トプカプ宮殿…儀礼の門・カリグラフィー

 トプカプ宮殿(トプカプ・サラユ)は15~20世紀元まで強大な力を持ったオスマン朝の城として建てられた。

 イスタンブール(イスタンブル)は金角湾を挟んで南西に旧市街、北東側に新市街がある。
 トプカプ宮殿は、その歴史的遺産の残る旧市街の東の端の小高い丘の上に位置する。ボスポラス海峡とその先のアジア側の大地をもにらむ戦略上欠かすことのできない要害の地を占めている。

 400年間ものオスマン朝の支配の拠点であったため、その中に現在保管・展示されている宝物から鍋に至るまで目を引かないものはない。

 そして、近世の城塞都市はいずれも大砲を備えていたのだが、この丘の上にあり東西交易および軍の戦略上の要衝のち地であった宮殿にはもちろん大砲が備えてあって、列国を威圧していた。
 このことから、トプ(大砲)・カプ(門)・サラユ(宮殿)と呼ばれるようになったといわれている。
 
◆儀礼の門
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第一庭園と台に庭園の間にあり、この門の手前で入場券を買う。八角形の塔を左右に置いたオスマン様式の門である。
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この門をくぐる時に上を仰げばこのようなカリグラフィーに早速遭遇する。
   上はラー・イラーハ・イッララー・ムハンマド・ラスール・アッラー
    (アッラー以外に神は存在しない。ムハンマドはアッラーの使徒である)

  その下と左右にトゥグラー(トゥーラ)と呼ばれるスルタンの花押が飾られている。

 なお、イスラーム国家であるオスマン朝は、言語はトルコ語であったが、文字はアラビア語を使った。また、クルアーンはアラビア語で伝えるというものであったため、コーランの語句はそのままアラビア語で表記している。
 また、単語の中にはアラビア語から来たものがかなり多く取り込まれたようで、今でもオヤッ、おなじかなと思うものがある。
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by miriyun | 2007-07-22 14:03 | トルコ | Comments(2)
Commented by ぺいとん at 2007-07-22 21:03 x
イスラム世界にも花押があったのですね。 
恥ずかしながら、漢字文化圏だけだと思っていました。 
どれも流れるようでなんと美しい形なのでしょう!!!  
3人のスルタン様のお名前読めたらもっと感動ですね。自分でもこのように書けたら・・・もっともっと感動まちがいなし。 
ちゃんと勉強しなくちゃ♪ 

Commented by miriyun at 2007-07-23 01:14
花押・・・日本の感覚と少し似ているかもしれません。書いている人とその時代の人はよくわかっているのに、後の世の人によみにくいものです。
 写真が小さいので判別できないのですが、おいおい調べていきますね。トゥグラーはたくさんある上、名前もはっきりしないし装飾も多いのでなかなか手ごわそうです。


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