カテゴリ:カリグラフィーを読もう( 24 )

宮殿という名のホテル

可愛いドーム屋根のカリグラフィー 
アブダビ空港でアラビア語のカリグラフィーロゴを見つけた。

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 アラビア語では何というのか気になっていたホテルのロゴだった。
(ちょっと粗雑なトリミングは当方の粗雑さであって、実際はとてもきれいにデザインされたロゴである)
文字の延長線をアラブ風玉ねぎ型ドーム屋根風にデザインしているのがすてきだ。
 肝心の意味はというと、右の輪の中にカスル(宮殿)、左の輪の中にイマーラートゥ(エミレーツ)とあり、
英語訳そのままのエミレーツパレスであった。 日本で言うなら、《日本宮殿》というような言い方である。


国名を背負ったホテル・・・エミレーツ・パレス 
エミレーツ・・・UAEの国名を背負ったホテルということになる。
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 アブダビの街を見て歩いた時の海越しの眺めである。昼間は暑さの中で茫洋としているが、夜はライトアップされる。この見えている建築群を含み敷地が広い。夜にはライトがつき、それが海面に写り込むので素晴らしい眺めであるという。
  パレスはそれだけで豪華感があるのでホテル名にもよくつかわれるが、国名を背負っているとなるとそれなりの思いのこもったホテルに違いない。
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 じっさい、UAEではブルジュ・アル・アラブ(バージュ・アル・アラブ)の7つ星と並んで、このエミレーツパレスも7つ星と紹介されている。サービス面もケンピンスキーが行っているのでしっかりしている。
 これは大ドームが中央にあり、その下がメインロビーになっていて、大きな吹き抜けで天井まで金色使いの多い、荘厳な作りであるという。例の金の自販がある場所の一つでもある。

 ドバイ首長国のブルジュ(バージュ)・アル・アラブに対抗して建てたといわれ、アブダビ首長国が誇りとしているホテルである。
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by miriyun | 2011-11-27 19:19 | カリグラフィーを読もう | Comments(8)

東京ジャーミイのレリーフ…カリグラフィーを読もう

 日本で美しいアラビア語のカリグラフィーを見ることのできる建物のなかでとくに身近に見ることができるのは東京ジャーミーだ。
 
大理石の東京ジャーミイ      


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 東京ジャーミイの礼拝堂はトルコ文化センターを通って2階にあたる部分にある。階段を上っていくと階段の上は日本で言うところの東屋風の建物になっており木のぬくもりがよい。
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ここから礼拝堂の入口を見る。

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そこからはもう礼拝堂の一部であり、大理石が敷き詰められている。ひろくて清々しい場所である。

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礼拝堂の入口の左右には、一段高くなったところがある。その前の壁には外におけるミフラーブが左右それぞれに穿たれている。

★東京ジャーミイのカリグラフィー     

玄関から右に広がる白い壁、そこのミフラーブ横に次のようなカリグラフィーがある。
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   ヤー・ジャッバール
意味は、「制圧するものよ」というような意味。日本語の意味だと強めの意味になっているかもしれないが・・。

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   ヤー・ガッファール
意味は、「 赦すお方よ!」というところだろう。アッラーの美名の一つに向かって呼びかけている。

 アッラーの美名、ここ東京東京ジャーミイにもこんなに大きな書として表現されていた。
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☆この東京ジャーミィではカリグラフィーは黒字にとどまらない。金文字もあれば、上記のような白壁に浮き彫りというものもあるのだ。この浮き彫り、じっと見てきたら深さ6~7mmも彫られていた。

 そのため、たくさんのカリグラフィーが飾られているのだが、過剰には感ずることはなくセンスの良い美しいジャーミィという印象をうける。それでいてじっくり見る人には、いろいろと語りかけてくれる・・・そういう魅力があるジャーミィである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
≪追記≫
 11月22日、東京ジャーミイの礼拝堂を廻るツアーに行かれた方に伺ったら、
このジャーミーは日本の感覚・好みに合うように色やデザインを工夫しているという説明だったという。
 なるほど、だから日本人の感覚にぴったりと合っているのだと更にうなづいてしまった。


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by miriyun | 2009-11-21 18:34 | カリグラフィーを読もう | Comments(0)

