写真でイスラーム  

mphot.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

カテゴリ:チュニジア( 84 )


2012年 09月 10日

街角の大作...ナブール

街角の大作  
c0067690_64377.jpg

 タイル画で60枚も費やしたというとどんな著名な作家のアートかと思いそうだが、これは市井の陶芸屋さんの看板代わりに工房の入り口に飾られたもの。

何しろ大きすぎて全体像を入れようとするとかなり見上げるようになる。
上には22枚のアラビア文字をいっぱいに入れた半円形、その上には何ともおおらかに魚の形の上にアッラーとムハンマドの名がある。

特に好きなのはおそらくここの店主をあらわしたのか、ろくろを回し土を練る職人
c0067690_6433197.jpg


頬を緩ませてにこやかに仕事をする。
この仕事がとても好きなんだろうなとうれしくなるような絵だ。
c0067690_6434297.jpg

中では実際ろくろが真ん中に置かれこんな実演もしている。


ナブールは陶芸の街 
c0067690_645093.jpg

街の入り口には濃い緑のドーム型屋根を持つ建築やオレンジを載せた明るいたいるそうしょくをした街のシンボルが飾られるナブール。
日常使いの陶器をたくさん作る。ナブールは瀬戸市と姉妹都市になっていた。
c0067690_6435728.jpg

c0067690_644498.jpg

絵柄はおおらかで何でもあり。

チュニジアの産業都市ナブール。
陶芸は楽しいよと街角の其処此処がつぶやいているような街だった。
                                                一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   

                                                                  
人気ブログランキングへ

by miriyun | 2012-09-10 06:49 | チュニジア | Comments(6)
2011年 12月 27日

ジャスミンの花売り

ジャスミンとは・・ 
ジャスミン・・・これはアラビアジャスミン。インド原産でサンスクリット語ではマリカー、中国に伝わってマツリカ(茉莉花)となった。
モクセイ科のソケイ属(ヤスミヌム属)の植物でJasminum sambacをいう。
英語ではアラビアン・ジャスミンだが、アラビア語・ペルシア語ではヤスミーンياسمينという。
アラビア語ではフッルفلのほうが通りがいいかもしれない。トルコ語でもフルらしい。
c0067690_16274733.jpg

 ジャスモン酸メチルという香り成分を持つ。その香気成分を有機溶媒で抽出し香水原料に利用する。花の重量の1/100程度のワックス状の香料原料が採れる。
 アロマの原料となるジャスミン、このジャスミンの八重咲き種の花を中国ではお茶に入れてジャスミン茶としている。


c0067690_15472024.jpg

   こちらは蕾や花弁のほんのりピンクがきれいな羽衣ジャスミン 撮影地:日本

ジャスミン革命
 「アラブの春」の発端になったチュニジアの革命は、長期政権にあったベン・アリ大統領を追い出して民主化を行うというものだ。
 これを、なぜジャスミン革命というのか。

 そもそもこの花はチュニジアの国を象徴する花であるからだ。
*(注)・・・英語サイトwiki/Floral_emblemでは、ジャスミンであるとされている。日本語のサイトでは国花一覧表でアカシアになっていた。しかし、チュニジアの国花はジャスミンと書いたサイトも多く見つかる。実は国花は正式に決めていない国も多いし、変更することもままある。結論はわからないが、ジャスミンもアカシアもチュニジアに多く、いずれもこの国を表す植物であることだけは確かだ。

