サヘルとフローラ・・・戦争孤児と養母の話

1.サヘル・ローズさんとの出会い
 彼女を初めて知ったのは、ペルシア絨毯展で実演を見させていただいた時だった。以前から気になっていた絨毯の織りについていくつか細かな質問をしてみた。なんと的確な説明を流暢な日本語でされる方だろうと、その説明に感心した。
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 帰ってから、ペルシア絨毯について彼女のことも含めて絨毯の織り方、ペルシア・ノットについて動画で解説を入れたことがある。
 それから二~三日後にふと聞き覚えのある声が聞こえてきた。TV番組に出ていて、タレントであるとわかった。

◆そのときから戦争孤児であり、養母に引き取られたということは知っていた。

・・・・・・・・・しかし、その養母とは、難民を養子にするNGOなどを介在した日本人の養母かと思っていた。
       もちろん、経済的にもゆとりがある日本人だろうと、
       だから、日本で何不自由なく暮らして、今はタレントをやっているのだと思っていた。・・・・・・

        きょうまでは!

2.サヘルとフローラ
NHKの番組に、今サヘルさんが出ているよと夫が教えてくれた。
番組名は『サヘルとフローラ*東京物語』

サヘルと養母は今東京に住んでいる。
 サヘルさんの生い立ちと、それを乗り切ってドラマに女優として力を注ぐ姿をドキュメンタリーとして放映していたのだ。
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◆サヘル・ローズ◆
イラン人。 イラク・イラン戦争の時、1985年生まれのサヘルは3歳だった。
イラク国境の近くにすんでおり、爆撃され、10人家族のうち9人死んでしまって、彼女もがれきのなかに埋まった。
 がれきのあいだから手だけが出ていた。

 そこに通りかかった救助の女子大学生ボランティアが人形の手かと思ってさわってみたら子どもの手だった。爆撃で村が全滅してから4日後の奇跡の救出であった。その後サヘルは孤児院に預けられていた。

 孤児院暮らしの中で子どもたちは里親に引き取られていくのだったが、家族をいちどになくしたサヘルは心をふさいでおり、結果的にいつも里親が決まらなかった。あのときの女子大生が3年後に会いに行ったらサヘルがしがみついて離れなかった。
 女子大生は意を決し、サヘルを養女にした。
こうして未婚なのにサヘルの養母になったのがフローラというイランの若き女性である。家族に相談もせずに養女にしたことは、裕福で身分のあるフローラの家族からはとうとう受け入れられずに、家族から勘当された。

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           ↑ 養母となったフローラ。この写真をサヘルはお守りのように大事にしてもっている。
◆ 勘当されたフローラはイラン人の婚約者が日本で働いていたのでそれを頼って日本に渡った。
ところが養女を連れて行ったのでギクシャクして、結局その家から出ることになってしまった。
~~~
◆その後が想像を絶する暮らしだった。行くべきところがない。知り合いがいない。
しばらく公園で暮らしたのだった。
 サヘルは小学校行っていたからお昼は学校給食を食べることができた。
ところが、養母は公園で水を飲み、パンの耳を食べたりして過ごしていた。
夜はサヘルも食べるものがほとんどなかった。
公園の水で頭や身体を洗った。
二人は寒かったねと当時を思いおこす。
          (「中学生ホームレス」の体験と同じ体験を女性がしていたという驚き!
             若い女性で、子連れ、外国人で言葉が不自由、何という体験だろう、なんという心細さだろう)


その後フローラは習い覚えていたペルシア絨毯を織る仕事につき、絨毯織りのデモンストレーションをいろいろな会場でやってきた。
公園のあとは都営住宅になんとか入居した。仕事も収入も不定期で生活は苦しい。
◆余裕などないのに、わずかながらに小銭を貯めていった。
これが十万円を超えると養母フローラは、イラン本国の孤児院へ寄付をすることを続けている。
                                       (この生活の中で、何ということだ!)

