リチャード王のエルサレム攻撃を阻み、平和条約を結んだことによって、サラディンはついに勝者としてこの地に安定をもたらした。
サラディンの苦渋の日々は終わったのだ。これ以後、フランクはいくつかの都市の管理権は獲得して入るが、二度とアラブ社会にくさびのように食い込みアラブを振り回すような力はもてなかった。12世紀後半の十字軍に対して立ち上がった、ザンギー、ヌール・アッディーン、サラーフッディーンの生涯をかけての戦いがこの日をもたらしたのだ。 ・・・・しかし、これほどの勝利・成功にかかわらず、サラディンはやつれていった。諸侯に対する権威も衰えがちになり、身体もますます弱っていった。じつはサラディンはフランクとの困難な苦渋に満ちた闘いの日々においても、しばしばマラリアの発作に襲われていた。 そして、1192年、リチャードが去って安心すると共に、全身が衰弱していった。彼が育った愛する町ダマスカスで最後の時を迎えていた。近親者に囲まれ静かな時を過ごし、徐々にこん睡状態に入った。1193年3月2日、長老が「アッラーの他に神はなし、アッラーにのみわが身を委ねまつる」とクルアーンを唱える中、スルターン・サラーフッディーンはほほえみを浮かべ、こときれた。55歳であった。 人々は心を込めて遺体を清め、服を調えた。正午のサラート(礼拝)の後、遺体を運び出し、布でつつまれた棺の中に納めた。群集は哀悼の叫びを上げ、祈りにやってくる。こうして、サラディンは宮殿の西のあずまやの中に埋められた。 この葬式をするにも借り物を使ったというほど、彼は財産を残さなかった。国庫には金一個と47ディルハムの銀貨しかなかった。それは葬儀をするにも足らない額だったという。 現在、サラディン廟はウマイヤ・モスクの北側入口の脇ににひっそりと建つ。サラディンの息子ウスマンによって建てられたイスラム神学校(アル・アジジエ)の一部が利用されている。イスラームの世界とヨーロッパに知られた英雄としては実に質素な廟である。 そこに入ると白大理石の棺と木棺が並んでいる。 ![]() 白大理石のほうはブドウつる草の象嵌で、ブドウの葉は金装飾だ・それにアカンサスの葉のレリーフに飾られている。木棺はクーフィー体の文字と幾何学アラベスク装飾がレリーフで入っている。 この大理石の方は1898年にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世から贈られた棺である。 この白大理石のほうを、サラーフッディーンの墓として紹介している本が多いことが、こうしてサラディンを紹介しようという直接の動機であった。そういった本のためか、王は立派なほうに決まっているという先入観のためか、大理石のほうで祈る人が後を立たないようで、大理石のところには次のような張り紙があった。 ![]() 右からアル・カブル(墓) アル・ハキーキー(本物) アラー・アル・ヤミーン(右手に) 「右手に隣り合っているほうが本物の墓ですよ!」ということだ。 「この世には金が砂粒ほどにも大切でないと考えている人間もおるのだ」とサラディンはいい、富と贅沢を避けていた。サラディンを知るものならこの木棺のほうがより彼にふさわしいことに気づくだろう。 ![]() そして、生涯自らはとうとうスルターンを名乗らなかったサラディンの木棺に現代の人々は 「スルターン、サラーフ・アル・ディーン・アイユーブ の墓 1193年」と解説をつけている。 興味をもったら一日一回ポチッとお願いします。 参考 「アラブから見た十字軍」アミン・マアルーフ著 「人物世界史4」佐藤次高編 「世界遺産28」
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