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繊細な彫りのあるドーム
![]() ドバイのジュメイラモスクは2本のミナレットと浮き彫りのあるドームを持つモスクだ。 2本の塔のモスクとして美しい姿で建っている。 内装もシェイク・ザーイドのような派手さはないが、人々が集い祈るのにちょうど良い規模のモスクである。 湾岸はだいたいムスリムでないと入れないところが多いが、シェイク・ザーイド・モスクはルールを守れば見学はできる。そして、このジュメイラモスクも10時という時間に見学者を案内するという形で見学が認められている。ただし、曜日や時刻・そして要人がいるかどうかなどで予定は急変することはどこでも考えられるので、その時その時の情報収集が必要なのはいうまでもない。 ~~~~~~~~ ◆世界中に、よくぞこんなにデザインの異なるモスクがある物だと思うくらいモスクは多彩で、異なるシルエットや装飾を持つ。だが、そこに集まる人々の敬虔な気持ちと祈りの姿は共通しているところである。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
1.iPhoneとの出会い
![]() 昨年、世界から惜しまれて亡くなったスティーブ・ジョブズ氏、その伝記・特集・著書・雑誌・TVで話題になった。それまでシリコンバレー生まれの青年がとんでもないサクセスストーリーの人生を歩んできたとは知っていてもあまり詳しいことは知らなかった。 なにしろ、自分が使っているのはマイクロソフト社のWindowsであるし、Macユーザーから、その離れがたい魅力について聞くことはあっても触ったことがないので実感できないでいた。 ところが、転機は訪れた。移動中にネットを調べ、メールをすることのできる機械を探していた自分が軽量小型ノートPCやモバイル型各種機械を探していた。あいうえお打ちができない自分は携帯電話を使えないのだ。また、HPやブログ・ニュースが題名だけが出てきて一回一回開かなければ見られない携帯型の展開でなく、PC画面を見たかったのだ。ローマ字打ちのできる機械を探してとうとう、その理想のかたちとしてiPhoneに出会ったのは2年半前だった。 使ってみると、想像以上に携帯電話よりもPCに近いということを体感し、また、PC(現在はicloudという領域に直接できるが)での保存・復元・などのできること、自分が必要とするアプリケーションだけを無料・又は有料で入れることができるということ、しかもそれらのアプリを誰もがつくりだすことを推奨しているので世界のニーズと世界の知恵が次々ととアプリをつくり続けるということなどを知るにいたった。 それ以来、いったいこんな斬新なことはどんな頭脳が考え出すのだろうと思っていた。 2.ジョブズという人 現代においては早過ぎる56歳で亡くなったジョブズ氏とはどういった人だったのだろうか。きょうTVでこの人についての特集の再放送?らしきものを見た。そういえば、雑誌を読んでからもこの人について語っていなかった。このような人がいたという自分の覚書としたいので、ご存知の方は2.はとばして読んでください(Newsweek・ニュース・TV等を参考) ジョブズが16歳のとき、自分より優れた技術者スティーブ・ウォズニアックに出会う。 そして、コンピュータゲームをつくるアップル社をつくった。当時大きな会社にある巨大なPCでなく家庭用個人が使うようなPCの開発ができるかどうかが技術者の間の課題だった。 ウォズニアックはの小さなPCの基盤をつくりだした。ジョブズはこれを「アップルⅠ」として世に出した。 家のガレージで始まったPC会社であったが、当時、その基盤の小ささは画期的なものだったのだ。 さらに、しばらくして「アップルⅡ」を発売した。これは基盤だけでなくケースにきちんとおさめキーボードを備えたものだった。そして美しい外観とカラー画面を備え1993年まで二500万台を売った。 ジョブズは他の企業で開発されて、しかも販売のために使われていないアイコンやマウスというツールを装備した「Lisa」開発に入った。しかしながら、完璧主義者の徹底したやり方・話し方でPC業界の革命児と言われながらも社内では不満がいつもくすぶっていた。とうとう「Lisa」プロジェクトから外されてしまう。 裸の王様といわれ、自分だけの新チームを結成して週に90時間働くよう強制し理想のPCづくりに邁進した。