サヘルも中学生なってから一緒に絨毯を織っていたりした。

     ⇒⇒ これが、私が初めてサヘルさんを見た時の絨毯を織る仕事につながる。

絨毯は一日に織れるのは3mmといい、養母は目が悪くなってきて疲労困憊する。
 (絨毯は目が細かい。年をとるほどその細かさに目が痛んでくるのだ。)

しかも、必死で働いたペルシア絨毯の会社が倒産、3か月分の給料50万円が支払われなかった。
交通費や宿泊費が立て替えたまま払ってもらっていない。
途方にくれるフローラ・・・。
サヘルが憔悴した母を助けて労働基準監督署に5回同行して相談し、倒産した会社に代わって立替払い制度で8割出してもらえることになった。

◆サヘルの母フローラへの思い◆
このように苦しい生活がずっと続いた中でも、
小学校や中学校に通うための服をいつもお母さんは用意してくれた。
お母さんはいつもワンピースに穴が開いてもその服を使い続けたのに!

◆サヘルは中学の時にいじめにあった
「イラン人はいらん!」・・・というようないじめにあって死にたいという気持ちになった。

しかし、お母さんがこんなに苦労して育ててくれたので苦しくても死ねないと思った。
お母さんを置いて自分だけ楽をして死んでしまおうというのはできない!
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◆イランで「おしん」をみて、こんなふうに演じられるような役者になりたいと思っていた。
    ⇒(「おしん」は中近東各地で、いまだに人気のドラマであり、イランでもエジプトでも、これを見ると、日本人に対して親近感をいだき、前向きに努力する日本人というものを理解する。中には、おしんにこれをあげてくれとお米を大使館宛に送ってきたという話まである。)

 2年制の演劇の専門学校を卒業した。
バラエティ番組などにTV出演するようになった。今回NHKのドラマに出演し、難民がピアニストになるドラマの収録、初めて女優として本格的に仕事をした。母フローラは心配そうに見守っていた。
 そのあと、「お母さんはあなたを見られてとてもうれしかったよ」と娘に寄り添う。

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                      ↑ サヘルと養母フローラ (以上4点の小さい写真はNHKのTV番組を撮影し、引用した。)

               私は生まれ変わってもこの母の元に生まれたい
                                             サヘル・ローズ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
このようなドキュメンタリーであった。おりも折り、こどもの日である。

☆サヘル・ローズの生い立ち、
   ☆そして何よりもフローラさんの生き様、
     フローラは、まったく赤の他人の孤児を未婚で養女にし、
     公園で生活するほどの苦労をしても、娘を大事に育て上げた。

     この生き方に唖然としながら聞いていた。
     あらためて敬意を表すとともに、お二人の今後の人生が幸多きことを願ってやまない。

*もう、過去の戦争としか記憶のないイラン・イラク戦争・・・それでも生き残った孤児にはずっと人生を左右し続ける。フローラさんが寄付をしている孤児院にはそういった戦争被害者がまだたくさんいるのだろう。
 この歩みを見ると、戦争のこと、女性の社会的立場の弱さなどを考えさせられてしまった。
それと共に女性の強さ、母となってからの子を守る強さも心をうったのだった。   

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by miriyun | 2009-05-06 01:05 | Comments(35)
Commented by joe at 2009-05-06 04:56 x
ローズさんがいたからこそ、サヘルさんがある。
美しい話ですね。
また、そんなサヘルさんだからこそローズさんも見捨てられなかったのでしょう。
いろんなお子さんを見ていると、とても強い生命力と澄んだ瞳の発するオーラに引き寄せられることがあります。
血のつながり以上のつながり。
そういったことはあるのだと思われます。
Commented by photoscene at 2009-05-06 06:18
文章を読む前に、写真を拝見して「あ、美しい人だな」と感じました。
外見の造作とか言うのではなくて、人として美しいなって、そんな風に感じたのです。
文章を読ませていただき、涙が出ました。
人同士の絆って血のつながりの有無ではない。
女性の場合、母性という本能が備わっているわけですが、わが子だけに対するものではなく、その対象は動物だったりすることもある。
ところが、ニュースを耳にすると昨今はそんな母性が欠如した人が増えているようにも感じられます。
豊かさというものが人間の本能を鈍感にさせているのでしょうか・・・


