写真でイスラーム  

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2009年 01月 17日

ラニア妃、この世の地獄を語る

◆1000名をとっくに越したガザの被害。
  そしてまだ停まることのない爆撃・・・・


◆12月29日に自分は、こんなことにはなって欲しくないと心配しつつ、「写真でイスラーム」の記事を書いていた。
 「国連は非難声明を出したが、それはレバノンの時でもそうであった。そればかりか国連職員の援助拠点とするところを狙い撃ちされ大きな犠牲が出た。
 ~中略~ イスラエルはこれまでにないくらい徹底した空爆を行い、イスラエル人の100倍もの犠牲者を生み出そうとするのか。レバノンの時には停戦間際にクラスター爆弾をばら撒いたから今回もそうするのか。」・・・と。

◆現状はどうか?

1.パレスチナ人の死者 1038名、イスラエル人の死者 13名(うち、4名は自軍からの誤爆による死者) ただし1/15日自現在の数値。
 パレスチナ人被害は昨日1132名にもなっていて、さらに停戦をにらんで駆け込み空爆で被害は今なお増え続けている。
2.イスラエル軍は5日、国連学校を爆撃、避難民が多数死傷する。15日、ガザ中心部にある「国連パレスチナ難民救済事業機関」の本部に砲撃を加え、職員少なくとも3人が負傷した。この機関はUNRWA(ウヌルワ)といい、世界の中でも最も長く窮状にあえぐパレスチナ難民問題を扱う国連機関であり、パレスチナ自治区をはじめ、周辺国の難民キャンプで援助活動をしている。
 さらに、多くの海外メディアのガザ支局のビルも攻撃されカメラマンらが負傷している。
3.クラスターはやはり使われている。
 先日来、二度にわたって白りん弾(骨まで焼き尽くすという危険を指摘されている)であるという報道もされている。

 被害者の増大とは反比例して報道が減ってきている日本の実情・・・。

◆ラニア妃は語る
 一方、ラニア妃はアピールし続ける。
16日、地球におけるこの世の地獄とも言うべき惨状についてうったえた。

Queen Rania describes Hell on Earth


( ↓ 文字部分だけを大ざっぱ意訳。正確さは全く保障できないので妃の言葉とともにそれぞれ聞き取ってください)

この世の地獄
密集・汚れ・下水・ネズミ・臭気
爆撃で家は裂かれバラバラに散る。
危険な街区、ほこりに息を詰まらせ
人々はおびえ立ちすくむ。
飢え・水道はなく、灯はつかない。

爆発・叫び・犠牲者の痛み
配給の薬、ドクターは消耗、
赤ちゃんは泣き叫ぶ ひとりで苦しみ
倒れる身体・・・墓・・・。

眠れず、恐怖は終わらない。

これがガザ!

◆パレスチナ実情

 そして、日本でも頑張り続けているメディアやNGO・NPOはある。
 デイズジャパンの中のリンクから、パレスチナ自治区内部の画像がまとめられていて、各国語で訳が入っているものを紹介したい。
http://www.elfarra.org/gallery/gaza.htm#


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by miriyun | 2009-01-17 06:50 | その他 | Comments(4)
2008年 08月 09日

北京オリンピック開会式

北京オリンピックの開会式がおこなわれた。

 人口13億の中国なら人員を大動員してのマスゲームは当然おこなわれるだろうと思っていた。たしかにマスゲーム的なところもあった。だが、実際見たのは中国の4000年におよぶ歴史をあらわす壮大なテーマに沿ったデジタルと生身の人間のパフォーマンスを見事に融合させたものだった。

 とくに感心したのはデジタルで表現した絵巻物から、中国の壮大な歴史が次々と現れ出でてくるチャン・イーモウ氏の総合演出で、これはみごたえがあった。
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                                (NHKTV画面より引用)
 開会式ではどの大会でもその国の歴史や伝統文化でもってそれぞれの国らしさを現している

 だが、今回の中国はとくにその長い歴史を意識させられ、素晴らしかった時代の力が飛び出してくることだった。そして。筆記の媒体と文字にこだわる私にとってかなり気になる素材でもあった。☆中国は2000年前に蔡倫によって紙を発明した。それをあらわしたのだろうが紙に書くというイメージをあらわしている。
 絵巻物の上に人が踊りながら山水の巨大画を絵巻物に描く。

◆ここで紙に単純な線で書いた絵巻物が、この開会式でずっとテーマとし提示され、しだいに色が入れられたりしながら完成していくという複線も持っていた。しかもこの絵巻物で表すというテーマは何と聖火点火まで一貫していたということが後にわかる。
    
☆孔子の3000人の弟子が竹簡をもって現れる。孔子の3000人の弟子は孔子の言葉を残すのに竹簡に書いたのだ。竹簡に書いていた重みもあるし大変かさばる。
  *孔子の時代は春秋戦国時代、紙の発明より更に500年遡る。したがって紙はない。紙がない時代、西ではもっぱらパピルスであったが、東アジアや東南アジアは木簡・または竹簡といい、細くきった木や竹をひもでつないで文字を書きつけたのだった。
 
 宋の時代の活版印刷をマスゲームを芸術的に使って描いている。
それこそ山ほどの活字の中から古い形の「 和 }、そのあとには新しい「 和 」という字が浮かび上がる。

 絵巻物があらわれ、その中で歴史を語る人々の群舞があるという形が続く。シルクロードでの絹や陶磁器の交易・ムスリムであった鄭和の大遠征イメージ・磁石・・・とつづいた。
 このなかで傑出していたのはやはり艦隊。それぞれの演技者が持つ櫂が大きくうねりなががら動くことで鄭和艦隊の大きな船の勇壮さを出していた。
 中国の発明品と歴史は日本や東南アジアなどはよく知っているだろうが、欧米諸国の中ではあまり知られていないものもあるが、この開会式のパフォーマンスによって中国の歴史、アジアの歴史そのものも見直されたのではないだろうか。

