写真でイスラーム  

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2010年 03月 13日

大イチョウの木を惜しむ

 鎌倉の大イチョウ倒れる
 12日、大銀杏の木に会いに行ってきた。

 鎌倉生まれの自分にとって、大仏様は青空の下におられ、鶴岡八幡宮の高さ30mの大銀杏は階段の左に鎮座しているのが当然の存在であった。その木が3月10日早暁に突然倒れ、なくなるという事は、信じられない思いだ。
 
 確かに生きている化石ともいわれるイチョウであろうとも、どんなに樹齢が長いといわれていても、生物であるのだから、いつかは命が絶えるものではある。
 しかし、存在が当たり前と思っていたものが、こんなに突然にばったりと倒れてしまうとは・・・・。
残骸になろうとも、会いに行ってその最後の姿を見てこなくてはという思いに駆られた。


しかし、三の鳥居の前まで行って、道路を渡ろうとしたとき、八幡宮からクレーン車が出てきた。
 これは、もう一目見ることもかなわないのか、そういえば、クローン再生、あるいは幹の一部を切って植えることで芽がでないか早急に動き、八幡宮も、神奈川県も最善を尽くすとニュースで取り上げていた。

 足早に源平池を通り過ぎ、舞殿前まで行くと、もうそこは白い幕で張られ、木は見えないそれどころか枝も落として全て処理したようなのだ。上から見ようにも拝殿への大階段は封鎖してあり、左右の階段をお使いくださいとある。

大イチョウの視点

 早速、山に沿った脇の階段から上るが大階段上にさえ入れないようになっている。昨日までによほど大いちょうを惜しむひとが押しかけたのかもしれない。何しろ厳重に囲っていて、わずかに見えるだけだ。
 
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八幡宮の人たちが、大階段の上から下の大イチョウの処理と見ている。一般客はここにはいかれないで遥か後から、キリンになりたい気持ちで見ている。
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これがあの樹齢1000年にもなろうかといわれた、大銀杏か・・・となんとも残念な気持ちになる。
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警備員さんたちも、階段の上から下を見ている。
 これまでこんな視点から見たことがなかった。警備員さんの頭の向こうには、舞殿の屋根越しに三の鳥居、・二の鳥居や街並みが見える。こんな雰囲気で大銀杏は、鎌倉からずっとの歴史を、生活を見続けてきたのだ

幹と枝と注連縄と
 今度は反対側の階段を下りていく途中で、ふと足を止めた。木がうっそうとしていて倒れた大銀杏の残骸も見えないのだが・・・、
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子どものように背を縮めていったら、とうとう見えた。

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立派に見守ってくれていた時はろくに見なかったのにお別れなので思いがこもる。見ている人は皆愛着の心で見ていた。外国の人も、この木の歴史も知ってか知らないでかはわからないがとても熱心に見ていた。
 こうしてみると折れた幹の中ほどのところかと思われるがなんと大きいいのだろう。そばに脚立が置いてあったのでその大きさがわかる。

 そしてさらに思いは通じたか、さらにその先で、大階段に斜めになっている大銀杏の姿を見ることができた。
 
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注連縄がきちんとついたままの姿だ。白布の右手からは這い出た根の一部が見えていた。
 本来の場所から数mはなれたところに大イチョウの幹の一部を切り取って植えて根付かせる試みもしてみるそうだが、生命力の強い木で、割れた幹もまだ生きていると感じさせるところが多い。なんとか根付かせられるといいのだが。

歴史の証人
 頼朝の参拝も、政子の生んだ子のお宮参りも、それに付き添う北条の面々の動きも見てきた大イチョウ。
3代将軍、源実朝を父の敵と思い込ませれた公暁(2代頼家の子)が隠れていて、新年の参拝にきた実朝を切るためにこの木に隠れていたという、イチョウの木が歴史の証人たる最も有名なところであった。雪の積もった真っ白な境内が実朝の地で染まり、源氏はここで途絶えることになった・・・

 最も人々の祈りの気持ちが一つになってここに祈りに来るのを見つめたのはいつだろう。頼朝の平氏打倒を誓った時か、いや、元寇に備えて国家存亡が問われた時ではないだろうか。時宗以下、心の底まで蒼ざめた気持ちでやってきたに違いない時も静かに見つめてきた。また、大津波も大地震も見つめ続けたであろうこの大木。

 1000年生きてきたってすごいことなのだと、あらためて思う。
 
 桜が送る
階段の上には早咲きの桜、最後のときに桜が彩ってくれている。
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西行は、桜のときに人生の最後を迎えたいと、常々言っていてその通りになくなっていったという。
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葉のある桜と、こちらの寒桜とともにその最後を見送ってきた。