Commented by miriyun at 2009-05-06 09:33
ジョーさん、サヘルさんは血のつながりがないフローラさんに育てられましたが、
おっしゃる通り、血のつながり以上のつながりを得たのでしょう。
 子どもは生きていて、愛されていればいろんな力が芽生えてくる。
そういう存在ですよね。
Commented by miriyun at 2009-05-06 09:45
photosceneさん、「人として美しい」・・・いい言葉です。
そうですね、私も人としての美しさをこの親子から感じることができました。
 だから、ここに一気に書き上げたくなったのです。じっくりと呼んでくださってありがとうございます。嬉しいです。
 豊かさが、人にどう影響してきたのか・・・、たしかに母性とか人間性とか置いてきぼりになった世の中が見えてきます。苦しい時ほど人って寄り添うのだなとつくづく思うのでした。
 
Commented by マリンブルー at 2009-05-06 11:09 x
突然の訪問失礼します
サヘルさんとフローラさんの検索からたどり着きました
私も養子なんですごく身近と言うか考えさせられました
あれだけの愛が果たしてお互い掛けてあげられるのか
背景もあるでしょう文化の違いも有るでしょう 何でも手に入る
日本とはまた違うでしょう 日本人でありながら外国の人から
感動を頂くことが多いのは平和ボケの日本だからでしょうか
以前泣きながら生きてと言う中国人の家族愛のドキュメントを見て
感動しいまだに子育ての教本に成っています
サヘルさんフローラさんには夢をつかんでもらいたいずーっと応援して行きたいと思います 突然の訪問ですみません また遊びに来ます
Commented by orientlibrary at 2009-05-06 12:07
絨緞の催しを彩る美しい女性、何度かお見かけしました。なんてきれいな人だろうと見とれるくらいの方でした。一言二言会話もしましたが、物静かなで丁寧な方という印象でした。まさか、こういう人生を生きてこられた方とは、、
そしてフローラさん、言葉もありません。困っている人を見たときに反射的に行動してしまう、いてもたってもいられないような、つきあげる何か、その精神性と行動に感嘆します。今は言葉が出てきません。
この番組、見ていませんでした。ご紹介に感謝いたします。再放送、きっとあると思います。
お二人のこれからが幸せでありますように。不運なことに出会ってしまった方々、希望を持ちにくい状況にある人たちのこれからに、光がさしますように。
Commented by cocoloe-azuki at 2009-05-07 00:05
最近気になっていた方で確か絨毯の時の動画の方?と思っていたらそうだったのですね。しかも私も日本人の養女になられたのだとばかり思っていました。こうして今知ることができてよかったです。ありがとうございます。血のつながりはなくとも強い愛情で育てられた方なんですね。異国の地で、やはり母は強しだなと感動しました。
これからのサヘルさんとフローラさんの幸せを願っております。
Commented by yumiyane at 2009-05-07 21:51
お互いを信じることが出来て、この方たちは本当に救われるべき人たちだったのだなあと思います。これからも色々なことが起きるかもしれないけれど、乗り越えていって欲しい、陰ながら応援します。
先日、息子は、近所の公園で日本語が話せなくて困っている人がいる、と呼び出され(息子の嫁は英語が話せるので)、聞くと、オーストラリア人の親娘で、モデルをしていた娘が事務所から解雇され、泊まるところもなくて公園で寝泊まりしていたらしいです。エビナかどこかに知り合いがいるのだけれどどうしていいか分からない。その日は終電の時間だったため、一晩泊めて、朝食を食べ、小田急線に乗るところまで案内したとか。大使館に行けなかったのは、きっとビザとかの問題があったのではないかと思われます。
サヘルさんのお話とは全く違う話ですが、思い出したもので。私は泊めてあげることをしたかなあ、って思うのです。
Commented by elly at 2009-05-08 02:34 x
一番上の絨緞を織る女性の写真を拝見し、単純に「あ、美しい女性だな」と思ったのですが、壮絶な過去を抱えたイラン人女性だったのですね。様々な出逢いや思いが重なって現在の日本での暮らしがある。そして彼女が織る絨緞にはきっと計り知れない魂の躍動と慟哭が詰まっていることでしょう。戦争の負の遺産はとても大きいと、イランに住んでいる今、感じさせられます。毎週末、テヘランの南にあるイ・イ戦争の犠牲者が多く眠る墓に参るイラン人たちの心を尊重し、哀悼の意を捧げたいと、miriyunさんの文章を読んで思いました。
(私の個人ブログの方からも遅ればせながらmiriyunさんのブログへリンクを貼らせて頂きますね)
Commented by Drimba at 2009-05-08 21:33 x
こんにちは、僕の親友ですか?