◆ さて、選手入場のほうであるが、いつものアルファベット順ではなく中国の漢字で各国を表記した上で、その第1文字目の画数の少ないほうからのせるというものだった。マンネリしていた順番が次はどこだろうという楽しみになってこれはいい。
 もちろんギリシャが発祥の地として敬意を表され1番に来ている。だがその後には、「 几 」という2画のギニアが来る。トルコも「 土 」で早いからすぐかなと思っていると案の定、すぐの登場だった。にほんは4画とか、キーボードで打ち込むことが多くなり漢字の画数など久しく意識していなかったが、漢字文化圏ではこの国はどういう漢字か、何画か、などという声が聞こえたに違いない。

イスラーム地域の中からいくつか、
トルコ・・・赤の旗に星はすぐに目立つ
イエメン・・・頭文字Yなのでいつもならずっと後に行進するのが、最初のほうでの行進だった。
パレスチナ・・・練習場所にも事欠き、競泳の選手がなんと16mプールで練習してきたとのこと。しかし、祭典で旗を翻し、参加選手団5人が両手をつなぎアピールしていく姿が、自治区と周辺諸国の難民との希望となっていることだろう。
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カタール・・・表情豊かに両手をふり楽しんでいる人が多かった。
アフガニスタン・・・でてくることに意義がある。カルザイ氏がスタンドで手をふっていた。
イラク・・・同じく出てこれてよかった。国の人々はどのような思いで見ているだろう。
サウジアラビア・・・緑のシャハーダの語句の旗が入場したとたんに目立った。
アラブ首長国連邦・・・ドバイを含む7つの首長国からなる急発展の国。 
 ・・・・・・・・・・イスラームの国はまだまだたくさん続いた。

◆ 大選手団を送り込んできた国は注目度もメダル獲得数も多いのだろう。
 だが、こういう開会式などでは、あまり報道のない国、文化も知らない国が少人数で参加している。こういう国があり、それぞれの民族衣装や人々の顔を見てその国を想像して過ごす時間があってよい。
 しだいに派手になっていく開会式の様子を見て、次の国も困るだろう。中国のこの派手な開会式とは裏腹の問題点も山積みだ。しかし、このいっときは世界の人が1万人にも及ぶ選手たちを祝福し、互いの国に思いを馳せる時だった。 

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by miriyun | 2008-08-09 00:29 | その他 | Comments(10)
2008年 07月 23日

重い!・・・金の話(1)

金という金属は、いろいろな意味で特別だ。

1、金の採掘
  60kg(ヒトの体重くらい)の金鉱石からわずか0.3g、1tの金鉱石から得られるのもせいぜい4~5gほど採るのがやっとである。

 金は7000~8000年前から利用されており、有史以来、掘り出された量は14万tにもなる。このうちの何%かは、きっと古代エジプトで使用されたのではないだろうか。
 
 地下埋蔵量は6~7万tといわれているので掘り出されてしまった量のほうが多い。そしてどのあたりまで掘っているかというと、深さでいうなら地下3000mでほっている南アフリカ共和国の金鉱山が有名である。

2、金の重さ 
 この南アフリカ共和国の金の展示場所に金の延べ棒が置いてあるという。それを片手でもてたら贈呈するという話がずうっと昔から言われている。今でもそういうアピールをしているかどうかはわからない。でも金の延べ棒とはどんな重さであろうという意識はずっと残っていた。

 それを試すことがつい先日できた。それは某デパート内で金に関する展示があったからだ。
 延べ棒が4本並べてあった。鉄・銅・銀・金が同じ大きさの延べ棒で並べてある。ラージバーである。
c0067690_1171790.jpg

                      ↑写真は不可であったのでイメージ画を作製した
これを、手につかんでいいという。
       体験型展示は大好きだ!企画者に感謝!
 まず、鉄を掴んでみた。台の上にのせてあり、若干浮いている。手を入れてつかみやすくなっているため容易に持ち上げることができた。次に銅と銀、台にのっていないがこれも持ち上げられる。

 最後に金であるがこれも台の上においてあり指を下にあてがうことができる。だから指を書けることができ掴むことはできる。しかし、持ち上がらない。
 それどころか、びくとも動かない。
               微動だにしないのだ。
 実感!!!・・・ほんとに金は重かった!

 同じ大きさでも 鉄は5kg金は12kgであった。

  これが床にそのままおかれたならば、全く無理としか言いようのない重さである。だから、南アフリカの延べ棒を誰も獲得した人はいなかったのだ。・・・金の比重は19.3(水を1とした重さ)だもの。

 実は千両箱も置いてあったが、これは両手でも重くて持ち上がらなかった。造幣局の博物館においてある慶長小判1,000両は、箱の重さ2kgも含めて約20Kgである。千両箱を担いで泥棒がひょいひょいと屋根の上を逃げて行くなんていう時代劇があるが、それもこの重さでは考えられないことだったのだ。                                                                   
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by miriyun | 2008-07-23 11:25 | その他 | Comments(4)
2007年 12月 16日

日本の危機と3人の分析力・行動力

あらためて思う。
日本の危機だった。
要するにこのテロはソウルオリンピック阻止、不安を与え、そしてその罪を巧妙に日本になすりつけようとするものだったという。
 そして、それを阻止したのは冷静な分析力・行動力と日本を守るという意志の力だった。

≪視聴≫
土曜プレミアム特別企画
大韓航空機爆破事件から20年・金賢姫を捕らえた男たち~封印された3日間~

 2時間10分、夕食後、子ども達も含めて家族で見入ってしまった。フジTVこんなのをつくれるのかい?という感じ。NHK特集を見たような気になってしまった。緊張感を持続して席を離れず見た.
 CMも最小限に押さえてあるかのように感ずる。バラエティでよくある見所でブチッと切れたり、CMのあとに同じことを繰り返したりする見苦しさがないのもよかった。
 いや~!久しぶりに緊迫感と見ごたえがある番組だった。

 普通は難しい話だとすぐに席を立ってしまう子がなぜ一緒に見たのか。それは最初に大韓航空機行方不明との第一報が入った時の大使館職員の分析にある。
 スゴイッ!
 こんな風に冷静に該当しないものを消しながら絞り込んでいくのだと感じ入っていた。

