写真でイスラーム  

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2016年 06月 05日

ミマール・スィナンとセリミエジャーミィ

ミマール・スィナン(1489-1588) 
 オスマン・トルコが東ローマ帝国を抑え、とうとう城壁内に入場したとき、そこに圧倒的なローマ建築としてそびえていたのはアヤ・ソフィアであった。イスタンブールに宮殿がつくられ、様々なモスクがつくられて言ってもアヤ・ソフィアの壮大無比な建築は維持し、イスラムの礼拝すべきところとして内装を変え、使われていった。

 スレイマン大帝は、ミマール・スィナンをみいだし、建築家としての才をいかんなく発揮させた。その結果として、丘の上にミナレットの並びも美しいスレイマニエ・ジャーミィが出来上がった。
 スレイマニエはイスラームの考えによるモスクがずっと維持していかれる仕組みをきちっと形にしたものでバザールやハマム・図書館などを含めた大複合建築として完成した。
 
 スィナンはその生涯においてモスク(ジャーミィ)・キャラバンサライ・ハマム・廟など実に477もの建築物をつくった。そのうち319はイスタンブールにあり、いくつかはこのブログでも紹介してきた。
 
 8つのアーチを4本の柱で支える様式をアヤソフィアから学んだだけではなく、様々な工夫を凝らしながら独特のオスマン様式の建築を極めた人物である。

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 その姿は、いまはもう使われていないトルコのお札にも表されている。彼が、生涯をかけてそれを超えることを目標にしたアヤ・ソフィアを越えた建築であるセリミエ・ジャーミィが彼の姿と共に描かれている。
 この札は初めてトルコを訪れたときの名残りで、しわくちゃになって机の中から出てきた。2005年には使われなくなってしまっているが、トルコが誇る偉大な建築家の絵柄が見れないのは残念に思ってしまう。

 
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 写真や絵では、4本の尖塔のオスマン様式の建築としかわからず、あまりこれまでの建築とは変わりがないように思ってしまうかもしれない。
 しかし、ブルーモスクが出来たのは17世紀で、この天才建築家が活躍したのは16世紀である。日本の戦国時代から本能寺の変あたりまでつくりにつくった建築群には、驚かされるばかりだ。


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by miriyun | 2016-06-05 18:32 | トルコ | Comments(0)


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