Commented by miriyun at 2009-05-08 22:59
Drimbaさん、ここは、内容について深く意見交換する場です。
連続した意味のわからないコメントは困ります。また、コメントはあくまでも
自主的にするもので、決して返事を強制するものではないのです。
コメントは相手の立場やスタイルを重んじながらするものです。
そういう方向でお返事していましたが、
わかっていただけないようなので、今後はもうコメントはしないでください。
Commented by miriyun at 2009-05-08 23:01
マリンブルーさん、ようこそ、おいでいただきました。
今回、わたしもこのことを知って、書かずにはいられない衝動に駆られました。
ひとつはフローラさんの愛、ひとつは母を思う娘の愛
いずれも美しいと感じさせられたのはもちろんですが、ここまでできるのかという驚きもありました。
マリンブルーさんも愛に泣く心で子育てをされているんですね。お子さんにもきっとそういう心が伝わっていくことでしょう。
 サヘルさん親子にはほんとうに応援していきたい気持ちになりました。

Commented by miriyun at 2009-05-08 23:01
Orientさん、さすが、絨毯会場を見ておられますね。
 こうした催しですでにご存知でしたか。印象的な方なので忘れないということもあります。
 とても朗らかでやさしく話をされる雰囲気からは、このような
厳しい人生を歩んできたようにはみえませんよね。私もとても驚きました。
 フローラさん、突き上げるような何か、そうですね。きっとそういった精神的な衝動と、元からの人間愛があったのでしょう。
 中東に限らず、戦争や紛争・いろいろなことがあると思うのですが、そういった極限で現れる人への愛の力に感嘆しました。

Commented by miriyun at 2009-05-08 23:12
cocoloe-azukiさん、動画はエキサイトブログの都合で
もう見れなくなってしまいましたが、覚えていてくださったんですね。
ありがとうございます。
 すっかり、日本の養母と思い込んでいたので、フローラさんの
話にとても驚いてしまったのです。
人を愛するってすごいことだなって改めて考えさせられました。
Commented by miriyun at 2009-05-08 23:22
yumiyaneさん、人道的な行いをしてきた人、例えばマザーテレサを知っても、
難民問題の最前線で働く人を見ても、素晴らしいなと思うことと、それが自分でもできるかということはやはり一致しません。
 でも、いろいろな人に伝えることで勇気を持って進んでいってもらうことはできるかもしれません。
そんな気持ちでフローラさんの愛の爪の垢にもなれないと思って書いていたのです。
 それにしてもすごいのは息子さん、人のために一歩を踏み出せた方なんですね。
 日本では、なかなかできないことです!
Commented by horaice at 2009-05-08 23:27
サヘルさん、ハーフだと思っていました。
でもついこの間、徹子の部屋で、miriyunさんがご紹介してくださっている彼女のストーリーを知りました。涙が勝手に出てきました。
最近、自殺や殺人などのニュースが多い中、こうして強く、生きている人を知り、考えさされました。日本も、住む場所があるといっても 豊かさゆえの孤独感が蔓延している気がします。
大変な人生を過ごされているのに、とても心がピュアで、真っ直ぐにみえるのは、フローラさんの愛情があるからだろうと思います。 
フローラさんの生き方、考え方、精神力は、どうやって生まれたのでしょう。自分のことよりも人のことを思う、それを行動にできるというのは、何か使命感、或いは育った環境で培われた強い思いがあるのかなと察します。お母様のお話しも聞いてみたいです。
Commented by miriyun at 2009-05-09 08:17
ellyさん、イ・イ戦争も湾岸もイラク戦争も、犠牲は村や町に住む庶民です。