・・・・分 析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アラブ首長国連邦大使館アブダビ勤務の矢原純一に大韓機消息を絶つの一報。
彼は自衛隊から出向していた書記官でヘリコプターのパイロットだったこともあって航空事情に強い。

行方不明、日本人乗客はいない模様との報告。
何か引っかかる、すっきりしない。
御巣鷹山に墜落した日航機だって、ダッチロールくり返しながら飛んでいた、何かあるはず。
胸のもやもやが晴れない。
858便の飛行経路チェック。ポジションレポートと呼ばれる交信記録。その更新がミャンマー沖合いで突然途切れている。極めて突発的に何か起こったと判断。

◆地道な分析◆
1.故障・・・エンジントラブルは?エンジン4基 1基残れば水平飛行できる 一気に4基壊れても航空機は滑空できるからメーデー(緊急事態)を発することができる。故障ならほぼ100%メーデー発信が可能なのに、発信されていない。
 
2.ハイジャック・・・何らかの声明や要求が出るはずなのに出ていない

3.空中衝突・・・もう1機行方不明機が出てこなければならない。

4.撃墜・・・飛行経路に韓国の敵対国はない。

5.パイロットの異常・・・まわりの乗員が気づくはずだ。

6.爆破  爆破?これしかない?!

当時日本赤軍が活発に動いていた。一本の線でつながる。犯人が日本人である可能性も否定できない。

矢原・・・バグダッドからの858便の搭乗者リストを自分の手で再チェック。
「日本人の名前は日本人にしかわからない!」MrシンイチとMissマユミを発見。彼らがガルフ航空でバーレーンに向かったことを調べる。

・・・・2枚の航空券と犯人の行動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
犯人は最初、東欧ベオグラードからバグダッドへ。バグダッドから大韓航空機搭乗・・・中継地アブダビで降りる・・・チケットはバハレーンへ行くチケットになっている。しかし、これは偽装用のチケットで、逃走用としてはアブダビからローマへ向かうチケットを所持していた。

ところが乗換え専用ゲートで係員にチケットの乗換チケットの提示を求められ、バハレーンへのチケットを見せるしかなく、バハレーン行きの航空機手続きされて搭乗することになってしまった。
 つまり、擬装用のチケットのところに行かざるを得ない手違いが生じたのである。そのバハレーンで宿泊し、次のローマへの便を待つ間が、彼らには緊張する場面であった。

*より日本人らしく見えるよう、カメラを持って観光したり、
「どこの国へ行っても昼間からゆっくり風呂へ入る。それが日本人というものだ。」とシンイチがいって、金賢姫にバスに湯をためバスタオルに水をかけさせ使ったふりをさせるなどの行為が笑えそうで笑えない・・・。(ここまで、日本人らしくするために、彼らは日本から拉致してきたリ・ウネという人(後に田口八重子さんと判明)から日本人らしさや日本語を学んでいたことが後に判明したのだった。)

・・・・意志と行動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 バーレーン大使館の砂川昌順塩原順の二人。シンイチ・マユミのファーストネームしか記載されていない二人のことが連絡されてきた。爆破した可能性がある。日本人がさせた可能性もあるということも。
当時翌年ソウルオリンピックで民族意識高まっていた。教科書問題もあり。
日本人がやったとなったら、大変なことになっていた。

異国の地で外交官が何かを調査できない。地元の官憲を動かさなければならない。
バハレーンは中東の空の交差点。入国の確認さえ特定困難。
そこをたくさんの困難を乗り越え、つてを頼って入国を確認していく。
 
 このバハレーンにいる間が、日本の大使館員にとっては唯一の犯人確保のチャンスなのだった。しかし、捜査権はない。

パスポートNo.が別人のものであることが判明。爆破犯である可能性も。しかし、みはることしかできなかった。

空港で、空港係員に偽造パスポートの件で確保してもらう。
出国ゲートで二人がパスポートを見せるところでパスポートを押さえ、日本の旅券法違反で確保。

荷物を確認した中で、手帳の中の暗号を発見。砂川はここで彼らが日本人ではなく工作員だと判断する。しかし、彼らは服毒。ハチヤマユミだけ、バハレーンの係員が毒入りタバコを撥ね飛ばしたので、かろうじて助かった。

 砂川はうそを繰り返すハチヤマユミこと金賢姫に面会。「私は日本が懐かしい。黒龍江省出身の日本人である」とたどたどしく話す彼女に、砂川は中国語で話しかけた。しかしそれに彼女は答えられなかった。
 それでも一人の人間対人間として真心を込めて話す砂川にとうとう 「わたし、日本人でないから・・・」 という。
 こうして、その後この事件は解明されていった。ただし、日本も権利があったのに捜査権を韓国に渡してしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ノンキャリアの3人が、いかに外務省・国という組織のルールの中で精一杯駆けずり回ったことか。誰でも環境を与えられればできて当然となるか、できない環境の中で動くには明確な意志が必要になる。それを持ってこその動きだったことが本人へのインタビューからも窺い知ることができた。

矢原氏・・・「日本が苦しい立場から免れることができた。それだけでよい。」
砂川氏・・・「世の中も組織もそれぞれのルールの中で動いている。しかし時には何かを踏み越えても決断しなければならないことがあるならないことがある。それを学んだことが私のかけがえのない宝だ。」

*私はこの番組を見て、最初にNHK特集のようだと述べた。しかし、この題材はNHKでは扱いにくかったかもしれない。
≪最後に≫
  彼らの働きについて、外務大臣は大使宛の一枚の電報でおほめの言葉を送った。
  日本国民は、知らされていなかった。

            

≪追記≫
 NHKでやっていたようだというコメントをいただく。
 さっそく調べると今年(ではなく2006年のことだった)7月29日に、NHK-BSでやっていた。(残念ながら、うちにはBSがないのでチェックしていなかった。)砂川氏がこの事件を風化させてはならないと2003年に『極秘指令―金賢姫拘束の真相』(NHK出版 )を出しており、それを元に「BSドキュメンタリー証言でつづる現代史」という番組で、大韓航空機爆破事件を扱っていたという。そうすると、フジのは掘り起こしたのではなくNHKの後追いということになる。
 しかし、今回フジは土曜日のゴールデンタイムに2時間以上の特別番組を組み、これだけ丁寧な解説を入れつつ緊迫感あふれる内容でつくっている。BSという一部の人しか見ることができないものでなく、多くの人に知られるようにしたことは後追いとはいえ充分評価できる。

