アンコール・ワットの朝

アンコールワット朝焼け(1)      

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                    ↑ 画像の上でクリックすると大きい画像になり、もう一度クリックすると元に戻ります。


荘厳なるアンコールワット

 ~雨季にはなかなか見れないと言われた朝焼け
    少しずつ空が明るみ、
    王都アンコールのシルエットが浮かび上がってくる。

    世界各地からやって来た人々が声もなく見入る・・・

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# by miriyun | 2016-08-27 10:15 | 動植物 | Comments(0)

『智恵の7柱』Seven Pillars of Wisdom(2)及び(3)

A Gallery of Arabic Calligraphic Works of Fuad Kouichi Honda
   ≪本田孝一氏Web作品展≫・・・ アラビア書道家・本田孝一氏の作品を紹介する特集
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Web作品No.30 ↑
    「智恵の7柱」(2) Seven Pillars of Wisdom(2)ーGlorification(Tasbiif)
 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
内容:Holy Qur’an Surah an-Nur(Chaters of Light)41-45
『コーラン』 光の章41-45
書体:Jaly-Diwany style,
  ジャリー・ディーワーニー書体
大きさ:縦230cm、横94cm
材質/技法:(文字)レタリングゾル・ドローイングインク
      (彩色)アクリル絵の具
制作年:2011
所蔵先:Islamic Arts Museum Malaysia
マレーシア・イスラム芸術博物館
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


◆引き続き、シリーズ第三作をどうぞ!

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Web作品No.31 ↑
    「智恵の7柱」(3)Seven Pillars of Wisdom(3)
 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
内容:Holy Qur’an Surah TaHa 130-133
『コーラン』ター・ハー章 130-133
書体:Jaly-Diwany style,
  ジャリー・ディーワーニー書体
大きさ:縦226cm、横94cm
材質/技法:(文字)レタリングゾル・ドローイングインク
      (彩色)アクリル絵の具
制作年:2011
所蔵先:Islamic Arts Museum Malaysia
マレーシア・イスラム芸術博物館
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

尚、この作品は7部作。追って続きをお伝えします。
既出の『智恵の七柱(1)ー讃美』 The Seven pillars of Wisdom(1)はこちら→http://mphot.exblog.jp/18090461/



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# by miriyun | 2016-08-26 22:46 | Fuad Kouichi Honda | Comments(0)

カンボジアにピラミッドがあった・・・コーケー

1.雨季の水にさらされる遺跡 
コーケー遺跡群は921年から941年まで都であった、60もの遺跡から成り立つ遺跡群である。
カンボジアは長らく道路事情が悪く、郊外のこうした遺跡は訪れるのも困難だったところだという。
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苔むし、
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瓦礫となった遺跡

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天候が怪しくもう雨が降り出したが、それ以前の雨で大きな水たまりで迂回するようにして見学するところや、倒れた石柱が半ばまで水没している。


2.コーケー遺跡の7段ピラミッド 
 今回、下調べするまもなく突然カンボジアに行ってきたので、全く知らなかったものに出会った。
それはピラミッド、カンボジアにピラミッドがあった。

コーケー遺跡群の中心であるプラサット・トムの西裏側に回ると高さが35mの7段ピラミッドがある。
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 見事なバランスを持ったピラミッドである。

正面に階段があるが、古代の階段というのは、踏込の浅さと急な傾斜角度、それに苔や崩れがある。
実際にはここは使われていない。
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この頂上には中央祀る堂が立っていたのだろうと考えられている。
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 エジプトやスーダン、メキシコのピラミッドでなく、カンボジアというところが予想外であった。
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2014年に頂上へ上るための階段が再整備されて、安全に観光できるようになった。
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最下段の石組。

よくぞこれだけのピラミッドが砂漠とは逆に雨の多い地域でしっかりとその形を崩さずに存在しているものだ。


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# by miriyun | 2016-08-26 14:36 | Comments(1)

