2015年 04月 28日 ( 2 )

From D1skからのメッセージ…高橋大輔

高橋大輔さんからのメッセージ
 やはりオフィシャルサイトの「from D1SK」はアメリカからの便りが入るところだった。
これをもって大輔さん自身がオフィシャルサイトの完成と言っている。引退から半年あまり、何もかも自分できちんと筋を通して、自己表現の一部として、2000daysも完成しさせ、出版記念講演をおこない、スケートショーを主宰し、スイスのAOIで人々を魅了し、そしてオフィシャルサイトもこうして完成させるまで、きっと最初からプランニングに入っていたのだろう。
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                               http://d1sk.com/よりお借りしています。
おもえば、幕張のトークのときにもうこれ以後は前のサインは使わないと言って、新しいダイスケサインを書いていた。その短いファーストネームだけのサインがここでも使われている。

もう早くから関大に語学留学の相談をかけていたのであるし、遠大な計画にそってきちんと進めていった結果で、ファンも十分にもう旅立ちの4月ということで承知していたし、自分も一ファンとして覚悟はしていたつもりだった。
 オフィシャルサイトへのアップなど、歌子先生の話がなされた後のタイミングでおこなわれ、高橋大輔Anthologyの発送準備が整ったとのメールも入った。こういうタイミングでさえ彼の絶妙なタイミングでの発信も含めて一つのデザインを成しつつあるのだろう。センスがある人というのは全部デザインしていかないと、気が済まないだろうし、そのデザインに高橋大輔は優れている。


2.オフィシャル+インスタ

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 おや、そうしているうちに、オフィシャルのトップページに彼のinstagramが組み込まれて、一体化した。


黒とグレーを基本としたシックな配色、オフアイスのダイスケさんの透明感のある眼、eyeの黒赤の衣装の眼の対比が際立ち、キャラバンで楽しさ弾む感じが伝わる。
そんなオフィシャルサイトに、ぐっとラフなダイスケさんの日常の視点が加わる。
やるねぇ、ダイスケさん!オフィシャルサイト完全版お見事!

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by miriyun | 2015-04-28 04:34 | Comments(3)

彼方へ・・・高橋大輔

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 1.彼方へ 
 大輔さんは旅立った。4月24日に渡米していた。
彼が全ての援助も断ち切って、身一つでアメリカへと旅立っていった。
平日は語学を、週末はダンスを習うという生活を少なくとも1年は続けるという。何を求め何を見つけるかはわからないが、場合によってはもう帰ってこないかもとまで歌子先生に言っての旅立ちだった。

 まあ、スケート靴を持っていって、アメリカはスケート場が多いから休日にはスケートをして、FOIやXOIには帰ってきてくれるだろう。もしかしたらThe IceやPIWの楽日も間に合えば出られるかも・・・。などと能天気に考えていた。ただ、スケート雑誌に載っていた歌子先生の言葉「もう帰らないかもしれない」というのは頭の片隅で気になる言葉として残っていた。(8月には一回戻ると言っているのはシャルウイの約束のためか?)

 その言葉が、きょうまた、歌子先生からでたほか、これまで知られていなかった高橋大輔のすごさが語られた。
 
2.大輔さんの覚悟
 歌子先生の講演、とても貴重なお話ばかり。レポを流し読みさせていただいた記憶から一部をまとめながら感じたことをかかせていただく。レポしてくださった皆様に感謝です。(間違っていたらご指摘ください。)

◆留学の覚悟◆
 関大に留学の意志を伝えたのは引退のころから伝わっていたが、その留学についてもっと先生方も軽いものと思っていたようだ。その後どうなっていたのかは知らされていなかったが、それが明らかになる。他の単位はすべて取得済みであとは卒論だけで修士として卒業できるところだったのに退学してしまったこと。
もったいないなあと誰もが思う。
 関大の先生方はもちろん修士論文を書いて卒業をと願っていた。引退した大輔さんには、いろいろなサポートや一生困らないような有難いお話もたくさん持ち込まれたけれど、それを全部ことわっての留学。わかってもらえないので、歌子先生に来てもらって説明してようやく大輔さんの強い想いを聞いて感動した先生が学長さんに報告してくれたとのこと・・・。