≪さらに追記≫
 最もよくご存知の方がコメントを寄せてくださった。冷静な分析で早い段階での爆破の事実を掴み、日本人名の二人が大韓航空機に乗っていて、そして乗り継ぎのため降りた。その時に手荷物を置いていったのだろうと、そこまで分析した矢原純一さんからであった。
  矢原さんによると、ご自身がこのように関わって分析していたことについては直後に書かれた資料を定年までしまってあり、定年後初めて友人に見せたことから新聞の編集長・TV局へと伝わったものであったという。それこそ封印状態にあったわけである。そのため、NHKでもその存在を知らず、NHKーBSでは砂川レポートだけを追ったものであった。
 したがってバハレーンの砂川レポートについてはフジTVはNHKの後追いだったかも知れないが、アブダビの矢原レポートについては初の登場になったわけで大変価値ある内容となったのだった。
 今回のフジTVで、初めて両者のレポートを合わせた形でドキュメンタリーになったのであり、全くわかりにくかった20年前の事情が糸がほぐれるようにわかった所以である。
  
  

≪なぜ20年前に解明されなかったのか?≫
 このTVの題名でもあるように、私は何らかの理由でこの事実が封印されたのかと思った。しかし、本人が封印したわけではないという。
矢原氏の言葉を抜粋してお伝えしよう。
当時、マスコミは勿論、国民の多くも自殺を図った女性が何者か?という一点にのみ興味が集中し、誰がどうやって二人を炙り出したのかなどと興味を持つ者は皆無でした。外務省そのものも全く興味がないとみえ、私は事件後、当然「何故不審に思ったか」とか「何をどう分析したののか」等々、分析の経緯について報告を求められるものと思い、資料を準備しましたが、本日に至るも、一度も質問さえ受けたことはありません

以上、驚くべき答えをいただいた。国は上から命令を伝達するだけで下からの吸い上げはしないということなのか。それにしてもこれだけ大きなテロ事件・偽装工作と拉致事件との関連がある出来事なのだ。当然関係者一同がどう情報を入手し、それぞれどのように動いたか、また少ない情報からいかに真実に近づいていったかを確認し手外務省としての報告書が完成しているものと思い込んでいた。しかしそうではなかったというのだ。

14日の記事にこういう番組があるということを事前に書いたが、その中で一斉に金賢姫に飛びつき、中東で何が起きていたのかということに向かうメディアがなかったことに問題ありと述べてきた。
 しかし、問題はメディアの問題だけではなかったのだ。 
                   ポチッと応援よろしくおねがいします

☆このあとも続々とコメントをいただいています。下のコメント欄をご覧ください。

by miriyun | 2007-12-16 10:25 | その他 | Comments(39)
2007年 11月 17日

アラビア書道作品展のお知らせ

◆ 作品展のお知らせ
 現地時間16日から本田孝一氏のアラビア書道の個展が開催されている。

期日: 2007年11月16日(金)~11月30日(金)

 場所はイスタンブールユルドゥズ宮殿  (ユルドゥズ・サラユ) 。
ここにIRCICA(Research Centre for Islamic History Art and Culture)イスラム歴史・技術・文化研究センターがある。アラビア語のカリグラフィーの登竜門としてのコンクールが3年に一度開催しているのがこのIRCICAだ。  
 宮殿ではあるが、通常の観光ルートからは外れている。ヨーロッパ側の新市街、ベシクタシュからバルバロス通りを北に少し行ったところで、ユルドゥズ公園に隣接する。
 イスタンブールのタクシーの運転手も知らないことが多く、近くのチュラーンパレスなど他の宮殿につれていたれてしまうことがあるので、下記の住所をメモしてお出かけを!

Barbaros Bulvari, Yildiz Sarayi, Seyir Köskü 34349, Besiktas
(TEL: +90-212-259-1744)
 

先のNHKの番組でも紹介されていたが、新作20点ほどが展示される。

なお、2階建ての小さい宮殿とはいえ、セキュリティは厳しく外国人はパスポート提示だとか?行かれる方は念のためご用意を!

◆その他のお知らせ
 一週間ほど、更新できないかもしれません。うまくインターネットカフェを見つけたら写真館を中心に更新します。
 また、Exciteブログは19日メンテナンスのため表示できなくなるようです。

 いろいろご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。
 また、いつも励ましの言葉をくださる皆様、ありがとうございます。遅くなるかもしれませんが必ずお返事しますのでよろしくお願いします。

 また、よろしかったら、右にタグがあります。まだお読みでないのがありましたら項目別になっていますのでよろしかったらご覧ください。

   では、また。^^

◆◇追記◇◆
 パスポート提示は不要でした!

                         ポチッと応援よろしくおねがいします

by miriyun | 2007-11-17 11:39 | その他 | Comments(8)
2007年 10月 20日

♪10万アクセス!!…感謝

 このexcite ブログは、来訪者を一日一回だけ数えるユニーク数をカウントしています。
そのユニーク数が10月20日23時台に100,000に達しました。 特に意識していたわけではないのですが、改めて書いてみると感慨が深いです。

 はじめてからちょうど2年たちます。最初はイスラームの言葉もあまり見かけない中でのスタートで、イスラムアート紀行のOrientさんとの交流に支えられながら細々とおずおずと書いていたのです。

◆ 最初の迷い・・・ふだんの話し言葉は「です・ます」調なのに、なんで 「である」調で書いてしまったのだろうとか一時迷いもあったのです。でも、途中で変えるのもおかしいのでそのまま、その代わりちょっとした今日のような私的なお知らせやコメントは「です・ます」にして、分けて使っています。
 こうして、全体に対してのものと、私的な交流をするところを言葉でも分けてきました。ふだんぶっきらぼうな「である」調である点をここでお詫びしつつ、ご理解をお願いいたします。