ワーウが4つ連なるアラビア書道・・・東京ジャーミー

 代々木の東京ジャーミーは、トルコ国内のジャーミーのように大きくはないが、装飾面は全く手を抜いていない。
 その装飾面をいろいろと紹介してきたが、アラビア書道面がどうもアラビア語を打つのが大変なのであまりすすめていない。
 アラビア語を打つことはできるが行換えするとバラバラになる状態を放置しているために時間がかかりすぎ、これをつい避けてしまうことが多い。

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 さて、ミナレット(ミナーレ・マナーラ)に注目。
都会のビルの間においてもその尖塔はめだつ。
          そこに明らかにモスクがあるということをイメージさせる。

 ・・・・そういえば、このモスク、娘の社会の教科書にも載っていた。国際化の項目として東京にイスラム教徒が増えていること、いまではハラールマークのついた食品がたくさん売られていることなどまで載るようになった。

◆さて、そのミナーレの土台に近づくとさすがに厚みのある石でできていて、立派なものであるが、そこにアラビア語のカリグラフィーがある。

そのうち大きい道路側に面したところには、
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いつもの「アッラー以外に神はなし」に、さらに細かな字が間に存在する。
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これがすきまにある文字で、写真を横にしてみるとこのように見える。
上の段   アル・ハック(真理)、      アル・マリク(王)
下の段          アル・ムビーン

*アッラーの別の名前をあらわす。   


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ミナーレ(塔、ミナレット)の東側の土台のところにはワーウو             
が4つ並んだ印象深いアラビア書道を模している。

 *凡そ栄誉は、アッラーと使徒、そしてその信者たちにある。
 だが偽信者たちには、これが分らない。*
وَلِلَّهِ الْعِزَّةُ وَلِرَسُولِهِ وَلِلْمُؤْمِنِينَ وَلَكِنَّ الْمُنَافِقِينَ لَا يَعْلَمُون        

一番高い位置にバスマラを配し、4つのワーウを大きく書いてデザイン化している。
そのほかの文字はクーフィー書体を用いて表現している。

 いずれも、トルコの古くからのモスクにあるデザインを基にしている可能性がある。

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by miriyun | 2009-07-03 00:53 | カリグラフィーを読もう | Comments(6)

ハット・アラビーヤの切手

アラビア書道をハット・アラビーヤという。

 そのハット・アラビーヤの中には馬や鳥の姿に文字を入れ込んでいくものもある。
昨日、届いたザ・ジャパニーズ・ドバイを入れた封筒には鷹の姿があった。消印でジャマされてはいても明らかな書道である。
 
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鷹の羽根から胸にかけてアルイマーラート と書かれており、U.A.E.をあらわしている。

 よくぞエアメールとなって飛んできてくれたものだ。この出会いにも感謝!
     
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by miriyun | 2008-11-19 01:07 | カリグラフィーを読もう | Comments(12)

カリグラフィー・クイズ

カリグラフィー・クイズ
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 カリグラフィーはイスラーム地域ではモスクはもちろん、家庭の居間でも町の中でも見かけることがある。

 その中から、短い言葉でクイズを!

上の文字は
アラビア書道の中でなんと呼ばれているものだろう。 
1、4択問題
①ディーワーニー体 
②クーフィー体 
③スルス体  
④ナスヒー体 

2、中級者は、意味や読み方もお試しあれ!

答えは次回に!

◆なお、チュニジアのタイル文様がカリグラフィーの周りにめぐらされている。

 文様は、タイルに幅広の四分の一円が描かれている。その中にも弧がめぐらされている。その周辺に葉の文様が入り、いかにもこの国らしい。

 ここならではの黄色の入った軽快な色合いが地中海によく似合う。

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by miriyun | 2008-04-17 07:24 | カリグラフィーを読もう | Comments(0)

ミフラーブのカリグラフィー…アヤソフィア

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 アヤソフィアはその後半生でモスクとして使われたため、キブラ位置が最初から計算されて作られていない。
 東向きの正教会のアプス中央(祭壇の置かれたところ)に対して、キブラはわずかに南東にずれている。そのため上のステンドグラス3面のうちこの写真に見えている青のステンドグラスが中央なのだがそれとずれているのが見て取れる。


 さて、このように後から付け加えられたミフラーブ(キブラ・・・メッカの方向をあらわすくぼみ)ではあるが、あと付けとはいえ、その祈りの中心部を見るとやはりくぼみとなってそこには何ら装飾はない。

