更新・お返事など遅くなっていてすいません.しばらくスローペースですがどうぞよろしくお願いします。
~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・

アゼム宮殿の泉水
 ダマスカスの著名な建築としてはウマイヤドモスクがあり、その近くにウマイヤ朝のカリフやアイユーブ朝・マムルーク朝の君主たちが居住してきた。
 そこに1749年,オスマン朝の総督アサッド・パシャ・アル・アゼムが宮殿を造った。      
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この宮殿はイスラームの中庭方式のもので、そこに泉水を設けている。水こそがイスラームの建築の要なので噴水や泉水が作られている。水が豊富にあることをアピールしているつくりだ。
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 その泉水は室内にも作られている。
 そして、大理石象嵌、ダマスカスでは大理石象嵌が極めて多い。ここでも文様がすべて色の異なる大理石でできている。4つある水の出口の造詣がおしゃれだ。

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by miriyun | 2007-08-27 01:48 | シリア | Comments(8)

エェ~ッ!?忍者?…イスラームの街角

 街角を歩くと、ひょんなところに日本を見つけることがある。日本の車、日本のアニメはもちろんだが、エェ~~と思ったのが、これ。
 ダマスカスの街角で見つけた映画のポスター
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 題名は、もろにNINJAだ。 Jの文字の上が日本刀の柄とつばになっているのがデザインの工夫をしたところらしい。よく見ると、車が吹っ飛ぶアクションものらしいが、その上をシュルシュルと手裏剣が飛んでいる。(いったい、どこの映画か?よもや日本ではないだろうと思っているのだが・・・)

よく日本にやってきた日本通の外国人が、当初は街の中に普通に忍者とかいるのだと思っていたという。それほど、一部には忍者は日本を代表する文化の一種と考えられているようだ。しかし、車やハイテク産業で名だたる日本のイメージと同居していることが、妙におかしい。

 ◆ ところで、日本に来た外国人は忍者はいなかったとがっかりしているが、この武芸?がまったく廃れてしまったのかというとそうではない。

 実は・・・・!

 実は、身近にも日々、古武道および手裏剣技などを伝える家柄の人がいて、そういう家に生まれた人は日々子どものころから鍛錬しているという。
 手裏剣などもかなりの威力がある反面、下手に扱えば自分でも怖いものらしい。その人は長い槍も使うし、吹き矢も使う。この人の家に泥棒など入ったら、泥棒のほうが散々な目に会うだろう。
なお、この人は先日,飛んでいるハエを素手で捕まえ(つぶしたわけではない)、また放してやっていた。後で詳しく聞くと、なんでも指と指の股にはさんで捕まえるそうだ。
 簡単そうに言っていたけど、そんなこと普通はできない!

 この人の家は忍者の家ではないが武道を伝える家ということだ。しかし、忍者の家柄も続いているそうだ。
 
 あなたの隣にも実は普通の格好をした忍者がいるかもしれない・・・。

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by miriyun | 2007-07-26 16:17 | シリア | Comments(6)

クイズ*ハンマームとウード職人…メディナ(旧市街)散策

 イスラームの国々で心躍らすのは素晴らしい自然と、メディナ(旧市街)散策。メディナでは予定なしに気が向くままに歩き回り、そこでのふれあいを楽しむ。
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メディナといったら、白壁に囲まれた細い路地。強い日射しをさえぎる緑涼やかな昼下がりを歩く。ここはダマスカス。私が好きな町。

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Al selselahというハンマームの入口の文字。ハンマームはローマ風呂、すなわちサウナ。ローマ帝国のきれい好き、風呂の習慣はヨーロッパには残らなかったがイスラームではハンマームという文化として定着した。イスラーム都市の旧市街には必ずある。 

◆クイズ◆          ハンマームはモスクのそばにあることが多い。それはなぜか?  (答えは、きょうの最後に記載するのでご覧あれ!)

 
 な~んていう問題を考えながら、更に路地をすすんでいく。

 路地の奥に迷い込んだらウード職人の店があった。表通りの店と違って、観光客がめったにくることのないところ。近所の人まで次々とやってきて、「すごいだろう、こいつは腕がいいんだ。」「ぜひ写真を撮れ」といってくる。最初から買ってくれるとは思っていないようで、ウードの写真を撮ったらそれで満足していた。
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 夕闇濃くなってから出会ったのは、人なつこい子どもたち。(真ん中の子は目が大きくてインド舞踊をやっている女の子のようだ。)いい一日はこの笑顔で締めくくられた。

さて、ここで◆クイズの答◆
 ハンマームやスークをモスクと共につくり、そこからの収益の一部を永久に公共の建造物であるモスクの修繕費・運営費にあてる。そういうことを最初から計画しているので、モスク建設と共にハンマームも計画するのだ。
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by miriyun | 2007-06-04 18:07 | シリア | Comments(6)

地形の不思議(1)

中東を回っていて、時々不思議な地形や珍しい色の山に出会うことがある。それらがいったいなんであるかわからないまま、記憶の奥にしまいこまれている。しかし、ところどころで気になったものが、だんだんと線としてつながりを見せ意味を持ち始める。
 何年もかかって、そうやって暖めてきたものをこれからは少しづつ出していこう。地学・火山学というのだろうか・・・・その用語さえ定かでないが、どうやってできたのか、こういう山や岩の呼び名があるのかなど詳しい方にご教示願えれば幸いと思う。
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 ↑シリア西方マアルーラ近郊

 この山の形は中東地域でここ以外でも見ている。延々と衝立のように山の峰に続く様子は、驚異である。
 このあたりの子どもたちは、山の絵を描くときはこの形を描くのだろうとふと思ったりした。

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by miriyun | 2007-05-28 23:44 | シリア | Comments(2)