また、アップル社に経営のプロを入れようと、ジョブズはコーラの会社のジョン・スカリーを求めた。スカリーは断ろうとしたが、その時に「一生砂糖水を売り続けるのか、それとも一緒に世界を変えてみるのか」と迫られ、アップルへ行くことを決心したという。この言葉にジョブズが何を求めていたのかが感じ取られる。 次に発売した「マッキントッシュ」はCMも斬新で話題になったが、盛り込んだ機能があだとなり動作が遅かった。そのため発言力は下がり、自分が呼んできたスカリーとも険悪な状態になった。とうとう、経営者の実権を失い1985年アップル社を去った。その時、たった1株だけを残してアップル社の株をすべて売り払った。 彼は、この経営者でなくなって失業したとき、若干30歳だった。 全米で最も有名な失業者になった。 それでもPC開発という仕事が好きだと感じた彼は新PC開発した。ここでも一台80万円という高額なPCであったために失敗し、アップルの株を売って得た金を使い果たす。 転機が訪れた。このころ、ジョージ・ルーカスからCG部門を買い取り、ここで起死回生の起業をする。1995年の映画トイ・ストーリーで彼のピクサーアニメーション会社は大きな成功をおさめ、また億万長者に返り咲いた。 このころ、彼の人生で唯一愛した女性ローリーパウエルと結婚し、家庭的にも充実したという。一方、アップル社はビルゲイツのマイクロソフト社に押され苦境に陥っていた。 1997年、ジョブズはアップル社へ返り咲き、それまでの役員を追い出し再建策をうちだす。 そうしておいて1998年「IMac」、リビングに置いて違和感のない斬新なPCを開発した。 ◆その後、ウォークマンなどとは全くスタイルの異なり、画期的でスマートな「iPod」を発表した。 順風満帆に見えたそのころすい臓がんが発見される。しかし、mm単位で小さくこのデザインでこの技術でとこだわった開発ということに命を懸けるように仕事を続けた。 2007年 「iPhone」を発表した。3か月位で100万台を売り上げた。 ![]() 左は 「iPhone4s」、右は 「iPhone3G」・・・厚みが違う・機能もだいぶ違う。 このシンプルで美しいデザインも彼のこだわりのうちである。パッケージも小さくシンプルでしかもクールなと表現したくなる。解説書はついていない。自分で触って機能を知っていくというシンプルさを徹している。 2010年には彼は「iPad」をさらに発表し、 大ヒットとなる。 「iPhone4」 「iPhone4s」「iPad2」など発売するたびに予約申し込みや当日の行列ができるのが当たり前の状況となり、アップルは世界有数の企業になったのだ。そうした中、開発、開発と無理を続けたジョブズは最後にはその地位を退き、家族のもとで全力で駆け抜けた人生を終えた。2011年10月5日のことだった。 3.彼が残した世界 ◆スタンフォード大学でのスピーチ ![]() これが、だれにもわかりやすい彼自身をあらわしたスピーチとして世に名高い。 ・・・・・・君たちが持つ時間は限られている。人の人生に自分の時間を費やすことはありません。誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。自分の内なる声が雑音に打ち消されないことです。そして、最も重要なことは自分自身の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動することです。 you tubeに翻訳までついて載っているので、どこの国の人もこうしたスピーチを居ながらにして知ることができる。 それをこうして、、iPhoneで見ている。彼が微笑んでいそうだ。 ◆iPhone&iPad PCについてはたくさんの企業と開発者がそれぞれにいて機械もソフトも出来上がっていき、それらはジョブズがいなくても今の世に存在しただろう。だが、散在する技術者や知恵を結び付けいち早く世に送り出していったのは彼だった。 また、iPhoneのあの小ささの中にいくらでも広がる世界が詰め込まれた作品というのは彼なくしてこんなに早く世界に存在しなかったのではないだろうか。 iPadは、最初iPhoneを大きくしたもの、しかし、毎日電車の中に持っていって読むには大きすぎるしノートPCほどではないにしても重い。写真とかを写してプレゼンとかにはいいが・・・、他にはどうだろうなどと思っているうちに、自分が大好きなフィギュアスケートの世界で実感した。