写真でイスラーム  

mphot.exblog.jp
ブログトップ | ログイン
2006年 05月 14日

カタパルト(投石器)考

 サラーフッディーン(サラディン)は力攻めを余儀なくされる。1187年9月20日、エルサレム
包囲は始まり、その後、オリーヴの山に、陣を構えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
中世の城壁攻めの定番は、投石器であり、カタパルトという。ここでカタパルトについてまとめてみよう。
① ローマのカタパルト
カタパルトはローマ帝国で開発されている。攻めにくい城壁のある町や砦の攻略に用いられた。
c0067690_5295054.jpg
 
    ↑ カルタゴに残るカタパルト用の石、大きい石はボーリングの玉ぐらいの大きさ 

 ローマ帝国はポエニ戦争でカルタゴを滅ぼし、ローマの殖民都市カルタゴとして繁栄した。その際、ローマ軍が作り、高台に用意した石の弾丸である。
c0067690_644501.jpg
 ←そのときに使った投石器の模型(「NEWTONアーキオ 大ローマ帝国」より引用}
 カエサルのアレシア攻めや1世紀のマサダをローマが攻めた際も使っていた。蔓・繊維などを撚ってその撚りが戻る力を利用している。野生のロバ、オナゲルの蹴りのようだとしてこの投石器はオナグロと呼ばれる。上のカルタゴの写真のように球形の石を発射する。


② 中世 十字軍の頃のカタパルト
 この時代のカタパルトはトレブシェットといい、重力とテコの原理を応用して、重い石をいきおいよく飛び出させるものだ。中世ヨーロッパの カタパルト(トレブシェット)で最大級のものは、 50kg の石塊を 300m 投げるものもあったという。小型のものは、 1kg ほどの石塊 または500gほどの鉛の弾丸をとばし、小さいながら200~300mの飛距離があった。

 その動きは、 先に紹介した映画「」でみることができる。、攻城側、守備側双方のカタパルト攻撃がすさまじい威力を持つものとしてあらわされていた。
c0067690_4454728.jpg 
c0067690_446782.jpg
    ←小写真2枚は、映画キングダム・オブ・ヘブンより引用→
重い石を遠くへ飛ばし、敵陣の城壁を破壊し、落城させる。焼玉(確認していないがコールタールなどをまぶしているのではないか?)としてうてば火の玉となって相手を脅かすことになった。

 映画では非現実的な迫力に見えるが、ローマの頃から研究されてきたもので、しかも巨大な石を用いて、実際に相当な破壊力をもつものであったことは確かなようだ。

興味をもったら一日一回ポチッとお願いします。


by miriyun | 2006-05-14 03:55 | サラディン紀行 | Comments(4)
Commented by orientlibrary at 2006-05-18 10:33
どんな武器で攻撃されるのもイヤですが、巨石の投石は相当イヤです、、、
Commented by miriyun at 2006-05-19 22:34
映画で見る限りでは、大砲による爆弾ほども威力があり、火の玉が飛ぶさまはまるで湾岸戦争のときのようでした。人間の身体と石や爆弾を考えるとどうしてこんなものを・・・と思ってしまいます。
Commented by マリリン at 2006-05-20 11:50 x
なんと。。初めて拝見しました。。重そうですね。。それだけの石球をなげる機械も凄いですが。。身を守る道具としては最適でしょうが、、攻撃に使うなんて想像つきませんね。。貴重な情報の記事がたくさんあって。。読むのが楽のしみです。。一気には無理ですが。。あはは

リンクマリリンも張らせていただきますね。。更新は出来るだけまい日する様にしてます。 それでは又明日

応援ポチッとしていきます。。
Commented by miriyun at 2006-05-21 13:29
マリリンさん、電気を動力とする機械ばかりを見ていると、なかなかこういう大型で力のある道具を使って城攻めをしたことが理解しにくいです。ローマ軍はほんとうにすごかったことが各地の戦闘の様子から知ることができます。
 命がかかっているから、守るほうも何でもやります。煮え油、コールタール、糞尿・・・なんでも使ったのが戦争なんだと思い知らされます。


<< エルサレム解放…住民の運命を握るもの      「キングダム・オブ・ヘブン」と史実 >>