北極海を越えて・・・アンカレッジ経由北回り航路

 先日、2007年の北極海やグリーンランドの写真を見た。
日本航空がコックピットから撮ったという。北極海は海の見える割合が白い氷よりも多い状態であった。そして、2004年までは真っ白だったグリーンランドが2007年には一部に氷が残っているが多くが茶色の大地がむき出しだった。2007年は特に氷が解けた年だったということで、この年は、温暖化は危険と思わせる解けかただったのだ。
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 では以前はどうだったのか。古い写真を引っ張り出してみよう。

アンカレッジ経由北回り航路
 かってポーラールート(polar route)という北回り航路があった。

 時は米ソ冷戦時代。日本からヨーロッパへ行くにも、中東に行くにも、航空機は南回り路線があった。しかし、当時の航空機の積載燃料と機体の性能からして、短時間しか飛ぶことができない。そして集客のこともあると思うが、主だったるアジアの都市を経由していくので、東京から出発してもマニラやバンクーバー・ムンバイ・アブダビ他各地に止まり止まり行くので悪評高かった。少なくとも23時間はかかるし、何度も離発着するので最初はともかく次第に疲れて動く気もしなくなってくる。

 そうしたとき、最も近いはずのシベリアは冷戦の影響でソ連上空はほとんど認められていなかった。そこで1972年にスェーデン航空だったか、ソ連を迂回した北回り・・・すなわち北極海やグリーンランドの上を飛んでいく極地のルートが開発された。このルートをポーラールート(正確ではないが極地のルートというような意味)といった。
 当時、12時間以上連続して飛ぶことは一般的ではなかったので、燃料補給のために途中の空港に着陸(テクニカル・ランディング)する必要がある。その時にクローズアップされたのがアラスカ州のアンカレッジ空港であった。ここには各国の北回り航路の航空機が一日に何十機もが着陸しては給油しては1時間ほどで飛び立っていった。各国の航空機があったが、最も多い客は東京からの日本人である。


 東京からアンカレッジまで7時間ほど。1時間ほどの給油時間を白クマの巨大な剥製を見たりして過ごした。
そして、再度乗り込み一路ロンドンへ。ロンドンまで、一度の休憩で行かれるのだから南回りよりもずっと体も楽であるし、時間も少なくて済んだ。そして、この航路は北極海を通るのだ。

北極海の氷
アンカレッジを飛び立ったのは午前9時頃であった。いずれにしろ夏なので北極は暗くならないので見えるだろうと思っていた。ここからロンドンまでの8時間40分あまりの時間、眼下に白きものが見える限りは見ていた。

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次第に氷は大きくなり隙間の海が見える割合は減ってくる。
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島に近いところも氷で埋まり、砕氷船でないと危なそうだ。
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陸の上はすっかり氷と雪に閉ざされている。
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                        (・・・しょぼいカメラによる残念画質ですいません)
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 目を凝らしてみても、茶色の大地はなく、かろうじて、海に氷塊が崩れ落ちていそうな海岸沿いだけにわずかな土色が見えた。

 時は、1982年8月、夏真っ盛りで、最も氷が少ない時期であったが、北極海の海は水の色が見える割合は半分以下であり。次第に海が見えなくなってくる。途中いくつかの島の上空を通り、更にグリーンランドを通っていくので、かなり陸地も見える。いずれも氷に覆われまっ白な状況で、さすがに北極、夏でもすごいものだと思ってみていた。

航路マップ
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 この時のブリティッシュ・エアウェイの航路図をいまだ持っていた。
左下に日本、濃い赤の線が航路でアンカレッジまで行き、そこでロンドンに向けて方位を変えて一気にわたるというものだ。

◆このルートでロンドンまで16時間かかった。南回りは23時間以上だ。 (なお、これが最初の中東訪問でエジプトへの旅だった。つまり、アンカレッジ・ロンドン経由カイロ行きだったので実は16時間ではなくロンドン泊をして中東入りしたという旅だった。)
 今、いろいろな国へ直行便で12時間ほどで行かれるありがたさを痛感している。

 尚、ここで掲載したポーラールートはソ連がシベリアの上空を通ることを認めてからは使われなくなっていき、1990年代には完全になくなった。現在貨物機以外は飛んでいないはずで、アンカレッジ国際空港は寂しい様相になっている。ポーラールートであるだけに期せずして、まず旅に行くことはないはずの北極海の様子をこのように見ることができ、運がいい人はオーロラまで見えることのあるルートがちょっと懐かしくもある。


◆一方、温暖化については・・
 北極海については氷の溶けるのも急速に早くなってきているという。

掲載した写真は何年何月の撮影ということははっきりと言えるが、フィルム時代のモノなので、デジタル写真と違って時刻から大体の位置を割り出すことができない。つまり、航路のどこを通っているときの写真なのかわからないのだ。陸地もそれがグリーンランドなのか小さな島なのかさえ特定できない。だから同じ条件で比べる資料にはならない。
 しかし、何気なく見ていた真夏の氷だらけの北極海に比べて、日本航空でだしている茶色のグリーンランドの大地などの様子は以前とあまりにもちがう地球になっていることを実感せざるを得ないでいる。