コーチが選手の演技を iPadで撮る。その場でスピンややジャンプ・ステップのフォームを確認してそれを注意しながら即練習に取り入れる。 あぁ、なるほど、iPhoneがそれぞれのニーズで使い方が異なるように、 iPadも決められた使い方がどうというのではなく平らで画面が大きく手に持ってさえいれば向きは自由自在。何に使うのかはユーザーの無限の広がりにまかされているのだ・・・。 この大胆な発想、緻密なデザイン、理想に近づける極め方・・・、一緒に働いていた人は「さぞかし大変で付き合いにくかったことだろう。 だが今では、機械に使われるのではなくて、それぞれが自由に機械を使いこなす時代をがむしゃらに引き寄せようとした彼の意気がだれにも伝わっているのではなかろうか。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
ジュベル・アリに居並ぶガントリークレーン
![]() ホテルのクルーザー係留場所からヤシの木が見え、その奥にジュベル・アリ・フリーゾーンのガントリークレーンが整然と並ぶのが目に入る。 ![]() 有名なジュベル・アリのヤシの木型の人工島は、いまだこんな風に真っさらである。しかし、それで停滞しているわけでなく、その人工島の東側にはすでに世界に名だたるコンテナ港があり、物流拠点として動いている。 *المنطقة الحرّة في جبل عليとは 港は整然と並ぶガントリークレーンが何よりも印象的だ。もちろん、ガントリークレーンが働き、預かり物のコンテナが山済みの港の中枢部に部外者は進入禁止である。そこで、水上飛行機による空からの画像で紹介する。 ![]() ![]() キリンのようにも、鳥のようにも見える、ガントリークレーンはこのように首がまっすぐに上がっているのはお休み状態。 ![]() 首を下げたのは仕事中。小さいコンテナ船がやってきた。右の5台は首を下げ、働き出した。 船がやってきて荷役を行うときはこのように首を下げ、荷を持ち上げ首元まで横に移動し、陸地に向かってコンテナをおろす作業をする。 ◆追加画像・・・上記の荷揚げする場所と反対側の外海に向かうところにもコンテナ埠頭がある。 ![]() このドバイは工場を作るにもコンテナ埠頭をつくるにも広さの制限はないわけではないが、日本に比べればまるで制限がないかのように見える。 こちら側の埠頭だけで、実に29基の巨大ガントリークレーンが並んでいる。 このジュベル・アリでは巨大なガントリークレーンを使っているという。それでもまだ、中東のハブ港であるドバイの港に集まってくる荷物をじゅうぶんにさばききれない。この荷の半分はドバイのために荷揚げし半分は積み替えて他の国へ送られる。 ◆世界の港湾別コンテナ取扱い個数ランキング(2009年) 1.シンガポール 2.上海 3.香港 4.深圳 5.釜山 6.広州 7.ドバイ 8.寧波 9.青島 10.ロッテルダム 11.天津 12.高雄 13.ポートケラン ・・ ・・・・・・25.東京・・・・・・38.横浜 この数字を見ると新しい世界が見えてくる。思った以上の日本の港の順位の低さには驚かされる。 なお、2010年にはドバイは6位にあがった。しかし、計画からすると6位にも甘んじている気はないようだ。この地域一帯の空と海と工場と、物流システムが全て揃った時にどれほどの規模になるのか想像もつかない。 輸入した車・車・・・ ![]() さて、港からやや離れたところには、輸入した車が並んでいるところがある。 砂漠の国なので4WDの数が多い。メーカーは空からではわからないが、人気はやはりトヨタである。 ![]() バスや乗用車タイプもあるが変わった色の注文車もある。 走っている車を見ると、何しろ高級車が多い。ホテルから乗ったタクシーがレクサスであることがあるくらいだ。 物流王国の一端を空から見た。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
ガントリークレーンのある風景
