ヒュッレムのハマム・・・風呂の話(7)

ハセキ・ヒュッレム・スルタン・ハマム 
 2007年11月のことだった。アヤ・ソフィアとブルーモスクの間をあわただしく歩いた時、ふと見えた建物、古びているし、スルタナハメットの巨大な二つの建物に挟まれているため小さく見えて見過ごしてしまいそうな建物が気になった。こんなすごい場所にあるならば何か意味があるはずだが、同行者がいたので何なのか確認する暇はなかった。
 そこで、ひとまず写真を撮っておいた。
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 その写真がこれだ。
地味な入口の前に青い文字で小さな看板が出ている。
「haseki hyurem sultan hamami」とあった。(最後は i となっているが、トルコ語では i は”u”と発音するのでハマムと読める。
 なんと、壮麗王スレイマニエ1世の奴隷から側妾、そして妻となり、跡継ぎの母にまでなった人だ。オスマントルコの歴史の中でも群を抜いている女性だ。
 そんな女性の名がついたハマムが名だたる名建築の間に埋もれるように存在していた。汚れ方から長年の粗雑な扱われ方がわかる。

 しかし、スレイマニエ大帝がヒュッレムのために建てたハマムであるならば、自分のお気に入りの建築士を使うはずだ。そう思って調べてみるとやはり、
 そう、まごうことなき、ミマール・スィナン(シナンと書かれることが多い)の建築であった。
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  この建築物は横から見ると75mに及ぶ長い建物で、実は男女を左右に分けて同じような設備が並ぶ最初のハマムであった。


ヒュッレムのハマムの歴史
 このハマムはスレイマン大帝の全盛期、1556年にスィナン(シナン)によって建てられた。アヤソフィアに近いこの場所には532年に崩れてしまったゼイクシッポスの浴場(テルマエ)があった場所であった。
 それまでは女性の日とさだめられた日だけが女性専用となったハマムであるが、このハマムの出現で男女とも専用の浴場があり、いつでもたのしめるようになった。屋敷に個人用の風呂を持つ上流階級の人たちも召使を連れてハマムを訪れ一日中そこで世間話や年頃の娘のうわさを聞き、我が家の嫁さがしをしたりと社交場としても重要なものだった。
 こうして1910年までハマムとして使われていたが、オスマン帝国の崩壊とともに閉じられた。その後、刑務所が一杯になったときにはあぶれた囚人を収監する場所としたり倉庫として紙やガソリンの倉庫となったことさえあった。1957年にいったん修復してからは国のもつ建物として、絨毯販売所になっていたりした。

 ◆2008年に修復を専門とする大学を中心に国家的プロジェクトとして元の伝統建築を損なわないように修復がはじまった。

 最初にのせた2007年11月に撮影した写真は、その修復に入る直前の姿だったのだ。

復活したハマム
2011年に修復を終えた歴史的建造物は現在、本来のハマムとしての機能を回復し、美しいまっ白な大理石をふんだんに使った内部構造で清潔感に満ちたハマムとして観光客に開放されている。
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水道のある大理石の水盤のある場所

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                    ハマムの内部写真はハマムのHPより引用
メインの部屋は高いドーム屋根になっている。男女別になるので2つの大きなドームを持つ建築である。


中でタオルにくるまってお茶やシーシャを楽しむことはもちろん、庭に出てから屋外で食事もできる。

 そんな複合施設がスルタナハメットにできたということなのだ。観光客相手なので高めの設定だが、それでもミマール・スィナンが手掛け、ヒュッレムの思い入れのあるハマムが本来の目的に沿ったものとして再生しているのは喜ばしい。

                             *ヒュッレムとは・・・どんな女性なのかは、次回紹介します。


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by miriyun | 2012-07-26 04:32 | Comments(8)
Commented by yumiyane at 2012-07-26 13:01
すごい豪華なお風呂ですね。
アヤソフィアに行くことがあったら、是非訪ねてみたいです。
それにしても2007年によくその建物の写真をお撮りになっていましたね。
今となっては貴重な一枚です。
Commented by tsurukame_ko at 2012-07-26 22:03
面白いお話!!ああ、世界史の授業を聞いているみたいです。
修復前のお写真は、本当に貴重ですね。、まぁまぁ、よくぞ!(≧ω≦)bと思います。さすがだなぁ。
それにしても、なんとゴージャスなお風呂。
16世紀もこんな姿だったのかしら。はぁ~。
上流家庭の方々の社交場として機能していたというのも頷けます。
一度行ってみたいなぁ。だけど、あまりの豪華さに、怖気づいちゃいそう~。

Commented by 谷間のゆり at 2012-07-27 10:21 x
豪華なお風呂で寛ぐ事を想像して見ました。
一人ではつまりませんね。好い話し相手とお食事をしながら、一日ゆったり。
Commented by miriyun at 2012-07-28 13:53
yumiyaneさん、ほんとに地味に建っていたのですが、
スィナンの建てた建築をそのまま大事にしたまま内装をきれいにしたので
意見の価値ありだろうと思っています。
Commented by miriyun at 2012-07-28 13:54
tsurukame_koさん、このハマムが特に新しいので観光としては素敵だろうなと思います。
スレイマン大帝とヒュッレム妃・スィナンと名が揃うとそれだけでも
うれしくなってしまいました。
Commented by miriyun at 2012-07-28 13:56
谷間のゆりさん、そうですね。
一人よりはお友達同士でたのしくおしゃべりして、ゆったりお茶を飲み
体をほぐしてごろごろして、さいごに庭に出てお食事したいものです。
Commented by petapeta_adeliae at 2012-07-30 23:15
日本井戸端的役割も果たしていたんですね。
私が行った頃は遺跡もなにもかもメンテが行き届いておらず、
勿体ないなぁと思っていたので、トルコが修復するまでの
予算がだせるようになって良かったです。
機会があったらまたトルコに行ってみたいです。
Commented by miriyun at 2012-08-02 02:57
ソーニャさん、 中東の遺跡関係、メンテナンスは外国の調査隊次第で、それが引き上げると、文化遺産の整理や修復もうまくいっていないところが多くて残念ですね。
 でもその中で、このように本来の目的に沿って歴史的なものを生かしていかれることはうれしいことでした。


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