★ このブログを書く意義は終始変わっていません。
 テロや戦争のことばかりがニュースになり、ちっともその土地の様子や人々の温かさが伝わってこないのです。・・・これに対して、自分に何ができるかを考えてみました。 
 そして、自分は言葉は思うように書けないけれど写真という表現がある。そう思ってはじめたのです。「写真でイスラーム」とブログ名に写真をのせたのもその思いからはじまったからです。時に写真そのものを楽しんでコメントをくださる方がいらしてとても嬉しいです。

◆ 二つめの迷い・・・
 ですが、ただ書いているだけで眼に留まるものだろうかという疑問がでてきました。 
 たまに、検索用語が引っかかってこられる方もおられますが、ぽつりぽつり・・・。
これで本当に
イスラームは怖いという人を減らして、
イスラームが気になるとか、
「エーっ、そうなんだ~」と思う
そんなことに気づくきっかけになれるものだろうか
、と思ったのです。
 そこでランキングにも参加し、親切なブログ仲間の先輩にも紹介していただいたりして徐々に読者の皆さんから反応していただけるようになりました。
 何回も来訪していただいている方には「ぽちっと!」というのもわずらわしいものですが、こんなわけではじめたものなのでご協力お願いしています。

◆ こうして、現在は日々楽しみにきてくださる方が毎日300~400人、ネームカードによるカウント(一日に何回も見た場合も来訪ごとにカウントする方法)では500~900/日に達し、月に20000を超えてみていただいています。

 内容を分析してみますと、その日の内容が長くて小難しいのは敬遠されたり、思わぬ話題や写真が求められていたりするのがわかります。

☆ちなみに今月の検索ワードでは
 1位 世界の家        
 2位 ラニア王妃       
 3位 ヒジャーズ鉄道    
 4位 イスラム教 食事   
 5位 割礼 写真        
 6位 写真でイスラーム  
 7位 イード         
 8位 らくだの写真     
 9位 砂漠の植物      
10位 東京ジャーミー    

というのが多いのです。
 これは、その時に人々が知りたいと思ったことが何なのかを表していて、
先月ですと、上位にアラビア書道・東京ジャーミー・乳香・があり、
昨年はクラスター爆弾やレバノン難民について上位だったこともあります。

 それだけ、話題が分散してしまっているということなんです。これらのすべてがイスラーム地域であり、広すぎて文化も習慣も異なるわけですから、互いにわからないところや違いがあります。それを第三者である自分ができるだけ広い範囲でみて文化の共通点やちょっとした違いや素敵だなとおもったことをのせています。
 テーマが絞られていないのはそんなわけで、読みにくいですが勘弁してください。なお、テーマ別にきちんと読みたい時がありましたら、右下のほうにタグがありますのでそのテーマ別に読んでいただけると少しは一貫性が見えてくると思いますのでお試しください。

◆これだけたくさんの方が毎日見られているのに反応少ないのはお返事が週末に偏り遅いため(ごめんなさい)かな~と思ったり、文化面では細かなところを追求しすぎており、初めての方には説明の言葉が不足しているかな~と思ったり・・・。
 まあ続けて読んでいただけるだけで嬉しいのですが、ちょっとはなにか感じてくださっているのかと不安になります。

◆予想外のこと
 このブログをはじめてよかったです。多くの方とコメントを通して交流していくうちにそれぞれの分野でとても専門的に研究されている方や現地に住んでその文化や歴史に造詣の深い方ともお付き合いさせていただいていろいろ教わることが多いです。交流の中新たなテーマが生まれたこともありました。共通テーマで話あえたことなどとても楽しい想定外のこともありました。
 
 先日ブログを使って、小学生を~というような犯罪にも使われるとブログイメージが悪くなりましたが、こんな研究交流もありますよ~とお知らせしたいものですよね。

 感想ばかりになりましたが、イスラーム地域への関心はここのところ、社会関係では青年海外協力隊やNGOへの関心も高まってきており、また、アラビア書道・ミニアチュールなどの文化、そしてモスクを中心とするイスラームの建築という優れた文化、さらに手つかずの自然と暖かい人々への関心は高まってきています。
 TVの影響が最も大きいのですが、イスラーム関係のことを書いている皆さんのペンの力もあると思っています。そして、読んでくださっている方の応援してくださる気持ちが後押ししてくださっています。
読んでくださっている皆さんに心より御礼申し上げます。
                  アリガト ♪(*^・^)エヘ
・                        ちょっとはずかし☆(*^-^*) ポッ 
                           またまた、ポチッと応援よろしく!


   
                                     

by miriyun | 2007-10-20 23:59 | その他 | Comments(18)
2007年 10月 12日

★ゴア元副大統領にノーベル平和賞★

 アメリカ元副大統領アル・ゴア氏、、及びIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)がノーベル平和賞に選出された。

 アル・ゴア氏とはアルバート・アーノルド・ゴア・ジュニア(Albert Arnold Gore Jr.)が正式名。クリントン政権化で1993年から2001年まで意欲的に新しい考え方を提示しながら副大統領を務めた。
 
2000年の大統領選で、全米での得票総数もブッシュ氏を上回り、TVでの公開討論では完全にブッシュ氏を圧倒し常に優位にありながら、最後のフロリダ州における開票と報道において。有利不利が大きく影響する地域についての選挙権問題や、再集計するごとに得票数が異なるというグレーな感じの選挙で、最後は最高裁がゴア氏の再集計要求を差し止めるという連邦最高裁判決によって、敗北宣言をせざるを得なかったゴア氏である。

★この人物についてはこの選挙当時から興味を持ってきた。氏と温暖化とのかかわりを自分のわかる範囲で語ってみたい。

1、温暖化警鐘がありながら・・・! 
 驚くべきことに科学者によって地球温暖化が叫ばれてから久しいが、人間社会においては政治家が理解し、動き出さないと国家間でのとりきめはうまくいかない。
 
