写真でイスラーム  

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2015年 09月 05日

ハセキ・ヒュッレム・ハマムに見る修復の結果

1.新旧  
 イスタンブールの新旧比べ。
誰からも振りかえられずにいたハセキ・ヒュッレム・スルタンハマムが気になったのが2007年だった。

 
 自分ではそのさびれた写真しかないので、きれいになったハマムを撮ってきた。

では新旧比較を!
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 ヒュッレム(トルコの歴史ドラマ『壮大なる世紀*Muhteşem Yüzyıl』の主人公の一人)の名があるのだから気になっていたが、何しろ建物が汚い。このように煤まみれになっていたら、何十万にもやってくるアヤソフィアとスルタンアフメットモスク(ブルーモスク)の間にあるよと言っても気付かれないのではないかと思うくらいさびれていた。

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それが現在では、入り口の前には野外カフェ(ハマムの利用者がここで食事ができる)のようになっているし、かって煤まみれになっていた痕跡は探せない。上の写真と比べれば、落とし切れなかった煤汚れは若干あるだろうが・・。 

 1556年の歴史遺産であるから基本的なデザインは変えていない。ただ、建物が何であるかは以前は入り口の上に釣り下がっていたプラスチックボードに小さく見えにくい色で書いてあるだけだった。
 今は外側のアーチの下にぴたりと嵌め込んだ看板がついていた。
窓の木枠は白く塗っている部分もあったがそれを茶色にした。外の白い円柱もお化粧直しし。特に金の輪がはいり、玄関上の金箔の上の文字と調和している。

 なぜ、こんなに汚くなっていたのかは過去記事→ヒュッレムのハマム…風呂の話(7)
               

2.ミマール・スィナンの残したハマムがよみがえった。 

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 男女用有るので左右対称型に連なる大がかりなハマム。
トルコを知る人なら必ず目にするミマール・スィナンの名前。彼はスルタンの信頼を得た建築デザイナーであり、エンジニアであり現場監督でもあった。彼はスルタンの戦争に必要なものからハマムまでつくり続けた。98歳まで。驚異的な人物である。有名なモスクだけでなくちょっとしたところにも彼の遺作が残っている。まあ、よほど時間がないとまわれないので、自分でもいつそれらを見て回れるのだろうか、98まで見て回れるのだろうか(笑)

 *自分はとても自信がないが、毎回旅をする中で日本の戦中戦後をまたいできた人たちの強さに感嘆する。今回も80歳をゆうに超えているような杖を突いた男性の方が、洞窟の岩絵を見るような上り下りが急なところまで見て回っていたのに驚く。

◆ハマムの左右対称になっている全体像を撮ろううと思った。
 
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わ~ぉ、噴水で見えなくなった。
この噴水も変わっていた。もともと大きな噴水のある池ではあったが。これではない普通に地味な作りの池だった。しかし、現在はデザインされた地色が入り、ヘリにはライトアップ用のライトが埋め込まれている。池の周廻りの壁面は外側が斜めになっていて、そこにモザイクでイスタンブールの歴史遺産のある街並みを描いてあった。さらにその周りにアクリルの囲いもあって、モザイクの上にのってしまったり池には行ったりできないようになっていた。

人通りが多いが通路まで下がって全体像を
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 うん、美しい大小のドームがまっすぐに並んだ完全な左右対称だった。
間違えてはいけないのは、ミマール・スィナンは決してブルーモスクとアヤソフィアの真ん中に風呂をつくろうとしたわけではない。アヤソフィアがビザンチン時代につくられ、オスマントルコがそこをモスクに変え、トプカプをつくった。
 トプカプ宮殿から見て西に祈りの場であるアヤソフィアがあり、さらにその先にハマムはつくられた。ブルーモスクは17世紀に入ってから作られたのであるから、歴史的にはこのハマムの方が深いわけなのだ。


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by miriyun | 2015-09-05 16:03 | Comments(2)
Commented by petapeta_adeliae at 2015-09-07 13:19
やれぱできるんじゃないって云ってしまいそう。
イスラム建築は左右対称が多いせいか安心します。

ハマム体験はコンヤで、それも当時新しいホテルでした。
40人も並んでいたので、1時間以上待たされ、
湿気がほどよく燻られているのに、悲鳴がでるまですられて
5日間、水浴びでした。
このときはオジサンの三助でしたが、
町中のハマムもオジサンなのでしょうか?
Commented by miriyun at 2015-09-08 05:36
ソーニャさん、囚人を収監していたり倉庫だったこともあり、汚れ放題だったのをしかし、それ以上壊されないように政府のものとしておいたのでよかったのですね。
最近ずっと、トルコの観光資源の環境整備は進んできていると思います。


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