(追記) 14日、大イチョウは、根元から4mほどのところで切られ、元の場所から7mほど西に植えられた。大きな根は4本とも折れていて再生出来ないがそれ以外の細かな根が生えていて、もしかするとこの根が生きていかれれば再生できるかもしれないということだ。
 この幹と、もとの植えられていた根のところのひこばえと挿し木・・・・いずれかの形で再生できるのではと期待されている。

 よかったなと思う反面、あの階段脇の背の高い大イチョウの姿が見られないのはやはり寂しいものだ。

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by miriyun | 2010-03-13 14:55 | Comments(10)
Commented by ぺいとん at 2010-03-13 17:07 x
銀杏の花言葉は「鎮魂」「長寿」などと聞きました。  

1000年の大きな幹の魂が静まることを、ひこばえが沢山伸びてその内から新しい歴史の証人が育ちますよう長寿を祈ります。
Commented by asiax at 2010-03-14 07:57
私も子供の頃初詣や遠足などで何度となく行った場所で、当たり前のように存在していたものでしたので、はじめて映像で倒れた姿を見たとき非現実世界に思え、なかなか真実として捉えられませんでした。
Commented by miriyun at 2010-03-14 10:31
ぺいとんさん、ひこばえが出てきたら嬉しいですね~。
今想像しただけでも、大地に小さな芽が出てきたら何だかウルッときてしまいそうです。
 イチョウの花言葉知りませんでした。鎮魂・長寿~ぴったりだと思いました。
八幡宮にこられた方たちも心からこの木を惜しんでいた様子でした。
Commented by miriyun at 2010-03-14 10:35
asiaxさん、存在するのが当たり前になっているものって、失ってみてその価値を感ずるものですね。
 とても残念だと思うと同時に、他にもずっと存在していると思い込んでいたものをもっと見ていこうとも思いました。
Commented by 谷間のゆり at 2010-03-14 17:26 x
母の7回忌の兄弟会が終わって帰宅して、訪問して思いがけなく、大銀杏の最後の姿をみて、胸を熱くして居る時に、地面が揺れ始めました。
宮城の方の地震だったようです。
昨日の地震は前触れだったのでしょうか、不気味なことです。

銀杏の倒れた時のニュース画面に、鳥(鳩?)が群れて居たのは何故だったか、何の報道も無かったですね。
銀杏は戦争で焼けても元通りに元気に伸びているくらいですから、根が生きていれば、今年中に若木が芽をだすのでは無いかと思います

倒れた樹を丁寧に扱ってほしいですね。
其れにしても、ひと気のない時に倒れて、怪我人が出なかったとは、何かの力が働いたと思ってしまいます。
一番先に黄葉していたとの事ですが、樹が弱って来ていた初期症状だったのではないかと、樹木居さんに利いてみたいですね。
Commented by yumiyane at 2010-03-14 23:36
miriyunさんの思い入れの強さで、倒れた銀杏の姿を見ることが出来ました。痛々しい姿ですが、お疲れ様と申し上げたいですね。
でも、切り倒された幹には、まだ生きる力が残されていたように見受けられ、残念なことですが、たかが樹とはいえ、1000年を生きたという人間には不可能な命に対して、多くの人が畏敬の念を持たれたのが、写真を見て分かりました。
Commented by ジョー at 2010-03-15 19:30 x
私は高校が鎌倉であったので、驚きと懐かしさとせつない気もちで読ませていただきました。
miriyunさんが鎌倉生まれであったことに少し驚きました。
いろんなところに住んでみましたが、鎌倉の町は高校に通いながら、いつか住んでみたい場所の一つとして候補に上がっています。
大きいとは思っていましたが、写真を見てその大きさを改めて実感し、御神木亡き後の今後の鎌倉に新しい風が吹くことを祈りたいと感じました。
Commented by miriyun at 2010-03-17 07:46
谷間のゆりさん、鳥が群れていたのですか、天変地異にも敏感な鳥たちは、今回の大イチョウが倒れたことを同等に感じたのかもしれませんね。
根もとを植え直したそうなので、新しい根と枝葉が出てくることを祈らずにはいられません。
Commented by miriyun at 2010-03-17 08:01
Yumiyaneさん、人の一生は銀杏のようなきに比べれば短いもので、その人間が何十世代も繰り返してきた歴史を静かに見つめてきたものとして、自然と誰もが畏敬の念を持つようです。
そして、幹の割れた部分をみてその30mの木をそのまま再生するのは不可能ながら、何らかの形で生命の続くことを願わずに入られなかったのです。その気持ちは誰にも共通するものだったので、細い根がまだいきていそうだというニュースは嬉しかったです。
Commented by miriyun at 2010-03-17 08:15
ジョーさん、鎌倉に通われていたのですね。私も余りにも身近な存在であっただけに、失って初めてうめいています。何にでも興味を持って写真に残そうとする自分がこの大イチョウは撮っていないということに気付きました。いつでも仰ぎ見ることが出でき、存在が当然と思っていたのでした。だからニュースを聞いて書かずにはいられなくなりました。コメントをありがとうございました。


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