 科学は、軌道修正をしながらも本来真実を語るものである。しかし、時に政治家は自分の都合のよいほうにそれを捻じ曲げて平気になってしまうことがあるのが、近年のアメリカに多くなっている。代表的なことは京都会議で温暖化防止のための会議で世界の協力を取りまとめようとしていたその後にアメリカは大統領が変わった。ここで発展に邪魔な二酸化炭素削減の話にはのれないと突っぱねたのがブッシュ政権であった。
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↑エネルギー・経済統計要覧2006年版をもとに作成した

 アメリカは世界の中でダントツ1位の温室効果ガス発生国であるのにである、そういう国が突っぱねたら、まとめよう・環境を考えようという国も白けてしまうだろう。中国など工業力を伸ばそうとする国は、これ幸いと環境より自国の利益優先路線に突っ走った。京都会議から10年地球は誤った選択のために大きな回り道をしてしまった。

2、科学的思考のできるアル・ゴア氏 
 アル・ゴア氏は大学は文系であるが、政治家の中では大局的に物事を眺め、科学的思考ができる人物だと思う。

 なぜなら、彼の提言したものは、科学の発展の先行き・地球の未来を見据えながら、何が必要かを考えるものであるからだ。
情報スーパーハイウェイ構想・・・すなわち、光ファイバーによりにより全米を結ぶ構想がきっかけとなって現在のインターネット普及の原動力となった。

② また、ナノテクノロジーにいち早く関心を持ち、それだけでなく実質的に研究が進むよう資金援助を図った。結局、これはクリントン政権の目玉の一つにもなった。

③ そして環境問題については、大統領選に敗北してからの講演活動などが有名だが、実は1970年台から環境について言及しており、この分野については極めて造詣が深い。
 
 *理系の人の自分が発明したり、実験に没頭して狭い世界を見るわけでない。いわゆる政治家の利害だけを見るものでもない。
 科学的思考を持ちながらより希望のある世界になるのはどう使われたらいいのかをまとめ、ではどのように行動していくかを追及していくのが、彼のやり方だ。

3、ゴア氏の行動と訴えること
① 行動
 環境に関する講演1000回以上・・・説得力があって印象深い。
 著書・・・不都合な真実・・・分厚い本で日本語版も出ている。
 映画・・・ドキュメント映画「不都合な真実」・・・アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞

② 訴えるところ
 地球温暖化の実態から目をそらさないで!
 環境の悪化・地球の変動から、実際いろんな変動が現れている。北極・南極の氷の崩落・キリマンジャロやその他の高山の氷河がほとんど消えつつある現実。これらを学者ではなく普通の人にわかるように説明している。
 じつはこれが大事なところだ、中には使われている資料は正確な比較には向いていない・数 値が~などと批判もあるが、数字の違いや表現例の妥当性を言っているより、本当に切実なんだと一般人にわからせることをする・・・これが大事なのだ。(批判する人は自分のその正確なデータによる一般人への警鐘は行なっているんだろうか?)
 実際にどうなっているか知ること。行動することをわかりやすく解説し警鐘を鳴らし続けているのが彼なのだ。

 しかも、ブッシュ政権下ではアメリカ国民は温暖化という現象そのものが信じられていないと いう実態の中で、環境はどうなっているんだという世論を呼び起こすところまで持っていってい る。ここのところ、ほとんど言葉だけで実行力のないようなj環境配慮は見せているがゴア氏は そんなのではだめだと、徹底した二酸化炭素削減案を求めている。

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     ↑日本TV「世界一受けたい授業」より引用
③ 地球温暖化は的確な言葉ではない。
 アル・ゴア氏は地球温暖化は、人類の警鐘を鳴らすには的確でなないといっている。なぜなら、寒いのが困っている地域の人が聞いたら暖かくなるのはいいことだ!という程度のとらえ方、つまり危機感がないことになってしまうからだ。

 では、アル・ゴア氏自身はなんと表現しているのか?
・・・ 『気候の危機』   だという。
 確かにこの言葉のほうが切迫感がある。

④ ゴア氏はさらに語る。
 これは人類史上最も深刻な危機であり、ほおっておけば人類が敗北をしてしまう初めての危機なのだ。学者達が簡単には壊れないといっていた100km×30kmの大きさの棚氷がいとも簡単に崩落してしまった事実・・・これらの真実から目をそむけず、立ちあがらなければならない。これには人類の未来がかかっている。
 しかし、わたしたちがこのことをハートで受け止め、それぞれが生き方を変えることによって世界を変えることができるのだと・・・。

 *彼の警鐘を鳴らしながらも、希望を失わせず行動を呼びかけるやり方には共感を覚える。

4、地球温暖化が世界平和に最も重要なテーマ 

 ノルウェーのノーベル賞選考委員会はそう認識した結果が今回の選考である。ミュース委員長によると、今年のノーベル平和賞候補は約180の個人・団体が推薦されたが最終選考ではゴア氏への授賞は全会一致であったという。

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☆アル・ゴア氏のノーベル平和賞受賞により、彼の行動が評価されるとともに、同時にこれがもう抜き差しならぬ問題だと理解されたということを示唆している。
 
 平和賞というと、一般的には人類愛と国際協力、隣国との紛争停止への努力、地雷廃止の条約作りへの努力などが考えられる。
 しかしながら、ラクダの襲撃、あわれ!で紹介したように、地球の変化による旱魃・水不足はもう動物の世界ではこれまでにないことを引き起こし始めている。これは人間世界に近い将来、水と食料の奪い合いを含めた紛争が多数勃発させる危険性をはらんでいる、自分の国が今水没せんとしているツバルの人々や砂漠化で家を失った人ははその最前線に孤独におかれている状況にある。

 こんな時であるからこそ、人類最大の危機であるこの問題に立ち向かう勇気を与えるゴア氏と日本人30名の専門家とスーパーコンピューターも参加して積極的にこの問題を検討して、世界に警鐘を与えているIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)がノーベル平和賞に選出されたのだった。
 おめでとう! そして、人類へは立ち向かう勇気を!                         
                            地球温暖化に立ち向かうゴア氏を応援!  


 

by miriyun | 2007-10-12 23:57 | その他 | Comments(3)
2007年 09月 23日

ホテル選びの話

 ホテルを選ぶとき、何を基準に選ばれるだろうか?