娘や息子、父母や祖父母やおじさんにいとこなど、たくさんの親族がいるはずなのに失われていく命、
そうしたとき子どもは笑顔を忘れ気難しく言葉を発しなかったりあるいはパニックになったりすることでしょう。
サヘルさんが里親に引き取られることなく孤児院に残された3年間が想像されます。
 そうしたときに現れた命の恩人、しがみつきたくなる心情が理解できます。
その心を真正面から受け止めたフローラさん!この方を知ることができてよかったと思っています。

Commented by くまごろう at 2009-05-09 11:15 x
はじめまして。
徹子の部屋とNHKの番組でサヘルさん親子を見て、言葉が出ませんでした。
フローラさんの行動はまさに本当の愛ですね。
なかなかできるもんじゃないです。
僕はフローラさんと同世代ですが、彼女を見習わなければいけないと恥じ入りました。
ちょっと心配なのは、フローラさんの眼です。
ずっとお元気でいてほしいです。
Commented by miriyun at 2009-05-09 12:34
くまごろうさん、ようこそおいでいただきました。
言葉が出ない・・・私もそういう感じでした。たまたまそれ以前にお会いして
絨毯関係で質問に答えていただいていたので、是非このことを大勢の方にお知らせしたいと思ったのです。
 フローラさんを見ると自分をふり返って、自分てどうなんだろうと思ってしまいます。
 サヘルさんを見て、同じようにいじめられたこともあるしつらいこともあると思っている人も
勇気を持たされると思いました。

それぞれの番組をつくられた方たちにはいい番組づくりをこれからもよろしくといいたくなりました。
 そして、ご本人達にはこjこれだけを騒がず、見守るという形で応援したいですね。
Commented by くまごろう at 2009-05-09 17:09 x
miriyunさん、リンクさせて頂いてもよろしいでしょうか?

サヘル・ローズさんは、まだまだ売り出し中ではありますが、ファンのひとりとしてはそっと見守るというスタンスでいたいですね。
Commented by miriyun at 2009-05-09 23:44
くまごろうさん、リンクしてくださるとのこと歓迎いたします。
 厳しく冷たい話ばかりが聞こえてくる昨今ですが、こういう人間の強さ・
暖かさを知ることは大事にしていきたいですね。
Commented by miriyun at 2009-05-11 22:02
horaiceさん、サヘルさんはさらっと語るのですが、その内容にはうめきます。
 徹子の部屋かあるいは他のインタビューかで、絨毯織りの仕事スケジュールがあって、TVの仕事の調整がしにくいようですねと質問されて、サヘルさんは、「私たち母娘の生活を支えてくれた絨毯のお仕事、TVにすこし出られるようになったからといっておろそかにはできないのです(又聞きなので、言葉は正確ではないと思いますが)。」と答えたとか・・・。
 苦しい中でも前向きで誠実な方なのだと思った次第です。フローラさんの精神力がどこから生まれたのか・・・、私も知りたいと思いました。
Commented by asiax at 2009-05-14 20:58
こんなドラマチックな人生が、真実として今も続いていることにジーンとしてしまいました。
まだまだ私たちの知らないどこかで、たくさんの人生劇場が繰り広げられているのでしょうね。
私ももっともっとたくさんの人と出会いたい、とそう実感しました。
Commented by miriyun at 2009-05-16 07:08
asiaxさん、この親子に会ってもこのような人生を歩んできたとは感じられないでしょう。
育てられ方が良かったのでしょうか、からっと明るい性格でそして謙虚です。
これからの女優として試練も乗り越えて頑張っていってくれるのではないでしょうか。
Commented by fan at 2009-06-10 01:23 x
「サヘルとフローラ」、再放送されますよ。

NHKのHPに出ています!