海抜625m、天空の遺跡プレアヴィヒア

1.北から南へ延びる参道と楼門     
 プレアヴィヒア寺院はカンボジアのタイ国境のあたりから800mにもわたって北から南へと一直線に伸びる参道を持つ寺院である。
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 参道は第2楼門を過ぎても長く続く。それにしても廃墟であれば草が伸び放題であろうにここは敷石の間の草もコントロールされているようだ。現地の人たちが数人草むしりや石の管理をしている様子が見られた。
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9世紀にクメール王朝が創建。
 ヒンドゥー教のシヴァ神を祀る寺院として始まるが、その後数世紀にわたって増改築が行われた。現存する石の建築は11世紀前半のスーリヤヴァルマン1世、さらに12世紀前半のスーリヤヴァルマン2世の治世に増築されたものである。ヒンドゥー教が衰退したあとは仏教寺院となった。
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 なお、クメール王朝の建てたアンコールワットなど多くの建物が東向きで東西を軸にするものだ。
ところがここは南北に軸があり、それに沿って参道と5つの楼門が並んでいるのだ。そして楼門を越えるごとに海抜は上がり、北の端から南端まで来ると寺院敷地内だけでも標高で120mも上がるようにできている。

 まっすぐな参道のイメージとしては、鎌倉の鶴岡八幡宮のイメージがある。
由比ガ浜海岸から鶴岡八幡宮まで順に南から北に向けて一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居と並んでいて、二の鳥居から三の鳥居までは段桂があり、そこが廻りよりも盛り上がった参道になっている。そしてもちろんさんの鳥居から先も階段下まで参道となっていて、その大階段を上がると本殿がある。
 全く異なる宗教であり、参道は南から北に向かっているが、南北を軸にした参道の作り方にイメージが重なる。


2.海抜625m 
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カンボジアの大地は何と緑が美しいのだろう。灌木と草とで鮮やかに緑が広がる。濃いところは上空の雲の影である。
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なんと、木々も生命力にみちていることか。

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 プレアヴィヒアの価値は歴代の王はやはりここを要衝の地と考えていたであろうが、それでも平和時の景観は心地よい風景であったに違いない。

◆一番高い位置から見るとそこから先は絶壁であって、それ以上とびだすと転落の恐れがあるところにロープが張ってあった。
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ロープの先の子ザル、う~んと足を伸ばして伸びをしていた。
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親ざるだろうか、子ザルを寝かせて何やら毛づくろいなのか、ノミ取りなのか・・・、
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 野生のサルたちはそこから先に人がくることはないので安心しきって日常生活をしているのだった。

◆ぐるりと眺望
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写真はその一部しか写せないのだが、実際はもっと広がりのある景観である。
視線を動かせば、270度くらいは見渡すことができる。
しかも雲はモクモクの真っ白な雲と上空に灰色雲が疎らに出てきてはいたが、
それでも晴れていて、空気も透き通っていたのだろう。
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その広い視野全部が地平線まで見渡すことが出来た。あぁ、気持ちがよい。こんな光景初めて見た。

 この山を下りる時には、すでに灰色雲が下がってきていたので、午後はやはりここの視界は雨で閉ざされてしまったに違いない。
 このあと、何度も経験することになるのだが、やはり現地の人は雨が降る、スコールがくるという状態をよく把握している。時刻は経験から、雲の種類と動きもよく見てあと少しでスコールになるから傘が必要などと的確に表現していることに感心した。



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# by miriyun | 2016-08-23 00:45 | Comments(1)

プレアヴィヒアへの道(2)

1.    
 現地のガイドが言う。
雨季は午後になると天候が悪くなり、視界が遮られるので、プレアヴィヒアには一番最初に行くのがよいと・・。だから、一路、プレアヴィヒアへ向かう。アンコールワットから王の道が現在のインドシナ半島南部のラオス・ベトナム・タイにかかるまで延びていたのだが、その道を最初東に向かいしばらくして北に向かえば、ベンメリア・コーケーの遺跡があるが、それを抜かしてひたすらプレアヴィヘアへひた走る。もちろん、トゥクトゥクで行こうなどと思ってはいけない。あまりにも距離がありすぎるし、雨季の天候変化を考えれば4WDが妥当。