 自分の場合は『何をしたいのか』による。最近の例としてシリア・ヨルダンからホテルの話をしばし。

 自分に対して、何をしたいのかと問う。ほとんどの場合、『写真を撮りたい』『自分のテーマを追求したい』というのが自分の答えだ。だから・・・ホテルのグレードにはこだわらない。余裕があれば高級ホテルも使うし、バッグパッカー向けと紹介されているホテルも使う。

 では、どこでもいいのかというと、それはちがうのだ。グレードにはこだわらないが、選ぶときにはけっこう慎重に選んでいる

1、スタッフがいい&メディナ(旧市街)に近い。  
 
 ダマスカスにしばし滞在と決めた時、以前に宿泊してスタッフが自然体でおせっかいでもないが、相談すればどんなことでも親切対応の小さなホテルにメールで予約を入れた。前回2種類の部屋に止まって、見晴らしの良く、エアコンもあった部屋のルームナンバーをメモしておいたのが役に立った。26ドルで朝食付き。ここはロケーションがよくヒジャーズ駅すぐそばで、メディナへはただまっすぐ10~15分歩けばたどり着く。(そういえばチュニスでも同じ。メディナにまっすぐ10分だった)
 シャワー・トイレつきとそうでない部屋で居心地がだいぶちがう。
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このビルの3階から上がスルタンホテル。
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ベッドはこんな感じ、けっして寝心地は悪くない。目の前の家は誰も住んでいない廃屋。
 予約した部屋は調度はたしかに安ホテルだが、軽くて高さのあるテーブルはベッド脇に移動させるとその日の記録をしたり計算したりするのにすこぶる使い心地がいい。
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ベッドに寝転がると大きな窓いっぱいに青空が広がる。
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 朝食レストラン&ふだんのお茶を頼める。民族調のインテリア。
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このホテルのある通りは本と文房具屋街につながっていて静かで落ち着いている。長期滞在向けのホテルである。

2.自然にどっぷり浸りたい

 ワディラムは情報が少なくてしかもWebで予約できない。ツーリスト用のテントに5ドルで宿泊。テントは真っ暗なので、ワディラムの村の唯一の雑貨屋まで懐中電灯を買いに行き、テントの頂点からひもで懐中電灯をつるして簡易電灯の出来上がり!
 なお、テントだから砂だらけになるのは覚悟の上のこと。
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 月と星と砂だけの静かな世界を堪能したこと。夜明けの色の変化を見たことは良かった、ワディラム関連はアカバが車・ドライバー・宿泊などを扱っているので、アカバのホテルで交渉するのが最もよさそうだ。

3、遠景で選ぶペトラ

 ペトラでは3つのホテルに宿泊したことがあるが、特色ある2つに絞ってみる。
 遠景・・・ペトラの遠景は山の上のホテルがいくつもあるのでそこからだと夕景が見られる。思わず、馬で行く人の姿や山そのものも味わえたり、けっこういいものだ。
 アラブ人経営のAL-ANBATホテルで50$(30JD)しかもビュッフェ式朝・夕食つき。きれいで立派だったし、プールにターキッシュバスもある。景色がよい。洗練された雰囲気や食事については後に述べる外資系にはかなわないが、ペトラへの往復は送迎があるので困らない。ここへはシリアで紹介されていったので知ったが、普通のホテル情報には載っていない。スタッフは若くて英語は堪能ではないので欧米からの客が何か苦情を言っていたがいまひとつ受け答えがかみ合っていなかった。ADSL接続のぴかぴかのPCがたくさん用意されていたが料金は高め。 安心したサービスでないと我慢できない人は宿泊費が3倍以上になるがすばらしい外資系ホテルが近くに3つほどある。
 
3、ロケーションとホテルそのもので選ぶ 

モーベンピック・リゾート・ペトラ 
 Web予約をすると本や旅行社で扱われるよりかなり安くなるのは周知の通りである。一例として、地球の歩き方でツイン190$~と記載されているモーベンピック・リゾート・ペトラはHPを調べたら100$(朝食ビュッフェつき)となっていた。これはこのホテルとしては超~お得!(ただし暑い盛りの8月のこと。冬になるほど高くなる。年越しの12月31日は500$とのこと。)

 このホテル、いい点が2つある。
① ペトラに最も近い! 
 ペトラビジターセンター敷地への入り口があり、このホテルはその前にある。たとえ、ペトラ・ナイトに参加して夜に出かけても帰りに送りオオカミにあう心配がないほど近くにあるホテルである。
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ペトラからの帰り道この道路はペトラ管理棟からの道路、その向こうに見えるのがモーベンピック。    ちっ、ちかすぎる~♪便利~!
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② アラブ様式を取り込んだ建築・フロントの感じがよい。
 テント宿泊のあとの砂っぽい格好で行ったのだがフロントのにこやかなおじさん感じがとてもよかった。チェックインの時刻までだいぶあったが、部屋を用意してくれたのも高感度アップ。ビジネスセンターは、プリペイドカード方式でカードを購入してそれを差し込んでのPC利用ができる。
 また、建築はアラブらしさをふんだんに取り入れている。
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↑マシュラビーヤ・・・本来女性たちの姿を見せずに来客を見るためのすかし模様の窓
 ドーム天井から釣り下がる金属細工のシャンデリア
 アーチに中庭・なつめやしの木
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 中庭には泉水というお決まりどおり置かれている。アラベスク象嵌がきれい。
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 透かし彫りは光を通して、床にその模様を写しこむ。
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↑部屋はぴかぴかにきれい!当たり前かもしれないがテントのあとにはこういうところに限る。このギャップが好き!しかもバスタブにつかれることを幸せと思ってしまう。高級ホテルしか行かないとそれがわからなくなってしまうものだ。
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  この屋上からペトラの馬乗り場を見ることができる。夜はここでアラブ音楽を聴きながらくつろぐ人が多い。

◆まあ、このようにホテルはその時々で最も自分の目的にあったところへ行く。

 使い心地を表す指標に最近はHPの充実度もある。なにしろ出かける前にどういうホテルで場所はどうで、宿泊費はどうなのか知った上で検討したい。また、家族への連絡等のためにビジネスセンターがあるのか、あるいはPCを貸してもらえるのか?近くにインターネットカフェがあるのかなどを事前に調べておくことが多い。テントでインターネットはないがシリアの安ホテルは宿の主人が使っているPCを貸してくれた。
 
 街をじっくりと長居して楽しみたいのなら、安くて親切なスタッフがいるところがいい。伝統・居心地・ロケーション・景観も大事なところだ。
 グレードにこだわらないけれど、居心地と写真撮影に便利なロケーションか、あるいはホテルそのものが被写体になる場合もある。
 そういうことにはこだわっているのだった。


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by miriyun | 2007-09-23 11:34 | その他 | Comments(4)
2007年 09月 21日

触ってみたくなる!