 しかし、そのくぼみの周辺はそれぞれの地域の特色ある材料やデザインが用いられたりする。たいていまずコーランの言葉をあらわしたカリグラフィーが多く用いられる。



 ★☆カリグラフィーを読もう☆★ 
 
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◆まずは、横書きのカリグラフィー
前半:アッラーの他に神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒である

後半:ワ アンナ アルマサジダ リッラーヒ ファラ  タドアウー マア アライヒ アハダン
  すべてマスジドはもともとアッラーのもの、さればここでアッラーと一緒に他の神をあがめてはならない。(アル・ジンの章)

 以上、この二つが、組み合わされていた。

◆そして気になっていたのは、このカリグラフィー
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 形の中に埋め込んだ文字は点の位置などが微妙だ。(短い文なのに語彙が少ない上にバイトゥの点の位置に気付かなかった自分は、師の助言を得てようやく理解したのだった。)
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワル ヤッタウワフービルバイティル・アティーキ

そして彼らにその古き家(カアバ神殿のこと)をタワーフ(廻ること)させなさい(巡礼章)

*こうして意味を知ってみるとミフラーブにはそれなりのふさわしい言葉を選んでいることがわかる。
 なお、一番下には書家のサインがあるが細かすぎて読み取れない。また、年号はヒジュラ暦で 1260年とある。西暦ならば1844年のことである。
 すると、このミフラーブを今の形にしたのはアブデュルメジド1世ということになる。
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そういえば、アヤソフィアの記念碑的に残されているモザイクのトゥーラは、アブデュルメジドと書かれていた。彼の時代に大がかりな修復が行われたということだろう。
 
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by miriyun | 2008-03-28 11:14 | カリグラフィーを読もう | Comments(4)

アヤソフィアの円形カリグラフィー額

現在のアヤソフィアが創建以来、地震の被害などに合いながらも今日も威風堂々とした姿を残しているのは奇跡に近い。キリスト教時代およびイスラーム時代のたゆまぬ修復がこの古代といってよい時代の建造物を残した。

 この壮大なる高さ54メートルのドームの元でその装飾を見ると普通のタイル装飾などでは装飾しきれない壮大さが目に付く。
 現在ここにはモスクであった名残として円形の額が8基備えられている。
ミフラーブの周囲にもカリフの名を埋め込んだところがあるが、その程度のものではこの巨大な空間を埋められない。
 1847年、アブデュルメジト1世の命により、構造的な補強が行われる。主柱に8枚の円形額が掲げられたのはこのあとである。

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ミフラーブの右に唯一神アッラー
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ミフラーブの左には預言者ムハンマド
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さらにアッラーの右隣には初代カリフのアブー・バクル
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ウマル
2階回廊の人物が右に見える。比較するとこの文字が如何に大きいかわかる。
以下、ウスマーン・アリー・ハサン・フセインと続く。
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これらは1859年に書家はカザスケル・ムスタファ・エフェンディによって書かれた。
これらの額は直径7.5mもあり、1つの単語としてこれだけの大きさは世界1といわれる。
彼はこのとき作られたスルタンの座のカリグラフィーも彼の手によるといわれている。

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 この大きさの中で、このような大きさでなければバランスが取れなかったこと、最初から設計したわけでなく後付けであるためこのような円形額が取り付けられるという形をとらざるを得なかったのだった。
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by miriyun | 2008-03-16 23:46 | カリグラフィーを読もう | Comments(2)

金刺繍のカリグラフィー・・・カリグラフィーを読もう(18)

 知ってのとおり、モスクには偶像がない。それだけに清々とした空間が広がっている。

 そして、壁面やドームは基本的にアラベスクとカリグラフィーが飾られている。アラビア語で伝えるべきものとされてきたので、中国ウィグル自治区の清真寺(モスクのこと)から、マレーシア・インドネシア・ペルシア・トルコまで、そしてかってのイスラム帝国の西端のスペインまでモスクの装飾はアラビア語のカリグラフィーなのだ。そして、そのカリグラフィーがタイル・象嵌・モザイク・木彫・ステンドグラス・レリーフなど多彩な方法で飾られている。
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 その実例を日本で見つめてみたい方には東京ジャーミーがよい。何しろこのモスクには、トルコのイスラーム芸術の力を注ぎ込んである。だから、これまでに述べてきたように、数々の装飾技法を見ることができるのだ。

 さて、今回は東京ジャーミーの刺繍カリグラフィーを紹介。
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 刺繍は金糸で丹念に文字を刺繍してある。
上の円形カリグラフィーは上にアッラー、下にムハンマドをあらわしている。