 開花時期になると、街を歩くと馥郁たるジャスミンの香りに包まれる美しい街であると、アラビア書道の師からいつもお話を聞いて想像していたものだった。  


 赤い糸で束ね、花を売る    

c0067690_15242496.jpg

 チュニスはフランス文化の雰囲気のあるおしゃれな街だが、そこでチュニジアのエンジのフェルト帽をかぶった少年は花を売っていた。

c0067690_15271114.jpg

かごに毛糸で編んだドイリーを上と下から渡してつないである。
このかごの淵の二重になったヘリに華を差し込んでいる。
これは一つの花ではない。たくさんのつぼみを寄せて糸でくくったものなのだ。

c0067690_15244558.jpg

 作っているところを見せてもらった。
色は真っ白なつぼみとピンクがかったつぼみである。白い方がアラビア・ジャスミンと呼ばれるものだろう。ピンクの方は日本にある羽衣ジャスミンと似た色合いである。
 赤い糸で20くらいはありそうなつぼみのもとの部分に真っ赤になるほど糸を巻いていく。芯には藁のようなものがあるので葦か麦わらのようだ。そして、売られているのを一つ買ってみたら最後につぼみのまわりに一周赤い糸がかけてある。これはすぐに全部開いてしまわないようにするためだろう。こうして手間をかけて作られたつぼみ束をたくさんかごに刺せば販売準備完了だ。

 少年はかごを持って少年が道行く人や商店主に売るのだ。
チュニジア人なら誰でも親しみ、特に男性が耳にひょいと粋にさす習慣があると以前にも述べた。
c0067690_15515484.jpg

 買った時につぼみで小さくても次第に花は開いてかなり大きなものになる。それでも堂々とつけていると様になって、かっこいいくらいだ。
この粋な国民性をチュニジーは誇りにしているだろう。


◆ また、血を流さずに行った革命も香り高い花に模しているのかもしれない。
 10月の選挙結果についてはデモも起きて緊迫しそうな気配でもあった。しかしその後、第2党となった世俗、中道左派「共和国評議会(CPR)」の党首を務めた人権活動家、モンセフ・マルズーキ氏12月13日に暫定大統領に就任した。かれは、就任演説では、「全てのチュニジア国民のために尽くす」としてCPR党首を辞任したと表明した。党首を辞任、そしてすべての国民のため・・・そういう人権活動家であればこその暫定大統領だろう。
 大統領より実質的に権限が強くなるとされる首相には第1党のアンナハダのジェバリ幹事長が就任。23日にはジェバリ首相の新内閣が議会で承認され発足した。
比較的他のアラブよりも穏健に進んでいるのようだ。
      まずまず今のところは、この香り高い名前を維持しているといってよいだろう。


                                       人気ブログランキングへ
                 
                                                    一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   
                          
 

by miriyun | 2011-12-27 16:20 | チュニジア | Comments(10)
2011年 11月 07日

ヴィーナスの勝利・・・モザイク紀行(26)

 古代ローマのモザイクアート   
ブラレジアの続き。地下邸宅の一室に、まだ天井ものこり、明かり取りの窓からだけ日が射し込む部屋がある。そこに古代ローマのモザイクとして最高峰のアートとしてのモザイクが眠る。
c0067690_704426.jpg

                   ↑ ワンクリックすると大きい画像を見ることができます

 さほど広くない部屋の床に一面に絵画として描かれているかのようなヴィーナスである。
ヴィーナスはケンタウロスに乗り、トリトンが見守る。チュニジアの地下邸宅に見事にギリシア神話の世界が出現していた。
確かに立方体にカットされた大理石で作られているのだが、
このヴィーナスのくっきりしながらカクカクとかすることなく自然な肌合いになっている。
「ヴィーナスの勝利」は、古代のモザイク職人の大理石を扱う技術の勝利の作品だと感じている。                 

                                               人気ブログランキングへ
                      
                                                       一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   

by miriyun | 2011-11-07 07:03 | チュニジア | Comments(0)
2011年 11月 06日

ブラレジアの地下邸宅・・・モザイク紀行(25)

 アラブの春の先駆けとなったチュニジアのジャスミン革命からのその後、10月28日には選挙がおこなわっれ有権者の90%が投票し、非常に透明性が高い選挙だったと監視団にも評価された。
 その中で、穏健なイスラム政党のナハダ党が第1党になるようだ。

