写真でイスラーム  

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2009年 06月 24日

鹿野苑(2)

 鹿がくつろぐ場所

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                          ↑ 大仏殿北側 つまり裏側

 東大寺大仏殿の裏手は日本の中でも別世界にやってきたかのような静けさと落ち着きをもっている。
裏を東から西へと歩いていくと清々しい緑が増えていき何ともいえない風景となっていく。
 よく見ると自転車が一台とくつろぐ人が見える。この静寂と緑を1人で楽しんでいる。ここで、本を読んだり、しゃせいをしたり、短歌なんて詠んでみたり・・・、
 いいなあ、知る人ぞ知る裏大仏の静寂!

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 正倉院の近くには池があり、自然の野がある。そこがシカ達の休息の場になっていた。群れで行動し、群れごとにこうした場所を持つという。
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ここでは草木を食べるし、座り込んでいる鹿たちは第一の胃から出した食物を反芻しているのが遠くからでもよくわかる。
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さらに近づいてみようと思ったが、そのとき、群れの中の牡鹿がすくっと首をもたげこちらに向きを替える。この写真の左端の角を負傷している鹿である。群れの前に位置を改め、そしてじっと侵入者であるこちらの顔を見据えたまま、一歩も動かない。
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 鹿せんべいに群がった醜いまでの争いをしていた大仏殿南側のシカたちと雰囲気がまったく違う。

 まるで、藤沢周平の世界に出てくる若き剣士のようなリンとした目で見つめてくる。この牡鹿は一方の角が折れて垂れ下がっている。他の鹿と戦った結果なのかもしれない。

 この目と気迫に負けて、近づくことはあきらめた。
鹿たちは野生の部分をたくさん持っている。どうも、鹿せんべいを好んで必ず毎日せんべいをもらいにいく群れと、あまりそれには加わらない群れがあるらしい。

 おもえば、この池と野の緑に鹿の子文様の鹿たち、夢のような光景であった。
 
 *鹿の子文様*
 鹿の子文様とは鹿の背の白抜きの文様であるが、これは夏の間の文様であり、多彩な色と形を持つ夏の樹木の間ではこれが保護色の役割を持つ。雪が降ったり、樹木からはがなくなった時には、鹿の子文様は目立ちすぎる。だから冬はこの文様はない。*

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                            ↑ イランのミニアチュールの一部引用
 なお、優雅な姿の鹿は絵によく描かれる。ミニアチュールの世界でもこのように群れなし、走り、座り、草を食む姿が所狭しと描かれていることがある。 日本の絵巻物などでも好まれた題材である。


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by miriyun | 2009-06-24 06:47 | Comments(4)
Commented by orientlibrary at 2009-06-24 14:12
奈良の鹿からの話題の広がりと深め方に感心しています。とくに反芻などの理科的?な見方は私にはない視点なので、なるほどおと思いました。
遠目にも反芻の様子がわかるものなんですね。後でゆっくり食べる必要のある動物ならではの胃の構造なんですね。
さらに鹿の子模様にまで広がり、イランまで。たしかに細密画に出てくる動物です。これから鹿を見る目が少し変わりそう、、
Commented by Joe at 2009-06-25 03:40 x
>鹿せんべいを好んで必ず毎日せんべいをもらいにいく群れと、あまりそれには加わらない群れがあるらしい。


鹿だけに限らず、犬や猫でも、人間でもそういう見方での判別は可能であるように思います。
今日もよろしくお願いいたします。
Commented by miriyun at 2009-06-27 05:29
orientさん、イスラームの文化をずっと見てきたのですが、
日本の建物・庭園・動物・それらがもたらす空気を見直すことが
増えました。
以前とは視点がだいぶ変わって、以前には見えなかったものが見えてきたような喜びがあります。
 ・・・というか、以前は節穴だったというべき!?
Commented by miriyun at 2009-06-27 05:31
ジョーさん、同じ動物でも一からげで語れないものだ
と感じたわけです。
 よい週末をお過ごしください。


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