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by miriyun | 2012-02-19 14:39 | Comments(13)
Commented by petapeta_adeliae at 2012-02-19 18:29
アンカレッジ経由がなくなって22年にもなるんですね。
ヨーロッパの帰りにバンクーバーに寄って残りの海外紙幣と
硬貨で職場のお土産を買ったものです。
そしてオーロラを見ることが出来たのでアンカレッジ経由が
無くなったことがちょっと寂しくもありました。
アンカレッジの売店のオバちゃんたちは戦後に大阪から
集団お見合いバンクーバーに渡った花嫁さんたちだったと
随分経ってから知りました。
Commented by Cisibasi at 2012-02-19 21:26
アンカレッジ、懐かしいですね。
日本製の電卓片手に、日本人客をカモにしていた人たちはどうしたんでしょうか?
私自身、シベリヤやモスクワ上空をルフトハンザで飛んで、
スウェーデンとか、ドイツを上空から見て、
日本の都市の情無さを思い知りました。
そういう意味では、何も無いアンカレッジ経由で、行かれた方々は我慢強かったんだなあと思いますよ。
シベリアだけでも気が狂いそうだったし。
(何も無い同じ景色がずっと続く。。。)
北極海と言うと、日本からはベーリング海峡ぐらいしか、
思い浮かばないんですが、
グリーンランドから大西洋にかけては、
深層流や、淡水(実はこれが一番問題)の問題があって、
太平洋よりより深刻で、現実的な問題に成っていると聞いています。
日本の流氷は、実は、北極海の氷じゃなくて、
アムール川の河口の淡水が、
冷たい海水にあたって凍りついたもの。
氷山とか太平洋では、なかなか、流れてこないですからね。
大西洋ではタイタニックの様にけっして珍しいものではない。
ベーリング海峡は近くて遠い所になったんですねぇ。
Commented by miriyun at 2012-02-20 05:49
ソーニャさん、北回り航路でオーロラを見られた方が身近にいらしたなんて、
なんて運がいいのでしょう!私は見られませんでした~、残念!!
集団で渡っていった方たちがアンカレッジに・・・。感慨深いものがあったでしょうに、日本人は行かなくなり仕事がなくなってしまたのではないでしょうか。
Commented by miriyun at 2012-02-20 05:54
Cisibasiさん、ヨーロッパ各地の街づくりは何しろきれいですね。
いしづくりがおおかったでいか、がっちりとつくって長く使う家なので、
いい雰囲気を壊さぬ街づくりになっていました。
自然のモノを見ることができるだけでも航空機からの風景は
飽きることがありませんでした。でも、緑の多い、美しいロンドン郊外の街が見えてきたときには、氷の大地の後の街並みなので、うゎ~、きれいと思ってしまいました。
Commented by 霧のまち at 2012-02-20 10:25 x
私が始めてヨーロッパ方面に行ったのは 95年ごろです。
新潟から真北に上がって 大陸にぶつかったら90度近く 西に
向けて飛行しました。   昼間だったのに 何故かシベリアが夜の
ように真っ暗になって・・・???の連続でした。(笑)
直行便は早くて便利ですが 12時間のフライトは疲れますね~。
Commented by miriyun at 2012-02-20 20:43 x
霧のまちさん、ちょうどシベリア航路に完全に移行した頃ですね。長い長いタイガ地帯の上空を飛んだのですね。
航空路は性能や技術だけでなく政治にも翻弄されるものですね。
Commented by lunta at 2012-02-20 21:37 x
実は父が元航空会社勤務で、北極回りルートが廃止される直前にアラスカに赴任しておりました。
売店のおばちゃんたちとも仲良くしていたらしくて、戦後にアメリカ兵と結婚して渡ってきて苦労した方も多かったらしいですよ。
私もこのルートは何度か乗りましたが、この頃からこんな素敵な写真を撮ってらしたmiriyunさんはさすが。私なぞたぶん眠りこけていたんだと思います。
Commented by tsurukame_ko at 2012-02-21 00:30
アンカレッジ!!懐かしい!
そう、あの空港こそが、わたしが初めて踏んだ「異国の地」でした。
地面ではなかったけどね!空港の建物でしたけどね!
あれからもう20年以上×××。時間が経つのは案外早いと思ったり。
まさかソビエト連邦がなくなったり、ドイツの壁がなくなるなんて!?と、当時は思いましたが…。時間って、時代って、すごい勢いで動いているのですね。

Commented by miriyun at 2012-02-22 20:13
luntaさん、日本人の北米に行かれた方たちもたくさん苦労されてきていますよね。
お父様が航空会社勤務でアンカレッジですか~、
luntaさんご自身も、こうした環境から
世界の旅に運命づけられれていたかのようですね。
次々の開拓していく旅のセンス、学びたいです~!
Commented by miriyun at 2012-02-22 20:13
tsurukame_koさん、ソ連とドイツを思うとほんとに、時代の変遷をかんじますね。
重いのだけれど変わるときはド~っと崩れるように変わります。
アラブもそういうときなのでしょうか。日本の転換期なのでしょうか・・・。
私たちはいま大きな歴史のうねりを見つめているのかもしれません。
Commented by 投資の勉強 at 2014-02-27 12:36 x
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Commented at 2014-09-04 09:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by miriyun at 2014-12-21 07:20
鍵コメさま、
やはり、年々変化が見えていたのですね~!
情報ありがとうございます。


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