 3時間ほど、ひたすら平地。すごい平らな国土であることがわかる。ココヤシなど高い木々はあるものの日本にありがちなあちこちに起伏ある山があるというのがなくて、ほぼ平らな大地が広がる。

 さて、麓で検問を受け、そこでパスポートの写しを見せる。
そして、車も乗りかえる。
現地の村のほろ付きの軽トラのような車、これも4輪駆動だというが、その荷台や補助席にのったりして運ばれる。

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ようやく目指す山の麓にたどり着き、日光のいろは坂のような坂を上がり始める。この時の空、一日中晴れるのではないのというような気持ちの良い空が広がっている。

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急な坂がうねうねと続く。

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急阪なので荷台に渡した板に足を挟みいれ、手はほろを支える某にしがみつき振り落とされないようにしながら登る。ガイドを入れて5人で乗っていったが、大人数のツアーなどだったらこの荷台にどのくらい載せるのだろう?

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振り返れば、通ってきた大平原の道が見下ろせる。

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バナナの木がたくさん見えてきたら、そこに村があるということ。

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見たことがないほど、鮮やかな色で、しかも元気いっぱいに自由に歩き回るにわとり。


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この村で車を降り、そこからは徒歩。

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むき出しの岩盤で、確かにここは4WDでも難しい。実際雨でぬれるとトレッキング用シューズでも危なっかしい。


2.遺跡の北端にたどり着く 

かって、この寺院がつくられた時は当然今のようなたい・カンボジアの国境はなく一つのカンボジア王国であった。この山の北からまっすぐに南の崖上まで続く壮大な景観をもつ寺院として王たちは建築させた。

 ところが現在は国境がある。紛争もあった。したがってタイ側から入ることはできない。
カンボジアは寺の西側から山を登りそこに村をつくり、人を移住させ、寺院の守りとした。だから観光局も西側からこの寺院の北側(タイ国境のすぐそば)に岩盤むき出しの道を登っていくのだ。
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正式の参道にたどり着くとそこにはすぐに第3塔門。残念ながら補修中であった。ここからがいよいよプレアヴィヘア。
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塔門より下にはナーガ(インド神話に起源を持つ、蛇の精霊あるいは蛇神)の参道が本来の長さを保って残っている。
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第3塔門から第2塔門までのまっすぐな参道が大きな式石が敷き詰めてあり見事だ。
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# by miriyun | 2016-08-22 07:28 | Comments(2)

サルとトンボ

のんびり    
プリアヴィヒアはちょっと緊張感もある国境近くの遺跡であるが、動物たちにはそんなことは関係ない。
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昼間はほんの少しの観光客が来るかもしれないが、それ以外は静かなもの、
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断崖の途中で人間はそこまで手が届かないという安心感もあるのだろう。
泰然としている。

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カンボジア平原に面した崖上にはサルたちが住んでいる。しかし、日光などのサルと違って、自然界のサル、いたってのんびり。
人を気にするわけでもなく、食べ物を求めるわけでもなく、
ただただ、自然の中に在った。

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# by miriyun | 2016-08-18 10:08 | Comments(2)

プリアヴィヒア(1)鳥瞰・・・地図から見えるもの見えないもの

1.プレアヴィヒアとは    

 「プレアヴィヒア」とはクメール語で「神聖な寺院」の意味で、サンスクリットから来ている。タイ側ではこれを「プラーサート・プラウィハーン」といい、同じ意味を持つ。

 シェムリアップからプリアヴィヒアは直線で120km北にあり、走行距離で250Km。かっては道路が整備されていないこともあって日帰りが困難ほど秘境であった。
 しかし、現在は道路が舗装されているため、雨季の洪水がなければ片道3~4時間で行くことが出来るようになった。