 まだまだこれからだが、混沌としたアラブの中で国民が平等感を感ずる安定した国として立ち直ってくれることを望む。それがまた、他のアラブ諸国の光明ともなればと思う。
 ジャスミンは、さいごまで清々しく香ってほしい・・・。

~~~~~☆~~~~~~☆~~~~~~☆

 さて、久しぶりにチュニジアの話。勿論、ジャスミン革命以前のモザイクについてである。
 地下邸宅のモザイク 
c0067690_18394567.jpg

 チュニジア北部のローマ遺跡であるブラレジアは、周囲は農村部で農牧業の土地である。日が照りつければ暑さは激しく夏でも雨が降ればうすら寒い感じにもなるし、冬は冬で寒い。
 案外過ごしにくいこの土地でローマ人は地下に快適な邸宅をつくった。
c0067690_18393545.jpg

   
c0067690_18433131.jpg

     ラテン文字が何を言っているのかわからないのが残念!
c0067690_18583480.jpg

   鳥や動物たちをらせんのつる草で装飾した文様。
    
c0067690_18432533.jpg

とくにこの文様は色が美しい。 貴重な水を振って撮影すると、本来の美しさが出てくるのだ。
c0067690_18431885.jpg

 これは地下ではない邸宅のぶぶんより。
 雨風にさらされているが、絵ではなく天然石の色なのでくっきりと残されている。人々の狩猟や食に関するものや沐浴場など豊かさがうかがい知れるものがモザイクとして豊富に残された地である。多くはバルドー博物館におさめられたが一部の邸宅のモノはこの地でひっそりと本来の形で残されている。
c0067690_12204085.gif

          
                                        
                     
                                                     一日一回、ポチッと応援していただけると励みにもなります   
                          

                         

 

by miriyun | 2011-11-06 18:50 | チュニジア | Comments(2)
2010年 05月 14日

砂漠色のフェネック

 砂漠に溶け込みそうな色を持ち・・・      

c0067690_6482321.jpg

                             撮影:チュニジア
  砂漠のキツネ、フェネックといい、とても小さい。大きな耳とやさしげな目が気になる。体長40cm前後で、尾が20~30cm、耳は15cmほどになる。
 
何でこんなに耳が長いキツネなのか。
一つは獲物をとるため、小動物の立てるかすかな音を聞き分けるためだ。
そして、もう一つは高温の砂漠で生き抜くための放熱の役目を持つ。50℃にもなる砂漠では耳が大きいほうが体温調節にいいのか。同じ体重でも表面積が大きいほうが皮膚呼吸ができる。
 夏の砂漠に行く時だけ、こんな耳がほしい・・・。
 でもトゥアレグのような砂よけの布が巻けなくなってしまうのも困るが・・・。
 こんなことを真剣に考えているこのごろである。

毛皮は昼間の灼熱の日の光から身体を守り、厳寒の冬の寒さのなかで体温を保つ。厚い砂の上を歩くので足裏も毛で覆われている。

砂漠で住むように特化した砂漠対応動物なのだ。
暑い昼はねぐらの穴に入り、涼しくなるのを待つ。

夜の砂漠はいきものでいっぱいだ。その中で、華奢な身体のフェネックはイナゴやトカゲ、トビネズミなどを捕る。川やオアシスがなくとも、捕獲した獲物から水分をとるしくみだという。さらに水分が足らなければ果実や花も食べる。

c0067690_7175154.jpg


c0067690_718851.jpg

こんな砂漠に暮らすため、
  体毛は砂色で、砂漠において保護色となっている。


                                    応援クリックお願いします。
                                                人気ブログランキングへ

                 

by miriyun | 2010-05-14 07:19 | チュニジア | Comments(6)
2010年 03月 27日

石臼の話・・・マトマタ(5)

マトマタの石臼

c0067690_110932.jpg

マトマタでは、現代においても石臼で麦をすりつぶす。周辺が白くなっているのは製粉された粉である。
c0067690_1102474.jpg

その中心に麦を押し込めて、石と土台の石の間ですりつぶされるのである。
 まわすしくみと取っ手のある様子は日本でもそば粉や小麦粉をひく臼と作りは同じだ。