大きな みなとには二つの顔がある。 客船が行き来し、旅立ちや別れを見守る場所であり、乗船客にも観光客にも、青と白を基調とした景観を見せる港。 ![]() この港の出口にも見えるベイブリッジ。親しい人の旅立ちも船がここまで行けば、もうそれ以上に目は船を追わなくなる。 ![]() そのブリッジの向こうのもう一つの顔がもうみえてきた。 ![]() この痩せた鳥がならんでいるかのような機械、コンテナをコンテナ船と陸との間で積卸する専用の岸壁クレーンをガントリークレーンという。 大きな港にはこれを中心とした顔が必ずある。 近づくほどに思った以上に大きいことがわかる。何しろ、輸出入用のコンテナがとても小さな宅急便のように見えてしまうくらいだ。海外との輸出業が幕末の開港以来多かった横浜港は長い間輸出入の中心的役割を東京とともに担ってきた。 海から見る貿易港横浜はこのガントリークレーンで体感する。山下から本牧にかけての港湾を陸から見れば、広い敷地に輸出品である車がズラリと並び、コンテナも延々と並ぶ。物流の大きな拠点である。 現在、日本の物流の中で輸出入の金額でランキングすると、横浜港は第4位である。 1位は断トツで成田空港、2、3、4位は名古屋、東京、横浜と続く。 また、貨物量ランキングになると、当然空港より港湾中心になり、1、2、3位は名古屋、千葉、横浜となる。輸入の石油、輸出の自動車関連が大きいのだ。 ![]() 震災・戦争いろいろな難局を越えながら発展してきた横浜は現在、12の埠頭と桟橋を備える貿易港である。金額的に高価なものは成田空港が多いが、物流としての横浜の役割は依然大きい。 現代においては多くの物が一定の大きさ(最も流通しているもので長辺が約6mのコンテナのと12mのコンテナがあり、更に大きいのが欧米で流通している)を持つコンテナで運ばれる。そのコンテナ埠頭化がアジアの新しく整備された港に比べて遅れたきらいはあった。 コンテナ船は次々と巨大化し、その大きさに港の深度やガントリークレーンの積載能力が追い付いていないので世界最大のコンテナ船も横浜港に着岸してくるが、じゅうぶんその能力を使い切れていない実情がある。 ![]() 現在、大黒ふ頭を中心にこのようにガントリークレーンが並び、東アジアの大規模港に対抗するため設けられた国際戦略港湾・京浜港(ハブ港)の一翼を担い、国際コンテナ戦略港湾の指定も受けているのだった。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
色に隠れる
![]() アラビアン・オリックスの子どもの散策・・・砂漠に溶け込む色だ。 なぜか、砂色のこどもは単独で歩いていた。 角が生えだすと急速に身体がアラビアン・オリックス特有の真っ白な身体になる。生えたばかりの短い角の子どもの方が親と共に行動していた。 無臭で隠れる ガゼルは俊足だ。肉食獣に追われた時は優秀な小型オートバイが突っ走るように走って逃れる。 さが、赤ちゃんガゼルを連れて逃げることはできない。 だから、赤ちゃんの顔からお尻までなめて無臭にするという。そして草むらに残して親は出かけてしまう。実際これで見つかりにくいという。(もちろん、絶対ではなくたまたま見つけられてしまった時はたべられてしまうが) 草に隠れる ![]() 隠れ家・・・・枝をへし曲げたのはだれか。土を掘ったのはだれか。 何かいそうだと見ていたら、ひょこっとガゼルの子が顔を出し、またすぐに隠れた。 ガゼルは穴を掘らない。持ち主がいなくなった草むらの穴の再利用か、よい 隠れ家になっていた。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
港の夜明けを見たい
毎日夜明けは巡ってくるというのに、なかなか見ることができない。 旅先ならば目さえ覚ませば夜明けに立ち会える。アザーンの声が目覚めをたすけてもくれる。ところが日常の中では夕景はたまに見る機会があっても夜明けは見る機会がない。 これは、いつか行きたいなどと思っているだけでなく決心が必要だ。 天候が危ぶまれていた週に見に行く。朝焼けは天気がよければ見られるわけではない。夕焼けより予測できないのでその日にかけてみた。 ![]() そして、港、横浜。 暗闇の中から夜明け前のブルーモメントの時間がやってきた。 何という色だろう。陸地と違って海の上は落ち着いた中にも鮮やかさが存在するブルーモメントだ。 ![]() ベイブリッジも次第に色を帯びて見えてくる。 まだ、薄暗い海を港湾で働く船がもう動き出している。一回り大きなのは、大型船の入出港時に離着岸のサポートをする船タグボートだろう。通船ボートに巡視船もいる。港の船は忙しく早朝から動いている。 ![]() 自分のいるところから南東には街並みが広がる。日が上るはずのところにはビルと雲。日の出はその雲間からだ。雲間の太陽はそれまでのブルーとピンクの世界を一気にオレンジの世界に変えた。 ![]() そして、最初にブルーモメントの中でピンクの背景の中に佇んでいた工場の煙突たちは朝の光で照らされていた。上天の雲は北から南へ向かう風にぐいぐいと引き寄せられていた。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
