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2009年 09月 25日

「涙の柱」を求めて

 イェレバタン・サラユの涙の柱
 
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 治水のためのイェレバタン・サラユ(地下宮殿)には、古代ローマの柱がびっしりと再利用されている。
その中で、とくに目を引くのが、涙の柱といわれるものだ。
 光っているのと、緑なのは常に水が上のどこからか出ていて柱がしっとりとぬれているためだ。
 
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 涙のような形で、しかもぬれているから涙の柱といわれている。
だが、よく見ると涙のドロップ型から出る筋の向きが涙の形としては逆さに見える。だからピーコック型ともいえる。すなわち、クジャクの羽根型である。
 しかし、地中海沿岸、いたるところにローマ遺跡はあるが、ローマの文様にこのような文様は見たことがない。 イスタンブルの歴史は古くローマ帝国以前から、いろんな民族がきている。しかし、これだけの柱を作るとなると、ギリシア・ヘレニズム系だろうか?

博物館での置かれ方
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                      ↑ 周囲の建物も柱と同じ灰色で見にくいので、背景は淡色にしてある
 ローマ帝国以前のものであるというが、詳しい解説は本やWebでもなかった。

 そこで考古学博物館へ行ってみた。
館内に展示はなかったが、外で見つけた。なんと野ざらし状態で番号を付けられただけで置かれていた。
もちろん説明書きなどない。

街の中にも・・

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 イェニチェリレル通りを西に向かっていったら・・・

あった!!
本来ここにあったものなのか、地下宮殿よりもずっと太い柱の残骸が残されている。

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なかにはこのように柱が突き刺さっているのもあった。
しかも、涙文様(ピーコック文様)が逆さ!? 

こんな町の中にごろごろ、ローマ以前と思われる遺跡の柱がある。

 これこそが、イスタンブルのすごいところなのだと改めて感嘆した。
しかし、いまだこれがいつのものか確定できないのが残念だ。(なにか情報のお持ちの方がいらしたらどうぞよろしくお寄せくださいませ~!)

            ・・・・・・・なかなか真実を見せてくれない『涙の柱』紀行でした。

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by miriyun | 2009-09-25 07:04 | トルコ | Comments(0)


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