木材で取っ手が作られているので回しやすいとはいえ、石であるからかなり重い。
それをマトマタの女性達はじっくりと回しながら麦を製粉する。
c0067690_13825.jpg

穴居住宅の壁に使いやすいように穴を開けたかまどで、パンを焼くのだった。

                                    応援クリックお願いします。
                                                        人気ブログランキングへ                      

by miriyun | 2010-03-27 01:32 | チュニジア | Comments(0)
2009年 06月 28日

ナツメヤシを飲む!…ナツメヤシの話(7)

ナツメヤシの樹の下で

 チュニジア南部で、ナツメヤシの木陰がある路上で,なにやら素焼きの壷に入れて売っているのに遭遇した。
ナツメヤシの飲み物だという。

 初めて、これに出会ったとき、飲まないほうがいいといわれた。
日本人は慣れていないからおなかをこわすかもしれないからと・・・。
 
 ところで、ナツメヤシを飲むって、どういうこと? ・・・結局のぞいてみる暇もなくバスで通り過ぎてしまった


レグミ!! 
◆ その後、やはり南部を旅しているときに、ドライバーのムハンマドがその光景を見つけて、あれはナツメヤシの樹のジュースだという。
つまり、ナツメヤシの樹液だというのだ。その名前も教わった。
c0067690_11155759.jpg

                                                         ↑ 写真がないので、下手な絵を描いた

 植物の水というと、へちま水や、ゴム農園のゴムの樹の樹液、それにカブトムシが樹液にたかる様などを想像するばかりだった。
しかし、あの甘い実のなるナツメヤシならそれもありだろうと思っていた。

◆ 旅は続く。
クサールギレンまでいき、アブデルガデムというムハンマドと同じ旅行社の気のいいおじさんとも知り合いになった。
 早朝、アブデルガデムが新婚旅行客を乗せて出発するのを見送りにいった。
すると、アブデルガデムがグラスのジュースを、お別れに勧めてくれた。
パームのジュースだという。(ただし、ここはサハラの中のオアシスでナツメヤシが生えている。そこで朝に採れた極めて鮮度のよいジュースだったと考えられる。)
 

 ☆とても甘くて、でもきりっとした独特の味わいがある☆  もちろん飲んだことのない味である。

              「レグミ!」と私が言うと、  
                          アブデルガデムは驚き、

               ムハンマドは、「ぼくが教えたんだ・・・」  
                             と自慢げに言った。

ごくごくと飲み干すのを見て、二人とも喜んだ。

   わたしも、思いがけないところで、ナツメヤシの樹液を飲むことができてよかった。
   人にも、すすめられるおいしさだったのがうれしい。                
     
                          ☆樹液までおいしいとは! さすがは、ナツメヤシである。

                                                        応援クリックお願いします。




                          

by miriyun | 2009-06-28 09:00 | チュニジア | Comments(12)
2009年 05月 09日

クサールとミナレット

ミナレットの形状は礼拝堂の形状よりもさらに多彩である。
c0067690_12241710.jpg


☆クサールハッタダのミナレット 
 チュニジア南部、クサール・ハッタダの日干しレンガで作った倉庫群が並ぶ。日干しレンガのうちは完全に日差しをさえぎり、暗いが涼しい。土色のかまぼこ型の倉庫の向こうにはモスクが見える。

 
雲ひとつない青い空に、深緑の屋根がクサールの向こうに屹立していた。
屋根色だけは共通しているが、ミナレットの形は一基ごとに異なり個性を出している。
南部ならではの光景である。

                                    応援クリックお願いします。
                                                        人気ブログランキングへ




                          

by miriyun | 2009-05-09 12:35 | チュニジア | Comments(8)
2009年 03月 04日