19世紀創業のKodakフィルム
Kodakが米国時間1月18日夜、米連邦破産法第11条の適用を申請したことを発表した。 Kodakは、2013年中の再建を考えており、その間の業務継続を可能にするためつなぎ融資を受けた。2003年より47000人の人員削減を実行し、13の製造所・1130の現像ラボの閉鎖をして、再建に乗り出す。 こんご、日本での販売はそのまま行うし、再建への努力が続けられるという。デジタル部門をつくってそこを中心とした再建していくという。 一時期、フィルムと言えばkodakが世界を席巻したものだ。日本には2社もフィルム製造会社があったのでさほどでもないが、自国にフィルムがない国ではKodakは深く食い込んでいた。中東もやはりKodakは多かった。 ![]() トルコ・イスタンブルの街並みの中でもひときわ目立つ写真店の黄色に赤の看板。 強さのイメージKの字を最初と最後に入れてKodak社を創業。初めてのインスタントカメラも、本格的な映画用カメラも初めてのデジタルカメラも最初に手を付けた。デジタルカメラは研究は早かったにもかかわらず、これを発売することが屋台骨のフィルム産業を圧迫するということで、その後デジタルの方を向こうとしなかった。いや、社内では時代の趨勢がデジタルに変わっていくにつれ、危機感やデジタル変換への提言もあったはずだ。実際その部門の知的所有権をたくさん所有しているので研究そのものは進んでいたのだ。しかし、世界No.1の地位を築いた会社はあまりにもメインの部門にこだわりすぎてデジタル化に完全に乗り遅れた。顧客のニーズを重視しなかった湧けえはないだろうが、デジタル化については、ニーズは後からついてくるものだったのだ。時代をつくっていく気持ちが足らなかったのかもしれない。 今となってはわからないが、同じことを繰り返さぬ人材変革が必要となるだろう。 最初の国産*サクラカラーフィルム フィルム部門では、日本の企業にも変化が大きかった。 1940年、日本で最初にカラーフィルムをつくったのは小西六写真工業だった。フジカラーとシェを分かち、フィルムを階に行くと必ず両方が並んでいたものだ。 最初、サクラカラーが優位なまま進んでいったが、1970年代、思い切ったCM攻勢でフジフィルムが国内1になり、以後、サクラカラーは盛り返すことが出来ぬまま生産中止になっていった。コニカミノルタとなったカメラ部門で優秀な力を発揮するも、次第にそのカメラ部門も近年ではソニーにその技術を渡すことになった。 多角化*富士フィルム ![]() いつもカメラを持っていた自分なので、フィルムの会社があると気になった。 ここはチュニジアのスース。アルファベットだけでなくアラビア語でも看板をしっかりと作っている。こうした律儀なところはさすがに日本だなと思う。 (なお、看板文字の真ん中にある赤いFujiとあるロゴは、2006年に『FUJIFILM』というロゴに統一されたため、現在では使われていない。) 富士フィルムは、1970年からより写真を身近にあるものにするようなCM路線をはじめた。 「お正月を写そう、ポン!」というフレーズや毎年この時期になると定番のCMが入ることで歳時記のように感じたり、写真をとったらフジラボへという意識がたかまり、サクラカラーにもKodakにも優位なシェアを持ちその地位を譲らなかった。 ![]() 自分でもやはりFujiが好きでリバーサルフィルムの画像の遠くがかすんでいてもキレが良いところとさとグラデーションの微妙なところまで表してくれるのが好きだった。そんな自分にも現像・プリントの費用は大きな負担で、それをなくしてくれるデジタルの魅力にあらがえなかった。 Fujiもデジタル化への世界の研究と購買者の流れを冷静に受け止めたように感じていた。 フィルムも売りつつ、デジタルカメラ部門での着々と進んだ開発では、コンデジ界での名機FinePix F30などを生み出した。