イェニ・ジャーミィ夜景

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 ガラタ橋のすぐ目の前に見える二本の塔が屹立する堂々たるジャーミィでランドマーク的存在であり、また市民の生活に密着した身近なジャーミィとして存在しているのがイェニ・ジャーミィである。
 橋を渡ってくる車がたくさん往来する中、ライトアップされたイェニ・ジャーミィは威厳のある姿で浮かび上がる・

 イェニは乏しいトルコ語語彙しかない自分にも何とかわかる。「新しい」という意味なのだ。そのつもりで見たら想像よりもずっと重厚な建物であった。

 ◆ イェニ・ジャーミィの由来 
ここは実はけっこう歴史が古い。スレイマニエ・ジャーミィが完成した10年後の1567年、メフメット3世の母后サーフィエ・スルタン(ヴェニス出身、本名バフォ)が建築家タバート・アーに命じて建築が始まった。しかし、メフメット3世がなくなると母后も権力を失墜し、ジャーミィの建築も中断された。その後も資金繰りもできず56年間工事は中断を余儀なくされた。メフメット4世の代になってその母后トゥルハン・スルタンによって命じられ建築家ムスタファ・アーが1663年に完成させた。

 オスマン朝の建築は壮大な建築でありながらスィナンを筆頭に建築年数が短い。その中で100年近くかかって完成し、また着工も完成も母后(ヴァーリデ)が関係した珍しいジャーミィである。そこでモスク名としてはヴァーリデ・ジャーミィとなるべきなのだが、ウスキュダルに別のヴァーリデ・ジャーミィがあったために。「新しいほうの皇太后のモスク 」という意味で「イェニ・ヴァーリデ・ジャーミィ」といわれるようになり、そのうち略して「イェニ・ジャーミィ」と通称されるようになったということなのだ。
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 基本プランはスィナンがシェッザーデ・ジャーミィで使った4本の象の足と呼ばれる「太い柱と4つの半円ドームが中央ドームを支えるようになっている。古典的オスマン建築の最後の巨大建築であった。
 中央ドームの高さは36m、直径17.5m。 
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バザールの隣接地であり、交通の要地でもあるので、礼拝に来る人は絶えることがない。トルコのジャーミィは原則男女の礼拝場所を男性は前、女性は後の柱で隔てられたところというように場所が分けられている。
 一般の人にとっては前のほうに行きにくいので、入口のあたりでちょっと見学してすぐに退散してしまうことになる。細部の装飾も螺鈿細工が美しいはずだが、解説できるほどじっくり見れなかったので残念。

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 夜の古典的オスマン建築は重厚さが倍加する。
 この中庭の一番隅までで行っても 広角レンズ28mmに入りきらない。塔はほとんど入らない。

 また、この塔の周りを飛ぶ鳥たちの泣き声が大きく響いてくる。その割には姿は豆粒のようにしか見えないことでよりその壮大さを実感するのだった。

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by miriyun | 2008-03-25 23:48 | トルコ | Comments(0)


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