下の台形カリグラフィーはスルス書体で「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において」をあらわしている。右下にイスラム暦で1420年(西暦1999年)とある。このジャーミーにあるカリグラフィーはいずれもこのジャーミー建築年(2000年)にあわせて書かれている。
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by miriyun | 2007-06-09 08:14 | カリグラフィーを読もう | Comments(2)

鳥のカリグラフィー…アラビア語の書道(17)

 鳥の形のカリグラフィーがある。18世紀にイスタンブルのムスタファ・ラキム・タシュメクテブリ氏が書いた。コウノトリの脚がすくっと立ち姿が良いので、アラビア語の紹介の所によく載っている。鳥のカリグラフィーについて、つい先日聞かれたので、久しぶりに「アラビア語のカリグラフィーを読もう」をやってみよう。

 作者ムスタファの書を彼の徒弟であったイスマーイール・ズフドゥ・エフェンディが複写したものが『図説アラビア文字事典』に掲載されていた。
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  ↑それを見ながら自分で書いた。色分けしやすいように文字と文字をやや離して書いていったら少し太めの鳥になってしまった。突然書いたので書法に則っていないところばかりだが、ご勘弁を!

 さて、これをどう読むのだろう。
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 ビスミッ・ラーヒラフマーニラヒーミワ・ビヒ  
 意味は、「慈悲あまねく、慈悲深き神の名において,そしてあなたとともに」の意味である。

~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・~~・
◆残された疑問・・・
* ただし、よくよく見ていくと文字を確定する点が一つ足らない。この色に合わせて読むと、最後のビヒのビをあらわす点が足らないことになる。
 もともとそうだったのか。途中で落ちていったものか?謎だ。

*また、Wikipediaのアラベスク項目の中の鳥のカリグラフィーは上記とは言葉は同じだがデザインが少し異なる。点はすべてついていて正しい。するとこれがムスタファ・ラキム・タシュメクテブリ(~1767年)が書いたものなのだろうか。

 さらに、調べていったら、Wikipediaにのっている作品はイスラム暦1013年とあることを見つけた。ヒジュラ暦1013年とは西暦1604年のことで、江戸時代の始まった頃となってしまった。これでは1767年没のムスタファではなくもっと以前の人となってしまうのか?

 誰が書き始めてどう変化していったのか、この興味はまた次の機会につなげていくこととしよう。
 
 
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by miriyun | 2007-04-29 14:37 | カリグラフィーを読もう | Comments(7)

カリグラフィーで読む…セルジューク朝か?修復か

 前出のようにイスファハーンの金曜日のモスクはいろいろな時代の建築が混ざっている。基本プランは11世紀、マリク・シャーの時代のものだ。
 
*ところで、余談ではあるが、マリク・シャーとはすごい名前だ。なんといってもマリクはアラビア語の王(支配者)だし、シャーはペルシア語の王(支配者)を意味する。だから、マリク・シャーはキング王か・・・という感じ。でも名君だったということだから。名前負けしなかったということで、めでたしめでたし。それにペルシアのイスファハーンを都としペルシア人を官僚として人材を使っていたのだから、両方の言葉を入れたのは妥当だったのかもしれない。

☆さて、テーマに入ろう。金曜日のモスクは完全な破壊は免れ、修復をしながら命運を繋いできた。こんな時ほどカリグラフィーは大事だ。たとえばここはいつ作られた部分なのか。その手がかりが見つかることがある。
 では、主礼拝室を見てみよう。イマーム・モスクとは別の意味で見事なムカルナスがある。高くてよく見えないがミナレットがある。ここのカリグラフィーの一部を見てみよう。
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①ムカルナス・・・珍しい。ムカルナスの一つ一つに文字が入っている。その文字を右から読んでみると、
   アッラー
   ムハンマド
   アリー
②塔の文字は
 アルハムドゥ・リッラー(神様のおかげで)
 周囲にはムハンマド・アリーも見え隠れしている。
*そのほかの人名は周辺部分にもでてこない。

 これによって、このミナレットとムカルナスはセルジューク朝のときのものではなく後の王朝の建築であることがわかる。
 なぜなら、セルジュークはスンナ派であったので正統カリフ4人を敬うはずであるが、ここには探してもでてこないからだ。

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by miriyun | 2006-07-01 14:14 | カリグラフィーを読もう | Comments(2)