青のアクサライ・・・シャフリサブス(6)

アク・サライ
 ティムールは、故郷シャフリサブスを帝国の王都として、宮殿やモスクをここに築いた。
中でもアクサライと呼ばれる宮殿はティムールの夏の宮殿として壮大なものであったという。ホラズムの職人たちを移住させて1380年にはじめ1404年になって完成したという巨大な建築であった。現在はその門にだけその壮大さがみてとれる。
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                               ↑ ワンクリックで大きい画像で見ることができます。
 エントランスの幅は22.5m。中央アジア最大である。
アクサライを入口側から見れば、青のカリグラフィーと幾何学文様が様々な形で飾られた勇壮無比な門として残っている。中央部にあったアーチ部分は落ちてしまい左右に分かれた形であるが、高さは現在38m。それでも十分すぎるほど大きいが、アーチ部分があって完全であった時は65mとも言われている。

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この門を入って、宮殿のあったはずの内側から見るとこのように茶色のレンガ肌が見えるだけであるので、や青い側が素晴らしいと言える。
 なお、このように激しく壊れているのは、16世紀後半にブハラの支配者アブドゥル・ハンによって破壊されたからだと伝えられている。しかし、下部のタイルをはぎ取ったようなところはともかくも、この巨大な建造物のアーチ部をこれだけ壊すのは並大抵のことではなかっただろう。

 サマルカンドなどではだいぶ修復が行われたというが、まだ、ここの壮大な門までは修復の手が及んでいないようだが、それでもティムールの力のほどがわかる宮殿跡である。


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by miriyun | 2011-05-08 19:18 | 中央アジア | Comments(6)
Commented by lunta at 2011-05-10 01:30 x
幅22.5mと言われてもぴんとこないのですが、真ん中に散らばるゴマ粒が人間なんですよね?門だけでこの大きさとは、全体はどれだけ壮大だったことか。日本人の感覚では考えられない規模。
内側のレンガ壁にはどんな装飾があったのでしょうね。シルクの巨大カーペットが下がっていたとか?
妄想がふくらむ、ふくらむ。
Commented by miriyun at 2011-05-11 00:29
luntaさん、15世紀初頭にこの門をくぐった諸国の王や使いは、
ティムールの力を身体で感じたことでしょう。
人が立っているのを見ていただくことでやはり大きさの実感が出てきますね。
宮殿全体を見てみたかったですね。門以外の痕跡は消えてしまっているのが残念です。
Commented by CROKO at 2011-05-15 18:19 x
はじめまして~

Kの庭のななさんと谷間のゆりさんに教えていただいてから
時々お邪魔していました。
壮大な世界を垣間見させていただいて、読み逃げでした。

モスク、モザイク、青・・・
憧れの地の写真を拝見するだけでため息をついております。

65メートルあったアーチが朽ちても、青のタイルは存在する。
miriyun様の視線にヴァーチャルして行った気になっています。

勝手なコメントでした。
また潜り込みに寄せていただきます、よろしくお見知りおきください。 敬具
Commented by miriyun at 2011-05-16 02:25
CROKOさん、ようこそおいでいただきました!!
かぜのふくまま、気の向くままにかかせていただいています。
このシャフリサブスは破壊されたものが多いのですが、このアクサライは壮大・壮麗なる門がやはり見ごたえがあります。
Commented by 淡水魚 at 2017-04-25 01:49 x
古い記事に失礼します。
数年前にウズベキスタンに行ってきました。思い出して旅行ガイド本を見たところ、アクサライのモザイクタイルがスクエアクーフィー体でアッラー・ムハンマド・アリーと読めました。こちらのサイトで事前に勉強して行くべきでした。
Commented by miriyun at 2017-05-06 01:17
淡水魚さん、ようこそ!
ウズベキスタンにクーフィー書体、
懐かしい場所です。
興味をもっていただきありがとうございました。


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