2.地図から見えるもの・見えないもの 
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この地図は上が北。北にはタイ、南はカンボジアである。地図の中央部にはプリアヴィヘア寺院
この地図からは位置と距離感はわかる。
しかしそれだけである。何が見えないのか・・・、それは地形であり、この位置の重要さである。

同じ位置をgoogleで写真バージョンにしてみる。
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同じ位置なのだが、そこには山という大きな存在が見えてくる。

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さらに遠くから、かっての日本人が鳥が上空から見たかのような地図を描いたように・・・鳥瞰としてみて見ると、壮大なパノラマが見えてきた。
この画像の上部はタイの大平原、下部はカンボジアの大平原が広がる。
つまり、ここに立てば、カンボジアとタイの両方を一挙に眺望することが可能なのだ。
観光客にとってはきれいな平原と大空を見渡せる美しい場所であり、今回自分たちもそれに魅せられた。

しかし、この地図からは眺望が開けているだけに天然の要害としての姿が見えてくる。つまり、ここを抑えれば紛争のときに有利という戦争の天王山として見えてくるのだ。

◆南北を逆にして見る。
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寺院は見たから南への参道が長く続く。この地図中の黄色の部分である。
そこに人の歴史のこもった門や参道や建築物が並んでいる。

そしてその参道の先端に崖がある。この山はダンレク山地といい、その最先端の断崖は625mあり、眼下に眺望が開けている。果てなくカンボジア平原が見渡せる。

こんな重要な地であるからプレアヴィヒア寺院の帰属はカンボジア・タイ両国の長年の懸案であったが、1962年6月15日にハーグの国際司法裁判所により現在はカンボジア領であると認められている。

◆さあ、更に鳥になって、今度は東上空から見てみる。
google mapさん、ありがとう。
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横から見ると、この山の突出ぶりと断崖絶壁感がよくわかる。赤い点線はおおよそのイメージとしての国境線、線の右がタイで左がカンボジアである。(イメージだけで正確さはないのであしからず)
青い星印のところにこの寺院の奥殿があり、カンボジアの平原を見渡すことができる。


3.2008年紛争
 世界遺産にも登録されて、この寺院は観光資源としても期待されるようになった。かっての内戦の爪痕である地雷除去もできたことによるものだ。
 だが、ことはそれほどたやすいことではなかった。2008年の世界遺産登録直後に国境線に関する衝突がおきたのである。
 またもや埋められる地雷、掘られる塹壕、飛び交う弾丸~ということをきいて、いつ平和が訪れるのか暗澹たる気持ちになったことを覚えている。

 2013年11月には寺院周辺の4.6km²の帰属未確定であった土地についても、国際司法裁判所はカンボジアに帰属するとの判断を下した。 実際、警備の兵士が行きと帰りにチェックしているとはいえ、今は落ち着いているという。

◆しかし、国境はあまりにも近い。
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プリアヴィヒア寺院から北を見れば広がる緑の山と平原の美しい風景。

そこの何やら色が見えるところを拡大してみよう。

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赤・青・白のタイ国旗がなびいていた。
 
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寺院の北の入り口はかってタイ側から通じていた。今はそこからでなくカンボジアがこの遺跡を守るために移住させられた村を通って寺院にやってくるのだが、山の上からはタイにつながる道がすぐそばに見えた。

◆問題が起こる前は、タイからもここに来れたそうだが、今はタイ側からカンボジアへの道は閉ざされている。また、観光地として整備したところは地雷が除去してあっても、それ以外のところはあえて地雷はそのままにしてあるという。また、ここを訪れるためにはパスポートのコピーが必要であり、実際それを出してチェックを受けた。

 世界遺産として観光資源にもなる地域であるが、目の前が国境という状況に緊張感を覚えた。
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# by miriyun | 2016-08-17 13:43 | Comments(0)