通常、何も持つものがない若者はがむしゃらに努力する。そして勝利なり、名誉なり、経済的価値を持つようになると、中には驕りから身を持ち崩すものまでいる。自分の本質を見失ってしまう。そこまで行かなくとも、自分の努力で築いてきた名誉や地位、経済的価値を守ろうとするのが普通だ。もうそこにはがむしゃらな精神は存在せず、いかに効率よく自分が得たものを使いまわしていくのかということに気を配るようになる。それも普通のことだ。

 しかし、すでにある名声の他に決して離れないスケートファン、人間高橋大輔ファンをたくさん抱えて、関大ではしっかり単位も取得し、故郷の倉敷も岡山もいつでも帰ってきて指導できるようにと言ってくれ、そして、歌子先生言うところの一生困らないほどのいいお話というのさえ断って、覚悟の留学をした。
 おそらく大輔さんのようにすべての関わった人から信頼と尊敬を受けている人には、個人としてもスポンサーとしても大学や諸機関からもいろいろな話が寄せられたのだろう。それを断ったことを「わがままさせてもらう」と表現していたのかと今更ながらに思う。
 目前の大学院修士としての卒業も望まれながら断ってだ。おそらく大学に残り地位を築いていくことも可能な大輔さんが、本当にすべてを断ち切って留学に望んだのだった。



3.サムライのような信念・潔さと

 でもね、全ての地位も名誉も、そしてそれらの元になったスケート靴さえも持たずに旅立ったと歌子先生の言葉から知って、なんという「サムライ」と思った。

 あのお茶目さ
    笑顔の爽やかさ
      自分は弱い、甘えてしまうと言える強さ
         精神面でけじめをつけないと進めないと言って、きっぱり栄光を切り捨てていく潔さ・・・

 ラストサムライのトム・クルーズを思い出してしまう。
 そしてあれは映画だけど、
      高橋大輔は今を生きる青年だよね。

  29歳の青年が、到達できるなんて信じられないほどの覚悟のほど。


◆振りかえれば、なるほど高橋大輔とはそういう人だった。

 ・・・・NHK杯のときのラッピングバスの話題があったころにすでにひきづっていたあの脚、そして更なる怪我、全日本で代表に選ばれた時の覚悟、それは決して自分に逃げ場をつくらない覚悟だった。そしてその脚が直らぬままでの奇跡の6位入賞・・・
 (歌子先生が、最近になってやっと足を引きずらない普通の歩き方になったと言っておられたのに再度驚かされた。)
 ・・・けっして、何があっても言い訳をしなかった。
   人のせいにもしなかった。
 ・・・男子フィギュアに注目してもらうためにメディアへの協力や連盟への協力も目いっぱいやってきた。
 ・・・ごく若いころから言葉に出して憂いていたスケートリンク、その存続のために実質的に動き続け、成果を上げたのは彼だった。
 ・・・震災へのチャリティを宮本先生らと立ち上げ中心となって動かし続けているし、今後も続けることに意義があるとしている。

そういう意志の強い人(本人は否定するのであろうが)が、歌子先生の見送りさえ断り、本気の留学。
彼が、いつどのように動き始めるのかは今はわからない。
 ただ、ようやく彼がやるべきことをやり、ファンのためにもたくさんの置き土産をのこし、ようやく心身を軽くして大空へ放たれた鷹のように自由に飛び立った。

 
◆これほどの意志で飛び出した高橋大輔が、アメリカでは普通の学生として学び、街を歩き、買い物一つでも事前電話を言入れなくても済む生活をして、ダンスを思いっきり学ぶ。

 何を感じて帰ってくるのか。
    できればスケートが恋しいと思ってくれればとはおもうが、
もし、そうでない分野で動き出したとしても、待っている。1年でなくてもずっと先になったとしてもこの奇跡の存在、高橋大輔を待っている。
 それほど高橋大輔という人間に惹かれ、出会いを感謝している。

 彼の感性は、何かを成し遂げないではいられない!

               
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by miriyun | 2015-04-28 04:22 | Comments(2)