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2008年 06月 14日

巨大な鎖…ビザンチンの金角湾封鎖作戦

◆いよいよ、スルタン・メフメット2世1453年、3月26日エディルネ(アドリアノーポリ)にトルコ軍を集結させた。そして、コンスタンティノープルへ進軍を始めた。

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                                          ↑軍事博物館蔵
14~15世紀の頃の金角湾(ゴールデンホーン)を中心にした絵図である。左にはテオドシウスの城塞に守られたコンスタンティノープルとビザンチンの宮殿・オベリスクが見える。金角湾を挟んで右には城塞に囲まれたジェノヴァ人居住区がガラタ塔を頂点として描かれている。

◆ テオドシウスの城塞は陸側は総幅60mにも達する破られたことのない歴史上屈指の三重城塞であり、南のマルマラ海側は潮流激しく、どこの国も戦いを避けたいような場所であった。  残すところは金角湾であり、ここは一重の壁であり、しかも海は穏やかである。したがってコンスタンティノープルの弱点はこの金角湾であり、第4次十字軍によって敗北を喫して占領されたときもこの金角湾からであった。

 ビザンチン側は金角湾にやってくるであろう数限りないトルコの軍船対策を早急にしなければならないのは明白だった。
☆そのときビザンチン側が知恵を絞り、これしかないと結論付けたそのものがこれである。

ビザンチンの巨大な鎖作戦
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 巨大な鎖である。これで、ビザンチン側とガラタ側の塔に鎖を結び金角湾の入口の封鎖してしまおうという作戦である。
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                   A:三重の城壁
                   B:一重の城塞&天然の要害
                   C:一重の城塞

  4月2日、この地図の金角湾入口に巨大な鎖を渡して、トルコ艦隊が金角湾に突入できなくした作戦である。そのためには鉄の鎖を水面に近いところに渡さなければならないから浮きを浮かしながらその下に鎖があるという状態に保った。

 そしてその封鎖線が全くわたれないとビザンチン・ヴェネツィアなどの連合軍も困るので、北側も南側も必要なところは鉄鎖を外し、友軍の船を出入りさせることもできた。

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 その鎖は急ごしらえであら削りなゴツゴツした感触を今も伝えている。

 塩野七生氏の言うところの男の二の腕ほど太くは見えないが、女性の細腕ほどはある。両端のカニばさみの部分は塩野さん言うとおり男の二の腕という表現がふさわしい。

 この鎖の前後にラテン人たちの船が集まり、防備する。それに対して、この鎖を何としても突破したいトルコ軍と船同士の海戦のときが刻々と近づいていた。

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by miriyun | 2008-06-14 15:40 | トルコ | Comments(4)
Commented by ぺいとん at 2008-06-14 20:55 x
金角湾版赤壁の大襲撃、そんな光景を勝手に思い浮かべています。 
早く続きをお願いいたします!!!!
Commented by miriyun at 2008-06-15 02:23
ぺいとんさん、コメント嬉しいです。一人でも楽しみにしていただけると書く気力が湧いてきます。この鎖が残っているということで前から気になっていたのです。10年来の思いをかなえて今回はしっかり見てきました。この荒削り感がとてもよかったです。
Commented by サトシ at 2008-06-15 21:06 x
次の更新も楽しみにしています。
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Commented by miriyun at 2008-06-16 07:04
サトシさん、いつも応援ありがとうございます。
いつかご感想かんそうくださいね。


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