『祈りのピラミッド(3)』The Pyramid of Prayer (3)・・・アラビア書道作品

A Gallery of Arabic Calligraphic Works of Fuad Kouichi Honda
   ≪本田孝一氏Web作品展≫・・・ アラビア書道家・本田孝一氏の作品を紹介する特集

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Web作品No.29
    『祈りのピラミッド(3)』 The Pyramid of Prayer(3)  
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・内容:Holy Qur’an , Surah al-Hujurat 13
  『コーラン』部屋の章13
・書体:Thulth style
   スルス書体
・大きさ:縦187cm、横237cm
・材質/技法:(文字)レタリングゾル・ドローイングインク
      (彩色)アクリル絵の具
・制作年:2013年
・所蔵先:Islamic Arts Museum Malaysia
    マレーシア・イスラム芸術博物館
・作者コメント:かつてピラミッドの表面には文字が書かれていたという。
「人々よ、神はあなた方を男と女とで作った。そしてあなた方を民族と部族とに分けた。それはお互いに知るためである。神の元で最も尊き者は最も敬虔な者である。神はすべてを知るお方である。」
 これは、人類へのメッセージであろう。
                        (以上、ここまでが公式)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ご覧になるそれぞれの方の感性で作品を鑑賞してください。


(参考)
 ここからは私的鑑賞ノートですので、興味ある方のみどうぞ。

 「祈りのピラミッド」シリーズの一つであるが、ラピスラズリを思い出させるような青のピラミッドの中に文字配置の巧みさが隠されている。ピラミッドの頂にはビスミッラーヒに始まるバスマラという語句が置かれている。その下には同じ文字ではないもののジームとアインが左右に相対するようにある。

 そして、何よりも安定感と美を感じさせるのが中心部にタテに3つのカーフ ك が並び、ヨコにも3つのカーフが並んでいることである。カーフの文字の右へぐうっともっていき、筆(竹ペンです)を反転させて、今度は左へ力強くラインがはしり、左端でちょっと持ち上がってそれぞれに次の文字につながっていく。
 カーフ堪能作品と心の中で思っている。

 このカーフの横線とたくさんの単独アリフ(頭にカギのついたややしなりを見せながらタテにのびる文字)やラームなどのタテのラインが交差する。
 そしてもちろん列の終わり(左側)の文字の並びは耳に聞く韻とは別の、目に見える韻となって連なっている。 
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# by miriyun | 2016-08-17 10:20 | Fuad Kouichi Honda | Comments(4)

ツタンカーメンの豆のその後

1.色が不思議なツタンカーメンの豆  


 3年前、京都の錦市場で購入してきたすごい紫の豆
さやが紫だけど豆はグリーンで、まるでグリンピース。
それで豆ご飯を炊くと緑の豆が入った普通の御飯。
だが、しばらくそのまま蒸らしているとお赤飯のように自然と御飯が赤くなるという不思議な色変わりをするツタンカーメンの豆だった。


一部鞘ごと残しておいた豆。
すっかりその存在を忘れて丸3年がたってしまった。

それでもためしに豆をまいてみた。芽が出るかも半信半疑。豆を植える時期から激しく遅れているからまず無るだろうと思っていたのだが、何やら暑さに強いこの豆、真夏の強い日差しの中、しかも水やりも不足しがちな状態の中で伸びていた。


2.花も茎もさやも 

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えんどう豆の花はまれにピンクもあるがおおむね白だ。それにたいして、一部のピンクもある。
このツタンカーメンの豆は花も紫を含んだ花弁。

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全て翠だった茎も、太くなってくると葉の付け根のあたりから色素を持っていることの証拠がにじんでくる。

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いよいよ実ってくると、確かに3年前に見た濃い紫の鞘が6~7cmほど伸びてきた。


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濃いむらさきの色素が薄れてきて、透明感が出て緑が見えてくると
実が熟したという合図。

 ほんのちょっぴりの量で豆ごはんにはできないだろうが、
豆のいのちを感じさせてもらった。


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# by miriyun | 2016-08-14 07:32 | Comments(10)