ヴァージル・・・モザイク紀行(17)

バルドー美術館の逸品といわれるモザイク。
c0067690_10245875.jpg


「アエネーイス」著した古代ローマ帝国の詩人ヴァージル(ウェルギリウス,B.C.70~19)のモザイク。

  *ヴァージル(ウェルギリウス)の代表作であり、ラテン文学の最高傑作とされる。この作品を書くのにウェルギリウスは11年を費やし、しかも完成直前に作者はなくなってしまったが、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの命で発行された。ホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』の登場人物のその後と、変化に満ちた人生などホメロスの影響をうけて書いている。

◆モザイクは3世紀につくられた。非常に保存状態がよく、精巧さでバルドー美術館の中でも一番の秀作といわれている。他のものに比べると小さめの作品で、個人の邸宅にあったものである。
 
 人を表現するのはとくに細かいモザイク片を使わないときれいに表しにくい。それをこまかなモザイクで丁寧に作り上げている、顔・白い衣服・女神の服のひだも難しい。
 
 中央にヴァージル(ウェルギリウス)、向かって左には、歴史の女神クリオ、右のマスクを持った悲劇の女神メルポメーンとガイドは言う。手に持つ巻物に書かれているのが、『アエネーイス』である。
 なお、この巻物は、皇帝アウグストゥスの時代であるから、パピルスの巻物である。


                                            応援クリックお願いします。
  人気ブログランキングへ

by miriyun | 2009-03-04 11:03 | チュニジア | Comments(0)
2009年 01月 30日

セイレーンとオデュッセウス…モザイク紀行(16)

オデュッセウスは神話で登場する英雄で、トロイの木馬でも勇名を馳せた智将とされている。しかし、またポセイドーンや一部の女神の恨みもかって、なかなか故郷へ帰れない艱難辛苦の旅をした人物としてより知られており、そのような旅のこと自体を「オデュッセイア」という言葉で表すという。

 その一場面がバルドー美術館にある。
c0067690_18495489.jpg

 艱難辛苦の海路の中で、これまた一つの難関である場所があった。セイレーンが岩礁の中で美しい歌声で魅了し、航海中の人々を迷わせ難破させる難所であり、その歌声を聞いたものは海に引きづりこまれ、その島には死体が山をなすという。

c0067690_18501847.jpg

オデュッセウスは、なんとその噂は聞いていても避けたいと思わず聞きたいと思ったのだ。そのため船員にはろうで耳栓をさせ、セイレーンの歌声を聞こえさせないようにする。そして、自らはマストに縛り付けてもらって歌を聞いても引きづりこまれないようにした。

 そして船員とオデュッセウスの視線の違いによって歌を聴いているかどうかという物語をしっかりと表現している。このとき、船員はマストに縛られたオデュッセウスが暴れている間は危険地域として航海を進め、彼が落ち着いてから危険地域を脱したと判断したという。

☆このモザイクではその色使いに注目したい。帆が風を受けてなびく様子さえも大理石の微妙な色合いを使って現している。硬い大理石の砕片からこのやわらかみをだしている。これはやはり色使いの勝利だろう。船の脇の文様などがきりっとしているだけにオデュッセウスの白い衣や帆のやわらかさが生きてくる。

c0067690_18502966.jpg

 さて、セイレーンは一般に複数で表現され、上半身が女性で、下半身が鳥である怪鳥の姿で現されている。ここでも三人のセイレーンが鳥の脚をもつことが明確に表されている。
 自分達の歌で、人間を惑わせることができないことはないと思い込んでいたセイレーンたちは、このオデュッセウスを引き込めなかったことにプライドが傷付けられ、海に飛び込んだと伝えられる。(神話についてはWikipediaを参照した)

 上半身の翼を持つ美しい姿と、黒ずんだ脚の対比が目立つセイレーンの姿である。

◆ローマ帝国時代のモザイクの特色の一つとして、一枚のモザイク画の中に物語をわかりやすく表現をした点があげられる。セイレーンの歌をギザギザの線で表しているところなどは、現代の日本のマンガ文化にも通じるような描き方であるのがおもしろい。
 なお、ギリシア神話に出てくる神も人間もみなあまりにも多感な感情をもっていて、なんとも悲しいようなおかしいような不思議な世界を感じるのだった。
 
                                            応援クリックお願いします。  

by miriyun | 2009-01-30 19:22 | チュニジア | Comments(8)