 さわってみたくなるものって何かしらあるものだ。幼いころはだれでもすべて触って確かめないではいられなかった。年齢を重ねるにしたがって、触りたい気持ちを我慢するし、学習したことで触らないでもその本体を認識するようにもなっていく。

 ところが、年を重ねても触りたくなるものってあるものだ。

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  子どもは目がくぎづけ、ペタリペタリ!!

  見ていたら、おとなだって指先でツンツンと・・・

 氷と雪はいつもこうして人からさわられるものだ。

               ところで、この氷の表すものは?

                       ↓

                     これは、
 
  ナツメヤシと二本の剣でそれとわかるサウジアラビアの国章。(正確にはサウード家の紋章)
 
 わかっていても気になる氷細工、写真を撮る一番人気はココ。大人でも我慢しきれない人は手が氷へと伸びていた。                                                            いつもありがとうございます、ポチッと応援をよろしく
                       

by miriyun | 2007-09-21 23:59 | その他 | Comments(4)
2007年 08月 13日

ダイアナ妃の輝き

  8月になると、悲劇の中を見事に生きながら、36歳という若すぎる生を失ってしまった人を必ず思い出す。
 ちょうど今夜イギリスが特集を組みTBSがまとめた番組があったので、尚更に思い出した。そして王子たちが大人になっている姿を見て、もうずいぶん事故から年月が過ぎてしまったことに感傷的になっている。

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              ↑結婚後すぐにマダム・タッソーに飾られた等身大の結婚式の日の姿。
 1981年、チャールズ皇太子と結婚したダイアナ妃は、結婚当時誰もが幸せになると思っていた。
 ところが、結婚以前からの付き合いのあったチャールズ皇太子の不倫相手は目前から消えることはなかった。常にチャールズの近辺にいるのだ。
 愛を求めながら、決して得られない、話相手もいない、そういった中ではどんなに心強き人も壊れていってしまう。このころ、時に奇妙な表情をしている姿があった。
 そんな中で、エイズ患者を訪れ、握手し患者と触れ合うことで、人々から必要とされ、求められることに、自分の存在意義を感じていったのだ

 その時から、ダイアナ妃は、 「私は、人々の『心の王妃』になろう」・・・と決心したという。

 チャールズ皇太子が不倫をとうとう告白してから、ダイアナ妃は、自らをその求められているところに自分を持っていくことで生きがいを見出していく。
 まるで、愛されない苦みと苦しさとの混じった人生から脱皮するかのように、みずみずしい感性と女性としての内側からの美しさがにじみ出てきたのがこのときである。

 彼女が、どんなに苦しい時も心からの笑顔で公務をこなし、また、アンゴラの地雷原を自信をもって歩いたことが、どれほど世界に影響を与えたことか!
 彼女が今ではおなじみになっている地雷防御服を身につけて地雷原を歩いたことで、地雷とは?日本は地雷禁止条約に賛成しているのか?日本は世界で何をしていくべきなのか?自分にもできることはないのか?・・・そうして影響されていった人が大勢いるのだった。

 彼女はいつも美しかった。結婚式でも可憐で美しかった。しかし、私がほーっと、ため息をついたのは彼女が地雷原でも臆することなく信念を持って歩いていった時だった。

 早すぎる死を誰もが悼み、忘れない。
 彼女は公式には’もと后’である。だが、それよりももっと大事な 『人々の心の王妃』になったのは確かである  
~・~・~・~・
 今、ヨルダンのラニア妃「アラブのダイアナ」と呼ばれることがある。これは、もちろんただ美しい王妃ということではない。
以前に紹介したように、ラニア妃は女性問題・パレスチナ問題に子育てをしながらも本気で向き合い、自ら、「王妃とは、王妃であることではなく、王妃として行動することだ」と言い切っている。自分のことだけでなく人のことを考えながら周囲のスタッフを驚かすほど行動するラニア妃だからこそ、こう呼ばれるのだ。

 また、ダイアナ妃が残した一方の王子は、ホームレスへの支援、もうひとりの王子はエイズ患者への支援を継続して行っているという。
 心はここに残っている・・・。  

~~~~~~♡~~~~~~~~~~♡~~~~~~~~~~♡~~~~~~~~
2011年4月29日 ウィリアム王子は、8年お付き合いしていたキャサリン・ミドルトンさんと、ご成婚となり、幸せそうなウィリアム王子はドレス姿のキャサリンさんをみてなんてきれいなんだろうとうめき、お二人の姿がTVで全世界に配信された。
 ダイアナ妃の葬儀が営まれたウェストミンスター寺院を人工物だけでなく緑の樹で飾り、自然体で幸せなロイヤルカップが誕生した。婚約指輪はダイアナ妃のサファイアの指輪がつかわれ、寺院からバッキンガムまでのパレードはダイアナ妃と同じオープン・コーチ(馬車)が使われた。

 ウィリアム王子は、ダイアナ妃から受けた教えがある。
弱い立場の人の側に立つことに自分の地位を生かしていく。---この考え方が染み込んでいるウィリアム王子は国民の間に気さくに入っていく様子がみられ、その目とともにダイアナ妃を髣髴させている。

 天国から、ダイアナ妃が微笑んでうれし泣きしているような気がする・・・・・・。

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by miriyun | 2007-08-13 23:03 | その他 | Comments(0)