あなたのアンコール サタデー
チャンネル :BS2
放送日 :2009年 6月13日(土)
放送時間 :午後1:30~午後3:40(130分)
▽(3:04) ホリデーにっぽん「サヘルとフローラ~イラン人親子の東京物語~」
Commented by miriyun at 2009-06-12 23:42
fanさん、ありがとうございます。
おかげさまで、皆さんにもお知らせすることができました。
実の親子以上の絆に驚きました。fanさんもご覧になったのでしょうか。
Commented by teme at 2009-10-07 01:04 x
すいません・・すこしだけ疑問のコメをさせていただく無礼をお許しください。役所で聞いたのですが イランでは血ノ繋がりを重んじるのでイラン国内でも海外でも正式な【養子縁組制度は無いと聞きました。私の知り合いの女性は連れ子でイラン人と再婚しましたがいまだに養子縁組は許可されませんでした なのでサヘルさんのドキュメを見た時にお母様が養子にとられた話を聞いて非常に驚きと不思議に思いました・・・今では法律が変わったのでしょうか?それと・・サヘルさんご自身がこの日本に永住されていらっしゃると言うことは・・難民申請許可かなにかなのでしょうか?なんだか疑問だらけのコメントになってしまいましたが・・友人にも法律が変わったのであれば教えてあげたいと思いますので ぜひよろしくお願いいたします
Commented by miriyun at 2009-10-07 03:22
temeさん、イランには養子制度がないのですか。知りませんでした。そうすると、孤児になって、孤児院で育てられてから里親に引き取られていった子は、正式な親子関係になれないということになりますね。なにか実質的に親子扱いできるしくみがあるのではないかと気になります。
 しかし、こちらではまったくイランの法律的なことはわかりません。
 フローラさんがサヘルさんを養子にしたのも日本で住んでいるためにできたのかもしれませんが、詳しい事情はわかりません。Web上で調べても、日本の裁判所判断のようなものはのっていても、イランの実際の法律や例外的な運用などがのっているわけではありません。やはり、現地の弁護士などに直接聞くことが解決への道ではないでしょうか。また、フローラさんがどうしたのかという事情は、放映していたNHKに聞かれたらいかがでしょう。お友達のことを心配されてのご質問でしたのに役に立てないで、残念です。
Commented by tame at 2009-10-08 01:27 x
いえいえ こちらこそ ついイラン女性が独身でも【養子にできた】という文字にひかれこの件に関して何かご存知であればとおもい急な質問をしてしまい恐縮しております。詳しい問いあわせがイランの場合なかなか思うようにできないのが残念ですが 近い将来イランの法律がこうした養子問題にも門戸をひらいてほしいなぁとおもいました。今回のこのドキュ内容に関しては 友人の為にもすこし調べてみたいと思います。ありがとうございました。
Commented by miriyun at 2009-10-08 23:02
tameさんの思いが届いて、いい解決策が見つかりますよう祈っております。
Commented by 太陽 at 2013-06-27 12:42 x
サヘルとフローラについてのブログを書いているときにこのブログのこの記事を見つけました。写真を1枚利用させてもらったことと、このページへのリンクを貼ったことを報告します。ご了解ください。よろしくお願いします。
Commented by miriyun at 2013-07-01 03:09
太陽さん、ようこそ!
ここのところ、サヘルとフローラはまたTVで取り上げられて話題になっていますね。
了解しました。どうぞお使いください。
Commented by Ryou at 2016-04-03 12:51 x
ご指摘のようにイランでは未婚の女性がそう簡単には養母になれません。条件があります。それは当該の女性が将来も自分の子どもを持てないという事、言い換えれば、妊娠できない身体だという事です。フローラさんは孤児院でサヘルさんに会った後、医療機関で不妊手術を受け、その後に別の医療機関に行って自分の身体が妊娠できない身体であるとの証明書を入手します。その後でサヘルのいる孤児院に出かけて養母になる手続きをしたのです。当時女子大生であったフローラさんがサヘルと言う子供を養母にすると言う覚悟の強さと覚悟の深さには驚かされます。フローラさんの親が娘のやったこと(やろうとした)に反発した背景にはこうした状況もあったのかもしれないと想像します。
Commented by miriyun at 2016-04-03 13:40
Ryouさん、ようこそ!
驚きです!!フローラさん、そこまでの覚悟だったのですか。それは自分が親でも反対しそうです。詳しい説明をしていただきありがとうございます。
 その後も自分たちも苦しい生活の中で孤児院への支援は続けていたということなので、その精神には本当に頭が下がります。
Commented by Ryou at 2016-04-03 15:51 x
そうですね。悲惨な状況にある特定の子ども(サヘル)を、その状況から救うことができるのは自分だけであると言う思い、そしてそのために自分ができる道をどんなものであろうと選んだフローラのような人間が偶然にしろ、日本で生きていること、生きていられることをうれしく思います。まったく同じ状況とは言えないが、子どもたちのために必死でぎりぎりの状況下で生きている外国から来ている女性たちが多くいます。その人たちのためにも、その子どもたちが普通に生きていけるような環境つくりのためにがんばりたいと思います。また日々、彼ら子どもたちの学習支援にがんばりたいと思います。


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