今見れば画素数は少ないもののその使い勝手と写り具合は今でも名機の呼び名が高い。 その後は画素数を増やし倍率を増やし、レンズに凝りといろいろ動きがある。常に進んでいることは確かだ。 また、カメラ・フィルム関係以外の化粧品やサプリメント部門への多角化を進めている。 ◆ ちなみにKodakのニュースが流れた18日、フジでは、5つのニュースが発表されていた。 ① 広角24mmから超望遠720mmまでの光学式30倍マニュアルズームレンズ搭載超ロングズームデジタルカメラ 「FinePix HS30EXR」の発売 ② 「10m防水」「2m耐衝撃構造」「-10℃耐寒」「防塵」タフネス性能をさらに強化したデジタルカメラ 「FinePix XP150」の発売 ③ 富士ゼロックスがアメリカのゼロックス社からマネージド・プリント・サービス(MPS)においてのマーケットリーダーとして評価される ④ 健康増進への効果が期待される油性成分「DHA(ドコサヘキサエン酸)」を、水に触れることで自然に微細化し、吸収が高まるように設計した「アクアナノサイジングDHA」の開発に成功 ⑤ 企業のイノベーションや個人の新しい働き方を支援するコラボレーションセンター「スペースアルファ 三宮」を新設 (この5つはFujiのHPから引用) この18日発表のニュースリリースを見るだけでも本来の部門の他にカメラ・健康関連などに多角的に働いている企業にいつの間にか変身していることがわかる。 時代の変化を冷静に受け止めているのではなく、攻めに攻めまくっている感じだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 日本の企業は生き残ってよかったと思っておしまいにしてしまいたいところだ。 だが、実は自分たちの地域でも会社でも家族でも価値観も生活も、昔とは比べ物にならないくらい変化が早い時代になっている。もしかして自分の立ち位置はKodakになっていやしないだろうか・・・と、見直しが必要なときもあるだろう。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
砂丘が生まれ・・・
![]() 最初、砂はあるかなしかであったのが、風の道があるのだろうか、大地にかすかな起伏があるのだろうか。固い大地にサラサラと集まり次第に浮き上がってくる。 ![]() 切れ切れの砂の集まりは次第に連なり、幅も大きくなっていく。 ![]() どの砂丘もここでは一定方向へ這い始める。 ![]() この砂から成る生き物は 向こうの砂丘までモソモソッと近づいて、ひとつに合わさり巨大化しようとしているかのようだ。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
ごく普通の樹のようなのだが気になってしまうものがインドにあった。
ポリアルティア・ロンギフォリア ![]() ジョドプールのシティパレスの庭にすっきりとした姿でたち、葉の色が何とも言えず綺麗だった。 その時は名がわからなかったが、紡錘形の葉で周辺が波打ってわずかに色があるこの葉は印象に残った。 ![]() ひとたび意識すると、人の目はそれを勝手に見分けてくれるものなのだろうか。ウダイプールのサルたちをレンズで追っていてもふとそのわきにもこの樹が見えてきたりする。 これはポリアルティア・ロンギフォリアという樹高は15~20mになる樹だった。バンレイシ科ポリアルティア属の常緑樹である。枝が枝垂れて円柱形になる。幹はぐいぐいと真っ直ぐにのびる、宮殿のは地面を敷石で固め剪定もしているようだったが幹はすっきりと気持ち良く伸びたいい幹だった。そのため、帆船のマストに使われたことから、マストツリーとも言われる。 アショカツリー ![]() インド・スリランカに分布するこの樹はまた、アショカ(アソカ)ツリーともいう。2200年以上遡ったアショカ(アソカ)王の名をいただく。 熱帯のこの樹は街路樹として植えられる他、「デーオダール」(神の樹)と呼ばれ、ヒンズー教徒にとって尊い樹とされる。 街の十字路のところで女性はこの縁が波うつ葉を長く結び合わせて飾り物を作っていた。 なるほど、気になってしかたのなかったこの樹は、 誰もが神聖さをかんじさせられてしまうような樹であったようだ。 ![]() ⇒ ⇒応援クリックお願いします。
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